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学園1年生編

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 さてさて現在、夏期休暇に突入しました!エリゼとも約束をしたし、夏休み楽しむぞー!!


 とはならないのである。何故かって?決まっている。

 そろそろ本格的に…勘当後の生活を考えなきゃいけないからだ!
 僕は17歳で家を追い出される。その後の衣食住を、今のうちになんとかしておきたい。



 僕は自室の机に向かい、前髪を留めてから紙とペンを取り出す。書きながら考えないと、今どこまでやってたっけ?となってしまうので。

 まず第一。お金!!

「今のうちに就職先と住居を決めておくのは早すぎるよね。短期バイトみたいな仕事無いかなあ?」

 出来る限り沢山貯金をしておく。そうすれば、当面の生活には困らないだろう。
 ただし…どうしても1つ、気になる事がある。


「僕はこの家を追放されたら…戸籍はどうなるのかな?
 そもそも男として届けられているから、それを捨てないといつまで経っても女にはなれない…。
 自由になったらやりたい事は沢山ある。頑張って働いてお金を稼いで、髪も伸ばして可愛い服を着て、そして…」



 恋を、してみたい。


 僕の初恋は間違いなく、ジスランだった。7歳で出会い、交流を繰り返すうちに…惹かれていった。
 彼にいつも花を貰えるロッティが羨ましかった。
 僕も綺麗なドレスを着て、可愛いと言ってもらいたかった。
 僕が女だったら…ジスランに「大好き」って言えたのに…。


 過去に想いを馳せると、じわりと視界が滲む。
 …もしもを考えるとキリがない、今は未来に目を向けるべきだ!!

 でももしも、もしも僕が家を出て自分を捨てて。本当は女だったんだって打ち明けて、彼が受け入れてくれたら…。


 ………いいや、夢を見るのはよそう。きっとその時すでに、彼の隣には誰かいるだろう。ロッティか、はたまた他の令嬢か。
 彼はお馬鹿だけど馬鹿みたいに素直でストイックで女性に優しい紳士で…体つきもがっしりしているし、将来は高身長イケメンに成長する。
 そんなジスランを、世の令嬢達が放っておくはずがない。

 それに、もしも僕を受け入れてくれても。その時は…伯爵令息と平民だ。結ばれるはずが無い。良くて愛人…そんなの、やだ…!


 だから僕は決めた。彼への恋心を、完全に封印するって。
 今まで冷たくあしらっちゃったけど…休み明けからまた、昔のように仲の良い友人に戻りたいな。

 僕は目元を袖で乱暴にぬぐい、今頃勉強地獄の中にいるであろう友人の事を想った。
 スパルタ剣術修行も無くなったし、無茶苦茶な事も言わなくなったし。今の僕が彼を嫌う理由は、一切無いんだよね。




 …さて、気を取り直して!やっぱ今の身元は捨てて、新しい名前と人生を得るべきだよね。

 戸籍って買えるんだけど、金貨50枚かかる。以前僕が調べた、ラサーニュ領における平均年収は一世帯あたり金貨200枚。あ、金貨1枚を1万円くらいだと考えてくれていいよ。
 しかも部屋を借りる際の初期費用や、すぐ仕事が見つからなかった場合の当面の生活費。それら全部踏まえて…最低金貨100枚は貯めるべきだと思う。

「で、計算すると…今僕は1年生、追放は5年生の夏期休暇より前だったよね?
 確かロッティとルネ、男共が夏のバカンスとか楽しむ話があったような?その時すでにセレスタンはいなかったから~…多分。漫画の内容うろ覚えだもんなあ…」

 沢山読んだ中の1つだったし…面白くて繰り返し読んだわけじゃなかったし…タイトルすら思い出せないし…実際のキャラクター達は、僕の記憶とは違う所も多いし。

 あまり漫画の情報はアテにならん、でだ。夏期休暇と冬季休暇、長い休みは年2回。
 今の休暇も入れると、まとめて稼ぐチャンスは8回ある。

「だから~…100÷8は、12.5。金貨13枚ずつ稼げれば、目標金額クリア、か。
 …いけそうな気がしてきたぞ…!」


 よし!!じゃあまず今日は町で下見といこう!


 と意気込んでいたら、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「どうぞー?」

 誰かな?紙を引き出しにしまい、椅子からは降りずに上半身だけ扉のほうに向けた。


「失礼致します、坊ちゃん。バジルですが、今少々お時間…」

 バジルだった。あれ、今日お休みなのにわざわざ燕尾服着てきてるの?気にしなくていいのに。
 だが彼は、扉を開けたポーズのまま動かない。???


「どうしたの?」

「その声…坊ちゃん、ですよね?」

「坊っちゃんですよ?」

 何言ってるんだろう、今更。……あっ。

 あわわ!!僕は急ぎカチューシャを取り、髪をササっと下ろした。よし完璧。
 改めてキリっと「何か用かい?」と尋ねてみた。すると「お話がございます」と言うので中に招き入れる。
 お茶のセットも用意してくれたので、ソファーに向かい合って座り彼の言葉を待つことに。



「その、坊ちゃん…以前僕が、『貴方はお嬢様を誤解していらっしゃる』と言ったのを覚えていますか?」

「ああ…そういえばそんな事あったね~…」

「あの時は…出過ぎた事をしました、申し訳ございません」

 彼は頭をスッと下げた。
 僕は大丈夫。だから頭を上げて?

「いいよ。僕こそごめんね、あの時はちょっと動揺してて…君の話を聞く余裕もなかった。
 よかったら…聞かせてくれる?」

「!はい、もちろんです!」


 彼は喜色満面で頷いた。「良かった、僕の命は保たれる…!」という呟きが聞こえたが、意味が分からないのでスルーする。
 そして紅茶を一口飲み、彼は語り始めた。


「まず、お嬢様について。あの方は優秀でいらっしゃいますし、お強い(精神的にも物理的にも)方です。
 ただしそれは、自分の弱味、努力を頑なに表に出さないよう努めているからなのです」

 うん…すぐ泣く僕とは大違いだよね…。いや、落ち込むな僕!!今は無理でも頑張って泣き虫を治すんだ!
 ぐっと拳を握る僕を、バジルは不思議そうに見つめた。

「それで…これからお話することは、お嬢様や他の方には内緒にしてくださいね?
 お嬢様が頑張るのは、全て坊ちゃんに褒めて欲しいから、認めて欲しいから、笑って欲しいからなのです」

「え…ぼ、僕??」

 僕なの?なんで?父上が喜んでくれるからとか、自分のステータスの為とかじゃないの?

 頭の中は疑問でいっぱいだが、彼は急に立ち上がり、扉を開けて廊下の様子を見、パタンと閉めて鍵を掛けた。
 そして窓のほうに移動し、外の様子を伺ってから鍵を確認しカーテンをぴっちり閉めて暗くなった部屋の照明を点ける。
 ふー…とソファーに戻ってきた彼は、まるで戦場に赴く覚悟を決め、家族に別れを告げなければならないような顔をした。


「本当に言わないでくださいよ?
 お嬢様は…いつも坊っちゃんを第一に行動しています。世界の中心が坊ちゃんで、もしも貴方が喜んでくれるなら、軽く国だって滅ぼすでしょうね」

 なんで!?じゃあ僕が「国うぜえ」とか呟いたら、全ての元凶は僕になる!!?
 どうしてロッティはそうなっちゃったの!?

「うーん、僕も詳しい経緯は存じませんが…お嬢様は坊ちゃんを(異常に)敬愛し、(最早狂気とも言える程)執ちゃ…いや依ぞ…でもなく、えっと……………お慕いしています」

 なんで言い直した、怖いんだけど!?
 でもあのロッティが?バジルには悪いけど、とても信じられない…。
 確かにいつも「お兄様、お兄様~!」と可愛らしい笑顔を見せてくれるから…ある程度慕ってくれているとは思ってたけど。

 そんなヤンデレじみた妹には見えないけどなあ…?バジルの勘違いじゃないのかなあ?


「えー、ともかく…坊ちゃんの自慢の妹でいるため、坊ちゃんに恥をかかせないため、あの方は常に高みを目指していらっしゃいます。
 そしてジスラン様については、お嬢様は特別な感情を抱いてはおりません。坊ちゃんをお守りする騎士として側にいる事を許可しておりますが」

 ……うそ。もしロッティがなんとも思ってなくても、ジスランは分からないじゃない…。

「それにジスラン様もそれを承知でお側にいらっしゃいます。彼は、坊ちゃんのことが大好きですからね」

 でもそれは友人として、でしょう?…うん、大丈夫。なんとか割り切れる!

「ですので、あのお2方は『セレスタン様をお慕いする同志』として結託しているのですよ。ジスラン様のほうが理解していらっしゃる、というのはそういう意味で言いました」


 ………本当に?でも僕はあの2人に、そんなに好いてもらえるような人間じゃ…。

 でも本当の本当にそうだったら…えへへ、ちょっと嬉しい。でもヤンデレは困る。



 僕が納得すると、彼は胸を撫で下ろした。

「ああ、良かった!(遺書は不要になった…ほっ。もしも坊ちゃんに最悪の誤解をさせてしまい、それがお嬢様の耳に伝わったら…うう…)納得していただけて…くぅっ、ありがとうっござい、ます…!」

「感極まりすぎじゃない!?」


 今は…バジルの言葉を信じよう。信じたいだけかもしれないけど…それでもいい。



「あ、それと。『セレスタン様をお慕いする同志』略して『天使同盟』ですが、「全然略してないけど!!?」まあまあ。僕も加入しております。
 名誉会長シャルロット様、会員No.1が僕、警護隊長ジスラン様です!」


 ……色々突っ込みたい事はある。でもこれだけは言っておく。


「知りたくなかった……」


 ソファーに力無く身体を預ける僕を見て、彼は愉快そうに笑った。意外といい性格してるよね、君…はあ…。

 …ちょっと面白いけど。…ぶふ、なんで、そんっ…!!

「ふ、ふふ…んふふふふ…!!」

 今の状況が可笑しくて、笑いが込み上げてきてしまう。

 …いつか失くなってしまう関係だとしても。今は彼らに甘えていてもいいかな…?


 でも、どうしてバジルがここまで僕の事を気に掛けて、慕ってくれるんだろう?
 彼を見つけて保護したのは、ロッティだっていう話になってるはずなのに。だから彼は、ロッティを崇拝して愛しく思ってるとばかり…。


「ねえバジル、君…ロッティの事好きだよね?」

「?はい、お慕いしておりますが」

 何を今更?的な口調と顔だな。そういう事じゃなくてだね…。


「いや、うーんと。恋愛感情は無いの?」

 いっそストレートに聞いてみたら、彼は微笑みながら紅茶を噴き出した。


「ごほっ、ごほ…失礼。
 ははは僕如きがお嬢様にそのような烏滸がましい感情を抱くなどとあはははは!
 恐れ多いと言いますか恐ろし過ぎて命の危機いえなんでも!」

 彼は笑顔でテーブルを拭きながら、早口で否定した。あっれー、僕の記憶とやっぱ違う…?
 そもそも内容うろ覚えだったから、僕のイメージで補完しちゃったのかなあ?


「こほん…僕はお嬢様をお慕いしております。ですが同じくらい…貴方の事もお慕いしているのです。
 ですので、いつかお嬢様が(彼女を引き取ってくださる聖人のもとに)嫁がれたら、僕を貴方の執事にしていただきたい。などと夢想しているのです」

 えっ。え?
 目をまん丸にする僕に、困ったように笑いながら彼は続けた。



「申し訳ございません、お嬢様に口止めされておりましたが…。
 あの日、行き倒れていた僕を見つけ屋敷に連れ帰り、今の居場所を作ってくださったのがセレスタン様であることを…僕は最初から知っているのです」


 …ヒュッ……


 驚きすぎて、呼吸止まったわ…。


「ですが、お嬢様が…
「お兄さまは、自分のりょういきに人が近づくことを好まないの。だからあなたがお兄さまにおんがえしをしたいと考えているのなら、ひょうめんじょうはわたくしに仕えてほしいの。
 でもあなたを救ってくださったのはお兄さま。これをぜったい忘れないでね!」
 と仰いました。そのお言葉を…一時も忘れたことはございません。

 僕は貴方に戴いたこの命、貴方の為に使わせてくださいませ」


 気がつくと彼は僕の横に跪き、僕の手を取り甲に唇を落とした。


 …駄目だ、泣きそう…。僕だけが知らずにいた、ロッティとバジルの優しさに。
 いずれ家を出る為…彼の期待に応えられない僕の不甲斐なさに…。
 色んな感情が入り混じり、それでも涙は必死に堪え…


「………ありがとう……」

 と返事をするので精一杯だった。
 バジルは微笑んでくれたので、伝わったかな…?




 コンコンコン…


「?っ、はーい?」


 わわ、涙引っ込め!!今度は誰だろう?


「お兄様、ロッティです!……バジル、見なかったかしら?」

「ああ、こ…むぐっ!?」

 バジルは高速で僕の後ろに回り込み、返事をしようとした口を手で塞いだ。忍者か君は!!
 そして小声で「今のお話はくれぐれもご内密に!!少々お待ちください!!!」と素早く静かにカーテンを開けて明かりを消し、僕が泣いていない事を確認してから扉を開けた。


「おや、お嬢様。どうかなさいましたか?」

「あら、やっぱりここにいたのね。
 貴方がお休みだというのに仕事服を着て屋敷内を歩いていたとメイドに聞いて…ここかなと思ってきたの。
 お兄様、入ってもいいかしら?」

「うん、もちろん!バジル、ロッティのお茶もお願いね」

「かしこまりました」


 ロッティも僕の隣に腰掛け、3人で穏やかな時間を過ごす。
 さっきのバジルの話を思い出して笑いそうになるが…きっと誇張しているだけだよね。こんなに優しい妹が、国を滅ぼしたりするもんか。

「(とか考えていらっしゃるんだろうなー…。むしろ矮小化して、オブラートに包んでお話したつもりなんだけど。坊ちゃんは知らなくていい事だよな…)」

 ?バジルが遠い目をしている。お茶冷めたかな?


「ところで…バジルは何故ここに?2人でなんのお話をしてたのかしら?」

 やっぱ気になるよね。んと…あ、そうだ!

「お忍びで町に行きたいなーって思ってね。
 バジルに服を貸してもらいたいって相談してたの」

 ねー?と言えば、彼は高速で頷いた。
 町に行きたかったのは本当だし。実際に服を貸してもらえればありがたい。


「あら、そうなの?…私も、一緒に行きたいなー…」

 くっ…!可愛く言っても駄目だぞ、絶対バレるから!!

 そもそも僕は、勉強と称してよく町に行く。ただロッティが行くとなると、護衛とか色々付けないと父上が許可しないのだ。
 だから今回はごめんね、今度一緒に行こう!お土産買ってくるから!と、なんとか説得出来た。
 頬を膨らまし不満たっぷり気な顔だが、無茶を言った自覚はあるらしい。


「でも坊ちゃん、何故僕の服を?」

「んー、いつもは伯爵家として行くでしょ?今日は領民の目線で…ただの子供として町に行きたいの」

「でもお兄様、その髪は目立ってしまうわよ?」

「ふふふ、大丈夫!ほら、カラーリング剤を用意してあるから!」

「「おお~!!」」

 じゃじゃーん!と取り出したのは、首都で予め買っておいたカラーリングだ。
 気軽に使えるやつで、髪へのダメージも少ないし水で流せば簡単に落ちる。色んな種類買ったから、どれにしようかな?


「では、これはどうです?僕と兄弟っぽく見えますよ」

 バジルが差し出したのは、茶色の液。あれ、一緒に行ってくれるの?

「もちろんでございます。どこでも、行きたい所をご案内いたします」

「バジルが一緒なら安心ね。お兄様のこと、よろしくね」


 ロッティ、心配し過ぎだよう。
 とはいえ確かに心強い。仕事探しも社会勉強の一環、と言えばバジルも納得してくれるでしょ。


 早速庶民的な服に着替え、髪を染め…準備完了!!
 ふふん、今僕らは兄弟。つまりバジルは僕の弟!お兄ちゃんに続けい!!

「いいえ、僕が兄です」

「バジルが兄よね」

「なんで!!?」


 僕の抗議なんてなんのその、ロッティに送り出され裏口から脱出。さーて気を取り直して!


「バジル、今日の僕は…セリ、セリでいこう!
 敬語も禁止ね、ほら!」

「くっ…!わか…った、セリ…」

「はーい、兄さん!」



 そうして僕らは逸れないよう手を(バジルは遠慮してたけど強引に)繋ぎ、町へと繰り出すのであった。

 
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