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番外編

台風3号ムルジャーナ

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 広大な砂の海。私は魔道サンドバギーを走らせる。見渡す限り砂砂砂。そんな砂漠の国…私の故郷クフル王国。
 私は今日、故郷を捨てる。ああ…この日を10年待ったのよ!!



 あの日…私は絶望に落とされた。最愛の男性と可愛い妹ちゃんが、家族に売り飛ばされてしまったと聞かされた日。

『え…な、なんで…』

『もう決まった事なんだ。だからお前は次男と婚約するんだ、いいな?』

 いい訳あるか!!とお父様の顔面に拳を叩き込み、屋敷を飛び出した。

 急いで彼の屋敷へ向かったけれど、お父様の言葉に偽りはなく…彼らはすでにいなくなった後だった…



『ちょっと!!』

『ど、どうかなさいまし…ヒッ!!?』

 近くにいた女中を捕まえて、婚約者…クトゥフェイーテ様とネイフィーヤちゃんの行き先を聞き出した。
 その女中もこの家の行く末を悟り、退職を申し出た直後らしい。ふむ…退職した使用人達は有能ね、含めてバラカート様に連絡しておこう。

 教えられた販売店に向かう。女中は聞かされていなかったので、クトゥフェイーテ様の弟を吊し上げて吐かせたのだけれど。

『クトゥフェイーテ様!』

『へ?ム、ムルジャーナ?』

 なんと…!彼は背中まであった美しい髪をバッサリと切っていた!!切った部分はどこ!?編んでお守りにしなくては!!

『呪いの人形でも作る気か?』

『あ、おねえちゃん…』

 ネイフィーヤちゃんも…!2人はこの数日で審査が終わり、別の店舗に移動するらしい。その前に、私が…!!


『ムルジャーナ。…やめてくれ、俺は最後まで君と対等でありたい』

 そんな…!ならば、せめて私も一緒に!

『お別れなんて嫌です!どうか私も連れて行ってください!!』

『…ごめんな』

 彼は私を突き放した。クトゥフェイーテ様はにっこりと笑って…ネイフィーヤちゃんの目を塞いでから、私に優しくキスをしてくれた。

『さようならムルジャーナ。俺の事は忘れて、幸せになって』


 彼は背を向けて、それきり振り向いてくれなかった。私は涙が溢れて止まらず、その場に崩れ落ちる。ネイフィーヤちゃんは何度も私とクトゥフェイーテ様を見比べながら、腕を引かれて行ってしまった。


 さようなら…クトゥフェイーテ様……



『…なんて諦めてたまるかーーー!!!』

 そうよ、絶対認めるもんですか!!
 彼のことだもの、買い取り先は慎重に見極めるはず!!だから…売られたとしたら、きっとそこは彼らの安息地なのでしょう。
 ですが私はクトゥフェイーテ様以外と結婚する気はありません。彼がどこかの家で働くというのであれば、私も身分を捨ててそこで就職する!!

 奴隷の情報を販売側は、決して洩らしてはならない。
 なので…あらゆる手を使って2人のいる販売店を突き止めた。違法スレスレだけども。
 ふむ、名前は変えてフェイテ様とネイちゃんね。バラカート様とアシュラフ殿下も探しているけど…教えないでおこう。彼らは最終手段に取っておくわ。


 彼はあらゆる客を拒み続けてると知った。買われたとしても、すぐに戻されてしまうとも。このままでは期限を迎えてしまうでしょう。
 彼がネイちゃんを娼館に送る訳がない。だから、何か策はあるはず。でも…

 その前に、私が貴方を身請けします。
 拒絶されても…最悪薬で眠らせて、縛り上げて…よし完璧な計画だわ!


『…え。買われた?誰に!?』

『い、言えません!!』

 なんで!?今日が半年だからお迎えに来たのに…!

『いえ、期限は一昨日です…あっ』

『一昨日…?あっ』

 小太り店主の胸ぐらを掴み詰め寄る。彼は口を割らなかったが、ポロッと『一昨日』と言った。
 そ…そうか!期限は『この店に来た日』じゃなくて、『売られた日』から計算してたのか…!!私がこんなウッカリするなんてー!?

 店主は解放して、販売店の近辺を徹底的に調べた。似顔絵を手に『この超絶格好いい青年と、最強にプリティーな少女の兄妹見なかった!?』と。すると有力な情報ゲット!!


『…あー!(確かに美形ではあったけど…言うほどかな…?)その子達ね。外国のお客さんと一緒に、うちのカルット(※ホットドッグみたいなやつ)を食べてったよ』

『外国人…!?何人、どこに行ったの!!?』

『ひえ…!えっと…』

『この店のカルット全部買うわ!!!』

『まいどありー!!あ、そうだ思い出した。見覚えのあるガイドを連れてたな!』

 フルーツカルットを咥えながら、教えられたガイドを探す!残りのカルットは実家に送るよう手配、ついでに請求も。


『ああ、グランツの方々ですよ』

『グランツ!?』

 そのガイドはよく観光客を連れて歩いているので、この辺では有名人だった。なのですぐ見つかったけれど…
 グランツって、とんでもなく遠いじゃないの…!しかも兄妹を買ったのは、皇族の連れですって!?

『すみません、自分もこれ以上は言えません。ガイドは信用が大事ですから』

『…充分よ。ありがとう…』

 ガイドは最後に、こっそりと教えてくれた。
 フェイテ様とネイちゃんを購入した少年は…その場で契約書を破り捨てたと。それで彼らは奴隷ではなく、同行者として連れて行った。

 ……そんな人となら、きっと彼らの身は安全だわ。本当は私がその役をしたかった。
 これからは言われた通り…彼らから遠く離れたこの国で、幸せを掴もう──…



『なんて言ってられるかーーー!!!』

 フェイテ様がグランツに向かったのならば!!!私も行く、絶対行く!!!

 だけど準備が必要だわ。まず家に連れ戻されないよう…捨てられる24歳まで待つ!!クフルでは親の力が強くて、反抗するのは難しいの。
 ついでにその間金を稼ぐ。グランツ語の勉強、情報を集める!自分を鍛える!!

『私の幸せは…貴方のお側にいることだもの!』

 素敵な彼のこと、その頃にはすでに結婚されているでしょう。ならば私は何番目の妻でもいい、一緒になりたい!!

 私は今後伸びそうなサンドバギー業に着手した。バラカート様やアシュラフ殿下からお金を搾り取…スポンサーとなってもらって。
 彼らを含めて数人から求婚されたけど、全て断った。それに計画については誰にも話していない。
 どこからか洩れて、家に伝わるかもしれないもの。お2人は私の力となってくれるだろうけど。それでも…絶対面白がって話を大きくするに決まってるわ!!


 仕事も軌道に乗り、結婚しろしろうるさい声は聞き流し。


 フェイテ様、ネイちゃん…再びお会いするその日まで、どうかご健勝であって~~~!!!



 ※※※



 ついにやって来た、作戦決行の日!!痺れを切らした両親から絶縁宣言をされ、待ってましたー!と笑顔で承諾。ついでに鬱憤を晴らしてから、私は家を飛び出した!!

『しゃちょー!!会社どうするんですか!?』

『任せたわ副社長!!大丈夫貴方ならできる、自信持って!』

『そーいう問題じゃねーのですがー!?』

 絶叫する右腕に全てを託し、いざ出発!!引き継ぎは完璧よ、問題無いわ。
 友人やお世話になった人達にも手紙は出したし。次は…グランツで落ち着いたら書こう。


 国境沿いまでサンドバギーでやって来て、その場で売りに出す。ふう…一番性能の良いバギーを持って来たから、4人乗りで大きいのよね。

『うーん…四輪じゃなくて二輪で小型のバギーもいいわね。もしくは三輪…1人旅には良さそう』

 思い付いたアイデアを紙に書き、会社宛に出しておく。
 さあて…ここで一晩体を休めて、明日には故郷とおさらばよ。
 フェイテ様の所在は不明だけど…あの時期クフルに来ていた皇族は、遺跡の発掘隊メンバーでもある第三皇子殿下ルシアン様。その方を訪ねれば、必ず辿り着ける…!!


「見てみて兄上、サンドバギーだって」

「ん…?へえ、便利そうだな」

「兄上の収納に仕舞えば、他国の砂漠でも使えそうですね」

「そうだな、レンタルじゃなくて買っとくか。あ、観光客向けの運転講習会あるって。誰が出る?」

「はい私!!運転したい!楽しそう!」

「……飛白、頼んだ」

「か、かしこまりました」

「なんでー!?」

 出国前に中古のバギー販売店を覗いたら、賑やかな男性4人組が入って来た。あの容姿は…オオマキラ大陸に多い特徴ね。会話内容はさっぱりだけど、漢語かしら?
 早速私が売りに出したバギーを買って行った。デザインも凝った物だから結構値が張るのに、お金持ちの旅行者かしら。
 まあいいわ、お買い上げありがとうございます。さて…待っていてくださいね、フェイテ様!


「おお…すごい砂漠だなあ。早速フェイテに手紙書いとこっと」

「兄上ー、写真撮ろうよ!」

「今行くよ、少那」



 最後にもう一度、故郷を振り返る。
 生まれて育って…愛しいあの人と出会った土地。この10年苦悩したけれど…仕事など充実した日々でもあった。

 私の選択は、間違えているのかもしれない。
 フェイテ様は私なんか忘れて、温かい家庭を築いているだろう。
 それでも…隣に貴方がいないのに、私は幸せになんてなれない。我ながら重い女ね…。

『…私は、間違っていたとしても。後悔はしないわ…!』

 これで最後。もう戻る事は無いでしょう。そう思い国境を越えようとした時、ふとフェイテ様の言葉が蘇った。



『歩いていて辛い時…立ち止まっても迷っても、振り返ってもいいけれど。後戻りはしちゃあいけないと俺は思う。
 でも、道は1つじゃないだろう?だったら簡単だ、来た時とは違う道を通ればいいんだよ。そしたらどこかで、再び道が交わるかもな。屁理屈だと思う?人生そんなもんさ』


 いつだったか、そう笑って言っていた。

『…落ち着いたら…家族にも手紙を書こうかしら…』


 頬を伝う涙。やっぱり…クフルは私の故郷なんだわ。
 だからこれは旅立ち。いつかまた…帰って来るわ。その時は、フェイテ様が隣にいてくださるかしら…?



 ※※※



 目立たないよう数ヶ月を掛けて、いくつか国を経由して、テノーからグランツに入国した。

「はい、ムルジャーナ様…ん?」

「?」

「その…観光ではないのですね?」

「はい、定住を望みます!」

 入国審査官の様子がおかしい。私の名前を何度も確認して…チラチラと顔と何故か胸元を見られている?そして話し合いスタート?

「……この方じゃないか?」
「特徴が完全に一致しますね」
「じゃあ皇室に連絡を…通信機を使おう」
「それまで逃げられないよう、どうにか気を引いて…」

「…………!!」

 まさか…追っ手!?
 誰よ、両親!?副社長!?それともしつこく求婚してくるからボッコボコにした男!?
 まずい…!ここまで来て連れ戻されてたまりますか!!


「ではムルジャーナ様。よければ宿に……
 対象が逃走ーーー!!!追えーーー!!!」

「「「えええーーーっ!!?」」」


 くっ、やはり!!騎士が出て来たわね…捕まってたまるか!!
 ここで国に連れ戻されたら、もう二度とチャンスは無いわ!!お願いフェイテ様、私を守って!!

「待ってーーー!!どうかお話を…速ーーーっ!!?」

 こんな時の為に用意した、自作スクロールや逃走用アイテムの数々!!高速で移動し、匂いや気配を消したり、分身で敵を欺く!!

「急いで皇室及び近隣に連絡を!!速やかに捕獲しろ、決して怪我はさせるなよ!!」


 それから刺客と私の追い掛けっこが始まった。向こうは危害を加える気はないらしく、逃げるだけならいける!!
 顔を変え名を変え、偽造身分証を使って首都を目指す。
 ふぅ…まるで神が与えた愛の試練だわ。受けて立つ、私は屈しない!!


『な…何あの大きい生き物!?』

 ゴオオオッ!!と上空を巨大なドラゴンが通過した!まさか、スタンピードで活躍したという風の最上級精霊様?

『ならば契約者である精霊姫様がいるはず。まあ私には無関係だろうけど…一応精霊対策しとこう』

 私はとある霊薬を飲む。これならなんと!精霊にのみ私の姿形気配匂い、全て認識出来なくなるのだ。



「どうなっている!?何故私の力を以ってして娘1人見つからぬ!
 フェイテ、お前の番は人間か!?」

「あわわ、人間です!絶対何か勘違いして逃げ回ってるんだ~…!」

「多分…『これは愛の試練よ!』とか思ってそう」

「そういえば彼女は、意外と恋愛脳だったか…」


 その頃グランツの首都でフェイテ様、アシュラフ殿下、バラカート様が作戦会議をしているなど知りもしなかった。なんで私より先に再会してるのよ!!



 しつこい追っ手を撒いて撃退して、かなり首都に近付いたわ。その時…


[クフルよりお越しのムルジャーナ様ー!!!ここに貴女のクトゥフェイーテがいます!!速やかに姿を現してくださーい!!!]

「!!?」

 い…今のは!?突如空全体に女性の声が響き渡った。私を呼び…フェイテ様がいるって…!?
 これは十中八九罠でしょう。でも…でも!!

『例え火の中水の中罠の中!ムルジャーナが今参ります!!』

 肌に伝わる感覚で、自然と方角が分かる。この先に…ついに!!


『クトゥフェイーテ様ー!!クトゥフェイーテ様ぁーーー!!』

 そこは障害物の無い草原。彼を肉眼で判別出来る距離までやって来た。


『あ…あぁ…!!』

 懐かしい…クトゥフェイーテ様…!なんで縛られてるの?やだ、私SM対応できるかしら…?
 近くには女性が2人、男性が1人。敵意は無いようで、私が近寄るとクトゥフェイーテ様から距離を置いた。

『ムルジャーナ…』

『ほ、本当に…クトゥフェイーテ様…?』

 10年経って…益々素敵になられたわ…!でもなんで私の胸をチラッと見るのかしら?
 私は涙が止まらないまま、そっとクトゥフェイーテ様を抱き締めた。温かい…ずっと焦がれた貴方。

 でもやはり…奥方がいらしたのね、お2人も。
 お1人は赤髪の凛々しく美しい人(※シャルティエラ)。
 もう1人はとってもグラマーで魅力的…(※ネイ)。
 そちらの男性は燕尾服だし、使用人のようね(バジル)。

 ええ。覚悟はしていたもの。だから…!


『クトゥフェイーテ様…どうかムルジャーナを第3夫人としてお迎えくださいませ!!』


 と精一杯の告白をしたのに。凛々しい奥様と使用人は首を傾げて、クトゥフェイーテ様とグラマーな奥様が勢いよく噴き出した。



 ※※※※※



「え…クトゥフェイーテ様のご主人様!?」

「そうそう。わたしはシャルティエラ・ラサーニュ伯爵だよ」

 ななな…!その後は場所を移して、ラウルスペード公爵邸に招かれた。
 そこで全て説明され…やだ…恥ずかしい…!!最初から勘違いなんて、顔から火が出そう!

「ネイはネイフィーヤっすよ、ムルジャーナお姉ちゃん!」

「ネイフィーヤちゃん!?大きくなったわね…!」

 ええ本当に、色々と。私より…ずっとセクシーな女性に…!
 羞恥と情報の限界を迎えた私は、両手で顔を覆った。


「ムルジャーナ…」

「クトゥフェイーテ様…」

「今の俺はフェイテ・ナイルだ。でも…」

 ソファーの隣に座るフェイテ様に、強く抱き締められた。
 皆様は気を利かせてくださったのか、こっそり退室された。…私は今、夢を見ているのかしら?

「いたた…」

「何頬をつねってるんだ?」

「夢じゃない…」

「…ははっ、現実だ。俺はここにいる」

 その笑顔も…まるで変わっていない。


「……フェイテさまぁ…!ム、ムルジャーナは、ずっとお会いしたかったですぅ~!!」

「うん…俺も。君はクフルで幸せに暮らしてるって思い込んでいたけれど…会いたかった」

 彼も目に涙を浮かべて…ゆっくりと顔を近付けてきた。

「あ…」

 私は目を閉じて…唇を重ねる。彼の背中に手を回して、私達は互いの体温を確かめ合った。
 この時間が…永遠に続けばいいのに。そう感じてしまう。

 名残惜しそうにフェイテ様が離れる。その目が熱を孕んでいて…突然気恥ずかしくなってしまい、思わず逸らしてしまったわ。

「ムルジャーナ。遅くなったが…俺と、結婚してくれないか?」

「………はへぇっ!?」

「はへって……全く。
 俺も君を忘れられなくて、恋人も妻もいない。その…さっきの夫人にして欲しい、という言葉はまだ有効か?」

「……!もちろんですっ!!ムルジャーナはフェイテ様を愛していますもの!!もうこのくらい、言葉では表せない程にっ!!」

 立ち上がり両手をがー!っと広げて、全身で愛を表現する。伝われ、私のラブパワー!!
 するとフェイテ様は、俯いて身体を震わせて…?

「……ふ、はははっ!!分かった、伝わった!
 まるで変わってないな、君は」

 腹を抱えて笑っていたらしい…。またまた黒歴史を増やしてしまったわムルジャーナ。
 でも…覚えていてくださったのね。ずっと昔のことを。


『クトゥフェイーテさま!ムルジャーナは、このくらいアナタが好きですわ!!』

『ぶふ…っ』

 どれだけ貴方を想っているのか、伝える術がなくて。ここからこの辺まで!と庭に線を引いて愛の大きさとした。

『じゃあ俺は、ここからここまで』

『………!』

 彼は私より長い線を引き…それだけで、天にも昇る心地だった。


「でもフェイテ様。私も貴方とネイちゃんのように、名前を変えたいです」

「そうか?じゃあ…君は今日からムーナだ。ムーナ・ナイル。それでいいか?」

「はいっ!!」

 元気よく返事をすると…フェイテ様は蕩ける表情で私を見つめる。ああ、興奮して鼻血出そう。

 まだ夢心地だけれど、紛れもない現実。繋いだ手から貴方の温もりが流れ込んでくるようだわ。もう、絶対絶対離さない!!



 こうして私達は正式に夫婦となった。私もシャルティエラ様のお屋敷で働かせていただくことになり、とても充実した毎日を送っている。


「シャルティエラ様、このウォータースライダーとはなんですか?」

「それはねー、プールに設置する水のトンネル…滑り台?シャーッ!としてざっぱーん!!なモノだよ」

「まあ、楽しそうですね!」

「うわぁ、息ぴったり。吉と出るか凶と出るか…」

 屋敷の業務をする傍ら、伯爵様は私に事業の相談もしてくださる。
 彼女は本当に素敵なひと。フェイテ様とネイちゃんを救ってくださり、私のことも快く迎えてくださった。

 だから…この恩は仕事で返します。観光業は初めてだけど頑張るわ!


「すっごく大きいのですね!安全性は問題ありませんか?」

「計算上はね。今からテストするの!へい兄様、ウォータースライダー作ったからモニターよろしく」

『任せろ、ルキウスとルクトルも引っ張ってく』

 誰と話しているのかしら?数時間後…まさかの皇太子殿下、第二皇子殿下がやって来た。


「「うおおおおおっ!!?」」

「あははははっ!!ルクトル様結構大きな声出るねー!」

「じゃあ俺も…ひゃっはーーー!!」

「わたしもー!!あびゃーーー!!」

「待ってシャーリィ俺も!!……こえええええっ!!?」

 彼らは面白かったのか、何度も階段を上がっては滑り落ちる。パスカル様以外。
 誘われてわたしも…何これすっごく楽しい!ザッパァン!!と水に落ちると大きな飛沫が上がるけれど、衝撃は少ない。流行るわねこれは…!

 シャルティエラ様のご友人達もオープン前に訪れて、楽しげに滑る。

「ぎゃああーーーっ!?なんだこれこっわ!!俺は無理!」

 なんでバラカート様もいるの…?え、別荘買った?…なんで私より先回りしてるのよ!!

「ざぱーん!!とな。ふぅ…これは楽しいな!
 ハッッッ!?シャルティエラ卿…これは、女性の水着が捲れてしまう事故が起きないか…?」

「そうならないよう計算してます。なので録画魔道具は仕舞いましょう、アシュラフ殿下」

「しょんぼり…」

 貴方達何しにグランツ来たのよ!!


 こうしてセフテンス島の観光名所がまた増えた。滑りたいけど怖い人もいるのでは?と思ったが、のんびり巨大な浮き輪で流れるスライダーもあるらしい。

「あと流れるプール作りたいな。波のプールと…他何がいいかなぁ」

 仕事の会議はとても楽しかった。私は元々経営は好きだったのもあって、頼りにされて嬉しかったわ。
 そのうちシャルティエラ様は、事業の権限を私にも与えてくださった…!!



「いいのでしょうか…?」

「いいんだよ。シャルティエラ様はそれだけムーナの手腕を買っているし、信頼しているんだ」

 就寝前、フェイテ様は笑ってそう言った。貴方も彼女を信頼しているのね…それが言葉の端々から伝わるわ。思わず嫉妬してしまうくらいに。

「そうだ、クフルから手紙が届いているぞ」

「え…」

 それは両親から。私はグランツに住み、クトゥフェイーテ様と再会して幸せに暮らしていると伝えておいたのだ。
 散々暴れて出た家だから…返信を読むのが怖い。でも愛しの彼が隣にいてくれるから、どんな苦境も乗り越えてみせるわ。

 恐る恐る封を切ると…!

「ムーナ…?」

「…フェイテ様。いつか一緒に、クフルまで行ってくれますか?」

「…!ああ、もちろん。改めてご挨拶に伺うよ」

 中身を読んだ途端、安心して涙が溢れた。
 お父様の手紙を胸に抱き、フェイテ様の腕の中で眠る。


 こんなにも幸せで…怖いくらい。
 初めてお会いした時から、ずっとお慕いしていた貴方。お優しい伯爵一家、可愛い義妹、使用人仲間の皆。夏になるとやって来るアシュラフ殿下とバラカート様…は置いといて。

 これからもずっと…穏やかな時間を過ごせますように。


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