【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野

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番外編

有り得たかもしれない道

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 無数のifの1つのお話
 本編読了後が前提なので、細かい説明とかはすっ飛ばします。

 ******



 それは新学期が始まって、1ヶ月程経ったある日。

 私…ルキウスは放課後の廊下を歩いていた。
 医務室に用があり、その帰り。すれ違う生徒は皆、私を視認すると慌てて端に寄る。皇太子という身分である以上、仕方ないが。


「………ん?」

 生徒会室に戻ると、中からボソボソと声がする?いや、それはいい。誰か雑談をしているだけだろう…が。
 私は直感が働き、薄~く扉を開けて話を聞く。

「…これを、ルキウス殿下に…」

「…生徒会室で…それとも、外に誘き出して…」

「………………」

 声の主は…幼馴染で親友のランドールと、弟のルクトルだ。
 どうやら2人は、私に悪戯を仕掛ける気らしい。いつもの事だ…。

 だが…ふっ。計画が丸聞こえだ、油断したな!
 奴らは防犯用の、催涙ボールを私に喰らわせるつもりか。魔術が掛かっており、男性にしか効果が無く女性に人気の品だ。

 私は一旦扉を閉め、5分程待ってから開けた。ランドールは「遅かったな」と抜かす、お前覚えてろよ。
 ルクトルは無言で机に向かい、他の生徒会メンバーは私から目を逸らす。


 ランドールが動いたのは、本日の業務が終わる頃。
 私達3人以外が帰った後。皆帰り際、チラチラ私達を交互に見ていたな。

「なあルキウス。帰る前にカフェでも行かないか?」

 キラキラと、屈託のない笑顔で言う男。ふ…乗ってやる。

「ああ、分かった。では戸締りをするか」

 私が立ち上がり、窓の鍵を確認し始めると。
 ランドールとルクトルは…ニヤッと笑い。じりじり…扉に近付き。
 ルクトルが、いつでも逃げられるようノブに手を掛けた!


「喰らええええいっ!!!」

 ヒュンッ!! 私目掛けて、丸い物体が投げられる!!

「なんのっ!!!」

「「なっ!!?」」

 させるか!私は鍵を閉める振りをして開けていたのだ!
 タイミングを測って窓を全開、しゃがんで回避!!催涙ボールはひゅるーん…と窓の外に落ちる。

「んな…!読まれたー!!」

「はっはっはっ」

 生徒会室の下は裏庭で、人通りは少ない。なので安心…


 ボフンッ!
「だばっ!!?」

「「「え?」」」

 今、誰か…?
 急いで下を覗き込む。2人も続き…視線の先には。


「げほっ、けほっ!何コレ…!」

 赤髪で、小柄な生徒が。新入生だろうか…催涙剤に咽せている。

「「「………あああーーーっ!!?」」」

 生徒は男子の制服だ、まずい!!
 私達は慌てて廊下に飛び出し、人目も憚らず全力疾走した!!



「もー…なんなのさ。叫び声は聞こえるし、頭に変な物は降ってくるし」

 は……?その生徒は、パンパンと頭や肩に付いた催涙剤を払っている。
 前髪が異様に長い上に眼鏡をしており、顔は見えないが泣いている様子はない。
 おかしいな、男子には効くはず…不良品だったか?


「……なあ、そこの生徒」

「はい?」

 3人で顔を見合わせた後、代表してランドールが近寄る。皇子である私達が出るのはよくない、と判断した。

「……だああああぁっ!!?」

「ひいっ!?ど、どうなさったのですか!?」

 生徒の真横に立ったランドールが、突然滂沱の涙を流した…!
 やはり効果はあるようだ、結局自分で喰らっている。


「やば、止まんね…!」

「え、え、何!?せ、先輩、これ!!」

 赤髪の生徒は、いきなり先輩が泣き出したものであたふたしている。
 巻き込んでしまって申し訳ない…ハンカチを差し出し、ランドールの顔を拭った。

「悪りぃ…ひい…」

「(うわ、よく見ると超美形…!急にどうしたのかな…?)あの、目にゴミでも?前は見えますか、手洗い場に行きますか?」

「あ~…すまん、頼む」

「はい」

 そのまま生徒はランドールの手を取り、水道まで誘導してくれた。
 バシャバシャと顔を洗い…やっと落ち着いたようだ。



「いやあ、助かった。ありがとう。
 俺は5年生のランドール・ナハトだ」

「僕は1年生のセレスタン・ラサーニュです。
 お大事にしてくださいね、それでは失礼します」

 彼…ラサーニュは深々と頭を下げて、小走りで去って行った。


「……兄上。あの子は…男の子、ですよね?」

「そのはずだ…制服も、セレスタンというのも男性名だし…」

「いやー、酷い目に遭った。全部ルキウスの所為だ」

「自業自得だろうが!!」

 全く…!ランドールは悪びれもせず、ラサーニュのハンカチで顔を拭きながら合流した。


 私はそれから、セレスタン・ラサーニュについて調査する事にした。
 趣味で男子の制服を着ているだけなら、構わない。女子は男子の制服を着てはならない、という校則は無いからな。逆も然り。




 ※




 数日後…驚くべき結果が出た。

「あの子は…出生時から男性として届けられていますね…」

「双子の妹は普通に女性として。どういう事だ…?」

 ここは皇宮の私の部屋。ルクトルとランドールが、調査結果を手に唸っている。

「……学園でも観察してみたが。完全に男として振る舞い…男子寮に住んでいる。どうして…」


 3人でうんうん唸っても、何も変わらず。
 もしや…本物のセレスタンは生まれてすぐ死亡、彼女は影武者?
 それか、実は三つ子だった?セレスタンは生まれてすぐ以下略。
 等々、最終的な答えは出ない。


「…よし、試すか」

「「?」」

 ランドールが、懐から何かを取り出した。

「これ、魔術師団に頼んで作ってもらった。
 通常の逆バージョン、女性にしか効かない催涙ボール」

「……それを投げる気か!?」

 何考えているんだお前は!私に仕掛けるのとは訳が違うんだぞ!

「良心は痛むが、確かめる為だ。
 ラサーニュは本当に男だけど、魔道具が効かない体質かもしれないとか。
 それに…上手くすれば顔を見れるだろ?」

 う…。確かに、顔は見ておきたい。影武者だとしたら…妹と似ていないのを隠す為に、前髪を伸ばしている可能性もある。


 本当に女性だったら…非常に申し訳ないが。
 心の中で謝罪して、翌日の放課後ラサーニュを探す。



「……いた。1人だな…」

 ラサーニュは中庭の…ルシュフォード陛下の銅像の横に蹲っていた。
 校舎の陰から見ているが、なんだか落ち込んでいないか…?

「ちょっと…あの状態じゃ、投げられないな…」

「そうですね、もし投げたら軽蔑するところでしたよ」

 流石のランドールも躊躇っている。ボールを懐に仕舞い、3人でその場に座り込み会議開始。
 放っておくのもなんなので、再びランドールが接触する事に。ハンカチを返す、という口実があるからな。


「…こほん。なあ、ラサーニュ…あっ」

「?」

「「あっ」」

 なんと。ランドールは…怖がらせないよう、にこやかに近付いたが。
 英雄像の目の前で、石か何かに躓き。盛大にすっ転び…。

「ぶっ!!」

 正面から地面に倒れた、瞬間。胸元から…ボシュゥッ! と煙が噴き出た。


「先輩っ!?大丈………わああああああっ!?」

「あ…!」

「なにこれえええっ!わああああん、あーーーーー!!」

「落ち着けラサーニュ、擦っちゃ駄目だ!」

「「あわわ…!」」

 催涙剤を浴びたラサーニュは、今度こそ効果があったようで号泣している。これで女性だと…確定したのはいいが。
 どうするべきだ…!?情けない事に、私とルクトルは慌てるばかりで動けずにいた。


「ううう…ふあああああ…!あぁ~、わあぁ…!」

「ちょっと失礼…前見えるか?」

「見えません~…ふえええぇ…」

 ランドールが前髪を横に流して、眼鏡を取る。
 彼女を横抱きにして、走って水道まで連れて行った。


「うう…ぐすん…」

「もう平気か?」

「はい…あの、一体何が…?」

「……………」

 彼女もランドールと同様に、念入りに顔を洗うと涙が止まった。
 その顔は…妹と瓜二つ、どう見ても少女だった。
 長い睫毛に縁取られた目は赤くなってしまっているが、不安気にランドールを見上げる姿は…小動物みたいで、可愛い…。


「悪い。実はな、さっき噴き出たのは催涙剤なんだ。
 暫く目を安静にしといたほうがいい、前髪は流しておきな」

「…なんで、そんな物を持っているんですか…?というか、僕も先輩も効いたり効かなかったり?」

「これは事故なんだ!えっと…まだまだ試作品段階でな。
 前回のは…15歳以上にしか効果が無くて。今回のは、逆に子供にしか効かないやつで…」

 なんとも苦しい言い訳だが。

「そうなんですか…分かりました」

 分かってしまったのか。素直すぎやしないか…?と少々不安になる。
 ランドールがお詫びにと、学園内のカフェに誘った。では尾行するか…。



 遠慮するラサーニュ嬢に、ランドールはぐいぐい押して注文した。
 私とルクトルは会話が聞こえる位置に席を確保。

「すみません、いただきます」

「いや、こっちこそ悪かった。その…俺は生徒会の副会長で、学園の防犯について議論してるとこで、試験的に持ち歩いてて…」

「なるほど…」

 彼女は疑いもせず、仕事熱心なのですね!と感心している。ランドールの口が上手いのか、ラサーニュ嬢が騙されやすいのか、はたまた両方か。



 最初は気まずそうにしていたラサーニュ嬢は、段々と声が弾んできている。
 時折「あははっ!」と笑い声も…ランドールは会話が得意だからな…。

「で…さっきなんで座り込んでたんだ?」

「あ…いえ、その…」

 ただ、英雄像の傍で蹲っていた事に触れると、途端に歯切れが悪くなる。
 ランドールは無理をせず、優しい声色で続きを促した。


「…えと。ちょっと…嫌な事があって」

「……虐めとか?」


 カチャン… 見えないが、食器がぶつかる音がした。


「あ…すみません」

「いや、気にするな。
 …言いたくなかったら、無理に言わなくていいから」

 ちら~…と体を捻って斜め後ろ、彼らのやり取りを覗いてみる。
 ラサーニュは眉を下げて、悲し気な表情。唇を結び…何かを堪えている。


「じゃあな、セレス。何かあったら生徒会室へおいで」

「ありがとうございます、ランドール先輩。ご馳走様でした」

 彼女は何度も頭を下げて、寮へと帰って行く。
 誰が言うでもなく、3人揃って生徒会室に歩を進める。

 今週末は期末テストなので、生徒会活動は休み。私達しかいないので、鍵を閉めてソファーに腰掛けた。


「正面で観察してみたけど、顔付きや手、首、肩とか…完全に女の子だった。抱っこした時もすっごい軽かったし」

「ですよね…どうして男装なんて…?」

「………………」

 ラサーニュ嬢…いや、ラサーニュ伯爵の行いは立派な文書偽造だ。
 生まれた時からなのだから、当然本人の意思では無い。では何故…?

「……踏み込んで調べてみるか。放っておいていい問題じゃないしな…」

 国民が苦しんでいるんだ…知ってしまった以上、見過ごせない。
 男子寮で暮らしているのは気掛かりだが…セキュリティは万全なはず。もう少しだけ、我慢してくれ…。



 ※



 ガンッ バキッ カカンッ

 数日後。1人で校内の見回りをしていたら、外から木剣の音がする?
 誰だか知らんが、頑張ってるなー…感心しながら通り過ぎようとしたら。

「ちょ…!待ってジスラン、キツ…!」

「甘えた事をぬかすな!」

「!!?」

 今のは、ラサーニュ嬢の声!?
 窓にへばりついて音の出所を探すと…いた!グラウンドで剣を振っている、相手はブラジリエ伯爵の末息子だったか。
 女性であるというのに、激しい剣戟を繰り広げている。驚きと懸念する心が湧き上がり、目が離せない。
 が…ふいに、ラサーニュ嬢の動きが鈍った。


「セレスタン!集中し……あ…」

「うわっ!…っつぅ…」

 !ブラジリエの剣が、ラサーニュ嬢の頬を裂き。血が…大量に…!
 練習用の木剣とはいえ、剣先は尖っている。彼女の柔らかい肌など、容易に傷付くだろう。

「ぁ…す、すまない…」

「…………はぁ…今日はもう帰る。悪いけど、剣片付けといて」

「ああ…」

 彼女は頬を押さえながら、トボトボと校舎に入って行く。恐らく医務室に向かうのだろう、私は慌てて階段を目指す。


「……ジスランのばか…わぶっ!?」

「っと!!」

 しまった!俯いていたラサーニュ嬢と、走ってきた私。玄関に続く廊下の曲がり角で衝突した。
 当然吹っ飛ばされたのはラサーニュ嬢。反射で腕を掴み、自分に引き寄せた。

「も…申し訳ございません!よそ見してしまい…って、皇太子殿下っ!?」

 ラサーニュ嬢は驚き、私から距離を取ろうと腕に力を込めた。

「あ!制服に、血が…!」

「え?ああ…構わない」

 抱き締めた時に付いたのだろう、私のシャツの胸元が赤く染まっていた。
 ラサーニュ嬢は顔を青くさせ(多分)、ハンカチを取り出した。

「ごめんなさい!!申し訳ございません…!あわわ、落ちない!」

 何度も謝罪の言葉を口にして、一生懸命にシャツを拭う。
 服くらい、気にしなくていい…と言うつもりだったのだが。その姿が…健気で可愛らしくて。ついされるがままに……はっ!!


「いや、君こそ怪我をしてる!ほら、押さえて…医務室に行くぞ」

 彼女の頬を流れる鮮血に…涙。馬鹿な事を考えている自分を脳内で殴り飛ばし、私もハンカチを出して頬を優しく覆った。

「ひゃあっ!?駄目ですお高いハンカチが…!すみません買って返します!!」

「いらん」

 ん…?私のシャツを掴む手が、震えている…?


「…………ぅ……」

「ラサーニュ…?」

「ううぅ……わああぁぁん…」

「!!?」

 動きが止まったかと思いきや、次は…声を上げて泣いた。
 私が怖がらせてしまったか!?いや、頬が痛いのか!?それともお腹が空いたか!!?
 その場に力無く座り込み、はらはらと涙を流す…。


「な…泣かないで…」

「うああぁ…ぐす、ひっく、うえぇぇ…」


 ど…どうすれば…!?こんな時、ルクトルかランドールだったら…!!放課後で人は少ないが、いつ誰が来るか分からない。移動せねば!

 とにかく…叔父上に助けてもらおう。
 そう考えて…そっと彼女を抱き上げて。


 ごめんなさい…ごめんなさい…と震えながらも抵抗しない姿に。

 胸が締め付けられるように痛むと同時に。
 全身がひどく震えて…この子を守りたい、これ以上泣かせたくない。そう強く感じた事…私は生涯忘れないだろう。




 ******


 小説家になろうさんで公開中のお話と、サブタイは同じですが中身は全然違います。あっちは誰かさんルート。
 ただどちらも、セレスタンが前世を思い出さなかった世界線。
 わりかし恋愛メインなので、断罪とかはサクサクします。

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