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番外編

もしもこの手を伸ばしたら。

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 シャルティエラ&ルシアン24歳 ペトロニーユ23歳

 ******


「ルシアン様、お客様がお見えです」

「アポ無し訪問…シャーリィだな?」

「ふふ、その通りです。お子様もご一緒ですよ」


 そういえばラサーニュ家は第二子が生まれたと言っていたな。とても可愛らしいお嬢様です…と微笑むベティの姿に、思わず胸が高鳴る。悟られないようにしなくては…。

 彼女と一緒にサロンに向かえば、そこにはシャーリィと旦那のマクロン(私は結婚後もなんとなくこの呼び方をしている)。それと5歳の娘コーデリア、次女パトリシア…だっけ?それにフェイテが待っていた。

「おールシアン、お邪魔してるよ」

「いらっしゃい。こっちから出産のお祝いに行くつもりだったんだが」

「いいのいいの、ほらご挨拶~」

 シャーリィが腕に抱いているのは、瑠璃色の髪の赤ん坊。5ヶ月と聞いているが…隣に座るマクロンの頬を限界まで伸ばしている。力強いなあ。

「いひゃい…やえて…」

「うー。うーぅ?」ぐいぃ

「こんにちは、おじさま!」ぐいぐい

 更にマクロンは、後ろから薔薇色の髪の少女に髪を引っ張られている。ラウルスペード公爵家では現在男児ばかりのせいか、こっちの夫婦は娘が2人。うーんバランス取れてる。しかし…おじさまはやめて、心抉れるから。

「昼は食べたか?娘達は…少し部屋で休むか?」

「お昼は大丈夫。そうだね、この子達はお昼寝しようかな。ペレちゃん、一緒に行こ」

「はい」

 シャーリィはベティを連れてサロンを出て行った。彼女らの世話はメイドに任せるとして…私はソファーに座りマクロンに話し掛ける。


「家庭教師の仕事はどうだ?」

「今のとこ順調です。それでルキウス殿下の御息女も1歳になるし…いずれ皇室に来て欲しいと言われていますよ」

「そうか、ルクトル兄上のとこもそろそろ出産だったかな」

 最近知り合いの中でベビーブームが来ていて、誰が誰の子なのか分からなくなってきた。えーと…ラサーニュ家は娘2人コーデリアとパトリシア。ラウルスペード家は息子1人コンラッド。バジルも息子がいるし…ルネのとこは…娘だっけ?
 私が指折り数えていたら、マクロンが体勢を低くして小声で訊ねてきた。

「……で、殿下はご結婚の予定ないんですか?」

「……………………」

「殿下。あんた…まだ告白してないんですか?」

「……うるさい」

「このままじゃ、エリゼにすら先越されますよ?あいつは再来年フルーラ嬢が卒業したらすぐ結婚するつもりなんですから」

「うーるーさーいー…」

 マクロンと、ついでにフェイテも呆れた顔をしている。いつ気付いた、コイツら…。



 私は現在、ベティことペトロニーユに絶賛片想い中である。いつからかと問われれば、いつだろう?

 初めて会った時は、なんだか追い詰められている風に見えた。それは昔のシャーリィにも似ていて…少し気になった。
 次は「この首持ってけえええい!!」と叫ぶ姿が失礼だが面白かった。それで興味を持って…もっと彼女の事を知りたいと思った。
 彼女はセフテンスの文化や内政にも詳しいだろうから、サポートをしてもらいたくて秘書の提案をした。それは正しい選択だったと断言出来る。

 そうこうしているうちに…気付けば彼女に惹かれていた。
 仕事を放り出すと追い掛けてくれるのが楽しくて、別に嫌でも無いけど逃げたりする。でも毎回逃げ切ったら諦められると思って…3回に1回はわざと捕まったりする。
 その時に「捕まえたーーー!!」と笑う顔が愛おしくて…何度想いを告げようとした事か。


「……でも、完全に私達は主従関係になってしまっているんだ。今後…どうやって男として意識してもらえばいい…?
 それに彼女は自己評価が低いんだ。もし私が告白したとして、「私なんかが」と断られるんじゃないかと…」

「「………………」」

 領主とその秘書として共に過ごし早数年。私もマクロンみたいに積極的にいくべきだろうか…?そう思って恋心を自覚してから「ベティ」と呼ぶようにしているのに…全く動じないし。
 誰にも言うつもりはなかったが…背に腹は変えられん、この2人の意見を聞こう。マクロンがフェイテを自分の隣に座らせ、ウインクしながら親指を立てる。へし折りたい。

「お任せを、殿下!ここにはスペシャリストがいます、俺もかなり世話になりました!」

「マジでやめてください…俺は一般的な意見しか言えませんて…」

「その一般的な考えを聞きたいんだ…!」

 頼んだ恋愛マスター(笑)!マクロンの100倍は頼りになるであろうフェイテに頭を下げる。すると彼は「分かりました、顔上げてください!!」と言ってくれたぞ!



「あー…ごほん。まず確認ですが、お相手はペトロニーユ・ベティ・セフテンス様で間違いありませんね」

「ああ」

「お付き合い、延いてはご結婚を考えてらっしゃる?」

「もちろんだ」

「んー…」

 彼は私の答えに、目を閉じて顎に手を添え考え込む。「無理☆諦めましょう!」とか言われたらマクロンの鼻にパスタを突っ込んでやる…!


「…俺もこれまであの方とは何度か言葉を交わしましたが…どうにも彼女、ご自身を「敗戦国の捕虜」的な立場だと思っていらっしゃいますね」

「……やっぱり?」

「はい。例えば今殿下が想いを伝えたとして…
「ルシアン様はお優しいからこんな事を言ってくださるのだろう。でも私のような者、貴方に相応しくありません」くらいに受け止めるでしょうね」

 その言葉に思わず項垂れる。

「……で、絶対にやってはいけない事が2つあります」

 何…!?私とマクロンは身を乗り出して続きを促す。フェイテは真剣な目付きで人差し指を立てる。


「まず、当たり前だけど通じ合うまでは決して身体を求めない事。キスも駄目です、この男のようにねえ…」

「俺を引き合いに出す事なくない?」

「ふむ…そんな気は無いが、理由は?」

「恐らく…拒否はされないでしょうが、「どうぞ慰み者としてお使いください」的な感じで自分を差し出してくる可能性が。そうなったら、心を手に入れるのは困難を極めます」

 うう…!本当にそう言われそう…。違う、ベティには私の隣で笑っていて欲しいだけなんだ…!それでもう1つは?


「他の女性の誘いを一切断る事!エスコートだけ、もいけません。皇子という立場を使ってでも断りましょう、権力は使いようです」

 おおう…そっか…!

「そんで俺の考えですけど…彼女はうちの主人と違って単純ではありませんので、「好きだ」と言うだけでは伝わらないでしょう」

「なんでお前さっきから雇い主ディスるの?」

 マクロンの発言は悉く無視して、私はフェイテの言葉をメモしながら真剣に聞く。

「普段から「其方だけ特別だ」という態度でいてください。秘密の共有とかも効果的かな…。夜会のパートナーはいつもペトロニーユ様ですよね、なんて言って誘ってます?」

「……………私は悲しいことに親しい女性がいなくてね、其方さえ良ければ付き合って欲しい…」

「「駄目駄目ですね」」

「ハモるな!!!!」

 仕方ないだろう、そうでも言わないと了承してくれないんだから!!!

「素直に「私のパートナーは其方がいい」とか言えないんですか?」

「…そうしたら、離れてしまう気がして」

「まあ…言いたい事は分かりますけど。それじゃまるっきり、消去法で残った扱いじゃないですか…」


 確かに…!!?その後も色々アドバイスを受けて、話は終了した。あとは実践するのみ…!


「そう言えば、フェイテ自身の恋愛談って聞いた事無いな」

 ふと気になったので聞いてみた。すると…

「ああ…俺、クフルで貴族やってた時は婚約者が3人、婚約者候補が2人いました」

「「「えええーーーーーっっっ!!!?」」」

 あ。思わずずっといたハーヴェイ卿まで叫んでしまった。じゃあこの男、妻が5人だったかもしれないのか!!?
 3人で詰め寄ると、彼は頭を掻きながら語ってくれた。


「いや…ああ、まずハーヴェイ卿はご存知無いだろうから言いますけど。俺はクフル王国の上級貴族の後継者から奴隷に落ちて、シャルティエラお嬢様に買っていただいてグランツに来ました」

「待ってくれ情報が多い…!」

 ハーヴェイ卿は頭を抱えるが、その辺私は知っている。騎士は放っておいて続き!!

「クフル貴族は一夫多妻が基本です。妻や子供が多い程、男としてのステータスに繋がるんですよね。金持ってるアピールにもなるし。
 でも親の、妻同士の喧嘩とか壮絶でしたからねえ…女の嫉妬は怖い、って知りましたよ。誰かを贔屓すれば面倒な事になるから、全員平等に愛せるかな…とか考えてました」

 フェイテははははと笑うが、私達には遠い世界だな…うちは皇帝も妻は1人だし。貴族は妻も認めていれば愛人を迎える事は問題ないが。

「で…俺が家を出る時、全員破棄しましたとも。すると…4人は俺の次、弟とさっさと婚約する事になりました。そこで「ああ…この人達は、俺の肩書きしか愛してなかったんだな…」て理解しました。
 一夫一妻制度が当たり前のこの国に来て。一夫多妻って…俺には向かねえやってわかったんです」

「……4人?もう1人は…?」

 マクロンの問いに、フェイテは一瞬怯んだ。目を泳がせた後…観念したように口を開く。


「……1人だけ。俺と一緒に行くと言ってくれた女性がいました。でも…断りました。俺の事は忘れて、幸せを掴んでくれと。奴隷って言っても悪い環境じゃないけど…巻き込みたくなかった。
 …それと、俺達を買おうとしないでくれと願いました。最後まで、あの子とは対等でいたかったので。大丈夫ですよ、若くて美人で賢い女性でしたから!今頃きっといい男を捕まえてますって」

 そう悲しげに笑うから…それ以上は聞けなかった。フェイテも、その女性を愛していたのだろうか…?
 マクロンに聞いたが、彼はかなりモテるらしい。異国風の整った顔立ちに優しい性根。メイドや騎士や町娘のみならず、令嬢まで「身分差なんざクソ喰らえじゃ!」と夢中になるらしい。なんとなく…分かる気がする。



 その後ラサーニュ一家は帰り…何しに来たの?とにかく、フェイテ師匠の言葉を忘れるな…!



 ※※※



「ベティ!今日は祭りだろう、一緒に行かないか?」

「ええ、お供します」

 お供じゃなくてぇ…。デートに誘ったつもりなのに、視察だと思われてしまった…。
 しょげていたら、セフテンス時代からベティに仕えていたイザーク。それとセフテンス騎士団長のベネディクト卿と、ハーヴェイ卿が生温かい目で私を見ている…!負けるか!!

 一応お忍びなので変装をして…さり気なく手を繋ぐぞ。

「っで、殿下!?」

「ん?人が多くてはぐれてしまっては困……」



『手を繋ぐくらいならいいけども。それっぽい理由をつけて「仕方なく繋いでいるんだ」的な発言はアウトですよ?』



「………私と手を繋ぐのは嫌か?」

「いっ嫌じゃないですっ!!」

「そうか、よかった」

 そう言って手に力を入れると、彼女は頬を紅潮させた。作戦成功か…!?
 色々な屋台を見て回るうちに、ベティの緊張も解けてきたようだ。ん?何かを熱心に見ている…

「その髪留めが欲しいのか?」

「ひゃあ!?あ…えと…見てただけですっ!」

「遠慮しなくていいぞ。店主、これを…」

「いいいいいですぅ!」

「気にするな、特別ボーナスと思………私がこれを其方に贈りたいんだ。駄目か…?」

「あう…!で、では…お言葉に甘えて…」

 ふう…どうしても私は、言い訳を口にしてしまう…!直さないと、素直にならないと!
 綺麗に包んでもらい彼女に贈る。ベティは嬉しそうな顔をして…そっと胸に抱いた。次は土地とか贈ろうかな…?

 デート(誰がなんと言おうと)の終わり頃、ベティがもじもじしながら何か差し出して来た。それは…?


「……髪留めのお礼…です。私も貴方に、贈りたいのです…」

「(可愛い…)可愛い」

「えっ?」

 あ、いや…なんでも。つい心の声が。礼を言って受け取り、部屋に帰ってからいそいそと開けてみた。
 中には…カフスが入っていた。屋台の物だから高級品という訳ではないが…これは、あの髪留めと同じ石が使われているのでは…?


「……お揃い……」


 私はこの日、寝るまでずっと眺めていた。
 次の日に貰ったカフスを付けてみた。彼女もその姿を見て、嬉しそうに笑ってくれる。そして自分の髪にも付いてるんですよアピールを…可愛い。


『いいですか。万が一贈り物とかされたら、彼女に分かるように付けるんですよ!
 でも毎日だとしつこいから…貰った次の日とか、特別な時だけがいいですね』


 よしよし…ありがとうフェイテ先生!!




「ベティ、ベティ!この子に名前を付けてくれないか?」

「…これは…ペンギンちゃんですね…?」

 可愛い海の生物を連れて来てくれ!とふかひれにお願いし、どこからかペンギンがやって来た。もちろん本人に同意はとってあるぞ。

「でも…今までシャーリィさんが名付けをしていたんですよね?私なんかより…」

「いや、この子は其方に贈りたいんだ。どうかな…?」

 そう言うと彼女は目を丸くして…暫く遠慮していたが、名前をくれた。
 結果…この子は『ぺんてん』だ。よろしく!

『よろろ、パパにママ!』

「「でッッッか!!?」」

 名付けで体が成長するのは分かっていたが、元々120cm程だったぺんてんは160cm超えてしまった!最早ベティよりデカい。写真写真…と。
 ぺんてんはベティによく懐き、腹の上に乗せて一緒に昼寝をしたりするようだ。よしよし!




 ※※※




 そうやって少しずつだが、彼女にも「私が其方を女性として意識している」アピールを続けた。シャーリィの時もそうだったが…どうにも私は気になる相手に対し冷たく接してしまう性格のようだ。突き離すとかではないけども。
 多分…振られた時に自分が傷付かないよう予防線を張っていたのだろう。それでは駄目だ、もっと積極的に!


「侯爵様、ご機嫌よう」

「………ご機嫌よう、グラニエ令嬢」

「ふふ、どうぞジェシカとお呼びになって?」

 今日は思い切って花を贈ろうかな!?と庭の花壇を眺めていたら…南部のグラニエ男爵の妹、ジェシカが城にやって来た。
 数ヶ月前から彼女はこうして頻繁に私を訪ねる。どう考えても…侯爵夫人の座を狙っているだろう。ベティもそう解釈しているはずだ、誤解される訳には!

「グラニエ令嬢。何か用事が?」

「侯爵様のお顔が見たくなってしまいましたの。ご迷惑でしたか…?」

 彼女は儚げに俯いた。紳士としてここで迷惑ではないと言うべきだろうが…。

「申し訳無いが…誤解されたくない人がいる。他の女性と必要以上に親しくするつもりはない」

「………堕ちた元王女如きが…」

「…何か言ったか?」

「ふふ…何も?では残念ですが、失礼致しますね」

 令嬢は優雅に踵を返して帰って行った。誰が堕ちた王女だ、聞こえているわ。その王女が頑張っていたから、この地に住まう人々が救われたのだと…理解しているのか?
 さて…明日はシャーリィも参加するセフテンス会議がある。準備するか~…と伸びをしながら城に戻る。


 先程の会話を…建物の陰からベティが聞いていたとは気付きもしないで…



「………ルシアン様…」




 次の日、会議は順調に進んだ。円卓に6人並び、私の向かい側にはシャーリィがいる。

「孤島が3つあるじゃない?2つは小さい上に岩ばかりで観光地には使えないけど、クーブラット側の1つは整備すれば砂浜も綺麗になると思うんだよ。ちょっと豪華な別荘みたいなの建てて、お高い貸切宿として使えないかな?」

「ん…貴族向けか?」

「貴族もだし、資産家もかな?誰にも邪魔されない優雅な南の孤島生活…うーんセレブリティ」

 シャーリィは目をキラキラさせながら言った。彼女の意見に皆賛成し、細かい話を詰める。他にも色々な案を出してくれる。

「海の家が欲しい!」
「何それ?」
「夏季限定の屋台みたいなもん!町まで行かなくても、ビーチで軽食や飲み物が買えるんだよ。だからゴミ箱も完備しないとな~景観を損なわないレベルが難しいな」
 とか。海の家は結果的に成功、この島も観光地として大分認知されてきた。



「さて…このくらいかな。では本日は解散とする」

 3時間に渡る会議も終了。皆帰って行くのだが…グラニエ男爵が私の前に立った。


「侯爵様。少々お時間よろしいでしょうか?」

「……いいだろう。ベティ、其方は出ていなさい」

「…かしこまりました」

「いやシャーリィ、其方もな?」

「どけち」

 居座ろうとするシャーリィも退室させ、男爵と2人きりになる。彼は鋭い眼光で私を見下ろす。


「他の者には聞かせられない話か?」

「私の妹についてです。兄の欲目ではありますが、美しく聡明な女性です。貴方は未だ婚約者もいらっしゃらない身、いかがでしょうか?」

 それか。ふん…相応しいだけの女性ならいくらでもいる。それより…

「グラニエ令嬢を私の妻として…お前はベティを娶る気か?」

「………どうしてそのように思われるのでしょうか?」

「私が何も知らないと思っていたのか?」

 私も立ち上がり、男爵と間隔を空けて対峙する。この男は…!

「お前はクーデターを起こして…セフテンス王家、並びに城で働く者全て皆殺しにするつもりだったのだろう?」

「………………………」

「その後王という君主制度を廃止、ここを共和国にするつもりだった。違うか?」

「………どうやらただの若造ではなさそうですね」

 言ってろ。これは信頼出来る筋からの情報だ(※バティスト)。
 このグラニエは高官だの一般議員やら、更にただのメイドや料理人まで全員殺すつもりだった。誰が不正に関わっているのか、調べてはキリがないとでも考えたのだろう。


「だが民衆には導くべき存在が必要だ。国のトップを国民投票で決めるつもりだったんだろう?
 だが…クーデターが成功した場合、当然初代の総統はお前になるだろう。更に王家の良心であったベティを妻に迎える事で、国民の信頼を確実なものにするはずだった」

「ええ、その通りです。ですから王家は皆殺しとはいえ…ペトロニーユ様だけは生かすつもりでしたよ?」

 男爵は開き直りそう言い放つ。まるでそれが最善手だったと言うように。
 その為に…罪の無い多くの人が犠牲になるところだったのだ。この男は、大勢を生かす為に少数を簡単に切り捨てる男だ。時にはそういった決断力も必要なのかもしれないが…私は、最後まで足掻きたい。
 この男はあくまでも国を想っての行動だった。だから…この男まで処分しては領民の反感を買うだろう、その為コイツだけ南部に残したのだ。


「それで。ベティが結婚を拒んだら…どうするつもりだった?」

「聡明な彼女ですから、快く受け入れてくださったでしょう。ですが万が一断られたら…残念ですが処刑しかありますまい」

 なんでもないように言われ、思わず拳を握る。今すぐ殴ってやりたい…だが、耐えろ私…!!男爵はベティの事は政治的に利用する以外価値が無いと言う。やっぱ殴っとくかコイツ?

「しかし貴方も趣味が悪い」

「…どういう意味だ?」

「そのままですよ。あのような小娘を寵愛するとは…おっともしや、ミドルネームの意味をご存知無いのですか?」


 彼は口の端を吊り上げて笑った。その顔、言葉に…何かがプツンと切れた。だがここで手を出しては相手の思う壺。代わりに…殺気を込めて、睨み付ける。


「おい…あまり私を見縊るなよ…?」

「……ほう?」

 男爵はやや後退り、私はその分一歩前に出る。
 旧セフテンス国は、王族のみミドルネームが存在する。その名を呼ぶ意味…知らずにいたと思っているのか?


「そうだ、ミドルネームを呼んでいいのは伴侶のみ。私は…彼女を妻として迎えたいと願っているんだ。亡国の王女とか関係無い。私はペトロニーユ・ベティ・セフテンスという女性を愛している!
 貴様の妹など、侯爵夫人の地位しか興味無かろうが!グラニエ令嬢は城に鮫を連れ込んでも、厨房を水浸しにしても、寝室をナマコだらけにしても許してくれるのか!?」

「それを許せるのは最早異常では…?」

「…………とにかく!!!私はささやかな贈り物を喜んでくれて!仕事から逃げ回る私を追い掛けてくれて!一生懸命仕事に打ち込む…優しい笑顔のベティが好きなんだ!」

「告白も出来ないヘタレが言いますね…」ボソっ

「聞こえてるからな!?それは…これからだ!!まず彼女に私を好きになってもらってから…なんで貴様に恋愛相談しなきゃいけないんだ!?」


 自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。誤魔化す為に机をバン!!と叩き、わざと男爵に肩をぶつけて押し退けて扉を目指す。


「とにかく!妹に言っておけ、私はベティ以外の女性を娶る気は無いと!!それとここでの会話は他言無…用…だ……」

「あ」


 勢いよく内開きの扉を開けると…ベティが倒れ込んで来た。え…え?


「「…………………」」


 咄嗟に受け止め、背に手を回して抱き締めてしまった。なんで…ここに?もしかして…全部聞いてた?


「……ご、ごめんなさ~~~い!!!」

「え、えーーーっ!!?」

 彼女は顔を真っ赤にして、私の腕から逃れて走り去った。私はその反動で…後ろに倒れ込み動けなくなって、しまった……。仰向けのまま呆然としていたら…男爵が肩を竦めて「失礼します」と出て行く。


 え…振られた…?それなりに…好意を寄せてもらっていると、思ってたのに……?


 私がグルグルと考えていたら…シャーリィが姿を現して私の頭を叩いた。

「このお馬鹿っ!!呆けてる場合か、早く追い掛けなさーい!!!」

「!!!!」

 その言葉に体を起こし、急いでベティの後を追う!!頼む、ちゃんと私の話を聞いてくれ…!ていうかリベンジさせて!!


 私はまだ…其方への想いを言葉にしきっていないのだから!!

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