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番外編
有り得たかもしれない道2
しおりを挟む「失礼する」
「んあ?なんだルキウス…殿下。とラサーニュ兄?」
「知っているのか?」
「ああ、医務室の常連ですから」
養護教諭である、叔父のオーバン・ゲルシェ。一応皇弟の身分を隠しているので、人前ではこうして私に敬語を使う。
「って…なんだコリャ!?」
「せんせぇ~…!」
彼女をベッドに座らせると、叔父上は急いで処置を始めた。
前髪を上げて…「お前こんな顔してたのか」と目を見張っている。
大きなガーゼを貼って終了、叔父上はラサーニュ嬢にジュースの入ったグラスを差し出した。彼女は自然に受け取り…驚いたな。
叔父上が家族以外に、こうして構うとは。流れで私にも寄越した、いただこう。
叔父上は状況を説明するよう言うが、彼女はまだ泣き続けている。では私が見たものを。
「ぐすん…」
「ふうん…で、なんでこんな泣いてるんですか?」
「さあ……私が怖いのか…?」
ここで頷かれたら、ショックで真っ直ぐ歩けないかもしれない。横に首を振ってくれたので、内心安堵した。
「ごめん、なさい。お見苦しい、姿を」
「気にするな。…何が君を、そこまで悲しませる…?」
「……殿下の服と、ハンカチを汚してしまった、申し訳なさと。貴族らしからぬ…情けない姿を見せて、しまった事。
こんなにご迷惑をお掛けして…父上に知られたら、怒られちゃう…とか。
もう剣の稽古やだ…っていう思いと。僕…ジスランに何かしちゃったのかなって。僕の事が、嫌いだから。いつも…痛い事や怖い事、するのかなって。
だったらもう…僕の事を無視して欲しいのに。もう…いないものとして、扱ってくれればいいのに。
ほっぺも痛いし…色々ぐっちゃになって、思考が停止して。もう…涙が止まんなくなって…。
本当に、申し訳ござ…」
「謝るな。辛かったな…」
「……ヒィ…ッ!」ふら…
あっ。膝を突いて視線を合わせて、微笑んだつもりが。ラサーニュ嬢は…引き攣った声を出し。
後ろに…ぱたりと倒れた。
「この馬鹿野郎っ!!お前の笑顔は凶悪だっていつも言ってんだろうがっ!?」
「う…」
分かっている…そう怒らなくてもいいじゃないか…!
叔父上が、気絶してしまったラサーニュ嬢をベッドに寝かせる。で…私は窓を開けた。
「おい、ブラジリエ」
「…で、殿下っ!」
ずっと中を覗いていたブラジリエは、慌てて礼を執るが、今はいい。
「ラサーニュの言葉を聞いたな?お前は彼が憎いのか、だから嫌がらせでもしているのか」
「そのような事は断じてございません!!彼は俺の…大切な友人です!」
「ならば何故…彼を苦しめる」
「そ…れは…」
彼は拳を握り締め、顔を歪めて黙ってしまった。
言い難いのなら、それは構わない。ただ…
「自分の行いをよく考えなさい。取り返しがつかなくなる前に…な」
「…はい。肝に銘じます」
彼は腰を直角に折る。素直ではあるのだな…全く。
ラサーニュ嬢は叔父上に任せて、私は生徒会室に戻った。
※
翌週の月曜日、放課後。
「……ん?」
生徒会で会議中…廊下からボソボソと声がする?誰か訪ねて来たのならノックをするだろう。それを待つが…動きが無い。
「見てみっか」
実は生徒会室には、廊下の様子を見る為の魔道具がある。扉のノブにカメラが仕込まれていて、室内の壁に映し出す。
ランドールが電源を入れると…ん?ラサーニュ嬢と、あと2人いる。妹のシャルロット嬢と、執事のバジル・リオ。私達は会議そっちのけで、壁に集中した。
『お兄様、ノックしないの?』
『………緊張しちゃって…』
『(震えるお兄様、可愛い…っ!)私が用件を伝えましょうか?』
『ううん…用事があるのは僕だもん』
成る程、説明ありがとう。
ラサーニュ嬢…セレスタンでいいか。セレスタンは何度も右の拳を上下させ、左手は裾を握っている。
あれからまだ1週間経っていないのだが、もう怪我が治っている。痕も残さず綺麗に…バルバストル先生辺りに癒してもらったのだろうか。よかった…。
扉を開けてあげようか…いや、もうちょっと眺めていよう。
『ふぅ…ふー……よしっ!』キリッ
『『頑張れ!』』
ついに来るか!生徒会メンバー(8人)がごくりと喉を鳴らした。
『…………ちょっと台本書くね!』
『『あらぁ~…』』
がくっ。全員脱力した。
3人は扉の前に座り込み、セレスタンが鞄からノートとペンを取り出した。
じゃあ、今のうちに…会議を終わらせてしまおう。そう思ったのに…。
『拝啓…夏めいた風が吹く今日この頃、皇太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく…』さらさら…
『お兄様、手紙じゃないんだから』
『あ、うっかり。じゃあ……出だしどうしよう?』
『普通に…名乗りでいいのでは?』
『名乗り?セレスタン推参!!みたいな?ちょっと恥ずかしいよう…。
でも、バジルがどうしてもって言うんなら…頑張っ』
『全然違います。「失礼致します。1年生のセレスタン・ラサーニュです」とかそういうのです』
『…………………今の、3人だけの秘密にしてね…』
『『は~い!(真っ赤になって、可愛い…)』』
「「「………………」」」
集中出来ない。というか…私含め全員机に突っ伏して、肩を震わせている。秘密は11人で共有してしまった、可愛い…。
というか…用事は私にか。じんわり胸が温かくなる…。
『……ラサーニュです。今お時間よろしいですか?』かきかき…
「いいぞ」
『ありがとうございます』
ごふっっ!!! 適当に返事してみたら、ナイスタイミングで返された。どうやら了承と断りの2パターンを想定しているようだ。「駄目だった場合は…」とか言っている。
必死に笑いを押し殺し、彼女らのやり取りを楽しむ。
『うーん…本題にどうやって入ろう』
『そういえば、なんのご用事なの?』
『これ…先日殿下のハンカチ汚しちゃったから、新しいの。高級品じゃなくて申し訳無いけど…』
そんな…いいのに。
綺麗にラッピングされた箱を手に持っている、律儀な。
私はすでに、なんて言って受け取ろうか脳内でシミュレーションをする。が!!
『あとコレ。ランドール先輩に…手作りのお菓子。こないだカフェで奢ってもらっちゃったから』
はあっ!!? 叫びそうになった…!
キッ!とランドールを睨みつければ。奴は…ニヤ~…と笑った…!!
「や~、モテる男はツラいわー。後輩にも好かれちゃって参っちゃうわ~」
「ぐぬぬぬ…!」
次は私が奢る…!そしてお礼に菓子を貰う!
ルクトルの呆れたような視線を受けながら、そう決意したのだが。
『ん~…お兄様。確か、生徒会に差し入れは禁止よ?』
『えっ!?』
『そうですね。生徒会には成績優秀な方が多く在籍してますし…今は殿下もお2人いらっしゃいますし。禁止にしないと、特に令嬢からのアプローチがすごいんでしょうね』
『えぇ~…?じゃあ、このマフィンも…ハンカチも駄目かなあ…?』
「「えっ?」」
ちょっと…待ちなさい。
確かに禁止だが、私個人が受け取る分には、何も問題は…。
『あう…せっかく作ったのにな…。ハンカチはいつか渡したいけど。
しょうがない、このお菓子でお茶にしようか』
『『わーい!』』
「「待ったーーー!!!」」
「「「…あっはははは!!」」」
彼女らは立ち上がり、生徒会室から離れようとする!!
堪えきれず笑うメンバーを尻目に、私とランドールは部屋を飛び出した!
バッターーーン!!
「んぎゃわあああぁぁぱっ!!?」
「偶然だなセレスタン!何か生徒会に用があったのだろう!?」
「あぱ、ひゃひゃ、ひゃんかち…」
セレスタンは尻もちをつき、ガッタガタに震える手で包みを差し出した。
「ハンカチか…わざわざありがとう」
「ひゃい…しょれと、こにょ…」
「俺にか?ありがとうな」
ランドールも菓子を受け取り、満面の笑みで彼女の頭を撫でる。
「「(さては聞いてたな…)」」
妹と執事は胡乱な目。よしよし、セレスタンの分まで周囲を警戒しているな、感心だ。
で。セレスタンは…どうやら腰を抜かしてしまったようで。リオに背負われて帰って行った…驚かすつもりは無かったのだが。台本も無駄にしてしまった。
ランドールがもらったマフィンは5個入っており。激闘の末…私とルクトルは1つずつもらった。
私は菓子はあまり食べないが、これはいくらでも入るな…。
夜は自室で、貰ったハンカチを広げてみる。
紺色に、金色の刺繍が施されている…ありがたく使わせてもらおう。
「……?なんだ、この感覚は…」
ベッドに仰向けになり、ハンカチを顔の上に持ってきて眺める。何かお礼をしたいな…そう考える自分がいる。
女性からの贈り物は初めてではないし…その度お返しもしてきた。だが…従者に選んでもらい、従者に書かせたカードを添えて送るだけ。
だというのに、今は。彼女が喜ぶ顔が見たい…何を贈ればいいのだろう。
次は怖がらないで…可愛らしい笑顔を見せてくれるだろうか?その様子を想像するだけで、胸が高鳴る…。
私は一体どうしてしまったのだろうか。まさか…?
※
「えー…お前達も知っての通り、学園にフェニックスが召喚された。なんとか大事にはならず、お帰りいただけたが…」
今学期も終了間近、アカデミーで事件発生。詳細は省くが、私とルクトルは父上より不死鳥の刻印持ちを探すよう命じられた。
ランドールも巻き込み作戦会議。
最有力容疑者…もとい候補者のエリゼ・ラブレーとシャルロット嬢は確認済み。次に、1年生全員を調べ…短期間で大幅に魔力量が増えた者を発見した。
「まさかの…セレスタンかあ…」
「どうやって確認しましょうか…?ラブレー君のように僕達が見る訳にもいきませんし」
「「「う~ん…」」」
シャルロット嬢のように、別室で女性文官に見てもらう…しか。
ただ、彼女は私達が男装に気付いてるなど考えていないだろうし。どうするか…。
「…別に、令嬢も肩とか腕はドレスの時普通に露出してるじゃないか。
鎖骨くらい、見せてもらっていいんじゃないか?お前らが言いにくいなら、俺が…」
「駄目だっ!!」
ランドールの言葉に、反射で否定してしまった。あ…と気付いた時には手遅れ。
「「……………」」
「なん…だ。その目は…」
「いえ別に?ねえランドール」
「ああ別に?そういやセレスタンは…ルキウス好みの小動物系だな~なんて、考えてないぞ?」
「「ねー?」」
「ぐ……!!」
バレてる。私が、セレスタンを意識していると…!
私は鈍くない。寝ても覚めても…彼女を思い浮かべて。どうしたら笑ってくれるかな…など考えて。
この感情が恋心だという事くらい、分かっている!
ただ問題は、これが一過性のものか本気なのか…判別できない事。
だからこそ、もう少し言葉を交わして。
彼女の事を知って…結論を出したい。
セレスタンの刻印は私が確認する!と2人に宣言して、大股で生徒会室を後にした。
「……いた」
シャルロット嬢とリオ、ブラジリエと歩いている…こほん。
「セレスタン」にこり…
「え……ひゃあぁっ!?」
私が軽く手を振りながら近寄ると…全身を跳ねさせた…。
そしてブラジリエの背中に回り、隠れてしまった。うう…悪人面な自分が憎い…!!というかブラジリエ、なんだその緩みきった顔は…!
「な、何か、僕にご用でしょうか?」
「ああ。その…少し、来てくれるか?」
「僕だけ、ですか…?」
そうだ、と頷けば。セレスタンの前と横から殺気が飛んでくる…お前ら、私が皇太子って忘れてるのか?
離れようとしない妹に、こそっと「例の刻印についてだ。彼に刻まれている可能性が高い」と告げれば。
唸った後…「(超絶キュートで天使なお兄様だもの、フェニックスに愛されても納得しか無いか…)また明日ね、お兄様」と2人を連れて行ってくれた。渋い顔をしていたがな。
「では行こうか」
「はいぃ…」
まだ怯えている…私はそんなに怖いのだろうか。笑顔でなければ…普通だと思っているのだが…?
「(ううぅ…殿下が僕なんかになんの用…何かやらかしちゃったのかなあ…!?
生徒の視線が痛い…連行されてる気分…)」
廊下を並んで歩く。ん…?
気を抜くと、彼女が小走りになってしまう。私の1歩が彼女の2歩なのか…。遅れないよう、一生懸命について来るのが…カルガモみたいで可愛い。
すたすた
「!!」たたたた…
慌てて追ってくる…揶揄うのはこの辺にしておこうか。歩幅を狭めてゆっくり歩けば、セレスタンはほっと息を吐いた。
まず私達はカフェにやって来た。勢いで部屋を出たのはいいが、どう確認するのか考えてなかった。
チラッと正面を見る。彼女はジャケットの下にベストを着て…シャツのボタンを上まで留めている。更にネクタイをきっちり…偶然を装って見るのは不可能。
セレスタンに刻印の話をしてもいいのだが。なるべくなら、広めるべきではない。うーん…。
「好きなものを注文しなさい。ハンカチの礼だ」
「でも…あれは、元々僕が…」
「いいから」
「(あんまり断るのも失礼か…。じゃあ一番安いので…それも失礼じゃない!?)えーと、えーと…!」
セレスタンはメニューとにらめっこ。最終的に、遠慮がちに紅茶セットを注文した。
「それで…僕に何かご用でしょうか」
「ああ…」
ちょっと服を脱いでくれ。
とは言えない…!
「……あれ以降、怪我をしていないか?」
「あ…(気にしてくれてたんだ。たかが一臣下の事を…優しいなあ…)はい、大丈夫です。彼…ジスランに今まで本当にすまなかった、と謝罪してもらいました。
それからは一緒に遊んで勉強して、楽しく過ごしています。
「もう大っ嫌い!」なんて思ってましたけど。また…友人として好きになれました」
彼女が微笑む姿に…胸が酷く痛んだ。
い、いや…憂いの種が減ったんだぞ、何を残念がっているルキウス…!!
「そうか…よかった、な」
「はい!今日の夜も、僕の部屋でお菓子パーティーの約束をしてるんです」
「ふ、2人で!?」
「え?いえ…バジルと3人で、ですが…。お菓子を持ち寄って…」
……………………。
それから雑談をして、私達は別れた。
どだだだだだっ!!! バタン!
「ルクトル!ランドール!!」
「「うわっ!?」」
「首都で一番美味い菓子屋はどこだ!!」
「「は……?」」
その日の夜。
「こんばんは」
「こんばん…は…?」
私は菓子を手に、セレスタンの部屋を訪ねた。
これは薄着のところを接近する作戦だ。嫉妬は半分しかないので勘違いしないように!!
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