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学園
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しおりを挟む明日にはもう魔国に着く…と言われた夜。なんとなく甲板までやって来て、星空を眺めてみる。
キレーだなー…星が落っこちてきそう、ってこんな時に使うのかな。
「眠れないのか?」
「え?」
ベンチの上に横たわっていたら、散歩中なのかエヴィがオレに気付いて歩いてきた。
「そっちこそ。」
「ん…まあな。流石に緊張もするさ。何せ相手は、高名な魔王陛下だからな。穏やかそうな人物ではあったが…戦闘時ともなれば豹変してもおかしくない。」
エヴィもオレの隣のベンチに横になった。それから…ぽつぽつと会話をする。
互いの言葉が途切れて、数秒の沈黙。
「………なあ。」
「んー?」
オレは「あ、流れ星!」とか考えながら返事をした。
「…人は平等じゃない。それは生まれながらに、ほぼ決まっている。…キャンシー・グラウムとタンブルが、大した裁きを受けなかったように。」
「………………。」
エヴィが…自分からその話題を口にするとは。余計な相槌は打たず、続きを待つ。
「シュリが言っていた。
「いつか…何百年後かもだけど、身分制度を廃止する日が来ると思う。それでも人は貧富や才能、血統、容貌なんかで『階級』というものを必ず作る。魔族だって赤目は特別だしね。
社会に完全な平等が訪れる事は、未来永劫無い…残念ながら。人に知性と感情がある限りは」と…。」
…アシュリィが…。
「俺は兄さんが復讐をやめてくれて、心底ホッとしている…が。
今もこの下で…俺の家族を皆殺しにして、兄さんを苦しめた奴がのうのうと生きていると考えると。どうしても…モヤモヤするんだ。
田舎で…使用人に世話をされて、毎日穏やかに生きているんだぞ!?なんで…!人間は、ここまで不平等なんだよ…!!」
「…タンブルもそうだよな。あいつが殺した赤ちゃんは、私生児でもなく平民の子。だから罪には問われない…。」
エヴィの言葉の端々から、誰に向ければいいのか分からない感情が伝わってくる。
それに…話に聞いただけのオレですら、彼らに殺意を抱いたというのに。当事者達は…どれほどの絶望を覚えて、怒りを押し込めたんだろうな…。
「オレもアシュリィから聞いたけど。
帝国の司法によって、2人の処遇は「公的に」決まった。それを覆す、踏み躙る事は…アシュリィには簡単に出来る事。」
『でも…そうして私刑を下したら。私は…私を見失ってしまう。』
「って、苦しそうに唇を噛んでた。」
「そう…か…。」
「………誰にも言わないでおこう、と思ってたんだけど。あんたの胸のつかえが下りるんなら…知っておいて欲しい事がある。」
「?」
近くに人がいないのを確認…声を落として…と。
「実はアシュリィな…タンブルに呪いを施してんだ。」
「え。」
エヴィが上半身を起こしてオレを見下ろす。いや…ね。アシュリィって、大人しく引き下がる性格じゃないじゃん?だから…ね?
「生涯……不能、になる呪いを……ね?」
「……………。」
エヴィが目を見開いている。これはオレと魔族の皆さんしか知らない話だからな。
「かなーりキツめの呪いらしくて。治療はもちろん効かない、解呪も人間には到底無理。魔族は協力する訳がない…ので。
タンブルは一生、女性に手を出す事はできねえよ。」
「………そ…か…。」
「ついでに『月に1回どこかの角に足の小指をぶつける』『痔になりやすい』呪いとの3本立てだ。」
「ブッッッ!!!」
直接命に関わらないから、アシュリィの中でもセーフ!って事らしい。オレもいい気味としか思えないな。
「でもキャンシー・グラウムは…愛の女神・メイテリニアの加護を持っている。だからアシュリィも、簡単に呪える相手じゃなかったんだけど…。」
これは本当に偶然なんだが。メイテリニア様と、魔王陛下を守護する豊穣の神・ファインスマーテルは兄妹神なんだ。
なので陛下が、ファインスマーテル様に「アナタの妹が守護してる人間、娘の親友の家族にこんな事したんですけど」とチクった。
そんで兄から妹に話が伝わり、人間を愛する女神ブチ切れ。女神にとって皇族は、愛する人間の子孫ってだけなんだって。だから切る時は一瞬なんだよ。そんでキャンシー・グラウムの加護を消したばかりか…
「なんつったっけ…生命力?違うな…ステータスのLUCとも違うんだけど。陛下が言うには、地上の生命には生きる上で欠かせない、『運命要素』ってのが備わっているんだ。
それを女神によって剥奪されて…この先キャンシー・グラウムには、大小あらゆる不幸が降り掛かるだろう。」
「………………。」
「事故に遭うとか、大切な人が死ぬとか…どっちにしても、長生きはできないと思う。」
エヴィは言葉も無いようで、じっとオレを見つめている。だよな…神様がどうこうって、オレらにはスケールがデカ過ぎて訳分かんねえよ。
「それを聞いてエヴィは、どう思う?」
「…………………。」
「ざまーみろ!」とか?「憐れな…」は無いか。「足りないくらいだ!」なんて。オレは寝っ転がったまま、エヴィの目を見据える。
すると彼は少し考え…頭を掻きながら困ったように視線を落とした。
「………び…っくりするくらいに、なんとも思わないな…。強いて言えば…」
「言えば?」
「……魔王を敵にした人間の末路だとしたら。制裁としては優しい方なのかな…と。」
「かもな。」
エヴィは再びベンチに仰向けになり、空を見上げる。
「「………………。」」
ああ…風が気持ちいいなぁ。
「………さようなら…。」
その別れは誰に向けたのか。オレには読めないし、知らなくていい事だ……
………ひゅるー…ん…
「「んっ?」」
何この音。
遠くから…なんか近付いて来る?流れ星…まさか?
…ひゅーん… ドッカアァン!!!
「「うえええっ!!?」」
ぎゃーーーっ!!ベンチの間に衝撃が…!床は砕け吹っ飛ぶオレ達、真横に落ちてきたのは…人!!?こ、この逞しい背中、上腕二頭筋は…!
「はっはっはぁーーーっ!!さあ勇者よ、いざ尋常に勝負!!!」
「ルーデンさんっ!?」
「またこのパターンか!!!けほっ。」
なんなんだよ一体ーーー!!!ルーデンさんはいい笑顔で武器を構えた、けど…
「「「………………。」」」
オレらは丸腰な上…寝巻き姿だ。
「早く支度して仲間を呼んで来いっ!!!」
「「ごめんね!!!」」
「「「なんだなんだ今の音はー!!」」」バタバタバタ…
落下音に集まって来た会長達に状況を説明、全員で一旦部屋に戻る。
廊下を走りながら…エヴィと顔を見合わせると、彼は堪えきれないといった風に小さく吹き出した。オレも思わず笑顔になり…頑張ろうぜ!と握り拳を突き合わせた。
しっかり装備を整えて…いざ勝負!!ルーデンさんってばずっと待っててくれたわ、ありがとう!!
では気を取り直して!!!全員武器を構えて、ルーデンさんを囲んだ!!非戦闘員は、安全な場所から観戦している。
「はははははっ!!!勇者よ、このまま進んでも魔王城には辿り着けんぞ!!何せ城には高度な結界が張ってある、お前らでは解除できん!!」
「なんだとっ!!」
「く…っ、ここまで来たのに…!」
よく分からんが、アルとリリーがノリノリで答えてる。オレは黙って見ていよう!
「結界は…この俺の持つ、要石を壊せば消滅するがな!!お前らにできるかな!!?」チラッ
わざわざ教えてくれてありがとう!!行くぞ、ディードの言葉を思い出せオレ…!
『ルーデンはあの見た目でも分かる通り、パワータイプで耐久がかなり高い。魔族には珍しく、他人と呼吸を合わせる事も出来る。敵の注意を引き、攻撃を集めて味方をフリーにして攻撃させる…アシュリィは『タンク役』と言っていたな。』
「っしゃ俺の出番だな!行くぞオラアッ!!!」
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ひたすら会長とオレを、アルとリリーの魔法で強化して…とにかく殴る!!!
「大将、右任せたっ!!」
「っしゃあ!!行くぞオラァッ!!!」
彼の武器は細長い盾。打撃にも使える上に、油断すると拳や蹴りが飛んでくる!!けど!!!
ルーデンさんは、仲間がいてこそ真価を発揮する戦闘スタイルだ。単騎なら、オレらが圧倒的有利じゃーーーっ!!!
ズガガッ! ブォンッ バシィッ!!
「「「……………。」」」
疲れたら回復、怪我したら回復、筋力強化とにかく強化!!エヴィはタイミングとかアル達に指示してるけど…
「なんつーか…筋肉同士の…むさ苦しい戦いだなあ…。優雅さの欠片もない…。」
うるせえあんたも入れやっ!!!
30分後。
「……ふふ…俺の、敗けだ…!」
「げほっ…ぜ、ゼヒュ、ハア、ハ、ハア…うえっ…」
散々暴れまわったルーデンさんは、ボロボロの床にやっと倒れた…。メインで戦っていた会長も、床に突っ伏して息も絶え絶え。
「では…要石よこせーっ!!」
「「よこせー!!」」
「ぶわっはははははっ!!!」
今度は遠慮なく、オレとアルとエヴィでルーデンさんの懐を漁る。ついでにくすぐっておこう。
よっしゃ見っけ!!これを砕いて…終わりかな?
「ふふ…ふぅ。アシュ坊、いい戦いだったぜ!お前さんにならアシュリィ様をお任せできる…頑張れよ!」
「ルーデンさん…!」
じぃん…オレ感激。頑張るぞーっ!!
「そんじゃ俺は、嫁ちゃんと子供が待ってるから帰るわ。」
また後で!と言い残して、ルーデンさんは闇夜に消えた…。子供いたんだ…新情報だ。
ヒュウゥ… 一気に静かになった…。皆部屋に戻ろうとするが…
「…なんで1人ずつ襲って来るんだろう?」
今のルーデンさんがいい例だけど。4人で掛かられたら…ディードがいても勝てるか分からんのに。
オレの小さな呟きに、パメラ嬢が隣に立って答えた。
「アシュレイ様。そういうものなんですよ。」
「…………そうなんだ…。」
うん、じゃあ…仕方ないか!
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