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学園
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しおりを挟む俺の家は、どこにでもある普通の家庭だった。
特別裕福でも貧しくもなく、家族仲もよく…弟も産まれて、絵に描いたような幸せ家族。
俺は弟が産まれる前、「いもうとがいい!」と主張して両親を困らせていたらしい。流石に2歳の頃なので覚えてはいないけど…近所中にも「ぼくんち、いもうとがうまれるんだー!」と言って回っていたとか。
その都度俺を回収に走る両親は、さぞ大変だったろう。でも、それだけ楽しみだったんだ。
実際産まれたのは男の子だったけど。それでも俺は…ふにゃふにゃの赤ちゃんを見て。「ぼくは、おにいちゃんなんだ」と感動したのをうっすら覚えている。
そんな日常が、ある日突然崩れた。可愛い弟が…連れ去られたんだ。
両親は当然探したし、警備隊に届けも出した、けど。弟は帰って来なかった。
それでも俺がいるからか…両親は気丈に振る舞っていた。俺の前では決して涙を見せず。捜索は続けつつ…俺にも惜しみない愛情を注いでくれた。
後になって知ったけど。弟は出生届が破棄されていた。つまり犯人は…それが出来る人物。恐らく、貴族。両親はそう結論付けたのだろう。
ならば…弟はきっとどこかで生きている。それを心の支えにして、両親はなんとか立っていられたんだと思う。
それから5年が経って、俺達は皇宮に連れて行かれた。訳も分からないまま腕を縛られて、やたらと広くて天井が高い部屋に、親族が集められていた。知らない顔も多かったけど。
俺には大人達の会話内容は理解できなかったけど。ただただ…恐怖心で俯いていた。
突然騎士が剣を振り、家族を…殺した。親族の悲鳴が響いたけど、俺は声も出なかった。
次々に人の首が飛び、血溜まりが広がっていく。それが少しずつ、近付いてくる。
ついに俺の番。騎士の小さく謝罪する声と、俺を見下ろす涙に濡れた目をよく覚えている。
だが結果的に、俺だけが生き延びた。直前で状況が変わったらしい。
騎士が俺の縄を切ってくれて。それで正気に戻った俺は、震える足を懸命に動かし…両親の元へ走った。
「おかあさああん!!おとーさーーーん!!!やだあああああっ!!!」
差し伸べられる手を振り払い、お母さんの身体に縋って泣いた。
やだ、起きて。名前を呼んで…抱っこして。死んじゃいやだ…!と、当時の俺はひたすらに泣いた。その時…
「………なに、これ…?なんでみんな、あたまがないの…?」
俺よりも幼い声が耳に届いた。声のする扉に目を向けると…
そこにはお父さんと同じ…若草色の髪をした男の子が、呆然と立っていた。俺はすぐに気付いた。
あ…あの子は。俺の…弟だ…と。
だけど俺は限界を迎え…お母さんの上に倒れ込んで意識を失った。最後に、弟も目の前の光景にショックを受けたのか、後ろに倒れる姿が見えた…
その日から俺の世界は一変した。まず…
「………?……っ、……!?」
3日後に目覚めた俺は…声が出なくなっていた。医者の診断によれば…心因性失声症だと。ストレスがなくなれば治る…なら。俺は一生、声が戻る事は無いだろう。
唯一の生き残りである俺は声を失い。誰も…家族の無念を訴える事ができなくなっていた。
俺が寝ている間に陛下は捏造した事実を広めた。
俺の一族が死んだのは、集まっていたレストランが火事で全焼したから。その為にわざわざレストランを買収して、実際に燃やしてみせたらしい。それで俺達を知る人含め、世間は納得したようだ。
あの場にいたのは皇帝夫妻、皇帝の伯父、騎士5人。摂政である伯父は、陛下を守る為自主的に口を噤んだのだろう。
騎士は…本来守るべきである民を。無実の善良な国民を一方的に殺した事で。精神を病んでか責任を感じてか…4人が自決した。それも陛下は「任務中の事故」と片付けた。
残った1人も陛下に口封じとして、大金を握らされて僻地に追いやられた。と…陛下は思っているだろう。
その騎士は最後、俺に剣を向けた騎士だった。首都を離れる前に…彼はこっそりと俺を訪ねた。謝罪をする為と…
「俺1人が真実を訴えても、誰も聞きやしないだろう。だから俺は生きる。
生きて…いつの日か、生き証人としてあの事件を語るだろう。その時は必ず来る。だから…お前さんも、一緒に来るか?」
と…提案してくれた。けど俺は断った。
だって…首都を離れたら。
家族の仇を取れない。あの女を、殺せないじゃないか。
俺は黙って首を横に振っただけだが。騎士は最後に…陛下から渡された金を俺に渡して、遠くに行った。
他に目撃した者も、全員口を固く閉じた。そりゃそうだよな。見ず知らずの他人の名誉より、自分や家族の命が惜しかろう。
皇子を殺した乳母も、仕事中に階段を踏み外して死んだ事になった。そいつの親族は、今ものうのうと生きている。全て陛下が仕組んだ。
俺はその時から…いつかキャンシー・グラウムを殺す事だけを目標に生きた。あの女は俺が子供だから、何も分からないと思っているんだろう。
身寄りを失った俺は皇宮に迎え入れられた。あの女の罪滅ぼしか、世間体か。恐らく後者だろう、現に「慈悲深い皇帝」と話は広まったから。
「元気になったようで何よりだ。お前には今後、我が息子に仕えて欲しい。」
「……………………。」
よくも言えたものだ。普通に考えて第一皇子に、平民の子供を仕えさせる訳がない。この時からいずれ、俺達を纏めて捨てる算段をつけていたんだろう。この時俺は、やっぱりあの子は俺の弟だと確信した。
グラウムの中でも、影響力のある貴族は弟が偽物だと知っている。隣国…ベイラーの王族も。彼らには「皇子は死産だった。だが誕生を楽しみにしていた国民の為…孤児院から同じ髪色の子を連れてきた」などと説明したらしい。どこまで嘘を重ねる気なのだろうか。
俺がデメトリアスと呼ばれている弟と再会したのは…全てが終わってから。
「……………だあれ?」
「………………。」
デムは…他人を信じられなくなっていた。あの光景を見たのもそうだし、今まで家族と信じていた奴らに突き放されたのだ。
皇帝夫妻は「お前は息子じゃない」と言い切った。それに追随して第二皇子も…使用人までも、デムを雑に扱うようになった。
それでも俺には心を開いてくれて…俺にくっ付いて離れなくなった。もしかしたら本能か何かで、俺が兄だと分かっていたのかな。
文字を覚えてすぐに、デムにこう書いてみせた。
【俺はきみの、血の繋がった兄だ】
「え…ぼくの、おにいちゃん?」
【そう。きみの…俺達の両親は、皇帝陛下に殺された】
「え……。」
デムが全てを理解するのに、そう時間は掛からなかった。まだ6歳になったばかりだが、薄々感づいてはいたのだろう。
【俺はキャンシー・グラウムを許せない。だからいつか、必ず殺す】
「………………。」
【きみは何も知らない振りをしていて。全部俺が負う】
「……にーちゃん…。」
デムは俺のメモを握り締めて、ポロポロと涙を流した。
皇帝を殺したとなれば、俺は必ず処刑されるだろう。子供ながらに分かっていた。けど…
世間的に皇子であるデムは助かるはずだ。ならいい。この子が無事なら、俺はそれでいい。
けど次の日から…デムは変わった。剣や魔法の勉強を頑張り始めた。それだけでなく…横柄に振る舞うようになった。
【デム、どうしたんだ?】
「………別に。あいつら、おれをバカにしたんだ。それだけじゃなくて、にーちゃんの事も。」
デムは人前では俺を「ティモ」と呼び、2人きりなら「にーちゃん」と呼ぶ。
俺は第一皇子の従者として護衛として、堂々と魔法や剣を学べたけど。何故かデムも、俺以上に頑張っていた。
俺は剣はあまり向かなかったようで、魔法に専念し始めたが。デムはどっちも頭角を表し、メキメキと実力を伸ばしていった。
「ここは敵ばかりだ。何も知らない奴らは、平民出身の兄ちゃんを見下す。
でも安心してくれ、兄ちゃんは俺が守る。その為に…誰も何も言えない程に、完璧な皇子にだってなってやる!
誰も俺を無視できない…見下せないように。流石はデメトリアス殿下!って言わせてやる!!」
デムがそう言っていたのは、11歳の時。拳を握り決意する横顔を見て…まさか俺と一緒に逃げるつもりじゃ、と感じた。キャンシー・グラウムを殺して…俺も死ぬつもりだったけど。
でも俺は、復讐をやめる気は無い。デムを1人残すのは心苦しいが…もう引き返す気は無いんだよ。
俺は王子の従者として、仕事をこなしつつ。目立たずひっそりと、確実に力を蓄えていった。
騎士に貰った金には、一切手を付けていない。いつか皇室を追放されるデムに、必要だと思うから残してある。
デムは力も知識もどんどん吸収していくが…比例して態度も悪くなっていった。
多分だけど。当初の目標も忘れて…ただ貪欲に力を求めるようになってしまったのだろう。誰からも尊ばれて傅かれる、俺様はそんな皇子だ!と。
ああやって考えが脱線するところ、母さんにそっくりだ。
ねえ、デメトリアス。本来なら今頃俺達は…どんな人生を歩んでいたんだろうね。
平民として、外で遊び回っていたのかな。街の学校に行って、家に帰れば両親が待っていて。夕飯を食べながら1日の出来事を報告して…って。
そんな当たり前の未来を奪った、この国を。俺は決して許さない。
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