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学園4年生編

sideエリゼ

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 騒がしいお茶会を終えて、数人は食後の運動に外に行った。残っている面子は適当にソファーで寛いでいる。
 オレはサロンに残ったが…ファルギエールが、少し深刻そうな顔でセレスに話し掛けた。


「……もう少しで夏期休暇も終了だよね。その…セフテンスの王女殿下が、短期留学に来るんでしょう?」

「え?そうだけど…オスワルドさん、知ってたの?」

 それがどうかしたのか?と思いつつ、なんの気無しに会話に耳を傾ける。


「その…セフテンスって、ファルギエール領とは海を挟んで隣接してるからさ。色々情報入ってくるんだけど…。
 あの国は現在、王女が5人で王子はいない。女王も認められているから後継には困らないけど…年功序列ではなく、優秀な者が国王に選ばれるんだ。
 そんで今年末っ子の第五王女が15歳になったから、選考期間に突入したんだけど…今回の留学、高確率でそれが関わっている気がするんだよねえ…」

「………成る程…警戒が必要なのかな…」

「憶測の域を出ないけどね…。一応、気に留めといて。もし本当に、勉強がしたいだけだったら申し訳無いし」

 
 ……女王、か…。伴侶…王配に選ぶ男も、重要になってくるだろうな。まさか…セレスかパスカルを狙っている?もしくは…ルシアンという可能性もある。
 …オレがあれこれ考えても仕方ない。少し魔術ぶっ放してくるかー、と思い立ち上がって伸びをする。

 窓から出て、他のメンバーがいるであろう騎士の鍛錬場目指し飛行する。その間…パスカルは王女に惑わされないよな?という不安が一瞬頭を過ぎってしまった。



 …あの男に限って、それは無いか!オレはふいに、パスカルとセレスがデートしていた日を思い出した。奴がセレスの秘密を知ってしまったあの日。

 オレは嫌な予感がして…フルーラを家に帰しておいた。すると…呆れ顔のセレネに乗った、超笑顔のパスカルが…

『ようエリゼ…辞世の句を残す時間をやろうか?』

『いや待てオイ。一体なんの』

『問答無用!シャーリィの、彼女の裸体はどうだった?さぞいい光景だっただろう!柔らかかったって、ドコを触ったんだ!!?』

『!!お前、気付いて…うおっわあ!!?』

『死ねえ!!もしくは記憶を殺す!!!』

 
 あの男は本気でオレを殺りにきていた…!セレスに助けを!いや、シャルロットと話…その前にゲルシェ先生!?とテンパったオレは、ひとまず公爵邸に転移した。
 だがセレネが匂いを辿ったとかで、すぐにパスカルは追い付きやがって…シャルロットを挟む事でなんとか落ち着いた。

 その後は首都にあるファロの隠れ家に3人で移動。パスカルに全ての経緯を説明した。
 男装を始めた理由。もう元凶である伯爵はいないのに…今も続けている理由。奴は渋い顔をしていたが…なんとか納得させた。


『今更だけど、人前でセレスを女扱いすんなよ?無理っぽいけど!』

『ふん、分かっている!……でも…』

 でも…?急にしんみりしたパスカルに、オレとシャルロットは戸惑った。


『もしも…シャーリィが男装とかしてなかったらさ。俺と幼い頃出会ったかも分からない。学園で知り合っても…今のように、深い仲にはなっていなかったと思う。
 そう考えると…酷い事を言うけれど。彼女が…男装しててよかった…と、思っちまった…』

 奴はそう言って、遠い目をした。オレ達は何も言えず…沈黙が流れた。
 彼女の不幸を知った上で、現状を喜ぶ。あいつはそれ程までに…今のシャルティエラを愛しているんだな…。



 そうだ。確かにセレスが最初から伯爵令嬢だったなら。多分オレも、こんなに仲良くなっていなかった。


「……運命、か…。様々な不幸の上に、今のオレ達は成り立っているんだな…」


 空の上で1人考える。すると地上に…走るパスカルの姿が。
 

「……もしも浮気でもしようもんなら。オレは絶対…お前を許さねえからな」


 絶対に有り得ないだろうけど、と…オレは1人フッと笑い。ゆっくりと地上に降りるのだった。



「あ、エリゼ殿。今ルシアンとパスカル殿と、ジスラン殿が持久力勝負をしているんだ。ルシアンはもうリタイアしてるけど!」

「はは…相手が悪すぎますね」

 オレに気付いたスクナ殿下が話し掛けてきた。今セレスが男装をし続けているのは…言ってしまえば彼の為。ただし今度は、彼女自身が選んだ道。
 ならばオレは何も言うまい。原因は知らんがスクナ殿下の女性恐怖症を、なんとか治してやらんとな。

 ぶっ倒れるルシアンを回収しつつ、殿下と少し話す。今近くにはタキしかいないから…実質2人きりみたいなもんか。そういやこの人と誰も挟まず会話すんの、初めてだな。


「エリゼ殿は公爵家と親しいんでしょう?その…グラスという使用人、知ってるよね?」

「え?ええ、もちろん。そういえば…あいつは箏出身とか言っていたか…」

「らしいんだよね。でも…セレスの従者のはずなのに、私は全然会えていないんだ。今日もお休みだと聞いたよ」

 ふむ?そういや、最近のセレスは…皇宮に行く時はフェイテを連れている。オレはタウンハウスや公爵邸で、しょっ中グラスと顔を合わせるけど…昨日も喋ったし。
 以前のお茶会でも給仕をしていましたよ?と言ってみるも、丁度タイミングが合わなかったらしい。


 まさか…グラスはスクナ殿下を避けている…?でも、そんな理由あんのか?



「会えなすぎて気になっちゃって。グラスという人物について、教えてくれないかな?」

 殿下はオレにそう言ってきた。なので…初めて会った時の印象から伝えてみようかな。


「…最初は、ただの孤児でした。あいつは酷い暮らしをしていましたが…当時から貴族に対しても物怖じしないし、どこか豪胆さを感じる男でした。
 服装が見窄らしくも、品格が備わっていて度胸もあって。只者じゃない…って印象ですね」

「へえ…凄いねえ。彼は箏の記憶は殆ど無いって聞いてるよ?」

「オレもそう聞いています。ただ…セレスが漢語を話しているのを聞いて、耳に覚えがあると言ったらしいんです。
 セレスがちょっと教えると、すぐにマスターしました。きっと、知識は記憶の奥底に眠っていたのでしょう。今はセレスと一緒に、カスリ…卿に刀を教わっているようです。
 グラスという名前は、本名を覚えていないと言うのでオレ達で考えたんですよ」


 オレの説明に、殿下は興味深そうに頷いた。直接会えばいいのに…オレからもグラスに言ってみようかな?殿下は箏に、グラスの家族が残されていないかとか心配らしいのだ。
 殿下は次に、特徴とか普段のグラスについて聞きたがった。特に面白くもないだろうが…


「うーん…まず年齢は18歳。黒髪黒目、褐色の肌。失礼ながらオレ達は外国の方の見分けがつきにくく…顔はスクナ殿下やタキとよく似ている気がします。
 ただしセレスは…姫様によく似ていると言っていました。特に目元がそっくり…だ、と…?」

「「………………」」


 な…なんだ…?急に殿下とタキの顔色が…変わった。
 怒りではない、この表情は…戸惑い?


「……続けて」

「は、はい。えっと…面倒見がよくて孤児院でも自然とリーダーシップを執っていて、頼りにされる事が多いみたいで。
 治癒魔術の適性持ちで、魔力量も多いみたいです。きちんと学べば、相当な魔術師になれるかもしれません。
 それと機嫌がいいと鼻歌を歌っていますね。楽器もセレスが少し教えると、あっさり弾けるようになっていました。ダンスもすぐ覚えて…音楽関係に強いのかも…。
 刀もカスリ卿を唸らせる程上達したと聞いてますし。箏でどんな暮らしをしていたか知りませんが…もしかしたら、上流階級出身かもしれませんね…?」


 オレが語る度に、2人はどんどん顔を強張らせる。オレは何か変な事言ってるか…?
 殿下は暫く黙りこくった後…グラスに会いたいと言って来た。とはいえ、今あいつが何処にいるのか知らないし…オレは少し遠くにいたフェイテに助けを求める。


「…………申し訳ございません。実は…グラスは箏で辛い思いをした、と薄っすら覚えているようなのです。
 恐らく記憶を失う程の出来事があったのでしょう。今は…過去を思い出したくないようなのです。ですので、飛白様はともかく…これ以上箏の方と交流するのを恐れています。
 一使用人が王族である貴方様にこのような態度、不敬とは存じますが…どうか、ご理解いただきたく…」


 フェイテは深々と頭を下げながら言った。その様子に…只事ではないとルシアンや他の皆も集まった。やはりグラスは、殿下を避けていたのか。
 殿下はフェイテに慌てて顔を上げるよう言った。責める気は無い、そういう事情なら仕方ないと。しかしまだ気になるのか、言葉を続ける。

「…その。グラスは…本名は、もしかして…」

「殿下」

 タキが殿下の言葉を遮り肩に手を乗せ…首を横に振った。有り得ません、お気を確かに…と、切なそうな表情で言う。
 スクナ殿下は小さくため息をつき…諦めたようだった。でもオレは、グラスの写真を見せるくらいならいいんじゃないか?と思い…声を上げようとした。


 だが、隣から…何かを訴えるようなフェイテの視線を感じて。オレは咄嗟に口をつぐむ。
 今はまだ昼下がりだが…殿下が「ごめん、今日はもう帰るね…」と屋敷に向かって歩き出す。恐らく姫様を迎えに行くのだろう…残されたオレ達は動けずにいた。
 帰宅場所が同じなルシアンも帰る事に。帰り際オレに、何かあったのか?と聞いてきたが、オレが知りたい…




「……………………」

 戸惑う姫様を連れて、彼らは屋敷を後にする。その様子を…グラスが自室から眺めていた事に、オレも誰も気付かなかった。
 よく分からないままにルネ嬢とファルギエールも帰宅して…オレは門の辺りで見送りをするフェイテに訊ねてみた。


「おい。どうしてグラスを隠す?」

 すると彼は周囲を気にして…誰もいない事を確認してから、小声で答えた。


「…………確認が取れていないので詳細は語れませんが…なるべく、箏の方々にグラスの情報は流さないようお願いします」

「………………………」

 その詳細を知りたいっつってんだろう…とイラッとしたが。続くフェイテの言葉に衝撃を受けた。


「グラスは、魔術により記憶を封じられているそうです。ヨミさんが言うには、鍵が無ければ封印は決して解けないと。
 ですが…グラスは思い出さない道を選びました。今のまま…シャルティエラお嬢様のお側にいる暮らしを。俺には…何が正しくて間違っているのか。何も分かりません…」

 フェイテは頭を下げて、屋敷に入って行った。オレはその後ろ姿を呆然と眺めて…挨拶もせずに自分の家に帰る。




 子爵家の自室、ベッドの上に仰向けに寝転がり。何かが…変わってしまいそうな焦燥感に襲われた。
 

「グラスを隠すという事は…フェイテはある程度、奴の正体を知っている。しかしセレスは殿下にグラスを紹介しようとしていたから…無関係?
 カスリはよくて、スクナ殿下は駄目な理由…情報が少なすぎてどうしようも…」


 更にセフテンスの王女問題。スクナ殿下の女性恐怖症の治療。変態野郎の暴走と…なんだか忙しい2学期になりそうだな…と気が滅入る。
 


 どうか穏やかな2学期を過ごせますように。そんな風に無駄に祈りながら日は流れ。


 明日からもう…新学期が始まるのであった。

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