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学園1年生編

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 僕はまだ口が塞がらずにいる。

 なにせ先生に続き、ファロさんまで入って来たのだ。でもなんで燕尾服?似合ってるけどさ。
 後ろに流していただけの長い髪もきっちりセットし、肩の部分で1つに縛り前に持って来ている。


「私はファルギエール辺境伯の弟、ジャン=バティスト・ファルギエール。
 本日よりラウルスペード公爵家にて家令を務めさせていただきます。
 お嬢様方、どうぞよろしく」


 そう言って礼を執り、僕に向かってウインクをしてきた。…辺境伯!!?
 そのままファロさんは椅子を用意して…僕の右隣、皇后陛下の左隣に先生を座らせた。
 なんか不自然に空いてると思ったら、そういう…!ちなみに向かいには4姉弟が座っている。

 ファロさん本人はバジルの横に立ち、「今日からキミの上司だよー、よろ!」「あ、はい。よろです?」という会話をしていた。バジルもまだ混乱してるな…。


 ほー…これが先生…。
 僕は隣から観察した。ほほう、ほーう…変わるもんだなあ…。

 先生はティーカップに口を付けながらも…目を伏せてやや頬を染めている。
 なるほど…こうして見ると洗練された仕草だな…。


「…あんまり見るんじゃない」

「うぐっ」

 おおう、ぺしっと叩かれたぞ。いやあ、ついね。


「…ん?先生香水付けてる?」

 いつも先生と言ったら煙草の匂いやコーヒーの匂いがするんだが…そういえば最近、煙草の匂いしないね?


「あー…煙草はもうやめた。そんな好きでもなかったし。単に…口寂しかっただけ。最近は吸う暇もねーし」

 へえ…そういえば、煙草を吸ってるのは知ってるが、目の前で吸ってるのを見た事ないな?医務室の外で会った時も。


「……この香り、俺に似合うと思うか?」

「?うーん?分かんない!でも良い香りだとは思うよ、僕は好きさ!」

「そうか。俺にも分かんねえや」

 人に似合う香水なんて専門家でも無い僕には分からないよ。
 それでも先生は僕の答えに嬉しそうに笑ってくれたから、きっとこれでいいのだろう。




 …ん?先生が、皇弟?ま さ か 。


「陛下…恐れながら質問がございます。
 陛下にご兄弟は他にいらっしゃいますか?」

「む?いや、そこの弟オーバンだけだが」

「じゃあ…先生が情熱的な恋をした皇弟殿下!!?」

「「「ゴハァッッッ!!」」」

 という僕の発言に…陛下と先生とファロさんが吹き出した。あれ、マズイ事言っちゃったかしら…?

 

「…ひ、ひっふ、んんふ…!……、くっ…」

 そのままファロさんは腹を抱えて悶えた。


 先生はそんなファロさんを睨み付けた後…笑顔になり。陛下から順に皇族の方々に目を向けた。


「(言ったのは、だ れ だ ?)」
「(待て待て、私では無い!)」
「(私も違いますわ)」
「(お母様に同じく)」
「(私でも無い)」
「(僕だって言ってません)」
「(私じゃ無いからな!?本当に!)」

 彼らは先生と目が合うと、一様に首を横にぶんぶん振った。

 すると先生は顎に手を当て…少し考えた後僕のほうを見た。


「誰に聞いた?」

「え、と…あ~…れ?」

 先生はかつて見た事のない笑顔だ。
 多分だけど…言わないほうが良さそうね?


 だが…僕は目が泳いでしまい、無意識にラディ兄様を見てしまった。
 先生は僕の視線を見逃さなかったようで…ゆっくりと兄様に狙いを定めた。


「(お前か!!!)」

「(身に覚えがございません)」

「(こんの野郎…!後で覚えてろ!!?)
 はあ…それより、お前達の返事は?」

「ん、返事?」

 なんの?そう聞くと…先生は特大のため息をついた。


「お前な…!俺をお前らの父親として、認めてくれるのかって話!シャルロットは?」

「私は反対する理由なんてございませんわ。
 先生はいつも私達…特にお兄様に親身になってくださっていたもの。ね、お兄様!」


 全員の視線が僕に集まる。




 ……先生が…お父さん?


 今まで何度も何度も…ゲルシェ先生がお父さんだったらよかったなー…と夢を見ていた。
 
 いつだって優しくて、どんな時も僕の味方でいてくれる人。


 僕が本当に苦しかった時期。医務室で先生に差し出されたジュース。あれがどれだけ嬉しかったか…どれだけ、救われたか。
 それだけで…追い詰められていた僕は、ここなら安全だ、この人は大丈夫だと思わせてくれた。

 僕の我儘を聞いてくれて。側にいると安心する…大人の男性。
 

 面倒見がよくて、すっごく頼りになる先生。


 そんな人が…僕達のお父さんに?
 

 それは…




「…ふふ、嬉しい…。うん、先生の子供になりたい…!」

「……そうか」


 駄目だ…頬が緩むのが抑えられない…!
 両手で覆っても隠せない。嬉しい、嬉しい!!嬉しすぎて泣いてしまいそう!

 嬉しい!!先生の事を本当にお父さんなんて呼べる日が来るなんて!
 あ、お父様かな?父上?パパ、なんつって!!
 これからの暮らしを想像するだけで僕は幸せになれる。
 
 きっと今僕は、凄く締まりのない顔をしているのだろう。
 この部屋の全員が…優しい目で僕の事を見ているから。ルシアンはカメラを構えているが。



 ただし…



「あ、もうダメ。昇天するわ私」

「お嬢様ああぁーーー!!!うぐっ」

「ロッティ!?バジルー!!!」


 突然ロッティが…椅子ごと後ろに倒れた。
 すかさずバジルが飛び出し、床と椅子の間にズザザー!と身体を滑らせたが…彼はそのままロッティと背もたれの下敷きに。

 下敷きにしている張本人のロッティは…仰向けの状態で胸の前で合掌し、その顔はなんとも安らかな微笑みであった…。今にも光の粒になって消えてしまいそう…!



「ああ…可愛さ臨界点突破で尊さメーターが振り切れてしまったわ…。
 私如きの語彙力では言い表せない程の微笑み…嬉しくて照れくさくて涙が出てしまうほど本当に嬉しいと言うのを全力で語っているわ…。
 お父様…お姉様にこんな笑顔をさせてくれて、本当にありがとう…これからもどうかよろしくお願いします…」

「お、おう。それよりお前の下…」

「それとルシアン殿下…先程のお写真、私の墓前に供えてください…」

「任せろ!!ファルギエール、板そっちにくれ!」カシャ、カシャッカシャシャッ!

「はい喜んでー!!
 いやあ、初日からこんな面白いモノが見れるとは!辞めらんねーなこりゃー!!」

 
 なんとかロッティを起こしてバジルを救い出そうとする僕。手伝おうとする先生…いや、お父様!
 そんな僕らを撮影するルシアン。超にっこにこでレフ板を持ってアシスタントするファロさん。その板どこに持ってたの?
 

「ふう…今日はラウルスペード公爵家の記念すべき発足日。それに相応しいイイモノが撮れた!!」

 どこがだよ!!!


 と言いたいところだが…確かにこのくらい騒がしくてアホやってるほうが、僕達らしいかもね。
 





「オーバン。お姉様とは…どういう事だ?」


 あ。


 陛下の言葉に…僕達はそのポーズのまま瞬時に凍りついた。
 そうだ、それも説明しなきゃいけなかったんだ…!だってもう、僕が男装する理由なんて無いもの。
 どう切り出そうか考えていたのに…!


 ひとまずバジルを救出し、全員座り直した。
 そして…ふう。お父様お願いします!!!


「…………あー、兄貴。実は…このセレスタンは、女の子だ…」

「……………なんて?」


 お父様のカミングアウトに、皇后陛下もルシファー様もルキウス様もぽかんとしていらっしゃる。
 ルクトル殿下とルシアンとラディ兄様は、片手で顔を覆っている。
 そしてロッティとバジルは…「先生知ってたの!?」という表情。
 使用人の皆さんは流石、表情が一切変わってねーや!
 ファロさんは楽しそうに笑ってるよこの野郎!


「…簡単に説明すると。
 約13年前…元ラサーニュ伯爵家に双子の女児が生まれた。なんやかんやあって当主は、長女を長男として届けた。以上だ」

「そのなんやかんやを説明しろよ」

 ですよね!
 

 

 ※※※




「…という訳で、僕は今日まで男として過ごしてきたのです」

「……そう、か…」


 僕は陛下に経緯を説明した。
 陛下はテーブルに肘を突き、眉間に皺を寄せて両手を口元に当てた。ゲン◯ウポーズと言えば伝わるだろうか、彼に僕の眼鏡を掛けさせたいものだ。

「ところで…さっきの反応を見るに、ルクトルとルシアンは知っていたのか…?」

「「……はい」」

 そんな2人の返事に反応したのはルキウス様だ。

「何故だ…!?私は全く気付かなかった…!」

「…兄上が鈍過ぎるんですよ…」

 彼はルクトル様の言葉に撃沈した。流れ弾でロッティとバジルも…。

「そうよね…私なんて、生まれた時からずっと一緒だったのに…全然気付かなかったんですもの…。
 ちなみに…この場で知っていらっしゃった方は?」


 彼女の問い掛けに手を挙げたのはお父様、ルクトル様、ルシアン、ラディ兄様、ファロさん、バジル、ロッティ本人。
 それとここにはいないけど、ルネちゃんとエリゼも知ってるよーと僕が付け足した。
 ロッティは「多っ!!?」と叫んだ後、バジルを除く全員に経緯を教えるよう言った。


「私は…普通に気付いたな。最初から違和感は感じていたが、決定的だったのはセレスとルネとエリゼがそんな会話をしていたのを聞いてしまったからだ」

「俺も、医務室で寝ていたら先生達がそんな会話をし始めてな。そこで知った」

「あたしは一目ですぐ分かったよ~。便利屋さんは観察眼も必要なのさ」

「えっと僕は…彼女が胸にサラシを巻いているのが見えてしまって…それと、腰が男性にしてはすごく細かったので。
 あの、それだけですからね?それ以上見てませんからね?ですからシャルロット嬢、バズーカから手を離してくれません?
 ほら、僕達従兄弟になる訳ですし。仲良くしましょう?ね?僕バイオレンスなのは少し苦手で…!」

「俺…は…医務室でヴィヴィエ嬢が…確認の為にセレスタンの服を脱がせている現場に遭遇して…。
 待て待てシャルロット、いやロッティ。父の頭にバズーカ突き付けるのやめようか?俺はすぐ医務室出たから!」

 
 ロッティはゆっくりとバズーカを下ろしたが…顔が般若だ…!!

「ふううぅ…お姉様。ルネとエリゼはどうして?」

「んと…ルネちゃんは僕の手足や首が男性のものではないって事で気付いたんだって。それで…さっきお父様が言ってたように…医務室で襲われてね…。
 で、エリゼは…エリゼ、は…」

「?」


 ヤバい…これ言っていいのか…!?裸を見られたなんて…エリゼが死ぬ!!!

 急に顔を真っ赤にして黙り込んだ僕を、全員が不思議そうに見つめる。お父様だけは頭を抱えているが…。
 そっか、この場ではお父様しか切っ掛けを知らないのか。どうすればエリゼの命を救える…!!?


「う…あうぅ。だからその、エリゼは…う~…!」

「…オーケー理解したわお姉様。
 皆様、私は急用を思い出しましたの。重要なお話は終わったものと存じます、お先に失礼させていただきますわ」


 いぎゃあああああ!!!ロッティが…!バズーカを肩に担ぎ、ゆっくりと立ち上がり部屋を出ようとする!!

 そんなロッティに僕は後ろから抱き着いた。エリゼの尊い命が失われてしまうううう!!!


「ダメダメっ!!待ってロッティ!
 エリゼはいつも僕の力になってくれていたんだから!困ってた時とか話を聞いてくれて、頼りになる大切な友人なんだから!!
 そんなエリゼに何かしたら僕怒っちゃうからね!?」

「お、お姉様…!(やだ、可愛い…!怒っちゃうって…全然怖くないけど可愛い…!!
 でも確かに…彼はジスランと違ってお姉様を傷付けたりもした事ないし…パスカルみたいに下心もないし。
 はあ…きっと事故だったのでしょうね)
 分かったわ、ごめんなさいお姉様。でもそのうち話は聞くからね!」

 ほ…よかった…。
 ロッティは大人しく座り直してくれた。




 しかし…一連のやり取りを、陛下は例のポーズのまま眺めていた。そんなにショックだった…?


「という訳で、兄貴。この子は俺の娘として世間に公表するぞ、いいな?
 もう伯爵の呪縛からは放たれたんだからな。戸籍も新たに…」

「コレを…読んでくれ…」

 陛下はお父様の言葉を遮り…一枚の紙を差し出した。お父様は不思議そうに受け取った。僕も横から、ロッティはお父様の後ろから覗き込む。

 これは…箏から送られてきた、親書?
 箏の若き国王直筆の手紙か、読んでいいのかなぁ。
 と思ったが、今日は最初からコレを見せるつもりだったらしい。では遠慮なく。

 えっと…挨拶の部分はすっ飛ばして…。
 そこに書かれていた内容は。



『そちらグランツ皇国には、我が国に精通する若者がいるという話が届いた。
 私にもその少年と年齢の近い弟がいるのだが、少年の話をすると「是非会いたい」と言っていた。
 
 ひいてはそちらの国に留学をしたいという話になった。
 元々カンタル大陸一の大国であるグランツ皇国には一度行ってみたいと言っていたのだ。
 そこで是非例のセレスタンという少年に、弟の学友となって頂きたい。


 そこで少し問題があり…弟は女性が苦手なのだ。
 箏の学校は完全に男女別なのだが、そちらは共学が基本と聞く。
 いずれは解決しなくてはならない問題なのだが…あまり近くに女性がいると、拒否反応を起こしてしまう。

 申し訳ないのだが、セレスタン殿とルシアン殿下の協力を賜りたい。学園ではなるべく弟の近くにいてやって欲しいのだ。
 
 そのような問題を抱える弟を送り出すのはそちらにも迷惑が掛かるであろう、無礼は重々承知している。
 だが弟が己の願いを口にするのは滅多に無い事であり、兄として叶えてやりたいとも思う。
 
 これは私個人の願いであるので、無理を言うつもりはない。弟を気に掛けてくれるだけで充分だ。

 それと、私の妹も同行する。妹は弟にとって、唯一近付ける女性として弟をサポートする予定だ。併せて友人となって欲しいと願う。

 それでは、返事を待つ』



 …というものだった。




「「………………」」


 僕達は何も言えない。
 そこに追い討ちをかけるように…陛下がもう一枚手紙を差し出した。
 それは漢語で書かれている…例の王弟から!?


「私は漢語は日常会話程度が限界でな、読み書きは得意では無い。翻訳家の話によれば、この手紙は君に向けた物だという」

「お姉様、翻訳出来る?」

「ん…紙とペンもらえる?」

 ファロさんがすかさず用意してくれて、紙に書き出しながら僕は訳した。



『セレスタン殿

 私の名前は少那スクナという。兄より聞いていると思うが、私はそちらの国に留学を希望している。
 今すぐではなく数年先になるが、是非貴方と友人になりたいと思っている!

 だが私には少々問題があるのだが…良ければ、私の社会勉強に付き合って貰えないだろうか?
 箏とは違う文化、環境の中で生活したい。そう願うのだ。

 私は現在14歳、同行予定の妹は13歳。恐らく妹は貴方と同じ年であろう。
 学園では私も貴方と妹、そしてルシアン殿下と同じ学年になる予定だ。
 
 それでは、いつか会える日を心待ちにしている』



「だ…そうです…」




「「「………………」」」


 現在この部屋はお通夜モードである。誰もが俯き暗い顔をしている。




「父上…いえ陛下。僕はこの親書、存じませんでしたが…?」

「今朝届いたばかりだからな…」

 そうか…外交官でもあるルクトル様も聞いてなかったのか…。

 
「兄貴…まさか返事はしちまったのか…?」

「ううん、まだ…。でもお前、断れる…?」

「……………」

 うん、無理…。

 別に断ったら戦争に発展するとか、そういうのは無い。


 でも…うん。断り辛え…!!
 何より僕は箏に興味津々なので、ぶっちゃけ箏の友人が出来るのは嬉しい。王弟だろうと構わん、すでに皇子とマブダチだしね。
 


 ………僕はまだ、男装を続けるべきですかね?
 


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