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番外編
諦めきれなかった男
しおりを挟むあたし…私、ジャン=バティスト・ファロがシドニーと出会ったのは、アカデミー3年生の時。まだオーバンとイェシカちゃんも知り合う前。
彼女はリック・プラントと婚約していた事で、少々女子から僻まれていた。落ち目の公爵家だが、公爵夫人という肩書きに憧れているだけの女子から。
その日もオーバンと校門で別れ、私は寮に戻ろうとしていた。そこで…
「…ん?おじょーさん方、何しちゃってんの~?」
「あっ!?えっと…ほほほ、ちょっと楽しくお話を…」
「君らは楽しくても、そっちの子はビミョーそーよ?」
「……………」
そこは英雄ルシュフォードの銅像がある中庭。私とオーバンは入学当初、日替わりでアフロやらロン毛やらモヒカンのヅラを銅像に被せていたものだ。するといつの間にか怪異として噂されるようになっ…それはいい。
3人の女生徒が、1人の女の子を囲って罵声を浴びせていたのだ。私はお節介とは思いながらも声を掛けると、突如男が現れた事により3人は逃げて行った。
「ふいー。だいじょぶ?おじょーちゃん」
「は、はい。ありがとうございました」
「お?」
ずっと俯いていた彼女は…紫と金のオッドアイだった。その瞳を見た途端、感情がポロッと出てしまった。
「わお、初めて見た。綺麗な瞳だね」
「え…?」
彼女はその宝石のような目を見開き…頬を桃色に染めて顔を逸らした。
「……ありがとう…ございます。その、初めて…褒めていただいたので」
聞けば彼女は周囲から、この目を気持ち悪いと不快に思われるらしい。
「そんな事ないよー、ちょー綺麗」
「……ふふ、貴方は変わった方ですね。嬉しいです」
その時の彼女の微笑みに…私は胸が高鳴るのを感じた。
それが、シドニー・ウエストウッドとの出会い。
私はこの頃からすでに、趣味が高じて情報通となっていた。親友と違い友人も多くいて、特に女友達が多かった。女の子は様々な情報を持っているからな、真偽問わずだが。
それでもシドニーは他の女友達とは違った。あの一件から顔を合わせれば雑談をするようになったのだが…言葉を交わす度に、惹かれていく自覚があった。
…互いの事を考えるなら、友人という距離感で終わらせるべきだった。そう決断できなかったあたり、自分も若かったんだなと思う。
相手は公爵令息の婚約者。いくら好意を寄せようと…敵う相手ではない。もしも侯爵家ならば、私は遠慮なく略奪していたと思う。
だが公爵家は桁違いだ。国家級の権力を持っているし、皇室ですら下手に扱えない相手。たかだか辺境伯の息子である私に…出来る事は何も無かった。
例えば適当に女性をあてがって、婚約破棄させる事は出来ないか?いや、愛人になるだけだ。それにあまり使いたくない手だし。
じゃあ金を用意して…いくらなんでも、そこまでの大金を用意出来なかった。何せ20年掛かってようやく完済するレベルの負債だったしな。
結局いくら惹かれ合おうとも。私は彼女が嫁ぐ姿を…指を咥えて見ているしかないんだ…。
「お前、最近元気ねえな」
「…んな事ねーよ?それより、腹筋は30個に割れそーか?」
「割れる訳ねえだろ!それでもこうして鍛えるんだよ!!」
「そーかい」
私はオーバンに付き合い、走り込みをしていた。彼は当時皇室騎士団総団長、ニコラス・クザンに剣を教わっていた。流れで私も扱かれたが…剣より徒手空拳のほうが性に合っていたので、そちらを伸ばす事にした。
「………俺に力になれる事があったら、なんでも言えよな」
「……………さんきゅー」
その日もボロボロになって、私は皇宮を後にする。帰り道オーバンの言葉に…もしも自分が皇子だったなら、と考えた。そうすれば…ゴリ押しで婚約破棄させる事も出来たかもしれない。
オーバンは逆に、平民の女性と結ばれる為身分が邪魔だと思っていた。全く…互いに無い物ねだりをするものだ、と笑うしかなかった。
私とオーバンの卒業の日。卒業パーティーで私はシドニーと踊った。これが最後…と、心の中で涙を流しながら。
「…このまま、君を連れ去ってしまえたら…どれだけいいか…」
「…バティスト様。わ…私、も。私…」
「待って。それ以上…言っちゃいけないよ」
私はどこぞの鈍感皇子と違い、早々に自分の恋心を受け入れていた。何より、シドニーも同じ気持ちだと気付いていた。だからこそ…苦しかった。
……曲が終わった後も、彼女の小さな手を離せなかった。本当に…このまま連れ去ってしまおうか。しかしその場合、家族や…オーバンにも迷惑が掛かる。そんな事…!!
「……さよなら、シドニー。幸せになってね」
「……!は…い…」
最後に強く抱き締めて…私は彼女の手を離した。そして背を向けて…会場の外に出る。それが、彼女と最後のやり取りだった。
「おい、おいバティスト!!」
人混みが苦手なオーバンも逃げて来た。そして私の肩を掴み、声を掛けてきた。
「おいってば!お前まさか、ウエストウッド嬢と……って…お前。泣いてんのか…?」
「んー?泣いてねーよ、汗だし」
「……………」
オーバンはそれ以上何も言わず…黙って私の後ろをついて来た。自然と足が向かったのは、初めて彼女と出会った場所。銅像を見上げ…私は涙を流し続けた。
月日は流れ、彼女は卒業後予定通り公爵家に嫁ぐ。それから数年、オーバンもイェシカちゃんと無事結ばれた。
オーバンは私の為に余計な事をしようとしていたが…完全拒否してやった。おめーが公爵に喧嘩売ったら、ローラン殿下にも迷惑掛かんだろーが。
私は情報屋として…プラント公爵家の動向を探ろうかと思った。だがそれはあまりにも未練がましいし…人としてどうかと思ってやめた。
恋愛は特定の相手を作る事もせず、ちょくちょく女性と後腐れのない関係を築いていた。中にはすごくいい子もいて…この子と結婚したら…と考える事もあった。
それでも…どうしてもシドニーが頭から離れなくて。そんな気持ちで女性の人生を縛るのは嫌だったので、きっぱり別れた。
「…ぎぃ。ぎー」
「へ?およ、猫ちゃんかーい。餌欲しいん?」
ある日、事務所で山積みの書類を整理していたら…何処からか黒猫が姿を現した。その猫は…赤と金のオッドアイだった。なんとなくシドニーを連想してしまい…後にシグニと名付ける事になった。オーバンには「女々しい」と言われたが…。
魔物と気付いた時は驚いたが、特に変わる事なくシグニと共同生活をする。シグニは頭がよく、仕事を手伝ってくれる事もあった。
季節は流れ、状況は目まぐるしく変化する。私は情報屋を辞めて、ラウルスペード公爵家の家令となった。オーバンと、お嬢様達と、使用人達と過ごす日々は…すごく楽しいものだった。
オーバンは再婚する気は無さそうだが、2人の娘を本当に愛している。その姿に…私も子供欲しいな~…とぼんやり考えるようになった。
養子でも…いっそバジルを養子にしようかな?と思った事もある。でもまあ、グラスとヨミが息子みたいなモンだし。公爵家の若者はみーんな我が子のように感じているよ。
そんな中、皇帝陛下から連絡があった。
「プラント家の家令が、先程当主の離縁状を皇宮に提出しに来た」
と…!彼も私とシドニーの関係を知っていたので、情報漏洩と理解した上で教えてくれたのだ。どうせすぐ噂になるだろうし、とか言いながら。
私は急いで彼女を探そうとした。何せ名誉の為に娘を捨てた子爵家が、シドニーを受け入れるとは思えない!!すると…
「なんでも言えっつっただろーがこのボケぇ!!」
「がっ!!?」
1人で屋敷を飛び出そうとしたら…額に青筋を浮かべたオーバンに、頬を思いっきり殴られた。お嬢様達も驚きに目をまん丸にしている。
「どうしたのお父様、急にバイオレンスになっちゃって!?」
「どーもこーもねえ!!こいつはなあ!」
そのままオーバンの説明を聞いたお嬢様達は…カンカンに怒った。
「んもう、わたし達を頼ってよね!!」
「まず彼女を保護しないと。行く当ては無いのよね?」
「……はい。友達も疎遠になってんだろーし、一度は子爵家に行くと思うけど…」
「うし、俺がそっち向かう。お前はお得意の情報網で彼女の足取りを探ってろ!」
そこからは早かった。オーバンが子爵家に向かうも、すでに彼女は去った後。門前払いをしたとの事で…オーバンは怒鳴り散らしてやったらしい。
私は精霊達とも手分けして彼女を追った。なんとか彼女が泊まっている宿を見付けたが、もう夜中なので朝会いに行く事にした。その為宿を後にすると急に町が騒がしく…宿が火事になっているって!!?
「おい主人!!この宿に泊まってる、藤色髪のオッドアイの女性は!!?」
避難している中にシドニーの姿は無い!宿の主人は最初言い逃れしようとしてきた。だがこちらは確かな情報を掴んで言っているんだ!!指を1本折ると、あっさり白状した。
自分達従業員は真っ先に逃げ出して、客は放置したと。そもそも客は少なく…皆勝手に逃げている、と。
「やばいね、炎の中に生命反応が1つあるよ」
「まさか…!!」
「おっしゃ、わたしに任せなさい!!」
同行してくれたヨミとシャルティエラお嬢様がそう言って、お嬢様は炎の中に突っ込んだ!彼女には火の精霊も付いている為、確かに適任だ。
勇敢に窓をぶち割り、すぐに1人の女性を連れて飛び出して来た。遠目だが間違いない、シドニーだ!!
「シドニーーーっ!!!」
降り立つ彼女達に駆け寄り、痩せ細ったシドニーの体を抱く。よかった…間に合った…!
「火傷は無さそうだけど、煙を吸ってるかも!早く帰ろう!!」
「はい!!」
こうして風の精霊殿の背に乗り、私達は公爵家へ帰って来た。私は意識の無いシドニーを抱き締めて…間に合った事に安堵しつつ、公爵家への怒りが湧いてくる…!!
火事の原因は厨房の火の不始末で、客を逃さなかった主人には厳罰が与えられただろう(指はお嬢様が治してた)。子爵家もオーバンが圧力を掛けた為、今後社交界で大きな顔は出来ないはずだ。残るプラント家…どうしてくれようか、と脳内で悪巧みする。
だが、それよりも今は。私の腕の中で泣き続ける、彼女の温もりを感じていたかった。
「シドニー…ごめんね。やはりあの時、君を連れて逃げるべきだった」
「……いい、え…いいえ。ひっく、そんな、こと…う…」
私は彼女の背中に手を回して、優しく叩き続けた。次第に彼女も落ち着き…再会を喜び合う。
「……会いたかった。ずっと…君を、忘れられなかった」
「…私もです。ずっと辛くて苦しかったけど…貴方の笑顔を思い浮かべれば耐えられました」
「…………辛い…?」
シドニーは結婚生活について教えてくれた。私はそこで、彼女が使用人以下の扱いを受けていた事を知り…………ふうん。へえ…ほー。はーーーん…
まあ公爵はただでは済まさないとして。それより…今後について話す必要がある。恐縮する彼女に対し、オーバンはうちにいりゃいいと言ってくれた。
お嬢様達も彼女を慕ってくれて、毎日部屋に入り浸っている。問題は…私だ。
「え?お前…求婚すんじゃねえの?」
「く…っ」
シドニーが公爵家で過ごすようになって、早2ヶ月。年も明けて…という頃に、オーバンがそう言って来た。
いやもちろん、私も求婚する気満々ではある。だが…彼女が受けてくれるかどうか…。シドニーはいつも私を想っていたと言ってくれた。
それと同時に、そんな浮気心があったから捨てられても文句は言えなかったらしい。悪評広めてやらあ!!と思ったが、そんな資格は無いですねと自嘲気味に笑っていた…。
「付き合ってもいないし…離婚してすぐ結婚っつーのも…外聞が…」
「え、お前外聞気にする性質だったっけ?」
「いや、あたしじゃなくてシドニーの」
「向こうは全部失った後だぞ?旦那も実家も、これ以上誰の目を気にするってんだ?」
「……………」
「もしも俺の評判とか気にしてんならまたぶん殴るぞ」
何も言えなかった。それに…私も今年で40になるし、子供は望めなくても結婚は早いほうがいい。オーバンだけでなくバジル、フェイテ、テオファ、ロイ、ラッセル…屋敷中の男連中に背中を押されて、ついに求婚する事にした。
彼女が生活している客間に2人きり、指輪を差し出して純粋な言葉を紡ぐ。
「シドニー。どうか…私と結婚して欲しい!」
「…!え、え…!?」
彼女は戸惑いつつも顔を紅潮させ、喜んでくれた…と思った。だがすぐに顔を悲しみに歪ませて美しい瞳も伏せてしまった。計算のうちだが!!
「……ありがとう…ございます…。ですが、わた」
「年齢と離婚歴と世間体と子供の問題は受け付けません!!!」
「えーーー!!?」
なので先回りして、他に断る理由があるのか聞いてみた。すると彼女は、あるわけが無い!と言ってくれたのだ。
「…その。離婚したばかりで…男を信じられないのも分かる。それでも…私はこの先の人生、君と歩みたいと思っているんだ。…本当は、20年前からそうしたかったけれど」
「……私も、バティスト様の妻としてありたい!それでも…私みたいな、傷物なんて…」
彼女はそう言って、はらはらと泣き出してしまった…嫌だ、泣き顔なんて見たくない…!!特に子を産めない事を気にしているようだったので…私は彼女の手を引いて、とある部屋に連れて行った。そこには…
「パパだよ!ほれ言ってみパーパ!!」
「お姉ちゃまなの!!セディ、お姉ちゃまですよ~!」
「いいえ姉上よ!あ・ね・う・え!!」
「?あう~、う!なあ~ぁ。ぴゃあ~!」
「今パパっつったよな!?」
「「言ってない!!!」」
そこには…ベビーベッドを囲う親娘の姿が。オーバンはガラガラを振り、シャルロットお嬢様はクマのぬいぐるみを掲げる。シャルティエラお嬢様は猫じゃらしを揺らしながら、それぞれセドリック坊ちゃんに呼び掛ける。なんか1人変なの持ってるな…。
相手はまだ4ヶ月、通じる訳がない。………私はこの時、第一声を「バティスト」にしてもらおうと企んだ。その念願叶った時は、親娘に屋敷中追い掛けられたがな。
「…えーと、何が言いたいかと言うと。子供は確かに可愛いが…養子でもいいじゃないか。あの親子だって、オーバンと血は繋がっていない。
だけどあんな風に仲睦まじく幸せそうだ。それでも…駄目か?」
彼女にもオーバン達の事情は説明してある。その上で…素敵な方達ですねと微笑んでくれたのだ。そして今、彼らのやり取りに…必死に笑いを堪えている。
「だから…結婚の件、前向きに考えて欲しい。私はいくらでも待つよ」
「…はい!!」
この半月後、彼女が求婚を受け入れてくれて。私は20年越しに恋を実らせる事が出来たのだ。
※※※
その年の春、シャルティエラお嬢様はご結婚されて屋敷を出た。
今は社交界シーズンにも関わらず、うちの当主様は領地に籠っている。「ここは首都にも近いんだし、いいじゃないか」と、主要な夜会以外は全て招待状も蹴っ飛ばしている。
だがある日、皇室主催の夜会が開かれる事となった。陛下は私にも招待状を送って来て…オーバンと顔を合わせた。
当然ながら、プラント公爵も来るだろう。だが…私達はまだ反撃の糸口を掴んでいない。何故ならあの男は、資金繰りと領地経営がクソなのと妻を蔑ろにした以外、目立った汚点が無いのだ。
まあ…行く当てのない女性を1人、寒空の下放り出した時点で非難されるべきだけど。とりあえずその辺を攻めるか…と計画しながら、私達は夜会に挑む。私は子爵だから発言力は弱いけれど、オーバンが証言すると言ってくれた。遠慮なく頼らせてもらおう!
「やあ、ファロ子爵。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、プラント公爵」
私はシドニーを連れて、意気揚々と夜会に出向いた。流石に規模が大きく、ヴィヴィエ公爵含め高位貴族が多く集まっている。
すると計算通りプラントが声を掛けてきた。彼の隣には若く派手な女性が。そのお腹は大きく膨れ…よくまあ、身重の女性を連れて来れるものだ。
プラントはシドニーに不躾な視線を送り、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。シドニーは最初この男と顔を合わせるのに躊躇していたが、絶対に守ると誓ったら私を信じてくれたのだ。頷き合い、彼女をやや背中に隠す。
「おやまあ…」
「私の妻がどうかなさいましたか?」
「いえ、趣味は人それぞれですからね」
新夫人も一緒になってクスクス笑う。最早社交界において、元プラント夫人が私と再婚した事は知らぬ者はいない。夜会の参加者も皆、私達の会話に耳を澄ませている。誰もがこの愛憎劇?に興味津々なのだろう。
オーバンが私の隣に立つと、プラントの装飾品について言及した。
「よおプラント公爵。最近羽振りがいいとは聞いているが、随分といい物を身に付けているようだな」
「これはこれは…ラウルスペード公爵。ええ、お恥ずかしながら最近やっと、家計を圧迫していた元凶が無くなったもので」
「ほーん」
ピキ…と来たが、堪えろ私。どうやらこの男は、シドニーが浪費していたから公爵家は余裕が無かったと言いたいようだな。
私が声を上げようと口を開いた瞬間…
「おー、やっぱりパパか」
ずるっ…と、私とオーバンとシドニーは脱力した。何故ここで、ヨミがのほほんと声を掛けて来る!!
「ヨミ、駄目だってー!!」
その後ろからシャルティエラお嬢様…今はラサーニュ伯爵だね。夫君のパスカル君と、エリゼ君も半ば呆れながらやって来た。
ちなみにエリゼ君もこの春家を出て自立し、陛下より賜った「レスタンクール」という姓を名乗っている。今日はレスタンクール男爵として参加しているようだ。
闇の最上級精霊、ヨミが私をパパと呼び慕ってくれているのも周知の事実。そんな彼は最近、シドニーを母上と呼ぶ。じゃあ私も父上にしない?
するとヨミは、シドニーをじっと見て衝撃的な事実を口にした。
「あれ、母上。お腹に赤ちゃんいるじゃん」
…………………え?
会場中が静まり返った。いや…シドニーは……え?
「こないだ会った時はいなかったのに、魂が宿ってる。おめでとー」
「ありがとう…?」
………状況を整理しよう。
シドニーは、子を産めないからと公爵家を追い出された。だがそんな彼女の腹には今、時期的に考えても私の子が……つまり?
「……なーんだ、そういう事か!つまり不妊の原因は夫人じゃなくて、プラント公爵が種無しだったんだな!!!」
「な…っ!!!?」
え…エリゼ君んんん!!!?彼はわざとらしく大きな声でそう言い放った!!!周囲が騒然とするも、彼は構わず言葉を続ける。
「おかしいとは思ったぞ!!聞いた話では、公爵は数十年間色んな愛人を取っ替え引っ替えしてたらしいじゃないか。
だが誰一人身籠らなかったんだから…そういう事だろう!!となるとその女の腹も、誰が父親か分かったもんじゃ…むぐっ」
「お前ちょっと黙れ!!」
わあああーーーっ!!!エリゼ君はオーバンに口を塞がれてようやく黙った。会場に嘲笑やら失笑やらが広まるが…公爵の反応は…?
ブルブルと震えて顔を真っ赤にして…持っていたグラスを握り潰している。隣の夫人は顔面蒼白…その反応で、エリゼ君の言った通りだと証明しているようなものだな…。
「こ…の…!!男爵風情が舐めた口を…!!そもそも精霊殿の話も、口から出まかせでは無いのですか!!?」
「え。お前今なんて言った?人間如きが…ぼくの、死神の言葉を疑ったの…?」
「……………あ、いや……」
「っ!ヨミ、待って!!」
プラントは失言に気付くも…ヨミの目は光が消えている…!お嬢様が彼を止めようとするも…
「あ…?あ、あぁぁ…」
「ひ、ひええええええっ!!!ヨミ、何したのー!!?」
な…!!プラントが突然苦しみ出したと思ったら…みるみるうちに髪は白くなり顔やら手は皺だらけ…腰も曲がり…一気に老けた…!!?
遠巻きに見物していた人達も皆叫びながら後退った。
「何って…寿命を30年縮めただけだよ?」
「だけ。じゃねえええっ!!」
ヨミはそれが何か?な表情。だが最上級精霊に無礼な態度を取って、それだけで済むなら…マシ、なのか?
身重の夫人は泡を吹いて気を失い騎士達に運ばれて行った。公爵はフガフガと何か言っているが…誰か入れ歯持って来て!!?彼は確か51歳だったから、今81歳か!
夜会も後半だった為、本日はこれでお開きに…。陛下がなんとも言えない顔で挨拶をし、全員帰宅。夜会を滅茶苦茶にしてしまい、申し訳無い…。
確かに公爵許さん!とは思っていたが…ここまでする気は無かった。…スッとしたけど。シドニーも同情するレベルな結果になってしまった。
報復完了!と喜ぶ気分にもなれず、私達も帰路に着く。
別れる前に、エリゼ君に聞いてみた。賢い君が何故あんな発言をしたのかと。
「…別に。貴族が集まる中でああ言っとけば、すぐ噂は広まるだろう。誰かがその役目を自然に担う必要があった。
目上の人間に無礼な態度を取る、クソ生意気で失礼な若造。オレにぴったりな役だと思わないか?」
…彼は背を向けたまま言って姿を消した。確かに…彼の発言が無ければ、公爵はいくらでも言い逃れをしただろう。ありがとう…。
シドニーは改めて病院に行くと、なんと現在2ヵ月だと。驚きはしたが…それ以上に嬉しかった。ラウルスペード公爵家全体でお祭り騒ぎ、シドニー本人も涙を流して喜んでいた。
しかしこの歳で初産…健康には充分気を付けねば!!と、皆で彼女をサポートする事に!!
そして冬。彼女は元気な男の子を出産した!まさかこの手で我が子を抱ける日が来るとは…私は涙が溢れた…!!
母子共に健康で、息子にケヴィンと名付けた。これからは、愛する妻と息子を守る。そう決意を新たにすると同時に、恩ある公爵家に尽くすと決めた。
プラント公爵は…親戚筋から優秀な青年を養子に迎えて、なんとか世代交代をしたようだ。夫人の子供は無事生まれたが、公爵の子ではないと噂が広まっている為、肩身が狭い思いをしているらしい。子供に罪は無いので、少し心配ではあるが…私達が関与する事では無いのだ。
「見てください、バティスト様。この子の目元、貴方にそっくりだと思いませんか?」
「本当だね。それに、紫色の美しい瞳は君譲りだ。頑張ってくれてありがとう、シドニー」
私はシドニーの肩を抱き、そっと口付けを交わした。この平穏を、いつまでも感じていたい………
と思っていたのだが。めでたい事は続くものだ。
翌年、シャルロットお嬢様も男児を出産された。名前はコンラッド様…さ・ら・に、翌年には、バジルにも息子が産まれたのだ…!!
つまりラウルスペード公爵家は。セドリック様、ケヴィン、コンラッド様(早生まれ、学年はケヴィンと同じ)、コリン(バジル息子)と…4年連続で男児が授かったのである…!!これにはオーバンもあんぐり。
こうして…私達の平穏はぶち壊された。この4人の小さなモンスターが公爵家で大暴れし、騎士団も総出で子育てに当たるという…最高に賑やかで楽しい未来は、そう遠くないのであった。
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