私の可愛い悪役令嬢様

雨野

文字の大きさ
上 下
151 / 164
学園

64

しおりを挟む

「アシュレイ…!」

「ああ、オレだ。」

 アシュレイの温もりに、少しずつだが冷静になれた。彼の背中に両腕を回し、強く服を握り締める。
 もう…大丈夫。身体から漏れ出ていた魔力も収束し、理性を取り戻した。それを確認すると、アシュレイが私から離れる。


「ありがと…アシュレイ。」

「おう。…んと。オレに何か…手伝える事はあるか?」

 アシュレイは私の両肩に手を置いて、やや照れながら申し出る。部屋の惨状を見ても、何があったのか聞かない。もう…そんなとこも好き。だから…

「あのね。タンブルを…私の代わりにぶん殴ってきてくれる?」

「いいぜ!」

 アシュレイはキリッ!とした顔で、拳を胸の高さで握って即答した。

「…死なない程度にやっちゃって!」

「任せろ!!」

 アシュレイは部屋を飛び出した…アイルが私に目配せをした後、追い掛ける。任せた、ボッコボコにしちゃえ!!




 だだだだだ…

「アシュレイ様っ!…何も聞かないんですか?」

「え?そりゃあ…オレは状況なんも分かんねえけど。アシュリィがあそこまで怒るのは、大切な人を傷付けられた時だけだ。そんで原因があのいけ好かねえ変態野郎だろ?だから殴る!!」

「……はは…お願いします!」





 ふう…深呼吸。ごめんね、怖がらせて…。


「い、いいえっ!お姉様が私達のために怒ってくださって、嬉しいです。」

「その通りです。驚いたのは事実ですが…恐怖はありませんでした。」

「……ありがとうございます、アシュリィ様。」

 うん…考える事は多いけど。まずはリアちゃん。


「その…」

 お腹の子、育てられる?とは…なんとも無神経だ。けど「頑張ってね!」や「なんでも頼って!皆で育てよう!」とか。挙句…「辛いなら、諦める?」なんて口が裂けても言えねえ!!!けれど…選択肢としては存在する。でも…それは…けど産むのはリアちゃん…私は所詮他人事…
 私はよっぽど変な顔でもしていたのだろうか、言葉に詰まっていたら…リアちゃんがクスッと笑った。

「私…この子を産みたいです。」

「!」

「…母親になるのは、とても怖いけど。子供を愛せるか…不安は付き纏うけど。
 この子は、私のもとに来てくれた。…諦めたく…ないんです…!」

「……!うん!!大丈夫、私も全力で支える。一緒に頑張ろう!!」

「…はいっ!」

 優しく抱き締めると、リアちゃんは破顔した。フィオナさんも涙を拭き微笑む。彼女の…儚くなってしまった子達の為にも。皆でこの子を幸せにする!!


 それで…セルジュさんだけど。彼は何も悪くないのに、罪悪感で押し潰されそうになってる…。
 彼だって、我が子を理不尽に殺された被害者だ。そんな顔をしないで…。

「もしも誰かが…貴方を非難したら。その時は私に教えて?すり潰すから!」

「は…はい(何を…?)。」ぞく…っ

 む?何身震いしてるの。絶対隠しちゃ駄目よ、約束だよ!!

「確認だけど…貴方達に恋愛感情は無い、んだよね?」

「「「はい。」」」

「ふ、2人と結婚する気は、ある?」

「……本来ならばそうして、責任を取るべきですが。俺は…彼女達の人生を縛りたくない。好きでもない男と、子供を盾に無理矢理結婚とは、あまりにも酷です。
 ですが、もちろん子供は見捨てません。許されるなら…リアがいつか愛する人と結ばれるまででも、一緒に育てたいと願います(まあ…もう好きな人はいるっぽいが…)。」

 なんで私をチラッと見る?でも、そっか…。セルジュさんはそれきり黙ってしまった。2人は?

「…私も同意見です。私達は同志ではありますが、恋仲ではありません。今後は…セルジュにも、自由に恋をして欲しい。でも父親になってくれるのは嬉しいです。」

「同じく。私もリアを支えますが…皆、それぞれ素敵な恋をしましょうね!」

 フィオナさん…!

「ぼく達もお手伝いする!」

「それに、好きな人ができたら相談に乗るよ!」

「えーと、僕も!何ができるか分からないけど!」

 パリス、ララ、ラリー…。ここにはいないけど、きっとアイルも同じ事を言ってくれるよ。
 皆の応援もあって…リアちゃんは力強く頷いた。


「それで…お姉様。先程の長髪の男性は…?」

「あ、アシュレイ?ん~…んへへ…。
 私の…好きな人なの!」

 きゃっ、言っちゃった!近いうちに正式に紹介するね~。他の友達も!すると…


「……………。」ぷくー

「あら?」

 リアちゃん…ほっぺが風船みたいよ?可愛いけど。私以外は全員、生温かい目でリアちゃんを見つめている。
 ……?????



 バターン!!

「戻ったぞ、アシュリィ!!」

「うおっ!?」

 びっくりした!!微妙な空気をぶち壊したのは、たった今話題に上がっていたアシュレイ。
 タンブルは帝国に引き渡すまでは、この屋敷の倉庫に縛ってある。で…

「なんで…頭にタンコブ作ってんの…?」

「見張りしてた父上に拳骨喰らった。」

「なんで?」

「オレが問答無用でぶん殴ったからかな。鼻折ったのと、歯ぁ5本くらい砕いてきたぞ。もちろん死んじゃいねえ。」

 あちゃあ…。そりゃ尋問中の容疑者に、暴行を加えたようなもんよな。損な役回りさせて…ごめんね。そっと頭を撫でると、アシュレイは頬を染めて目を伏せた。

「い…いいよ。オレ、お前の力になれたならそれでいい。」

「アシュレイ…っ!」

 私は人目も気にせず、アシュレイに抱き着いた。彼も私の背中に腕を回し…熱い抱擁を交わす。もう…好きの感情が爆発しそう!!!!2人きりだったらキスしてたのに!!

「なんちゃってーーー!!キャーーーッ!!!」

「もぎゃーーーっ!!?」ガッシャアァン!


 あ。昂りすぎて、アシュレイ投げちゃった。彼は吹っ飛び(進行方向にいたアイルはしゃがんで避けた)、背中で窓を突き破って、3階から落下………

「あーーーっ!!!ごめん、ごめええええんっ!!」

 慌てて砕けた窓から飛び降りた!アシュレイは…すげえ、無傷!!




「………今の何?」

「あれがお2人の日常なんだ。アシュリィ様は彼と魔族以外には決して力を振るわないから、そこは安心していい。」

「「「(色んな意味ですごい…)」」」



 そして男性陣はそれぞれ部屋に行ったが…アイルがこそっと私に耳打ちしてきた。

「アレンシア公爵ですが。アシュレイ様に拳骨をした後、俺が「タンブルは使用人を孕ませて、赤子の殺害を繰り返した」とこっそり伝えたら。タンブルにラリアット喰らわせてました。」

 よくやった!!!






 そして、翌日。私とディードは魔族としての正装を。アルも王子として着飾り…デム、アシュレイ、リリーも気合を入れている。ティモにも仕立てのいい燕尾服を用意した。で…昨日から気になってたんだけど。

「なんで…お父様も正装してるの?」

 重要な式典とかでしか着用しない、魔王の服だ。いやいいんだけどさ…遊びに来たにしては、やり過ぎじゃない?

「ま、ちょっとね。ちなみに仮面もあるんだ~。」

 何それ格好いっ。お父様は顔の上半分を隠す、綺麗な模様が描かれた仮面を手に持っている。うーん…考えるのやめよ!!



 屋敷の前で留守番の皆に「行ってくる!」と挨拶をする。

「そうだ、貴方達…その長い髪、綺麗だけど邪魔だったら切っちゃいな。パメラ、美容師さんとか手配お願いしていい?」

「ええ、分かったわ。」

 私の言葉に、3人はどことなく安堵した様子。
 彼らは耳と尻尾が濡れるのが嫌らしいね。そんで普通の獣憑きと違うラリーは…


「僕はお湯が駄目なんです。羽根をコーティングしてる油みたいのが、流れちゃうから。なのでお風呂は嫌いだけど、水浴びは好きなんです。」


 と先日教えてくれた。そんじゃ夏になったら、一緒に海で泳ごうね!




 さて、突攻メンバーでお父様が出してくれた方舟に乗り込んだ。空を飛び、景色を眺めながら…思考する。私はこの騒動の落とし所をどうするか…決めあぐねているのだ。

「………デム。」

「なんだ?」

「今まで避けてきたけど、訊ねる。
 帝国は…キャンシー陛下は何を隠しているの。」

「……!」

「…貴方が皇族の血を引いてないと判明したのは…神の祝福を授からなかったからだよね?」

「………ああ。その通りだ。よく分かったな。」


 デムは俯いてしまい、表情は見えないけど…方舟のへりに乗せられた腕が震えている。





 その答えに辿り着いたのは、四天王Jr.が仲良くお出掛けした日の事。
 私とディードは神の加護を授かっている…という話をして。デムが出て行った後、リリーが教えてくれた。


「だって…グラウム帝国はかつて神聖国家だったのよ。古く長い歴史の中で、色んな国が統合して滅んで、様々な文化が混ざり合ったけど…。
 神に愛された初代皇帝。その血を引く皇族は、今も神の庇護下にあると言われているわ。

 だからこそ直系の皇族は、5歳を迎える誕生日に行う儀式で。グラウムを守護するとされる神に、祝福を授かるのが習わしよ。」

「……………。」

「我が国の王妃殿下も、祝福を持ってる…ってご本人が仰ってたけど…。」

「……うん。そうだよリリス。もちろん息子の僕は違うけどね。
 じゃ、僕達も帰るね。ごめんだけど、お茶の片付けよろしく~。」

「ア、アルビー?」


 アルがリリーの背中を押しながら退室。この時点でリリーは、デムの正体を知らなかったから。


 ……それって、つまり。
 アシュレイとディードも気付いたのだろう…眉間に皺を寄せている。


「……デムは…キャンシー陛下の子ではない、から。」

「儀式にて神を降ろす事ができず…当然祝福という名の加護も授からず。」

「それによって…直系の皇族でない、と発覚した…って事だよな…?」


 しん… と沈黙が落ちる。それならば…全て説明がつく。
 いや待て。皇子の乳母が、儀式を知らないとは思えない。5歳になれば、必ず女帝にも知られてしまう…最悪な形でね。だというのに…

「……動転した者が、正常な判断を下せなくなるのはよくある事だ。」

 …ディードの発言は説得力がある。なら…


 デムは…たったの5歳で。今まで信じていた世界が、足下から粉々に砕け散り。両親と思っていた人にも見放され…居場所を失ってしまったって事…?


「「「……………。」」」


 私達は言葉が出ず。静かに後片付けをして…部屋を出た。




 それだけでもかなりの衝撃だろうが。問題は、その後。

「どうして陛下は、それを公表しなかったの。不慮の事故で皇子が亡くなっていた…確かに衝撃的な事件だけど、非難される事じゃないでしょ。
 代役にされた皇子…デメトリアスはその時点で、本当の家族の元に帰されるべきだっ──」

「うっ…!」

「えっ!?」

 デムが突然、右手で口元を押さえて前のめりに倒れた!!向かいに座っていた私が、咄嗟に支えるのには成功したけど…酷い顔だ。土気色で額には汗が滲み、目の焦点が合っていない。
 ってデムだけじゃない!彼の隣のティモは、ふらりと意識を失った!?彼はお父様が抱きとめてくれた、大事には至らなかったけど…。


「ご、ごめん…!気持ち悪いなら我慢しないで、吐いちゃって!!」

「…ぅ……お゛ぇ…!」

 デムは苦しさから目に涙を浮かべ、私のドレスに吐いた。気にすんな、魔法でいくらでも綺麗になる!!
 優しく語り掛けながら、デムの頭を胸に抱き、背中をさすって落ち着かせる。


「大丈夫、もう大丈夫。いい子ね…よしよし。」

「…………………。」

 次第に彼は落ち着き…私の腰に腕を回した。ごめんね…私が無遠慮に訊ねたから。
 皆も慌てていたが、どうにか冷静を取り戻したようだ。ティモはまだ意識が無い…。
 デムの吐瀉部は全部浄化し、彼の顔も丁寧に拭く。だけどまだ離さず、抱き続けた。アシュレイもお父様も、咎めなかった。



 あ……地上に、先月来たばかりの皇宮が見えた。


 ……行こう。私の胸の中で涙するデメトリアスを…本当の意味で、解放しよう…──

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...