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学園4年生編
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しおりを挟む次の日の朝6時。いつもならグラスも起きている時間なんだけど、まだ眠っているみたい…。
彼を気にしつつも木刀を手に外に出る。飛白師匠はすでに待機しているのでな。
つい最近まで、朝は冷えていてショールが欠かせなかった。
それが段々夏が近付き、過ごしやすい時間になってきた。今の季節だけの爽やかな朝、僕は身体を伸ばして深呼吸する。
「おはよう、師匠」
「おはようございます、公女。…グラスは?」
「ちょっと具合悪くてね…」
まず屋敷の周囲を走る。グラスがいないだけで、少し寂しいなあ…。
いつも走りながら、3人で雑談をしているのだ。漢語で話すのがラクだけど、師匠がもっとペラペラになりたいと言うので漢語禁止令を発令したぞ。
そのお陰か、師匠は少しずつグランツ語も上手くなってきた。それに…最初より仲良くなれたと思う。箏の話を沢山してくれるようになって、僕は楽しいし嬉しいのだ。
で、何々…少那達が箏から連れて来た使用人や剣士は皆、実力の他にグランツ語を流暢に扱える者が選ばれたらしい。そんじゃなんで師匠はカタコトなの?
「俺が…少那殿下、に。えっと…大事…いや、重宝?違う…すみません、**ってなんて言います?」
「うーん、庇護かな」
「それそれ。庇護を、されている。え、庇護を、受けるって言います?なるほどー」
ふむ、師匠は少那のお気に入り?にしては、僕の剣術指南役に遣わせてくれたし…。
理由を聞いてもいいのかなー…と僕の考えは顔に出ていたのだろうか、師匠がくすりと笑った。
そういや、最近は笑ってくれる事も増えたなあ。ジェイルとデニスとも仲良くしてるみたいだし、よきかな~。
「殿下は…俺に、んと……後ろめたい、です」
「へ…?」
「…昔の、事。それ以上話すは…殿下の、許可必要です。
それと俺は、平民です。平民が宮仕え…ほぼいないです。だから…事情知らない同僚は、俺を嫌うです。
今回、グランツの同行選ばれた時も…結構、馬鹿にされたです。でも…こうして仕事、貰って公女と出会えた。殿下に、恩あるけど。今…すごく楽しいです」
…そっか。彼が皇宮からうちに来る時、身支度に時間掛かっていたのは…同僚と話をしていたからって言ってたな。
そん時も実は、かなり嫌味を言われていたらしい。「殿下に捨てられた」とか「名誉を自ら捨てた」や、「もう箏にお前の居場所は無い」とか。
はーん…?そういう事言っちゃう?しかも少那とか、王族のいない場所で…
「ふん!いいもんね、師匠が本当に箏に居場所が無ければ…ずっとうちにいればいいんだから!!
そん時は僕が少那に言ってあげるからね、なんならご家族も呼びなさいよ!!」
「……はい!」
それは紛れも無い僕の本心だ。師匠も満面の笑みで返事をしてくれたし…こりゃ本格的にラウルスペード騎士団に引き抜いちゃう!?
「それに俺は強いです。同僚は…平民に、実力で負けるから…俺、もっと嫌われるです」
おお!そりゃ頼もしい、刀一本で成り上がるって感じ?格好いい!
師匠のドヤ顔に、僕も笑顔で返すのだった。
屋敷に帰って来て水分補給。そこで師匠は汗をかいたからと服を脱いだ。すると…
「………!!」
僕は息を呑んだ。彼はいつも、服をカッチリと着ている。今日初めて上半身を見たけど…そこには。
いくつもの古傷が…あった…。切り傷や、鞭の跡みたいのも、火傷痕もある…。彼は顔に大きな傷があるけれど…まさか、体中に…?
「…醜い、体です。不快なら…」
「ち、違う!びっくりしたけど…全然不快なんかじゃない!!ただ…痛そう、だなって…」
僕の反応を見た師匠は、少し悲しそうな顔になって服を着ようとした。
なのでつい反射で服をぶん取り、彼の脇腹に触れる。そこには抉れたような傷があり…無意識に撫でてしまったのだ。
「……公女。男の体に、触る…駄目です。しかし…照れる、ですね」
すると彼は恥ずかしそうに笑った。今の状況はまるで…半裸の成人男性に抱き着いているように見えるのでは…アウトーーー!!!
「ご、ごごごめん!!そんなつもりじゃありませんっ!!!」
「…ははっ、あはは!」
彼はついに声を上げて笑った。もしかして…揶揄われた!?やられたあ…!!
僕が手を握り締めてプルプルしていたら、汗を拭き終わった師匠は木刀を構える。んもう…!
日課としてまず素振り30回。その後打ち合うのだが…
ガン、ガス、バシッ!と音が響く。
「腕、下がってる、踏み込み、甘い!」
「くおっ!はい!!」
師匠は当初、女子である僕に遠慮がちだったが…今はビシバシ教えてくれる。実力が認められたみたいで嬉しいね!もっと強くなるぞー!!
…というのが毎朝のルーティーン。いい汗かきました!
「ふー。ありがとうございました!」
「はい、お疲れ様でした、公女。……何か…?」
僕がじっと師匠を見つめると、彼は少し慄いて左に顔を逸らしてしまう。僕が怖いとかじゃなくて、顔を見られるのが慣れていないんだろうな…。
「いやね、そろそろ…公女ってやめない?」
「……では…なんと、呼びます…?」
「ふむー…シャルティエラが言い難かったらシャーリィとでも。師匠は僕に仕えているとかじゃないし、気軽に呼んで!人前ではセレスって呼んでね」
僕がそう言えば、彼は目を泳がせた後…
「えっと…では、シャーリィ様と、呼びます…」
「様も要らないけど…まあいっか!」
「うう…」
その後は師匠と別れ、僕は軽く汗を流す。暖炉に乾かしてもらって支度。モニクに髪を結ってもらい朝食だ。
今日は屋敷を出る時、ようやくグラスが目を覚ましたらしい。
なるべく休ませてあげてね、とモニクに伝えて僕らは学園に向かった。
※※※
教室に入る直前…僕は誰かに後ろからガシッと肩を掴まれた。振り返ると…木華?
「おはよー」
「おはよう。ちょっと、こっち…!」
へ?木華と薪名に両腕を引っ張られ…人気の無い屋上に続く階段に連れ込まれた。いやん、告白ならもっとロマンチックによろしくぅ。
「んもう、大事な話なの!
…昨日、兄上と何か話した…?」
「……!えっと…はい…」
彼女は声のトーンを落として顔を近付けて来た。おいおいハニー、誰かに見られたら誤解されるぜ☆とふざける気も失せたわ…。
「少那に、魔術祭での出来事を謝罪されたよ。それと…告白された。返事はこれからだけど…」
「「えええーーーっ!!?」」
わあっ!?今大声を出したのは…ロッティとバジル!ついて来てたんかい!
2人の口を塞ぐと、木華と薪名が両手で顔を覆っているのが見えた。どしたん?
「…申し訳ございません、セレス様…。咫岐は私がはっ倒しておきますので」
「そりゃ安心だ……いやなんで?」
薪名は「では姫様、放課後お迎えにあがります」と言って去って行った。なんで咫岐?
「(…兄上が、セレスが女性だと知ったら。責任を取って結婚しよう!とか言いそうね…。
私としてはそのほうが嬉しいけど…愛し合っている2人を引き裂きたくないわ。早くセレスが婚約でもしてくれればいいのだけれど)」
ふう…とため息をつく木華。僕は…「聞いていないわよお姉様!」「パスカル様はどうなさるのですか…!?」とやかましい2人を抑えるのに必死だった。
なんとか宥めて教室に向かおうとしたら。木華が先に階段を降り…る前に。足を止めて、僕らに背中を向けたまま言葉を発した。
「セレス。先に謝っておくわ…ごめんなさい。
昨日…夕食の席で少那兄上が『今日、セレスの首にいくつか赤い発疹があったんです。本人は痛くないって言うし、パスカル殿も自然に消えるから問題無いって言うんですけど。
本当に平気なんでしょうか…?腫れてはいないみたいだったけど、何か病気とかじゃ…』って言ってたの…。
それに対してルシアン様が『それは…平気だから。病気なのはむしろ、マクロンのほうだから…』と答えていたわ…。
その…本当にごめん…」
………え。木華はそれだけ言うと、足速に階段を降りた。
ロッティとバジルは頭を抱えて……
ぎ、ぎゃあああああああぁぁぁっ!!!?ひいぃん、僕もう皇宮に行けないいいいい!!誰か少那に教育しておいてええええ!!!
その場に蹲る僕の背中を、2人がポンと叩く。
こうして僕ら3人は、仲良く遅刻しましたとさ!
その後、昼休み。
僕はランチを済ませた後、少那を医務室に呼んだ。ラディ兄様にはちょっと席を外してもらって…鍵をして、と。
「少那…昨日の話だけど。ごめんね…僕は君の気持ちに応えられない」
回りくどいのは苦手なので直球でぶち込んだ。少那は一瞬表情を変えたけど…すぐに笑顔を作った。
「うん…ありがとう、ハッキリ言ってくれて。
大丈夫、分かってたから…むしろ悩ませてしまってごめんなさい。…これからも、どうか私と友達でいてくれる…?」
「…うん!こっちこそお願いね」
と、僕らは握手した。よかった…もしも友情が終わってしまったら…と不安だった。
大丈夫、少那は本当に魅力的な男性だもの。女性恐怖症さえ治れば…僕なんかよりも、もっと素敵な女性と出会えるよ!
「あ、そうだ。昨日…もう1つ話があったんだ」
外に出ようと鍵に手を掛けたら、少那がそう声を上げた。話って、なんの?
「えっとね…私、少しだけど女性恐怖症が良くなったんだ!一部の女性には近付けるようになったの。触れはしないけど…貴方のお陰なんだ」
「え…すごい!やったね、おめでとう!」
僕は何かした覚えは無いが、こんなに喜ばしい事は無い。純粋に嬉しい気持ちと…もう少しで男装生活も終わる!?という期待が入り混じる。
僕にもっと手伝える事無い?と聞くと…少那はゆっくりと口を開いた。
その頃、廊下にて。
「なんだと…!?じゃあもう少しで、正式にシャーリィと婚約出来る…!!」
「…そういやお前、知ったんだってな。あんまりエリゼに迷惑掛けんなよ…昨日超ぐったりしてたぞ」
どうやらラディ兄様とパスカルが盗み聞きをしていたらしい。扉に揃って張り付き小声で会話し、完全に不審者だね。
「俺を差し置いていい思いした罰だ!今朝なんて俺、よく分からんがルシアン殿下とエリゼに教科書でバシバシ叩かれるし!俺が何をしたって言うんだ、全く。
それより…会話に集中しないと!」
「はあ…ったく」
少那は遠慮がちに、「断ってくれても構わない」と前置きしてから本題に入った。
「あの、ね。女性に慣れる為に…セレスに、女装してもらいたいな…って」
「女装…?」
「うん…。貴方を女性だと想定して、練習したいというか。
休日とかの暇な時だけでいいから…女性の姿で、私と過ごしてもらえたらなって…」
彼は申し訳なさそうに言った。
なるほど…いい案かもしれない。もちろん2人きりではなく、パスカルも一緒にと。そういうところ、律儀だなあ。
それなら僕は断る理由は特に無い。それで女性恐怖症が治るなら、僕にとっても良い事だし!
「それでね…その時。練習として…もし、よかったらなんだけど…!」
「よかったら…なんだ…!?まさか…!!!」
『っあ…!駄目だよ少那、どこを触ってるの…!』
『セレス…これは練習だよ。そう…やましい気持ちなんて、一切無いから…!』
『イヤ…!僕には、パスカルという愛する男性がいるのに…!』
『今だけは、私が貴方の恋人だよ。さあ…その邪魔な服を脱いで…』
『いやあ…!パスカル、助けて…パスカル!』
『目の前に私がいるのに、他の男の名前を呼ぶなんて…悪い子だね…』
「とか言って…練習と銘打って、シャーリィにあんな事やこんな事、果ては(ピーーー)な事までするつもりじゃないだろうな…!!!際どい服を着せて、俺を撒いて路地裏に連れ込んで…!!」
「お前の想像力どうなってんの?」
「許さん…絶対に許さん…!!」
「パル…お前…(シャーリィには頼もしい精霊がいっぱいいるって、忘れてるぞ)」
なんか扉がミシミシ言っている気がする…?それにボソボソと聞こえて来るが…まあいいか。少那は顔を真っ赤にして…裾を握り締めて…
「よかったら…わ、私と手を繋いで歩いてもらえないかな…!?嫌だったら、無理しなくていいから!」
と言った。別にいいけど?
「いいの!?あの…本当は…う、腕を組んでもらえたら…すっごく助かるんだけど…」
「いいよ?」
僕が即答すると、少那は喜色満面の笑みだ。
そして「ありがとう!えへへ、楽しみだなあ…!」と言ってくれている。いやあ…パスカルの要求に比べると、可愛いもんだよね。
「じゃあ、教室に戻ろっか!パスカル殿にも話しておかないとね」
「うん……あ、そうだ!ねえ少那、箏ってさ…ミコ」
ミコトって名前、一般的なの?と聞こうとした瞬間。
ドガッシャアアアン!!!
「「ひっっっ!!!?」」
医務室の扉が…大きな音と共に震えた。何、なんかぶつかった!!?
急いで開けると、そこには……
「……シャーリィ…俺を殺してくれ…。自分がクズ過ぎて生きるの辛い…頼む…どうして俺ってこうなの…?
もうイヤ……生まれ変わってピュアになりたい…心が穢れていてごめんなさい…」
「………んふっ、ふふん…!!ひ、く…おふっ……っ、…!!ひ、ひひっ、……!」
そこには…床に突っ伏し、シクシクと涙を流しながら懇願するパスカルと。
少し離れた所で…蹲って笑いを堪える兄様が。今の音は、パスカルが体当たりした所為らしいんだけど…何があった…?
「なんでもないんだぞ。さあシャーリィ、セレネと一緒に教室に行こうな。パルは暫くそこで反省させておくんだぞ」
いいのか…?セレネは僕に飛び付いて来たので、彼を抱っこして少那と歩き出す。
チラチラ後ろを見るも…「放っておいていいんだぞ」とセレネが言うので、まあいいんだろう。
その衝撃で、僕は少那に何か聞こうと思っていたのに…頭からすっかり飛んで行ってしまったのだった。
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