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学園4年生編
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しおりを挟むそれからの日々は慌ただしく過ぎる。
セフテンスに関しては大分安定してきて、領民の笑顔と健康も戻ってきたようだ。ペレちゃんも目に涙を浮かべて喜んでいる。
「2人も手伝ってくれてありがとう。これから先は、私達が頑張るよ」
「わたしはある意味元凶ですし…ね」
今はわたしとルシアン、エリゼで久しぶりにお忍び外出をしている。カフェでまったり雑談中だ。
「今日は土曜だが、ルシアンはここにいていいのか?」
「兄上が休みなさいと言ってくださってな。ペトロニーユは向こうに行っている」
「ふーん。
そういやさ、この間フルーラがナハト夫人、ハーリア夫人と会ったんだよ。送り迎えだけオレがしたんだが…3人共怪しげな本を持ち寄ってて…。
帰り道に「エリゼ様も…人妻に興味がおありですか…?」って、頬を染めながら言ってきて…」
「「ふはっ!?は…はふ…んくく……!!」」
「やっぱあの集会やめさせてえなあ…。でも趣味が合う友達がいなくて、いつも寂しそうにしてたし…。
しかも「若き未亡人と、子育てを終えて夫からも女として見てもらえなくなった美熟女、どちらがいいですか?」って聞かれて」
「君…なん、て…答えた…?」
「若き未亡人」
「「あっはっはっはっはっはっ!!!!」」
あかん、もうダメ!!2人で腹を抱えて笑い飛ばす。店員さんに睨まれ、こほんと咳払いして真っ直ぐ座った。
こういうアホな話が出来るのっていいよね。
「そういえば、マクロンは最近大人しくなったか?」
「ぶっ」
「そういえば。スクナ殿下がシャーリィに近寄っても不機嫌にならないし。
オレら3人で集まる時いつも、不満そうに睨みつけられるのも無くなったし」
「なんと言うか…余裕が出来た風に見える。もしかして…其方…」
「……………」
顔が熱い。気付かれてる…ルシアンのあの目は、全て悟っている…!!
わたし達の反応を見て、エリゼも思い至ったようだ。気まずそうに顔を逸らされたのでな…穴があったら入りたい。
パスカルと一夜を共にしてから、もう1ヶ月以上過ぎた。あの日以降彼は、わたしを必要以上に求めなくなった。
いや決して飽きられたとか言うんじゃなくてね?こう…学生らしい、健全なお付き合いをしてるって感じ。2人きりの時は、それなりに触れ合ってはいるけれど。
更にわたしが男性に近付いても、笑顔で流せるようになった。もちろん友達以上の距離にはならないが、前まではそれも嫌がっていたのだ。それが…
「フェイテがね。「俺、ああいうのクフルでしょっ中見てました。正妻の余裕って言うんですよ」って…」
「「…………」」
2人が呆れた目をしている、恐らくわたしも。分かりやすすぎんだろ、奴は…。
「そ…そういえば。私の海の仲間達、覚えてるだろう?」
ルシアンが強引に話題を変えてきた。そりゃ、ふかひれ達でしょ?
「最近セフテンスで、時間があれば一緒に遊べるようになったんだ!それで、すぷーんがエリゼに会いたがっている」
「……また挟まれるから、やだ」
「私と離れている間に、拳法を会得したらしい。その名も【かにかにミソミソ拳法】略して【かにミソ拳】。一子相伝の禁断のワザと聞く」
「ちょっと気になるなそれ…」
同感だ。是非見せてもらいたい。
「それと…実はあの子達は、私を父親、シャーリィを母親と認識しているんだが…」
続くルシアンの言葉に、わたしとエリゼは同時に吹いた。なんで!?ほぼわたしが名付け親だから!?
「だが…最近は。シャーリィを昔のお母さん、ペトロニーユを新しいお母さんだと言うんだ…」
「「ぶーーーっ!!!」」
今度は2人揃ってコーヒーを噴いてしまった。なんだその複雑な家庭事情はっ!!?
おっと店員さんと他のお客さんの視線が痛い…失敬失敬、ちゃんと拭いておきますね。
「そういや、こないだパスカルの部屋行ったんだけど。あいつ変なTシャツ着てたんだ」
ごんっ!!! わたしはテーブルに頭を打ち付ける。エリゼはなんで一旦終わった奴の話題を復活させる!!って、そのTシャツって…
「先週シャーリィに貰ったっつってた」
はい。わたしがひと針ひと針心を込めて刺繍した…『変態紳士』ですね。長袖と半袖の2タイプ。
もしも堂々と着て、少那とか読める人の前に出てしまったら哀れなので…意味は説明した。すると…
『……ほぅ。つまり君は、俺に変態でいて欲しいって事?』
『いや、これはその…君の今までの行いが…ね?』
『………………』にこにこ
『あ…あの。なんでわたしの服を脱がすのかしら…?』
『うーん。変態だから?』
彼は…「ならば期待に応えないとな」と、開き直って襲って来たのだが…そこまではこの2人には言えねえ…!文字の意味だけ説明した。
でも…部屋着にしてるんだな。折角縫ったので嬉しいな…とか考えていたら。
カランカラン…とカフェの扉が開き、またお客さんが入って来た。が!!
「シャーリィ、殿下、エリゼ。丁度外から見えて…」
「「「ごはあぁーーーっっ!!!」」」
真っ直ぐにこっちの席まで来たのは…変態紳士!Tを着たパスカル!!!なんで外で着れるの、意味忘れた!!?
「え。別に俺は気にしないぞ?」
しろや!!!いい加減騒ぎすぎて居た堪れないので、変態も連れて急いで店を出た。はあ…!今日はのんびり過ごす予定だったのにい、慌ただしいな。
ていうか今日は、温泉旅行の打ち合わせをするって話だったのだ。それと言うのも、少那がまだ諦めないから…。
彼の留学もじきに終わる。それは…お別れを意味するという事。木華も一旦帰るが、彼女はいずれこの国に嫁いで来る。そうすれば薪名もいつでも会えるが…。
「少那と咫岐と、飛白師匠に…グラス。彼らとはもう、気軽に会えなくなるね…」
歩きながらそんな話をしていたら、3人もしんみりした。いや、何ナチュラルにパスカル混じってんの。
とにかく、最後の思い出作りも兼ねて1泊2日の温泉旅行を計画しているのだ。卒業式の次の日が終業式なので、その後に。
色々あったけれど、少那達と出会えてよかった。友達になれて…よかった。箏がもっと近ければいいのに。
少し寂しくなっていたら、パスカルが手を握ってくれた。
「一緒に、ヘルクリスにお願いして箏に行こう。彼なら休憩しつつ数日で着くだろう?」
「うん…お願い、してみよっか」
そうだ。これが最後じゃないんだから…最後は笑ってお別れ出来るといいな。
※※※
そうして遂に、卒業式の日を迎える。少那と木華も卒業みたいなモンで、留学はもう終わり。
「少那、木華。卒業おめでとう!」
「おめでとうございます、殿下」
「ありがとう。本当に…色々と、お世話になったね」
「ありがとう。私はいずれ戻って来るけど…暫くはお別れね」
卒業パーティーで、パスカルと一緒に挨拶にきた。
「…シャーリィ、少しだけ2人で話せる?パスカル殿、いいかな?」
「はい、構いません」
本当に余裕だなこの男。前までだったら嫉妬の顔して「………少しだけですよ」くらい言っていたのに。
「ありがとう。テラスに行こう」
「うん」
と言うと、パスカルが自分の上着をわたしに羽織らせた。少しずつ春が近付いてきているが、まだまだ肌寒い。なんという気遣いか。
少那にエスコートされて、学園内にあるパーティーホールのテラスへ出た。
「やっぱ寒いね。パスカル殿はスマートにああいう事が出来て格好いいなあ…」
「ふふ、でしょう?」
「うん。…シャルティエラ嬢」
うん?わたし達は1人分距離を空けて…向かい合って目を合わせた。少那は穏やかに微笑んでいる。
「何度でも言わせて欲しい。私は…この国に来れて、貴女と出会えて本当に良かった。
私はこのまま国で、結婚も出来ずに1人寂しく生きていくしかないかなって思ってたんだ。それを…貴女が救ってくれた。
そして…命兄上との再会。兄上も、何度も貴女への感謝を口にしていました。箏を代表してお礼申し上げます。…本当に…ありがとう!」
「少那…うん!どういたしまして。貴方達の力になれて、わたしも嬉しい」
彼と手を取り、笑い合う。国に帰ったら、今後はどうするの?
「それがね。凪兄上は命兄上に王位を譲りたいらしいんだ。でも命兄上は断った。
「王は兄上だ。兄上がこれまで努力してきたものを、横から奪いたくない」って。
それでね…命兄上は一度国に帰ったら、旅に出たいって言うんだ」
「旅…?」
少那は楽しげに語ってくれた。
どうやらグラスはこの国に来るまでに、色々やらかしていたらしい。商船の品を盗んだり、一般人からも盗みをしたり。
あの時は生きる事しか考えていなかったけど…今は反省しているらしい。
だから、見聞を広める意味も込めて諸国漫遊の旅に出るんだと。色々な場所に行き、観光して働いて…困っている人を助けたいって…ふふ、楽しそうだね。
「でね。私も一緒に行きたいって言ったの!そしたら咫岐も「同行させてください!」って。更に飛白も「護衛します」ってさ。結局男4人の旅になりそうなんだ。
…飛白もさ、彼って前は口数も少なかったんだけど、実際そんな事なかったね。今は楽しそうに公爵家での話をしてくれるんだ。彼も、貴女が救ってくれたんだよ。
木華だって、この国に来なければルキウス義兄上と出会いもしなかっただろう。全部、貴女の縁のお陰なんだよ?」
さっきからベタ褒めで、流石に照れてきた。
「…明後日の旅行も楽しみにしていてね。それと、わたしとパスカルの結婚式は来年の夏の予定だから!」
「うん!じゃあ来年は、この辺りを旅しようかな。最新の通信機、持ってる?」
おっ、そうね。最近グランツで作られた、魔道通信機!まあ携帯電話みたいなモン。登録した相手と繋ぎ、離れていても会話が出来る優れもの!
一般流通はまだまだ先だろうけど、陛下に貰っちゃったのよ、親戚万歳!
ただ…箏は遠すぎて届かない。せめてこの大陸内じゃないとね。それは小型プレート型なので、なんとなくスマホを思い出す。今持ってないから後で登録しよ。
「この間、皇宮までパスカル殿がやって来て『変態紳士』シャツをドヤ顔で見せにきて…思わず吹き出しちゃった。しかも通り魔的犯行で、速攻帰ったよ」
「何やってんの…。そうだ、師匠って孤児院で子供達にモテモテなんだよ。この間は女の子5人で取り合いを始めちゃってね。
「カスリくん、誰を選ぶの!?」「誰も選べないよ…」ってやり取りしてて面白かった~」
「彼の困り顔が目に浮かぶね…あははっ」
もうすぐお別れとは思えないような、楽しく話をしていた時。ふと下から…なんか感じる…?ひょこっと会場内に戻ると…
「あれ、凪様来たかな?」
「へっ?本当だ…なんで?」
「扉にゴゴゴゴゴ…って見えたから」
「???」
少那はぽけっとしているが、それ以上説明のしようがない。遂にオーラを感じ取るようになってしまった…しかしなんで彼だけこう、覇王っぽいのかね~。
皇族一家と凪様が入場してきたので急いで戻る。陛下のご挨拶が終われば、音楽が流れてダンスの時間だ。
「お嬢様、どうか一曲踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
パスカルに誘われ、手を取り踊り出す。その次に少那と踊り、次は…
「俺俺!シャルティエラちゃん、俺と踊って!」
「俺が先だ!引っ込んでろ会長!!」
「もう会長はパスカル君でーす!」
会長…チェスター先輩とジェフ先輩が争っているぞ。こういう時くらい仲良くしなさいよ…。
卒業パーティーのダンスは、婚約者以外は卒業生優先だからね、ルシアン達は後回し。じゃんけん(生徒会メンバーにも浸透させといた)の結果、ジェフ先輩から踊った。
その後も踊ったり話したり食べたり飲んだり、楽しい時間を過ごしたのだ。
が、終了間際…わたしとロッティは陛下に呼ばれて休憩室に。そこにはお父様と皇子三兄弟、ペレちゃんも…大事な話があるらしい。
「関係者である君達は知っておくべきだろう。…セフテンス関連の裁判が、全て終了した。晴れの日に言うべき事ではないと承知しているが…」
「「……!!」」
あの日から約2ヶ月。遂に…終わりの日を迎えるのか。わたし達は居住まいを正し、続きを聞く。
「まず極刑を受ける者。元国王、財務大臣、法務大臣だ。王は説明は要らないだろう、財務大臣は国庫を不正に利用した。それにより多くの者が生活難、飢餓に陥った。
法務大臣は国に楯突いたという理由で、多くの罪なき者に冤罪をかけて死に追いやった。この3名は斬首刑とする。
次に、王妃と第二王女。彼女らはそれぞれ別の修道院に送られる。第二王女はまだ若いからな、生活態度によってはいずれ解放されるかもしれん。だが、10年は出られまい。
第三王女は路銀を与えて国外追放。それをどう使うか…だな。
南以外の州侯及び重鎮達は、家族諸共身分と財産を剥奪し平民となる。
異を唱えるならば更に重い罰を与える…と言ったら、誰も反論はしなかった。
他の城仕えの者達は解雇処分。優秀な者数人はルシアンの城で働いてもらう。
最後に…第四王女。彼女は出産後…速やかに薬による安楽死を迎えてもらう。…何か質問はあるかな?」
「「……………」」
質問なんて、無い。妥当な罰だろう…けど。
ヴィルヘルミーナ殿下…ビビ様。彼女は母となれず…死ぬ。
彼女が殺害したと思われる騎士。下手人は捕まり、彼女の指示だと吐いた。しかも騎士だけでなく…殿下は。自分の気に入らない者達を何人も始末していたと…発覚した。
彼女に同情する気は無いけれど。もしも我が子が生まれて、その腕に抱いた時。…罪を、悔いるのだろうか?この子の成長を見れないなんて…と、嘆くのだろうか?
そう考えると…少しだけ、心が痛む。
わたしが俯いていたら、ペレちゃんが発言の許可を求める。陛下が了承し、彼女はわたしの握られた拳を優しく両手で包んでくれた。
「シャーリィさん。どうか…心を痛めないでください。私は家族と最後に面会をしましたが…皆、私に恨み言ばかり。
「お前だけ何故自由にしている」「死ね」「こんなのは間違っている」…と、色々。あの人達は何も反省していないんです、ですから…あの人達の罪は、私が最期まで背負います。
それと、ヴィルヘルミーナお姉様。彼女は私を見るや否や「あら、新しいメイド?旦那様を呼んできてちょうだい。この子の名前を一緒に考えるのよ」と言いました。
もう…お姉様は普通ではありません。僅か数秒前と発言が矛盾していたり…本を読んでいたと思ったら、次の瞬間床に叩き付けたり。
普通であれば、時間を掛けて治療するでしょうが…必要ありません。死はお姉様にとって…救いでもあるんです。
だからどうか、俯かないで…」
…駄目だなあ、わたし。彼女のほうが辛いだろうに…情けない。
「ありがとう、ペレちゃん。もう大丈夫!」
なんとか気持ちを整理していたら、部屋の外でアナウンスが聞こえる。もうパーティーも終わりのようだ。
明日は終業式で、4年生ももう終わり。来月からわたし達は、最終学年の5年生だ。
「陛下、ありがとうございました。ルシアン、ペレちゃん。わたしに手伝える事があったら、なんでも言ってね」
「もちろん私もです」
「シャーリィ…ロッティ。ありがとう、その時は遠慮なく頼らせてもらうよ」
陛下達に退室の挨拶をして、ルシアンとロッティと3人で会場に戻った。
かつてセフテンスという国があった。
暴君による圧政で、民は長く苦しめられてきた。
王族の中でも最も美しい姫がいた。
彼女は愚かにも最上級精霊の怒りに触れて…国は滅んだ。
だが精霊は、民を傷付ける事はしなかった。
隣国グランツに、精霊姫と呼ばれる、精霊に愛されし少女がいた。
彼女は怒り狂う精霊達を宥め、被害を最小限に抑えた。
セフテンスの人々は精霊姫に感謝し、女神として崇めた。
国は無くなり、グランツの一部となった。
そうして素晴らしい統治者により、民の笑顔は取り戻された……
これが後世に語り継がれるお話。ちと違うけど…大体合ってるね!
でも…わたし達は忘れてはいけない。同じ事を繰り返さない為にも…ね。
応援ありがとうございます!
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