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学園1年生編
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しおりを挟む「…以上がラサーニュ伯爵の罪状になります」
検察官が起訴状を読み上げると、傍聴席の人々が少し騒ついた。すぐに収まったけども。
そして僕らも傍聴席の最前列におります。
僕らが証言台に立たされる事はないから、ぶっちゃけ参加しなくてもいいと言われたが…やはり見ておかねば。
右に座るロッティは一切の顔色を変えず、その隣の母上は顔面蒼白。僕の左側のバジルは、伯爵の裁判が開始され安堵しているようだ。
しかし…伯爵の弁護人は可哀想に。なんかもう、無実は100%無理なので、少しでも減刑できるよう動いているみたい。
「先程読み上げた起訴状の内容に、間違いはありますか?」
「違う、私はそんな事はしていない!
あいつだ、全て私の息子の仕業だ!!私の名前を使って罪を犯したに違いない!!!」
おっとお!!?まさかこんな早くご指名されるとは思わなかったぞ!?
やっぱ参加しなきゃよかった。僕は早くも後悔していたが…そんな言葉鵜呑みにする阿呆はいませーん。
「セレス…貴方、なんて事を…!!」
いたわ!!!母上が超絶睨んできてる…なんでこの人、こんな盲目的なの…?恋は盲目ってコレ?
伯爵は何を言われても何故か罪を認めようとしないし…発言が許されていない状況でも反論するし…どうしてこんな愚かなの?
目の前で繰り広げられているはずの出来事が、まるでテレビの裁判を観ているよう、別世界のように感じる。
「はい…約18年前、私が彼を賭博に誘ったのは事実です…。
でっですが、国にも認可されている健全な場所ですから!しかしそれ以降ラサーニュは賭け事に夢中になってしまい…遂には違法賭場にも顔を出すようになりました。
あ、でも私は、きちんと止めました!「もう辞めろ」と何度も!本当です!!」
「私は以前、ラサーニュ領に拠点を置く企業の長をしておりました。
しかし領主様より…便宜を図ってやる代わりに報酬を寄越すよう持ち掛けられ、お断り致しました。
しかしそれ以降我が社の商品に有り得ないクレーム等つけられる事が多くなり、次第にお客様や同業者からの信用を失い、最後は倒産となりました」
ああ…証人の言葉も頭に入ってこないや。
それよりもなんだか、様々な感情が湧いてくる…。
ねえ、どうして…犯罪に手を染めたの?
ファロさんの調べた結果、彼が道を踏み外したのは…まだ母上とも出会っていない頃。
よくそんな前の事調べられたね、という疑問は置いといて。友人に連れられていった賭博場で、偶然大勝ちしたのが始まりだったらしい。
その後は徐々にギャンブル狂いになって行き、違法賭博にも手を出しいずれ借金をするようになる。
そんな中爵位を継承すると、年々税金を上げ領地の整備なんかのお金も渋り…どんどんラサーニュ領は荒んでいった。
先代伯爵が孤児院を封鎖したのは事実だが、彼は孤児への支援を辞めた訳ではなかった。
里親を探したり、簡素な孤児院を町中に作ったりはしたのだ。それらを全て削減したのは現当主だ。
貴方の所為で…どれだけの人が家族を失い、友を失い、家を失い…命を落としたか、わかってるの?
そのうち闇オークションに参加するなど手を広げ…ついには、戻れない所まで来てしまった。
ねえ。母上を愛した心は、お金から来るものでしたか?この結婚は、侯爵家出身である母上が強く望んだってのは本当ですか?
多額の持参金に目が眩み…結婚を決めたのですか?
母上の恋心を。今も貴方のために僕に敵意を向けるほど貴方を愛する女性を…利用したのですか?
愛人を迎えたくないと願ったのはもしかして、母上の実家に目を付けられたくないからですか?
どうして血筋なんかに拘ったんですか?それは…自分が誇れるものが、血しか無いからですか?
セレスティア様の威光に縋り付き、社交界でも大きな顔をしていた愚かな人。
……ロッティを愛した心だけは、本物ですか?
まさかとは思うけれど。美しくて優秀だから、身分の高い男性(要は金持ち)と縁を結べそうだから…そういった理由で愛したのですか?
愛妻家で子煩悩(僕は除く)。そんな世間に知られている姿は…偽物だったのですか?
僕は、そう考えずにはいられない。今となっては確かめる術も無いけれど…全て僕の妄想だけど。
彼の裏の顔を知れば知るほど…全てが偽物に見えてしまう。
もしも母上の実家が財政的に余裕が無い家だったら、結婚しなかった?
ロッティが地味でおばかさんだったら、愛さなかった?
ねえねえ。いずれロッティが爵位を継ぐとなった時。僕だったら操り人形みたいなモンだから、罪がバレる事は無いと思ったのかもしれないけれど。
それこそ全ての罪を僕に擦りつけようとしたのかもしれないけど。
ロッティが伯爵になったら。未来の貴方は、自分の罪とどう向き合うつもりだったの?
聡明なロッティは、運営に着手すれば不正なんてすぐに気付くよ。
まさか、そうなる前にこれまでの証拠を消すつもりだった?全てから手を引いて、何事も無かったかのように振る舞うつもりだった?
そんな事、できる訳ないのにね。
「…では、判決を言い渡す」
あっ…いかん、聴いてなかった。いつの間にか、裁判も終盤だったのか。
…僕が少し考え事をしている間に、伯爵はガッチガチに拘束されて口まで塞がれてるんですが。何があったの一体…?
「ボリス・ラサーニュ。其方の罪は明らかなものであり、情状酌量の余地は無い。
其方は身分剥奪の後スティル監獄への収監を命じる。
詳細は追って沙汰をする。それでは、これにて閉廷と致します」
スティル監獄…この国の最北に位置する監獄だ。そこに収容されるという事は、終身刑と同義。
生きて出る事は叶わず、厳しい寒さに抗えず、大抵の囚人は数年で命を落とすと聞く。
このグランツ皇国において、極刑の次に重い罰。
いや…楽に死ねない分、こっちのほうが重いかもね。
判決が言い渡された瞬間、母は崩れ落ちた。伯爵は未だ抵抗を続けているが…。
ロッティも苦しそうな表情。伯爵の事が嫌いだって言っても…可愛がってもらっていたのは事実だしね。
普段殺すとか言っていても…実際死ぬと宣告されれば揺らぎもするよね。
へ、僕はどうなのかって?
地獄のような場所に父親が収監される、それがどうしたの?
もうあの人は父親じゃないもん。沢山の人の運命を狂わせた大罪人だもん。苦しんで死んでいくのは…当然の事でしょう?
テレビでニュースを見て、何十人も殺害したような人間が死刑判決を言い渡されたら、「当然だよね」と考えるもの。
それが、身内だっただけ。
あの人に対する情は最早、一欠片も残っていないさ。これからは自由になった僕達は、面白おかしく生きるのさ!!
…そう思ってたのになあ…。
「…?おね、お兄様…?」
「ロッティ…僕、ぼく、ね…」
僕の中にも…一欠片くらいは、情が残っていたのかもしれない。
何故か涙が溢れて止まらない。悲しくはない、当然の報いだと思っている。
それでも…愛されたいと願い、父を求めた時期は確かにあった。
こっちから見限ったと言っても、心の何処かではまだ…希望を持っていたのかもしれない。
お父様から「私の愛する娘」だと、言ってもらいたかったのかもしれない……。
「…行こっか」
「ええ…」
僕はすくっと立ち上がる。視線が集まるのを感じるが…知った事か。
「さようなら…お父様。わたしは確かに貴方を、愛していました…」
僕の言葉に伯爵が目を見開いている。そんなに驚く事かな?
母の腕を引こうとしたが、彼女は拒絶した。
ならいい。母をその場に放置し、僕はロッティとバジルを連れ外に出た。
「…ふう」
…これで全部、終わったんだよね?
もう伯爵と顔を合わせる事は無いだろう。スティル監獄に収容された後は、死んだとしても家族に報が来る事は無い。
これで、完全に縁は切れたんだ。
さあ…これからの問題も山積みだ。
僕は涙を袖で拭き、最後にもう一度だけ…裁判所に目を向けた。
以前クロノス様が言っていた。今の僕は、本来の運命から外れた道を歩んでいると。
本来生きるべき人間が死に、死にゆく定めだった人間が生きている。
それを変えたのは、僕だと。本来の運命なら伯爵は…老衰で幸せに眠ったのかもしれないね。
「さて…まずは、身の振り方から考えるか…」
遠くから、皇宮の方角からこっちに走ってくる友人達が見える。ラディ兄様の姿も見えるし、空の上からヘルクリスも降りてくる。
隣には可愛い妹と弟分もいる。大丈夫、僕は1人じゃないから。
辛い事があっても…絶対に、乗り越えてみせるから。
※※※
「眠れない…」
僕は皇宮の部屋で1人、眠れぬ夜を過ごす。
数時間前まではエリゼ達も皆いたんだけど、もう帰っちゃった。
明日の事は考えてもしょうがないし…暇だあ。
あいたたた。暖炉や、僕の髪の毛食べちゃいやん。
とベッドの上で精霊達と転がっていたら、扉がノックされた。どなたー?
「…その、遅くにごめん。パスカルだが…」
パスカル?時計を見ると夜10時。こんな時間に珍しい…急ぎの用かな。
どうぞー、と言おうとしたらヨミに止められた。なんぞ?
「シャーリィ…胸…」
胸?……僕サラシしとらん!!!あっぶな、ありがとうヨミ!
「ごめん、ちょっっっとだけ待って!!」
「ああ、もちろん」
急いで巻き巻きっと……そろそろ、パスカルとジスランにもバラしていいんじゃない?
というかもう、知らないのその2人だけだし。あとはルキウス殿下とその他。…今日はいっか。
準備完了し、パスカルを部屋に招き入れる。
1人だと色々考えちゃうから…誰かが一緒なのは、嬉しい。
…僕がソファーに座ったら、何故か彼は隣に座った。いやまあ、いいんだけど…普通向かいに座らんかね?
しかもやたら近い!なんだ一体、何が目的だ!?
「…ん?」
すると…パスカルの頭の上にいたセレネが降りた。
そして僕の部屋にいた精霊達も皆動き…ヨミも、全員ヘルクリスに乗って窓の外に出た…?
「(…精霊達に、気を使われている…!!)」
???パスカルは顔を顰めつつ赤くしてるし…というか、今2人きり!?どっどどうしよう!?
いや!今こそパスカルに話を聞くチャンス!!
「「あの!…へっ?」」
意を決して話し掛けたのに…またハモった!!えーと、どうぞ!
と言ったら、今回は君からと返された。…覚悟を決めねば…!!僕は膝の上に置いてある手を、ぎゅっと握り締めた。
「あ、の。パスカルは…クリスマスの夜、女の子と過ごしていた、よね…!?」
「え…あの場に君もいたのか!?」
「……うん」
僕が答えると、彼は天を仰いだ。もしもここで…「あの子は愛するマイエンジェルさ」とか言われたら…泣くかも。
怖くて彼の顔を見れないので…僕は下を向きながら言葉を続ける。
「すっごい、可愛い子だったよね…。
ももももしかしててて、以前言っていた、心に決めた人って…!」
「違う!!!」
「わっ!?」
食い気味に否定されて、ちょっとビビった。しかも両肩をガシッ!と掴まれ…顔が近い!!
「違う、そんなんじゃない!!
彼女はお祖父様の命令でエスコートしていただけなんだ!あの時…君からのお誘いが先だったら、何がなんでも引き受けなかった!!
本当だから…!お願いだから、そんな事を言わないでくれ…」
え、あ、はい。なんで君のほうが泣きそうなの…?
でも…そうかあ。ラディ兄様の言う通りだったか。勝手に勘違いして、勝手に諦めなくてよかった…!
僕がそんな風に安堵していたら…パスカルが僕の肩に置かれた手に、力を入れた?
そして頬を染め、僕の目を見つめる。こ、この甘い雰囲気はなんですか…!?
「……もしかして、嫉妬してくれたのか…?」
「!?え…っとぉ~」
ここで「うん」なんて言ったら…「好きです」って宣言するようなモンじゃん!!?でも、なんて答えれば!?
「(顔を真っ赤にして涙目になって…これは、俺は…自惚れてもいいのか?
彼も俺と同じ気持ちだと…受け取っていいのか…?
でも…今は、駄目だ)」
?急にパスカルが離れた…助かったけど。
甘い空気は霧散し、僕らはまた並んで座り直す。
「答えは、またいつか聞きたい。今の君達は…それどころじゃないだろうから」
「あ…」
うん…そうだね。パスカルは「辛かったら泣いてもいい」と言ってくれたが…。
もう、大丈夫。涙は流した、残っていた情と一緒に。
「ロッティから聞いた。君達は爵位と領地を返還し、学園も辞めて一市民として生きるつもりだと。
…本当か?」
「うん…。女の子のロッティじゃ伯爵にはなれないし、僕が継承してもどっちにしても学園は辞めるよ。
だから…こうして君と対等でいられるのも、今日が最後かもしれないね」
なるべく努めて明るく言ったつもりだけど…どうやら僕は、暗い表情をしていたらしい。
パスカルは僕の手を握った。僕も、握り返した。
その後無言の時間が続く。時計の針の音だけが響く空間…どれくらい経ったのだろうか。ふいに、彼が言葉を発した。
「俺が卒業するまで…待っていてくれないか…?」
「…待つ?」
「ロッティが…もしかしたら、旅に出るかもしれないって言うから…。
君は特に、箏に興味があるみたいだし…グラスも連れて、この国を離れるかもしれないって」
ロッティ、どこまで話したんだ…?
「だから…待っていてくれたら、俺も一緒に行きたい…!無理だったら…俺も退学して、ついて行く」
「いや駄目でしょ!?君は侯爵家の嫡男だし、どうしてそんな…!」
そうだ…それはかつて、ジスランに対しても思った事。
僕が平民になれば…僕らは貴族と平民。しかもパスカルはいずれ侯爵様になる訳だし。でも、僕が伯爵になったとしても。
男同士だし…どっちかは、家を捨てないといけない。更に僕は罪人の子供だし…彼に苦労はして欲しくない。
…じゃあ、どっちにしても。僕達は…
「シャーリィ!」
「っセレネ!?」
突然精霊達が、窓の外から飛び込んで来た!?
そして僕達を守るようにぐるっと囲んだ。
「どうしたセレネ、何かあったのか?」
「パル。今この部屋に、誰かが近付いて来てるんだぞ。よく分からんが…良い感情は持っていない」
「シャーリィが命じてくれれば、ぼくはすぐに始末出来るよ…」
「待って!?せめて確認し…!」
と言い切る前に。ノックもなく、扉がゆっくりと開いたのだった。
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