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閑話
ヨミが死神をやめる日
しおりを挟む「……ぼくは死神になり、先代から全ての記憶と能力を受け継いだ。と同時に、生前の記憶は曖昧になっていった。
元々は人間だった。何か欲っしているモノがあって、それは人間界にある…それくらいしか憶えていなかった。それがこの国に足を踏み入れて、鮮明に思い出してしまったけれど。
まあ誰とも契約していないぼくが人間界に出てきちゃうと…特性を撒き散らして、死屍累々の光景が広がっちゃうみたいなんだけど。
だから君と契約するまで、ずっと精霊界か冥府に引っ込んでたんだ。
そうしてぼくは君と出会った。更に偶然でこの国を訪れようとは…これも縁、なのかな?」
縁、か。確かに僕は、普通に暮らしていたらこの国を訪れる事は無かったはずだ。
ルシアンという友人がいて、彼が考古学に興味のある少年で。彼に誘われなければ…ヨミの秘密を知る事も無かった。
そもそもヨミと契約していなければ…と、もしもを考えては果てが無いが。
でも、どうして時間が止まっているんだろう。ヨミはまだ、ここに囚われているの…?
祭壇に横たわる青年。彼は扉の前で息絶え、ヨミが祭壇の上に乗せたらしい。
真っ暗な狭い空間で1人…飢餓か他の要因かは分からないけど…死んだ、ひと。
『開けて…ここを、開けて!!いやだ、さむい…こわい…誰かあ!!』
ズキリと頭が痛む。僕の脳裏に…青年が手探りで扉を見つけ叩き、喉が潰れるまで泣き叫ぶ姿が浮かんだ。これは、ヨミの記憶なんだろうか…。
『お願い、します…だれか、たすけてください…。
お腹…すいた…。ひとりは…こわい…だれ、か…』
どれだけ恐ろしかっただろう。苦しかっただろう。哀しかったのだろうか…。
当時の青年の心情を考えると、涙が止まらない。
「ヨミ…下ろして…」
「……駄目。危ないよ。ぼくから離れないで…」
「……大丈夫だから…お願い…」
「……………」
ヨミから離れたら、僕は死んでしまうかもしれない。それでも…
「……分かった」
ヨミは静かに僕を地面に下ろす。彼の手が離れた瞬間…さっきとは比べ物にならないほどの、死が僕に迫ってきた。
「…………!!」
だが最早感情は死んでしまったのか、何も感じない。体の体温が低下してきた。うまくうごかせない。あたまもはたらかない…。
それでもぼくは…なんとか足をうごかして。あたまに浮かぶのはただ、目のまえの、せいねんを…ひとりに、できないということ…
震える手で彼の身体に触れ、起こし……今の精一杯の力で、抱き締めた。
冷たい…ヨミはあんなにも温かいのに。また涙が溢れてきた。
「……寂しかったね。苦しかったね…名も知らない貴方」
世界中には理不尽な死を遂げる人などザラにいる。そんな人々全てに同情していてはキリがない。
それでも、こうして目の当たりにしてしまうと…
僕に出来ることは…遺体を埋葬するだけ。その前に…こうして寄り添って、貴方の苦しみを分かち合いたい。どうかそれだけは、許してください…。
僕の涙は止まることを知らず、次から次へと流れてくる。その涙は頬を伝い、彼の顔に落ちる。すると…
『……………あ、り、が、と……』
「…………え?」
僕の嗚咽が響くだけの空間で…微かに誰かの声が届く。ヨミ?
そう思い振り返るも、彼は首を横に振る。まさか……貴方が?
あれ、気が付くと…青年は微笑んでいるように見える。
そして…彼の身体は砂になって崩れていった。その砂はヨミの元に集まり…溶け込んだ?
「なんで……」
「時間が動き出したんだよ」
僕の手の中で…服と装飾品だけを残して、青年は消えてしまった。
今何が起こったのか、まるで理解出来ない。僕の疑問に答えたのは、ヨミだった。
「どうして、今にな……って…?」
「それは……あ」
ヨミの回答を聞く前に……僕は、体に力が入らず、傾いてしまう。
もう死の恐怖は無かった。だが…酷い疲労感に襲われ……。
倒れる僕を、ヨミが受け止めてくれた。目を閉じる寸前…彼の翠の目が僕を真っ直ぐに射抜くのが見えた。そして、何か…口に、温かいものが触れ……
そのまま僕は、意識を失ったのだった。
※
気を失ったセレスタンに口付けをし、彼女を抱えてヨミは立ち上がる。
時間が動き出したこの部屋は最早彼の領域ではなく、ただの遺跡と変わらない。
「どうして時間が動いたのかって?この男の…ぼくの望みが叶ったからだよ」
愛おしそうにセレスタンを見下ろすヨミ。彼女の上に、部屋の外に落ちている外套だけ被せ階段を登る。
「……む。終わったか」
「うん」
ヘルクリスはヨミの言葉通り、人間達を全員連れて遺跡の外で待っていた。
彼は2人の姿を確認し、ヨミの雰囲気が変わっている事に気付く。
「お前…死神の特性が薄れていないか?」
「人間のぼくと死神のぼくが混ざったからね」
ヨミは死神の特性として、その場に在るだけで生者を死に誘ってしまう。それは…「今すぐ死にたい、いや死ななきゃいけない!!」と強制的に思わせるもの。
人間と契約していればそれは薄まり、ただ恐怖を撒き散らすだけに止める事が出来ていた。
だが、今の彼は…その特性が限りなく薄まっている。現に今、ヨミに慣れているルシアンとジェルマン以外の人間もラクダも…彼の姿を見ても、なんとも無いのだ。
というよりも、オンオフを切り替えられるようになったと言うべきか。
ただ発掘メンバーは、いきなり現れた半裸男に対し「誰だお前!?」という感想しか無いのである。
「今のぼくだったら、他者に触れても相手が死ぬ事は無いよ。殺そうと思えば殺せるけどね」
「そうか…(特性だけでなく、その表情…恐らく性格も。人間に近付いている…)」
ルシアンとジェルマンは、ヨミの腕の中で眠るセレスタンが気に掛かり駆け寄った。
「精霊様!セレスは無事なのでしょうか…!?」
「大丈夫、眠っているだけだから。
それとルシアン、そんなに畏まらなくていいよ。君には感謝しているから。ヨミと呼ぶ事を許すよ」
「へ?あ、じゃあ遠慮なく…?」
ルシアンは先程までと違い、まるで人間の青年のようなヨミに戸惑う。そしてヨミは、「テントに行ってるね」と言葉を残し歩き出す。
精霊達とジェルマンがその後を追う。だがヨミは「あ」と声を上げ、立ち止まり後ろを向き、ルシアンに声を掛けた。
「忘れてた。もうあの空間は、なんの力も無いよ。だから入っても大丈夫。扉はもう閉まんないけど。
あそこはかつて、人身御供として水神に捧げられた男が閉じ込められていた部屋。
男が身に付けていた数千年前の服と装飾品が転がってるから。君らにとっては、それなりに価値があるんじゃない?
あとルシアン、階段の下にぼくらの服があるから回収しといてね」
「わ、わかった」
さらに今までと違い、ヨミは饒舌になっていた。
今度こそ彼らは拠点の村に帰って行く…その姿を確認した発掘メンバーは、一目散に地下室に向かうのであった。
その後青年が着用していた衣類等は、歴史的に大いなる価値があるとされ…博物館に飾られる事になるのだった。
一足先に拠点に戻って来たヨミは、布団にセレスタンを寝かせる。正確にはここはルシアンのテントなのだが…お構いなしである。
ジェルマンは外に待機し、ヘルクリスと他の精霊達も気を使ってか外にいる。ヨミはセレスタンの横に転がり、彼女を抱き締めて目を閉じた。
「シャーリィ。ぼくの欲しかったものはね…この温かさなんだよ。ただ、それだけだったんだ…」
かつてヨミは奴隷だった。物心ついた時から大きな首輪を嵌められていたので…恐らく、親に売られたか捨てられたかのどちらかだろう。
そうして17歳で命を落とすまで、人として扱われた事など無かった。主人のペットの犬よりも少ない食事で、ボロボロの布を体に巻きつけるだけの服で、朝から晩までこき使われる日々。
そんな彼は、誰かの温もりを終ぞ知る事は無かった。人との触れ合いなど、殴られている時くらいしか無かった。
誰もが彼を敬遠した。見窄らしい奴隷に手を差し伸べる物好きなど、どこにもいなかった。
彼は、誰かと手を繋いだ事も無かった。主人に仕えながら彼は、人々の営みを…蚊帳の外から眺めるしか無かった。
腕を組み笑い合う男女。腹を大きくし、微笑む女。周囲にこだまする子供達の笑い声…全て、彼には無縁のものだった。
青年は生贄に選ばれた。抵抗など受け入れられるはずもなく、生まれて初めて上等な服や装飾品を身に付け、体の自由を奪われ…狭い地下の空間に取り残された。
青年は泣き叫んだ。だが当然誰にも届かず、いや届いたとしても…誰も彼に手を差し伸べはしないだろう。
扉の前で独り、目を閉じて考える。
一度、ほんの一瞬でもいいから…ぼくにも…寄り添ってくれる、誰かが欲しかった。
親、兄弟、友人、恋人、子供…そう呼べる存在が欲しかった。
こうして生贄に選ばれ…一番悲しかったのは、誰もが選ばれたのが自分でなくて良かったと安堵したこと。自分を惜しんでくれる人がいなかったこと。
だから。代わってくれなくてもいいから。ぼくの為に涙を流してくれる…そんな誰かと出会いたかった。
この凍える手を取って、温もりを分けてくれる……誰か…
そうして彼は息絶え、死神として生まれ変わった。
彼は真っ先に、己を生贄とした人間共を始末しようと…はしなかった。
そのような行為は無意味だと、知っていたから。人間性が薄れて、憎しみの感情も無くなったからとも言えるが。
人間の自分は、あの地下に置いてきた。ただし誰にも荒らされぬよう、空間を切り取り異界化させ、厳重に封印をした。
次にこの扉が開かれるその時は……自分の隣に誰かがいてくれる事を願って。
セレスタンと初めて会ったあの日。
彼女はヨミを恐れながらも、目を輝かせてヨミの周囲をうろつき観察した。ヨミは「格好いい」と言われたのは、生前含めこれが初めてだった。
彼女は自分の手を取り抱き締めてくれた。死なないと理解した上での行動だとしても、彼にとっては涙が出そうなほどに嬉しい行為だった。
そして今回、彼女は死ぬかもしれないと覚悟を決めた上で…人間の自分を抱き締めてくれた。涙を流してくれた。死を悼んでくれた…。
それは生前のヨミが切望したもの。死神になるという道を選んでまで、手に入れたかったもの。
かくしてヨミの願いは叶った。今彼の腕の中には、1人の少女が眠っている。
ヨミは少女の頭を優しく撫で、己に引き寄せ、頬を擦り付ける。
「ああ…シャーリィ。もしも生前君と出会えていたら。きっと君は、ぼくを救う方法を探してくれたのだろうか。
この小さな手を伸ばして、堕ちていくぼくを…いや……君だけじゃない。きっと…」
「あわわ…!このままじゃあの人、殺されちゃうよう!どうしよう~~~!!」
「泣かないで、任せてお姉様。彼もろとも吹っ飛ばすわ!!」
「駄目ですよ!でも、ここで彼を連れ出す事に成功しても…誰かが代わりに選ばれてしまうのでは…?」
「ふっ、このボクがいるんだ、無用の心配だ!ほら、魔術であいつそっくりの人形を作ってやったぞ。動かせないけど」
「気を失っている事にすれば問題無いだろう。後はどうやって入れ替えるかだな」
「うーん…やっぱり陽動班と実行班に別れるべきでは?私は一族の長の息子だし、生贄の周辺をウロついていても怪しまれまい」
「私は皆様ほど身軽に動けませんし、村人達に誤情報でも流しますわね」
「では陽動は俺達が。派手に暴れて来ますので、後をお願いします」
「どうして私も陽動班に入れられているのかしら?」
「みんな…!じゃあ折角だから、この人形もうちょっと飾ろうよ。睫毛バシバシにしてやろう。あとタラコ唇に…」
「本人から遠ざけてどうすんだ!!!」
「あいっで!!」
と……彼女の友人達もあの場にいたら…尽力してくれただろうか?
「……ふふっ、んぶ…!」
その様子を想像するだけでヨミは…幸せな気持ちになり、笑いが止まらなくなってしまうのであった。
「ふう…ねえシャーリィ。君が天寿を全うしたら…ぼくは、死神をやめるよ。
その時に後任にちょうどいい相手を見繕おう。死にたくないと…心の底から願う誰かを。そんな人間、いっぱいいるからね。
君の命日が、ぼくの死神最後の日になる。そうしたら…その先の悠久の時を、ぼくと一緒に歩もうね…?」
※※※
結局僕が目を覚ましたのは、丸1日経ってからだった。
目を開ければ満面の笑みのヨミがいてビックリしたわ…なんだか彼は、明るくなったみたい?
変化はそれだけでなく、なんと彼は他人に触れても大丈夫になったらしい。その証拠としてルシアンにペタペタ触って見せてくれた。2人も仲良くなった?
その所為か彼の服装も変わってた。引き摺りそうな長い袖は無くなり、半袖になってるし。顔を覆っていたマスクも取った。
僕あの袖結構好きだったんだけどなー。ヨミ的には「邪魔」だったらしい。残念。
「ねえ、結局…欲しいものってなんだったの?」
「ん?…秘密。でも、手に入れる事は出来たんだ。だから解放されて時間も動いたんだよ」
うーん…ヨミはそれ以上答えてくれなかった。まあ、言いたく無い事もあるよね。無理強いはせんとこ。
そして彼は、やたらと僕にくっ付いてくるようになった。…いや、これは駄目だろう。
ヨミは一応男性、僕は女性。しかも僕には恋人(予定)のパスカルもいる!なので適度な距離を保つ事!!
「ちぇー。まあいいや、今世はパスカルの顔を立てるよ。
ねえシャーリィ。君が死んだら、ぼくのお嫁さんになってね?」
「へーへー、死んだらね」
「うん!約束…だからね?」
「う、ん…約束…」
…?なんか、背筋が凍ったような…気のせいかな?
え、まさか僕を殺す気か…!?護衛がスパイだったパターン!?こいつあデンジャーだぜ…!
「ふふ…楽しみだなあ。君が死んだら…もう誰にも渡さない。ぼくだけのシャーリィ…」
「(……厄介な男を引き寄せるなあ…。そいつはやると言ったらやる男だぞ…)」
なんだかヘルクリスの視線が生温かい気がするが…僕にはそっちを気にする余裕は無いのであった。
この国での僕らの役割も終わりだ。発掘メンバーはまだ残るけど…次の日僕とルシアンは一足先にヘルクリスで帰る事にした。忘れてたが、休暇中の課題が残ってるのでな!!
ただヘルクリスでも約1日はかかりそうとの事で、途中で何度か休憩を挟む予定。その為に大きな街で食糧やらテント、寝袋なんかを買って…と。
その買い物には、通訳と案内として遺跡のガイドさんが付き添ってくれた。通訳はヨミでもいいんだけど…彼は明るくなっても照れ屋さんは変わらないので、やっぱり影に引っ込んでいるのだ。
ちなみにヘルクリスは「準備運動だ!」と言って空を飛んでいる。
「ふう…ヨミ、これもお願いね」
「うん」
いやあ、ほんと影の収納便利だわ。僕自身が出し入れ出来ないのが玉に瑕だが。
大荷物を全てヨミに預け、買い物も大体済んだので…最後に食べ歩きでもしよう!という事で4人で大通りを歩く。
そんな僕らの前に…誰かが立ちはだかり道を塞いだ?
「ん?」
「*****」
「えっと…ガイドさんお願いします!!」
それは少年…というより青年?首にタトゥーが入っている、体格のいい青年。クフル語で何か言っている。
なんの用だろう…ガイドさんに通訳を任せ、僕達は成り行きを見守る。
だがガイドさんは…困った顔をしてしまった。え、何よ一体?
今度は青年はグランツ語で僕らに話し掛けてきた。というか、僕に?
「お兄さん。俺を買わないか」
「「「……………はいぃ?」」」
いや…何言ってんのアナタ?
応援ありがとうございます!
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