私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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学園

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「………………。」


 目の前には…綺麗に磨かれた床。まるであの惨劇なんて、最初から無かったかのようだった。だが…アシュレイの魔法によって焦げた壁が、全てを物語っていた。
 誰も何も、言葉を発さない。お父様が魔法を解いて自由になっても…陛下も黙ったまま。

 部屋の中央で膝を突いていた私を、アシュレイが手を伸ばして立たせてくれた。ああ…色んな感情が混ざり合って、吐き気がする。


「……よく分かりました。陛下が何を隠していたのか…。」

「ち…違う…。あれは…違う。」

「何がでしょう?まさか…私の魔法を疑っていると?あれは私が創り出したお話だと?」

「そうでは…ない…。あれは…違う…。」

 陛下はガタガタと震え、蹲っている。何…まるで私が悪者みたいじゃない。



 許さない…彼女の行いは、人として許されるものではない。

 静かな室内に、私の靴音はよく響いた。ゆっくりと、確実に。裁きを待つ陛下の眼前で、真っ直ぐに背を伸ばし彼女を見下ろす。


「貴女は取り返しのつかない事をしました。」

 私に彼女を責める資格は無いだろうけど。今は過去を棚に上げてでも、言わなきゃならない。

「彼ら一族の虐殺も、ですが。その後…貴女はそれを隠蔽しましたね?」

「………………。」

「あの件に携わった人々はどうしたのですか?まさか、口封じに殺しましたか。これまで漏洩してないんですから、有り得ない話ではありませんよね?
 ……だんまりですか?ねえ殿下?」

「っ!」

 全てを見ていた貴方も、同罪でしょう?ええ?何か言ったらどうなの。
 私に続いて、帝国側の者も次々と陛下を責め立てる。段々と声を荒げて…誰かが「何か弁明すらも無いのですか!!」と叫んだ時。

 陛下は勢いよく顔を上げて、部屋を見渡し顔を険しくさせた。


「…!私は息子を失った、お前らにその気持ちが分かるか!!!それで正常な判断を下せなくてもだろうっ!!!私ではない、全ては乳母が悪いのだ!!!」





 あ。ちょっとそれは…駄目でしょう。




「……つまり。陛下はこう仰りたいのですね。
 不幸な目に遭った人は…他の人を害してもいいんだ、と。」

「何…っ!?」

 私の発言に、騒然としていた玉座の間が静まり返る。突然音が消えて耳が痛いくらい。
 陛下は私の顔を見て、喉を引き攣らせた。あぁ…自分でも今どんな表情をしているのか分かる。きっと「無」なんだろう。
 腹が煮えるというのに、頭はおかしいくらいに冷静だ。なんでだろう。隣でアシュレイが、手を繋いでくれているから?


「貴女は、大切な息子を亡くしてしまったから。八つ当たりで30人を殺しても、許されるとお考えなのですね?」

「そういう…意味では…」

「ではどういった意味合いで、先程の発言をなさったのですか?あ…そっか。
 自分は王だから。国民をいくら殺そうと、問題無いと?」

「姫君!!それは私に対する侮辱と受け取るぞ!!」

「そうですか。では今回判明した事実を全世界に公表し、皆様に判断していただきましょうか。どちらの意見がただしいのか…ね?」

「……!」

 あらら、都合が悪くなるとだんまりですか。陛下は拳を握って唇を噛む。
 あー…まるで健気に耐える少女にでもなったおつもりですか。

「貴女の考えでは……例えばですが。
 私のお父様が…貴女に殺されたら。怒り狂った私がこの国を滅ぼしても、それは許されますよね?」

「…………許される…訳がない…。どれだけの人が、この国に暮らしていると…」

「へえ!つまり…数万人は駄目だけど、30人はいいんですね!!では陛下と、陛下の大切な人を30人殺します。いいですよね?ね?」

「……………。」

 陛下…いいや。もう陛下なんて思えない。
 ねえ。どう思う、お父様?
 後ろを振り向いてお父様に話を振れば、彼はやや目を開いてから発言した。


「うん?そうだね…僕も王と呼ばれる立場にいる。人間だろうと魔族だろうと変わらない。」

 お父様は私の隣まで歩いてきて、全ての感情が抜け落ちたような顔をした。その横顔を見たアシュレイが、繋ぐ手に力を込める。うん…怖いだろうね。
 言葉は穏やかだが、声色は空気が凍りそうな程に冷たい。こんなお父様…私も初めて見る。ただの人間であるキャンシーが、正面から耐えられるものではない。


「だからね。言わせてもらうけど。

 君に、王の器と資格は無いよ。」

「…!……ぁ…あああぁぁ…!!」

 とどめの一言に、キャンシーは両手を床に突いた。もう終わりだ…とか呟いてるけど、勝手に終わらせないでくれる?



 誰か扉を開けてください、と言えば帝国の騎士が素直に聞いてくれた。開くと同時に、アルがひょこっと顔を覗かせる。

「終わった?シュリ。」

「うん。デムとティモをこっち連れてきてくれる?」

「分かった。」


 アルとディードは特に反応しなかったけど…リリー、デム、ティモはキャンシーが床に這いつくばっている姿に目を丸くした。更に髪を振り乱して大粒の涙を流しているものね。
 皆私の側に寄り、デムは隣に立った。



「デム。ここで何が起きたのか、全部知ったよ。」

「…そうか。全員か?」

「うん。この部屋にいた皆。」

「…どうりで、俺達を見る目に憐れみが混じっている訳だ。」

 デムは力無く、はは… と笑った。
 …5歳のデムはあの後、死体の山を前に何を思ったのだろうか…。


「……薄情かもしれないがな。俺は陛下に対して怒りはあれど…家族を殺された、という認識はあまり無いんだ。」

 え。後ろで事情を知らないリリー達が息を呑んでいる気配がする。

「当時…俺にとっての家族は…そこにいる皇帝陛下と皇婿殿下。そして1つ下の弟と…生まれたばかりの妹。何せ実の両親と引き離されたのは赤ん坊の頃。
 人間の死体に対する恐怖、陛下の行動に怒る思いはあったけど、家族を失った実感は薄かった。…正直今も。」

「…うん。」

「だから…な。俺は陛下を許せないが…復讐心はさほど無い。
 俺は、な。」

 …?随分と含みのある言い方をするな。
 するとデムは、上半身を捻って後ろを見る。



「な?……兄さん。」

「……………………。」


 兄さん…ティモ?……!?

 つられて後ろを見たら…そこには。魔族である私やディードすらも僅かに怯む程に…虚ろで冷たい目をしたティモが。
 血が滲むまで拳を握り。キャンシーを見下ろしていた…。

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