154 / 164
学園
67
しおりを挟む「………………。」
目の前には…綺麗に磨かれた床。まるであの惨劇なんて、最初から無かったかのようだった。だが…アシュレイの魔法によって焦げた壁が、全てを物語っていた。
誰も何も、言葉を発さない。お父様が魔法を解いて自由になっても…陛下も黙ったまま。
部屋の中央で膝を突いていた私を、アシュレイが手を伸ばして立たせてくれた。ああ…色んな感情が混ざり合って、吐き気がする。
「……よく分かりました。陛下が何を隠していたのか…。」
「ち…違う…。あれは…違う。」
「何がでしょう?まさか…私の魔法を疑っていると?あれは私が創り出したお話だと?」
「そうでは…ない…。あれは…違う…。」
陛下はガタガタと震え、蹲っている。何…まるで私が悪者みたいじゃない。
許さない…彼女の行いは、人として許されるものではない。
静かな室内に、私の靴音はよく響いた。ゆっくりと、確実に。裁きを待つ陛下の眼前で、真っ直ぐに背を伸ばし彼女を見下ろす。
「貴女は取り返しのつかない事をしました。」
私に彼女を責める資格は無いだろうけど。今は過去を棚に上げてでも、言わなきゃならない。
「彼ら一族の虐殺も、ですが。その後…貴女はそれを隠蔽しましたね?」
「………………。」
「あの件に携わった人々はどうしたのですか?まさか、口封じに殺しましたか。これまで漏洩してないんですから、有り得ない話ではありませんよね?
……だんまりですか?ねえ殿下?」
「っ!」
全てを見ていた貴方も、同罪でしょう?ええ?何か言ったらどうなの。
私に続いて、帝国側の者も次々と陛下を責め立てる。段々と声を荒げて…誰かが「何か弁明すらも無いのですか!!」と叫んだ時。
陛下は勢いよく顔を上げて、部屋を見渡し顔を険しくさせた。
「…!私は息子を失った、お前らにその気持ちが分かるか!!!それで正常な判断を下せなくても仕方ないだろうっ!!!私ではない、全ては乳母が悪いのだ!!!」
あ。ちょっとそれは…駄目でしょう。
「……つまり。陛下はこう仰りたいのですね。
不幸な目に遭った人は…他の人を害してもいいんだ、と。」
「何…っ!?」
私の発言に、騒然としていた玉座の間が静まり返る。突然音が消えて耳が痛いくらい。
陛下は私の顔を見て、喉を引き攣らせた。あぁ…自分でも今どんな表情をしているのか分かる。きっと「無」なんだろう。
腹が煮えるというのに、頭はおかしいくらいに冷静だ。なんでだろう。隣でアシュレイが、手を繋いでくれているから?
「貴女は、大切な息子を亡くしてしまったから。八つ当たりで30人を殺しても、許されるとお考えなのですね?」
「そういう…意味では…」
「ではどういった意味合いで、先程の発言をなさったのですか?あ…そっか。
自分は王だから。国民をいくら殺そうと、問題無いと?」
「姫君!!それは私に対する侮辱と受け取るぞ!!」
「そうですか。では今回判明した事実を全世界に公表し、皆様に判断していただきましょうか。どちらの意見がただしいのか…ね?」
「……!」
あらら、都合が悪くなるとだんまりですか。陛下は拳を握って唇を噛む。
あー…まるで健気に耐える少女にでもなったおつもりですか。
「貴女の考えでは……例えばですが。
私のお父様が…貴女に殺されたら。怒り狂った私がこの国を滅ぼしても、それは許されますよね?」
「…………許される…訳がない…。どれだけの人が、この国に暮らしていると…」
「へえ!つまり…数万人は駄目だけど、30人はいいんですね!!では陛下と、陛下の大切な人を30人殺します。いいですよね?ね?」
「……………。」
陛下…いいや。もう陛下なんて思えない。
ねえ。どう思う、お父様?
後ろを振り向いてお父様に話を振れば、彼はやや目を開いてから発言した。
「うん?そうだね…僕も王と呼ばれる立場にいる。人間だろうと魔族だろうと変わらない。」
お父様は私の隣まで歩いてきて、全ての感情が抜け落ちたような顔をした。その横顔を見たアシュレイが、繋ぐ手に力を込める。うん…怖いだろうね。
言葉は穏やかだが、声色は空気が凍りそうな程に冷たい。こんなお父様…私も初めて見る。ただの人間であるキャンシーが、正面から耐えられるものではない。
「だからね。言わせてもらうけど。
君に、王の器と資格は無いよ。」
「…!……ぁ…あああぁぁ…!!」
とどめの一言に、キャンシーは両手を床に突いた。もう終わりだ…とか呟いてるけど、勝手に終わらせないでくれる?
誰か扉を開けてください、と言えば帝国の騎士が素直に聞いてくれた。開くと同時に、アルがひょこっと顔を覗かせる。
「終わった?シュリ。」
「うん。デムとティモをこっち連れてきてくれる?」
「分かった。」
アルとディードは特に反応しなかったけど…リリー、デム、ティモはキャンシーが床に這いつくばっている姿に目を丸くした。更に髪を振り乱して大粒の涙を流しているものね。
皆私の側に寄り、デムは隣に立った。
「デム。ここで何が起きたのか、全部知ったよ。」
「…そうか。全員か?」
「うん。この部屋にいた皆。」
「…どうりで、俺達を見る目に憐れみが混じっている訳だ。」
デムは力無く、はは… と笑った。
…5歳のデムはあの後、死体の山を前に何を思ったのだろうか…。
「……薄情かもしれないがな。俺は陛下に対して怒りはあれど…家族を殺された、という認識はあまり無いんだ。」
え。後ろで事情を知らないリリー達が息を呑んでいる気配がする。
「当時…俺にとっての家族は…そこにいる皇帝陛下と皇婿殿下。そして1つ下の弟と…生まれたばかりの妹。何せ実の両親と引き離されたのは赤ん坊の頃。
人間の死体に対する恐怖、陛下の行動に怒る思いはあったけど、家族を失った実感は薄かった。…正直今も。」
「…うん。」
「だから…な。俺は陛下を許せないが…復讐心はさほど無い。
俺は、な。」
…?随分と含みのある言い方をするな。
するとデムは、上半身を捻って後ろを見る。
「な?……兄さん。」
「……………………。」
兄さん…ティモ?……!?
つられて後ろを見たら…そこには。魔族である私やディードすらも僅かに怯む程に…虚ろで冷たい目をしたティモが。
血が滲むまで拳を握り。キャンシーを見下ろしていた…。
0
お気に入りに追加
3,549
あなたにおすすめの小説
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

妖精の取り替え子として平民に転落した元王女ですが、努力チートで幸せになります。
haru.
恋愛
「今ここに、17年間偽られ続けた真実を証すッ! ここにいるアクリアーナは本物の王女ではないッ! 妖精の取り替え子によって偽られた偽物だッ!」
17年間マルヴィーア王国の第二王女として生きてきた人生を否定された。王家が主催する夜会会場で、自分の婚約者と本物の王女だと名乗る少女に……
家族とは見た目も才能も似ておらず、肩身の狭い思いをしてきたアクリアーナ。
王女から平民に身を落とす事になり、辛い人生が待ち受けていると思っていたが、王族として恥じぬように生きてきた17年間の足掻きは無駄ではなかった。
「あれ? 何だか王女でいるよりも楽しいかもしれない!」
自身の努力でチートを手に入れていたアクリアーナ。
そんな王女を秘かに想っていた騎士団の第三師団長が騎士を辞めて私を追ってきた!?
アクリアーナの知らぬ所で彼女を愛し、幸せを願う者達。
王女ではなくなった筈が染み付いた王族としての秩序で困っている民を見捨てられないアクリアーナの人生は一体どうなる!?
※ ヨーロッパの伝承にある取り替え子(チェンジリング)とは違う話となっております。
異世界の創作小説として見て頂けたら嬉しいです。
(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ペコ

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる