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学園1年生編

03

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「おはようございます」

 僕がダイニングに着くと、家族はすでに全員揃っていた。

「おはよう、お兄様」

 朝から眩しい笑顔を見せるのが妹、シャルロット。僕と同じ赤い髪は、長く美しく靡いている。顔立ちもよく似ている。…なんだろう、少し前から…妹の顔を見てると胸がざわつくようになってきた。
 椅子に座っているだけで、世界中の画家がキャンバスを並べるだろう。姉…じゃなくて兄の自分から見ても絶世の美少女だと思う。
 つまりだ。先日まで妹を神格化して見ていたから気付かなかったけど…似ている僕も美少女ってことになるんだよな?
 …でもシャルロットと違って肌も髪も手入れされてないし。剣を握りすぎて手はマメだらけ、身体もやや筋肉質。うん、僕はナルシーじゃない!

 僕達は普段学園の寮に入っている。ラサーニュ領は首都から割と近いので週末は帰って来ているのだが、今日は平日だ。今からじゃどんなに馬車を飛ばしても遅刻は確定。
 なのに彼女は僕の身を案じて一緒にいてくれる。本当に…兄想いの優しい子なのだ。


「おはよう」

 そして父上。彼のせいで僕は、自分を偽らなくてはならなくなったんだ…!そのくせ僕には非常に厳しく、妹には激甘だ。先日まではそれを淋しく思っていたが…今は違う。
 前世の家族の愛を、思い出したから。表面上のものだけだったかもしれなくても、僕はそれだけでもう十分だ。

 僕が女だと知っているのは、知る限りでは3人のみ。
 父上、伯爵家の専属医師、そして乳母。僕達の出産に立ち合った医師なんかは、生後すぐ父上が金でも握らせて遠くにやったんだろう。流石に殺してはいないと思いたい…。
 乳母も今いない。僕が成長した後父上が、巨額の退職金と遠くの土地に家を用意し、家族ごと遠ざけた。医師は完全に父上の言いなりだし…今思えば、乳母だけが僕の味方だった。
 最後の日、彼女は僕を強く抱き締めてこう言った。
「私は、何があろうとあなたの味方です。さようなら……!」と。
 その目には涙が浮かんでいて、つられて僕も泣いたっけなあ…。

 とまあ、つまり。ここにいる母と妹すらも、本当に僕のことを男だと思っているのだ。


「おはよう、セレス」

 もしもこの母が本当のことを知ったら、どうなるかな。
 でも…母は父を愛しているが故に、父の言うことは全て肯定する。僕にだけ異常に厳しいことについても、父の「愛情ゆえ」という発言に賛同している。
 それに表面上は僕とシャルロット、どちらも平等に愛してくれているけど…その実どちらもいざとなったら見捨てるだろうな。

 この人は母ではなく、女だということだ。

 きっと僕が本当は女だと知っても、「旦那様の行いは全て正しいわ」とか言いそう。正直、想像するだけで吐きそう。むしろ嫌がる僕を叱責しそうだし…。
 そもそも、僕に非は無いのだけれど。世間にラサーニュ家の長男は長女だったと知れ渡っても、僕は被害者だし。
 いくら父上が「これは娘の趣味だ!」と主張しても、赤子の頃から偽るなんて不可能だ。暴露しても、せいぜい歴史あるラサーニュ家に疵がつくだけ。

 そう思ってはいても……僕を除けば使用人に対しても優しい父。領民からは理想的な領主。皇室からの信頼も厚い。



 ……どう考えても、僕が静かに消えるほうがいいに決まってる。そうだよ、平民になって自由を謳歌しよう!


 そうでも思っていないと、僕の心は壊れてしまいそうだったんだ。








「セレスタン!2日も学園を休むとは何事か!あれきしの鍛錬で気を失うなど軟弱すぎる、体調管理がなってない!基礎からやり直せ!!」

「…おはよう、ジスラン。朝の挨拶くらいしたらどうだ?」

 もう2時限目も終わった所だけどね。
 学園に着くと、予想通りの反応すぎて笑ってしまうわ。教室に入りたいのに、無駄に大柄なジスランが邪魔をする。
 顔を合わせればいっつもこう。弱っちいだの筋肉が足らんだの、そんなに僕をムキムキにしたいのか?二言目にはそんな細腕で妹を~だ。シャルロットを守りたければ自分でやってくれ。それと怪我と体調管理は別だ、アホ。

 …あれ、今ふと気になったけど…ちらり。

「?セレスタン様、何か?」

「いや、ごめん。なんでもない…」

 妹の後ろにいつも控えている、シャルロットの執事・バジル。なぜジスランは、彼には鍛えろとか言わないんだ?
 僕よりも彼のほうがシャルロットと過ごす時間は長い。それに僕より背も高く、筋力もそこそこで男らしい。彼を鍛えたほうがよっぽど良いと思うんだが……謎だ。


「ふふ。おはよう、ジスラン」

「!あ、ああ、おはよう。ロッティ」

 シャルロットの存在に気付いた彼は、途端にしおらしくなった。今更紳士ぶっても遅いのだが。


 漫画は始まっているとはいえ、現時点でシャルロットと親しいのはこのジスランとバジルくらいだ。あとは段々と距離を詰めていくんだろう、早速今日はそのイベントがあるはずだ。

 今学期のテスト結果が貼りだされる…つまり学力勝負、パスカル(腹黒)とエリゼ(傲慢)の初登場である。同じクラスではあったけど、入学してから今日まで挨拶くらいしかしたことないんだよね、僕もシャルロットも。

「お兄様、もう結果が貼りだされてるんですって!お兄様には負けないわよ~!」

 鞄を机の上に置き、僕の腕を引っ張るシャルロット。
 安心して、君は…卒業までずっと首位だろうからさ。

「お、俺も負けんぞ、セレスタン!」

 安心しろ、お前はずっと底辺だ。




 職員室の前の掲示板に、全学年1位~10位までの名前が貼ってある。1年生は…


 1位 シャルロット・ラサーニュ 500点
 2位 エリゼ・ラブレー     499点
 3位 パスカル・マクロン    488点
 4位 ルネ・ヴィヴィエ     481点

 10位 セレスタン・ラサーニュ  452点


 ふう…なんとか10位以内には滑り込めたか。僕の隣でジスランが「俺の名前はどこだ!」と言っているが、多分下から数えたほうが早い位置にいるはず。
 なにせ彼は、毎年落第点を取り御父上に雷を落とされているのだ。そして夏季休暇、冬期休暇は半数を勉強漬けにさせられている。それがなければ休暇中我が家に入り浸っていただろうから…ブラジリエ伯爵グッジョブ!と言いたい。

 っと、今はこんなアホに構っている暇はない。多分そろそろ…来た。


「なにこれ…ボクが女なんかに負けたっての…?」

 ピンクの髪を靡かせながら近付いてきたこの可愛らしい少年こそが、魔術の天才エリゼだ。魔術だけでなく勉学にも自信があったので、トップは自分だと思い込んでいた。
 彼はよろよろと掲示板から離れ、こっちを睨みつける。あーあ、絡まれるわ。漫画でセレスタンは妹を庇うけど、エリゼの「10番はすっこんでろ!!」という言葉に撃沈する。メンタル弱かったなあ、僕…。

 でも今は違う。前世では学校にも通えなくて、1つ下の弟に勉強を教わっていた。だから、成績なんて関係なく…学べるということが素晴らしいことだって気付いたんだ。
 それでも流石に落第は嫌だけど。ジスランをちらっと見ながら思った。

「なんだ、俺の顔に何かついてるのか?」

 お前、きょとんとしているけど成績表が家に届いたら地獄を見るぞ。



「おい、ラサーニュ嬢。いったいどんな手を使った?カンニングか、教師に媚でも売ったか?」

「まあ、何を仰いますの」

 負けを認められないエリゼは、違うと分かっていても相手を貶さずにはいられない。難儀な性格してんね~。相手が女性じゃなければ、胸倉でも掴んでそうな形相だ。
 シャルロットは怯むことなどせず、堂々と言い返す。不正だと言うのなら、証拠はあるのか。互いの実力が結果に表れただけだ、と。段々言い争いがヒートアップしてきた。
 バジルは平民であるが故に、会話に口を出せない。エリゼが手を出してきたら間に入るだろうが、それまでは黙っているしかないのだ。その為、ちらちらこっちに視線を寄越している。はいはい、分かってますって。
 だが僕より早くジスランが「言いがかりはやめろ!バカ!」と割り込み、頭に血の上ってきたエリゼがシャルロットの代わりに僕の胸倉を掴んだ。

「おいお前!妹の教育をきちんとしておけ!男に向かってなんという口の利き方だ!」

 おーおー、そんな顔されても怖くないよーだ。
 暴力に暴力で返す気はない、そっと彼の手を取り外した。


「君に言われたくないな、ラブレー子爵令息?妹に負けたからといって、法螺話を大声で語り淑女を貶そうなど、紳士の風上にもおけない。
 しかも次は言い争っていたジスランでなく、弱そうな僕に標的を定めるとは。そんなだから君は2番なんだ」

「な…!?…じゅ、10番のくせに、黙っていろ!」

 あんたが先に話しかけてきたんじゃないか…。しかも今の発言2番は関係ないぞ、気付け。

 漫画でのセレスタンは、ここまで堂々と言い返しはしなかった。「いや、妹は不正なんて…」「すっこんでろ10番!」ってなやりとりだったな。
 今日に限らず、僕はずっとそんな感じだった。あまり他人と関わるとボロが出そうだからと、教室でも気配を隠して大人しくしていた。だからか、普段の僕を知る生徒達は唖然としている。
 この後は先生が現れて事態は収束するが、そこまで待つ気はない。同じく唖然とする妹の手を取り歩き出す。キャンキャン後ろから吠えているのだが、気にしない。

「おい、逃げる気か!?」

「どう捉えてもらっても構わないよ。ただしこのまま続けたらどちらに不利なのか…そのご自慢の頭でよーく考えることだな」

 この後現れる教師によって、厳重注意を受けるのは彼のほうだ。まあこっちに非は無いから当たり前だけど。助けたつもりではなく、これ以上彼に関わりたくないだけ。



 いつか仲違いする日が来るとしても。人間離れしすぎてちょっと怖いと思っていても。それでもこの子は…僕の可愛い妹だ。前世の記憶が蘇ろうともそこに変わりはない。むしろ優也を重ねてしまって…愛しさは増したように思える。


 そんな大事な妹に難癖付ける男に、嫌悪感を抱かないはずがあるまい?


 その場を後にする僕達と、慌てて付いてくるジスランにバジル。すぐ教師が「騒々しいですね、何事ですか?」と顔を出すけど、僕には関係の無いことだ。


 …あれ、パスカルは?

 あっ。イベント始まる前に退散しちゃった。
 教師にエリゼが引き摺られて行った後登場するんだった!

「災難だったな。俺も今回は貴女に負けてしまったが…次はこうはいかない」とか言いに来るんだった。


 …まあいいか。初顔合わせでもあるまいし、また機会はいくらでもあるでしょ!

 ということで気にせず教室に戻る僕達を、パスカルが見つめていたことなど気付きもしないのであった。





「お、お兄様…大丈夫なの?いつもと雰囲気が違うような…」

「うむ、お前にあんな度胸があったとは!男として見直したぞ」

 廊下を歩きながら、ロッティが僕の顔を覗き込んでくる。バジルもうんうん頷き、ジスランはうるさい。
 大丈夫だよ、これから先…お別れするその日まで。僕が君を守るから。
 という意を込めて、彼女の頭を撫でる。身長は大して変わらないから不格好だけど…ロッティが笑ってくれたからよしとしよう。


 あとどうでもいいことなんだけど。ジスランは口喧嘩における語彙を増やせ。さっきのやり取りでお前、「バーカ!バカ!バカが!」しか言ってなかったからな?
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