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学園1年生編
12
しおりを挟む次男は器用にガラスを避けながら進んで行く。礼拝堂を通り抜け、長い廊下を進むといくつか扉が見えてきた。
…ほう、居住スペースは2階建てなのね。階段もスルーして、更に進む。
しかしこんなに奥で生活してるの?こんな穴ボコの床じゃいざという時すぐに逃げられないじゃないか、念の為避難経路も考えておこう。
「急ぐぞセリ、いつ崩れてもおかしくない」
「うん!」
次男がとある一室の前で立ち止まり、僕達に視線を寄越してから中に入った。扉はすでにボロボロで、床に倒れ役目を果たしていない。
「……!あ、あんた達、なんの用!?」
「はーい、レスキューでーす。要非難警報発令しましたので、速やかに建物から出てください」
「はあ!?」
ふむ。女の子(長女)と…床に横たわる子供5人。危ないなあ、本棚の残骸のすぐ側に寝かすなんて!長女は次男が抑えてくれている、とっとと連れて出て…!?
「おいセレス、こいつヤバいぞ!!」
「こっちもだよ!!」
覚悟はしていたが、明らかに外にいる子達より状態が悪い!この子は…足を怪我しているな、衛生状態も最悪だからか傷口が変色して異臭を放っている…!
それに高熱が出ている子もいる。浅い呼吸を繰り返している子も…!!
「ちょっと、長女と次男は1人ずつ抱っこして!エリゼ、2人よろしく!」
「わかった!」
「…長女ってあたいの事!?なんであんたの指示を聞かなきゃ「このままこいつらを見殺しにしたいのか!!?」…っはん!何様のつもりなんだか…!」
エリゼの剣幕に驚いたのか、彼女もこのままじゃマズイと分かっているのか、渋々行動を始めた。
悪いけど、文句は後でいくらでも聞いてやるわ!
「おわあっ!?」
床を踏み抜いたりしながら、急ぎ足で外に向かう。
僕の腕の中には、体温が低くぐったりとしている男の子が。…絶対に、誰も死なせないんだから…!
外に飛び出し、出待ちしていた長男に男の子を渡した。僕はすぐさま持ってきた綺麗なシーツを地面に広げ、5人を寝かせる。
エリゼ、治療魔術使えるっけ?
「当然だ。だけど怪我しか治せないからな…病気や栄養失調に魔術は効かない。
…ニンフを喚んでみよう。ボクがやるから、お前は向こうに集中しろ」
ニンフ?どんな精霊だろう…とにかく、ここはエリゼに任せよう。
状況が飲み込めずあたふたするちびっ子達。敷地内からは出て行こうとしないけど、近寄っても来ない。それはいいんだけど…今は教会から離れてくれないかなあ!?
4兄妹にちびっ子をまとめさせ、絶対に目を離さないよう念を押す。
今んとこ次男だけ素直に聞いてくれる、助かるわー。今のうちにっと。
「よし、ドワーフさん!この教会を新築同様にしてくれませんかね!?」
僕の言葉に反応して、小人は散り散りになった。ゴキのように素早いな、さっきなんでとことこ歩いたの!?
追ってみると…建物を取り囲み等間隔に立っているみたい?
全員配置についたのか、得物を両手で構えた。
ドオオォォ…ン…
…びっくりしたあ!!
ドワーフの1人が、その小さな身体で足踏みをすると軽く大地が揺れた。
そうしてもう一度足を上げると…
ドン! ドン! ドン!!
今度は全員で同時に足踏みをした?あちこちから聞こえてくる。まるで合図みたいだ。
そして獲物を振り上げ…
カアン! カアン! カアン!
「うわっ!?」
カアン! カアン! カアン!
「ふわああ…きれーい…」
カアン! カアン! カアン!
「なんだよ、あれ…!?」
カアン! カアン! カアン!
リズミカルに、一糸乱れぬチームワークで壁を打つ。
すると彼らの打った箇所から…オーロラのような光が発生した。打つたびに広がり、ついには建物全体を包み込む。
それでも彼らは行動をやめない。どんどん光は強くなり、最終的に教会はその形も分からないほどの輝きを纏った。
でも、こんなに明るいのに眩しくない。不思議…寒暖色なのに、まるで冷たさを感じないし。
カアン! カアン! カアン!
カアアアァァン!!
一際大きな音がし、同時に突風と共に光が霧散する。
うわっぷ!あわわ、スカートが!あわわわわ!…誰も見ていないな!?
それより、教会は!?
「……すご…」
そこには…ついさっきまで廃墟だったとは思えないほどに荘厳な教会が…!白い鳩が飛び回り、風船が舞っていそうな…!
……そういえば、僕…前世でこんな教会で結婚式を挙げるの…夢だったなあ。
ウエディングドレス着て、お父さんに腕を引かれて歩いて…旦那様がいて…
「わああ、すごーい!」
「おしろみたーい!」
「すごいすごい!きれー!!」
子供達のはしゃぐ姿に我に帰る。呆然としてる場合じゃなかった。だが我先にと教会に入って行く子供達は止められない。
でもまあ危険は少ないだろう。今は探検させておいたほうが、こっちに集中出来ていい。
「3兄弟は子供達見てて!長女はこっち、重症者の手当て手伝って!」
彼らも同様に呆けていたが、僕の声にすぐ従った。僕が言うのもなんだけど、今の呼び掛けでよく伝わったね?
「ドワーフさん、ありがとう!すっごい凄かった!」
一仕事終えた彼らを労う。皆ドヤ顔で胸を張り、得意げだ。
だが彼らは、エリゼのほうをちょいちょい指差した。
「…自分達より、あっち優先しろってこと?」
こくこく
…ありがとう!お礼は絶対するから!!
「エリゼ、どう?」
「ニンフを2体召喚するのに成功した。今それぞれ行動している。怪我の子供は治療完了だ、すぐに目覚めるだろう。
それより、あの枯井戸をどうにかしてくれ。水が欲しいからな。
水の精霊…いや、大地の精霊を優先しよう。それでまだ魔力が残っていたら、中級でもいいから水の精霊も喚んだほうがいい」
「了解!」
よし、まず1人助かった!
上級の召喚魔法陣、あと2枚しかないや。失敗は出来ないぞ。
にしても、エリゼにはお世話になりっぱなしだなあ。流石魔術に通じているだけのことはある、僕はいずれ別の形で恩返ししよう。
「井戸を掘るのを手伝ってくれる大地の精霊さん!力を貸してくれないかな?」
召喚も慣れてきたもので、すぐに陣は光を帯びてきた。だが…中々現れない…?
どうしたんだろう、失敗か…?本来呼んだら必ず来てくれる訳じゃないもんなあ。僕、精霊に好かれてるって自惚れてたか…!
「………、……!」
んんん?陣の中から…なんか聞こえる。
「!、………!!」
「……?…」
「……~!?」
もしかして、争ってる…?中からいくつかの声が聞こえてくる。にゅっと出て来たと思ったら、シュバッと引っ込むし。押し付け合いか競争しているのか不明だが…ごめん、急いでます。
待っていられないので、次ににゅっと出た部分をガシッと掴み引っ張り上げた。
ハアハアと呼吸を荒くし、ヨロヨロで満身創痍の小人だ。なんでだよ!!勝ち誇ったようにガッツポーズしてるけど、今にも倒れそうじゃないか!
ドワーフはずんぐりむっくり二頭身、お髭の生えたお爺さん精霊だ。そしてコピペのように皆同じ顔で、全く見分けがつかない。色も同じだし、持ってる得物だって皆両刃斧だ。
今現れたのは同じくらいの小人でも、頭身は人間に近いがこれまたお髭の生えたお爺さん。若い女の子の精霊ってのはいないんですかね??
「精霊さん、この井戸を掘って欲しいの!地下深くの、綺麗な水源を見つけてくれる?」
井戸に連れて行ってみたが、ひょいと覗き込んだ後う~んと顎に手を添え考え始めた。難しそうですかね…?
するとふよふよ浮かび、どこかに移動した。…ドワーフを2人ほど連れて来て…あ。
「先に井戸を直せってこと?」
頷く。確かに、今のままじゃ崩れるかもしれないか!
早速お願いすると、同じように2人で同時にカンカンし始めた。
ただ、規模の違いかすぐに終わったけど。それでも井戸も綺麗になった、ありがとう!
それを確認した大地の精霊が、ぴょいっと井戸の中に入る。
…だが、すぐ上がって来た。まだ掘ってない、よね…?
彼は僕の小指をつまむと、井戸から遠ざけた。危ないから、離れてろって事かな?
ではなかった。そのまま魔法陣の描かれた紙を引っ張り出し、地面に広げる。そして持っている杖でたしたし叩き、何かを訴えて…?
「…水の精霊、やっぱ必要?」
頷く。
僕は自分の胸に手を当てて、魔力が足りるか調べる。説明が難しいし数値化もできないんだけど…感覚でどのくらい残ってるか分かるんだよね。
「…んん?上級を2人回も召喚したのに…あんまり減ってない?」
いや、違うか。ものすごい勢いで魔力が回復してるんだ!!
不思議だけど、解明は後回し。よーし!
「水を操れる精霊さん大募集してまーす!」
今度はあっさり成功、姿を現したのは小さな人魚の女の子だ。やった、ついに可愛い女の子が!!
早速井戸をお願いすると、人魚の子と杖のお爺さんが飛び込む。
少し離れた所から観察していると…大量の土が噴き出してきた!最初は乾いた土、段々と湿り気を帯びた土が井戸の周りに積み上がる。
お爺さんが先に井戸から顔を出し、土を弄り始めた。集めてこねこね、あっという間に…いくつものレンガに生まれ変わる。凄い…!
そのレンガを井戸の縁に乗せ、ドワーフに何か合図している。
受けたドワーフ2人がまたもや井戸を叩くと、レンガが溶け込んだ…補強かな?
繰り返し同じ作業をするお爺さんズ。すると今度は井戸の中から、水が噴き上がり始めた。
泥水だったが、次第に綺麗な水に変化してくる。
お爺さんズは作業を止め、僕の隣に寝転がって休憩を始めた。お疲れ様!!
「セレス、こっちはどうだ?水は出たか?」
「うん、ほら!そろそろ終わると思うよ」
エリゼが様子を見に来たと同時に、人魚の子が井戸から顔を出す。
「ウンディーネか。そこに転がってるのはノーム、中々いい引きだな!」
確かにノームは引いたね、物理で。
ドワーフ×2とノーム、ウンディーネが井戸を覗き込み…くるっと振り向き全員イイ顔で親指を立てた。完成だね!?
僕達も井戸を覗き込む。見えないけど…水の匂いがする!
「すごい!やったね、ノームさんにウンディーネさん!ドワーフさんもありがとう!」
嬉しくて笑顔でお礼を言うと、彼らも笑顔で頷いた。
しかし精霊は万能だなあ…色んな力を持つ子達が合わされば、不可能なんてないんじゃないかな?でも精霊って日常であまり見かけないよねえ。
こんなに可愛らしくて頼もしい子達なのに…なんでだろう?
「セレス。念の為ウンディーネに水質調査を頼んでくれ。有害な物質が含まれていないか」
という事です。お願いね!
するとウンディーネが井戸の水を操り…水の玉を浮かせて僕に見せた。その玉は形を変え、◎になった。
「???…えっと…この水、飲める?」
◎。
「…バイ菌とか、入ってる?」
✖️。
「おお!じゃあね、この水で傷口とか洗って平気?
◎。
「ふむふむ。エリゼ、綺麗っぽい!」
「よし。じゃあコレに水を汲んでくれ。先に戻ってるから、頼むぞ!」
彼に渡された桶に水を入れてもらい、僕も重症者達の所に向かう。
長女にはタオルを水で濡らし、子供達の身体を優しく拭くようにお願いした。
エリゼの側には…2人の、翅の生えた女の子の精霊がいた。
「エリゼ、この子達が?」
「ああ、ニンフだ。自然に最も近く、薬草なんかに詳しい。
ん、この薬草は…刻んで乾燥させて粉末状にするのか?
よしセレス。風と火の精霊を喚べ!」
そろそろキツいんだけど!?精霊って、そんな簡単に喚んでいいもんなの!?
だがエリゼはてきぱきと他の薬草を扱いながら、あっけらかんと言い放つ。
「仕方ないだろ。ボクがこのニンフ2体を召喚するのだって、10回くらい失敗してるからな。
お前はすぐ成功するんだからいいだろう?それに、魔力はもう回復してるんだから」
あれ、エリゼ分かるの?そういうの。
「ああ。ボクもさっき気付いたが…この土地は霊脈だ。
あちこちにマナが満ちている、さっきドワーフがあんな大掛かりな術を使ってもピンピンしてるのはそのお陰だ。
本来あれほどの力を使ったら、とっくに姿を保てずに精霊界に帰っているよ。
マナのお陰で自然そのものである精霊は力を使い放題、人間は魔力の回復が速い。それだけだ」
……じゃあ、精霊召喚しまくったら最強じゃん!?と聞いてみたら、そんな簡単な話じゃない。とにかく先に召喚しろ!と言われてしまった。
といっても、もう上級の魔法陣残ってないし…急ぎだし中級でいいかな。「あ、繊細な作業だから上級な」ちくしょー!!
急いで描いて召喚したのは、風の精霊シルフと火の精霊サラマンダー。
シルフは人型に近いけど…腕が翼になっていて、鳥の足を持つ精霊だ。
サラマンダーは完全にトカゲ。可愛いのでよし!
彼らには薬草を刻んで乾燥させてという作業を手伝ってもらう。
その後僕とエリゼは切ってもらった栄養価の高い果実を食べさせてあげたり、薬草をゆっくり飲ませたり看病に勤しんだ。
ちなみに果実はニンフが採ってきてくれたもので、他のちびっ子にも分けた。元気とはいえ…栄養状態は良くないからね。
するとちびっ子達が…徐々に信頼してくれるようになってくれたみたい。看病する僕達に近付いてきて、「おてつだいしてあげるー」と言ってくれた。4兄妹も、もう止めなかった。
お手伝いを申し込んでくれた子の頭を撫でて、目線を合わせて返事をする。
「ありがと、でももう落ち着いたから大丈夫。
それより、教会の中はどうだった?」
「すごかった!」
「ひろかった!」
「きれいだった!」
「けがしなかった!」
「やねがあった!」
5人ほどのちびっ子が、僕に群がる。うーん可愛い。
でも皆薄汚れてるな、明日石鹸とか持ってきて全員洗おう。服も調達しなきゃ、寝具も。
食器やタオルなんかの生活用品も全然無いし…やっぱり…。
「父上の許可を得ないと、やっぱキツいな…公に行動できないと」
「そうだな…今日は予定通りお前んちに泊めてもらうから、夜作戦会議するぞ」
「うん!」
重症だった子達も、今は穏やかに寝息を立てている。怪我の子はすでに目覚め、歩き回っている。
果実のお陰か、もう大丈夫そう。…これの種植えたら、木が生えないかな?
そうだ、畑もしたいな!となると農具も必要…また増えた。
気付けばすでに陽は傾いてきており、そろそろ帰らないとまずい。
教会も綺麗になったし、夏だから夜凍えることもないだろう。ニンフとシルフに草を集めてもらったので、しばらくはそこを寝床にしてもらおうっと。
立ち上がり、皆に声を掛けようとしたら…。
長女が、僕の後ろに立っていた。俯いて、何かを堪えている。
すると細い声で「着いてきて」と言うので、エリゼと顔を見合わせた後、共に彼女の後を追う。
向かった先は、教会の裏手。少し草むらをかき分けた先に、人間の頭部大の石が並ぶ広場があった。まさか、ここは。
「墓地、か…」
エリゼの言葉に、長女がこくんと頷く。
テニスコート大の広さに30を超える石がある。多分…本来はもっと…。
長女はしゃがみ、1つの石に触れた。
「この子は、先週飢えて死んだ子。隣は2ヶ月前…。最期は手足がすごく細いのに、お腹だけは大きく膨れてた…。冬はもっと凄惨。
他にも、出て行ったきり帰って来ない子達も沢山いた。人攫いに遭ったり、野犬に殺されたり…」
墓石を愛おしそうに撫でながら、彼女は大粒の涙を流していた。
「なんで、なんでもっと早く来てくれなかったの。なんで…。あと少し早く来てくれれば、この子は…ねえ、なんで…」
そのまま静かに涙を流す女の子に、かける言葉が見つからない。
エリゼも苦しそうな表情で下を向いており、僕も気付けば涙を流していた。
そのまま膝をつき、女の子をぎゅっと抱き締める。
今の僕には…こうして一緒に泣く事しか出来なかった…。
応援ありがとうございます!
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