私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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学園

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「アシュレイ…!」

「ああ、オレだ。」

 アシュレイの温もりに、少しずつだが冷静になれた。彼の背中に両腕を回し、強く服を握り締める。
 もう…大丈夫。身体から漏れ出ていた魔力も収束し、理性を取り戻した。それを確認すると、アシュレイが私から離れる。


「ありがと…アシュレイ。」

「おう。…んと。オレに何か…手伝える事はあるか?」

 アシュレイは私の両肩に手を置いて、やや照れながら申し出る。部屋の惨状を見ても、何があったのか聞かない。もう…そんなとこも好き。だから…

「あのね。タンブルを…私の代わりにぶん殴ってきてくれる?」

「いいぜ!」

 アシュレイはキリッ!とした顔で、拳を胸の高さで握って即答した。

「…死なない程度にやっちゃって!」

「任せろ!!」

 アシュレイは部屋を飛び出した…アイルが私に目配せをした後、追い掛ける。任せた、ボッコボコにしちゃえ!!




 だだだだだ…

「アシュレイ様っ!…何も聞かないんですか?」

「え?そりゃあ…オレは状況なんも分かんねえけど。アシュリィがあそこまで怒るのは、大切な人を傷付けられた時だけだ。そんで原因があのいけ好かねえ変態野郎だろ?だから殴る!!」

「……はは…お願いします!」





 ふう…深呼吸。ごめんね、怖がらせて…。


「い、いいえっ!お姉様が私達のために怒ってくださって、嬉しいです。」

「その通りです。驚いたのは事実ですが…恐怖はありませんでした。」

「……ありがとうございます、アシュリィ様。」

 うん…考える事は多いけど。まずはリアちゃん。


「その…」

 お腹の子、育てられる?とは…なんとも無神経だ。けど「頑張ってね!」や「なんでも頼って!皆で育てよう!」とか。挙句…「辛いなら、諦める?」なんて口が裂けても言えねえ!!!けれど…選択肢としては存在する。でも…それは…けど産むのはリアちゃん…私は所詮他人事…
 私はよっぽど変な顔でもしていたのだろうか、言葉に詰まっていたら…リアちゃんがクスッと笑った。

「私…この子を産みたいです。」

「!」

「…母親になるのは、とても怖いけど。子供を愛せるか…不安は付き纏うけど。
 この子は、私のもとに来てくれた。…諦めたく…ないんです…!」

「……!うん!!大丈夫、私も全力で支える。一緒に頑張ろう!!」

「…はいっ!」

 優しく抱き締めると、リアちゃんは破顔した。フィオナさんも涙を拭き微笑む。彼女の…儚くなってしまった子達の為にも。皆でこの子を幸せにする!!


 それで…セルジュさんだけど。彼は何も悪くないのに、罪悪感で押し潰されそうになってる…。
 彼だって、我が子を理不尽に殺された被害者だ。そんな顔をしないで…。

「もしも誰かが…貴方を非難したら。その時は私に教えて?すり潰すから!」

「は…はい(何を…?)。」ぞく…っ

 む?何身震いしてるの。絶対隠しちゃ駄目よ、約束だよ!!

「確認だけど…貴方達に恋愛感情は無い、んだよね?」

「「「はい。」」」

「ふ、2人と結婚する気は、ある?」

「……本来ならばそうして、責任を取るべきですが。俺は…彼女達の人生を縛りたくない。好きでもない男と、子供を盾に無理矢理結婚とは、あまりにも酷です。
 ですが、もちろん子供は見捨てません。許されるなら…リアがいつか愛する人と結ばれるまででも、一緒に育てたいと願います(まあ…もう好きな人はいるっぽいが…)。」

 なんで私をチラッと見る?でも、そっか…。セルジュさんはそれきり黙ってしまった。2人は?

「…私も同意見です。私達は同志ではありますが、恋仲ではありません。今後は…セルジュにも、自由に恋をして欲しい。でも父親になってくれるのは嬉しいです。」

「同じく。私もリアを支えますが…皆、それぞれ素敵な恋をしましょうね!」

 フィオナさん…!

「ぼく達もお手伝いする!」

「それに、好きな人ができたら相談に乗るよ!」

「えーと、僕も!何ができるか分からないけど!」

 パリス、ララ、ラリー…。ここにはいないけど、きっとアイルも同じ事を言ってくれるよ。
 皆の応援もあって…リアちゃんは力強く頷いた。


「それで…お姉様。先程の長髪の男性は…?」

「あ、アシュレイ?ん~…んへへ…。
 私の…好きな人なの!」

 きゃっ、言っちゃった!近いうちに正式に紹介するね~。他の友達も!すると…


「……………。」ぷくー

「あら?」

 リアちゃん…ほっぺが風船みたいよ?可愛いけど。私以外は全員、生温かい目でリアちゃんを見つめている。
 ……?????



 バターン!!

「戻ったぞ、アシュリィ!!」

「うおっ!?」

 びっくりした!!微妙な空気をぶち壊したのは、たった今話題に上がっていたアシュレイ。
 タンブルは帝国に引き渡すまでは、この屋敷の倉庫に縛ってある。で…

「なんで…頭にタンコブ作ってんの…?」

「見張りしてた父上に拳骨喰らった。」

「なんで?」

「オレが問答無用でぶん殴ったからかな。鼻折ったのと、歯ぁ5本くらい砕いてきたぞ。もちろん死んじゃいねえ。」

 あちゃあ…。そりゃ尋問中の容疑者に、暴行を加えたようなもんよな。損な役回りさせて…ごめんね。そっと頭を撫でると、アシュレイは頬を染めて目を伏せた。

「い…いいよ。オレ、お前の力になれたならそれでいい。」

「アシュレイ…っ!」

 私は人目も気にせず、アシュレイに抱き着いた。彼も私の背中に腕を回し…熱い抱擁を交わす。もう…好きの感情が爆発しそう!!!!2人きりだったらキスしてたのに!!

「なんちゃってーーー!!キャーーーッ!!!」

「もぎゃーーーっ!!?」ガッシャアァン!


 あ。昂りすぎて、アシュレイ投げちゃった。彼は吹っ飛び(進行方向にいたアイルはしゃがんで避けた)、背中で窓を突き破って、3階から落下………

「あーーーっ!!!ごめん、ごめええええんっ!!」

 慌てて砕けた窓から飛び降りた!アシュレイは…すげえ、無傷!!




「………今の何?」

「あれがお2人の日常なんだ。アシュリィ様は彼と魔族以外には決して力を振るわないから、そこは安心していい。」

「「「(色んな意味ですごい…)」」」



 そして男性陣はそれぞれ部屋に行ったが…アイルがこそっと私に耳打ちしてきた。

「アレンシア公爵ですが。アシュレイ様に拳骨をした後、俺が「タンブルは使用人を孕ませて、赤子の殺害を繰り返した」とこっそり伝えたら。タンブルにラリアット喰らわせてました。」

 よくやった!!!






 そして、翌日。私とディードは魔族としての正装を。アルも王子として着飾り…デム、アシュレイ、リリーも気合を入れている。ティモにも仕立てのいい燕尾服を用意した。で…昨日から気になってたんだけど。

「なんで…お父様も正装してるの?」

 重要な式典とかでしか着用しない、魔王の服だ。いやいいんだけどさ…遊びに来たにしては、やり過ぎじゃない?

「ま、ちょっとね。ちなみに仮面もあるんだ~。」

 何それ格好いっ。お父様は顔の上半分を隠す、綺麗な模様が描かれた仮面を手に持っている。うーん…考えるのやめよ!!



 屋敷の前で留守番の皆に「行ってくる!」と挨拶をする。

「そうだ、貴方達…その長い髪、綺麗だけど邪魔だったら切っちゃいな。パメラ、美容師さんとか手配お願いしていい?」

「ええ、分かったわ。」

 私の言葉に、3人はどことなく安堵した様子。
 彼らは耳と尻尾が濡れるのが嫌らしいね。そんで普通の獣憑きと違うラリーは…


「僕はお湯が駄目なんです。羽根をコーティングしてる油みたいのが、流れちゃうから。なのでお風呂は嫌いだけど、水浴びは好きなんです。」


 と先日教えてくれた。そんじゃ夏になったら、一緒に海で泳ごうね!




 さて、突攻メンバーでお父様が出してくれた方舟に乗り込んだ。空を飛び、景色を眺めながら…思考する。私はこの騒動の落とし所をどうするか…決めあぐねているのだ。

「………デム。」

「なんだ?」

「今まで避けてきたけど、訊ねる。
 帝国は…キャンシー陛下は何を隠しているの。」

「……!」

「…貴方が皇族の血を引いてないと判明したのは…神の祝福を授からなかったからだよね?」

「………ああ。その通りだ。よく分かったな。」


 デムは俯いてしまい、表情は見えないけど…方舟のへりに乗せられた腕が震えている。





 その答えに辿り着いたのは、四天王Jr.が仲良くお出掛けした日の事。
 私とディードは神の加護を授かっている…という話をして。デムが出て行った後、リリーが教えてくれた。


「だって…グラウム帝国はかつて神聖国家だったのよ。古く長い歴史の中で、色んな国が統合して滅んで、様々な文化が混ざり合ったけど…。
 神に愛された初代皇帝。その血を引く皇族は、今も神の庇護下にあると言われているわ。

 だからこそ直系の皇族は、5歳を迎える誕生日に行う儀式で。グラウムを守護するとされる神に、祝福を授かるのが習わしよ。」

「……………。」

「我が国の王妃殿下も、祝福を持ってる…ってご本人が仰ってたけど…。」

「……うん。そうだよリリス。もちろん息子の僕は違うけどね。
 じゃ、僕達も帰るね。ごめんだけど、お茶の片付けよろしく~。」

「ア、アルビー?」


 アルがリリーの背中を押しながら退室。この時点でリリーは、デムの正体を知らなかったから。


 ……それって、つまり。
 アシュレイとディードも気付いたのだろう…眉間に皺を寄せている。


「……デムは…キャンシー陛下の子ではない、から。」

「儀式にて神を降ろす事ができず…当然祝福という名の加護も授からず。」

「それによって…直系の皇族でない、と発覚した…って事だよな…?」


 しん… と沈黙が落ちる。それならば…全て説明がつく。
 いや待て。皇子の乳母が、儀式を知らないとは思えない。5歳になれば、必ず女帝にも知られてしまう…最悪な形でね。だというのに…

「……動転した者が、正常な判断を下せなくなるのはよくある事だ。」

 …ディードの発言は説得力がある。なら…


 デムは…たったの5歳で。今まで信じていた世界が、足下から粉々に砕け散り。両親と思っていた人にも見放され…居場所を失ってしまったって事…?


「「「……………。」」」


 私達は言葉が出ず。静かに後片付けをして…部屋を出た。




 それだけでもかなりの衝撃だろうが。問題は、その後。

「どうして陛下は、それを公表しなかったの。不慮の事故で皇子が亡くなっていた…確かに衝撃的な事件だけど、非難される事じゃないでしょ。
 代役にされた皇子…デメトリアスはその時点で、本当の家族の元に帰されるべきだっ──」

「うっ…!」

「えっ!?」

 デムが突然、右手で口元を押さえて前のめりに倒れた!!向かいに座っていた私が、咄嗟に支えるのには成功したけど…酷い顔だ。土気色で額には汗が滲み、目の焦点が合っていない。
 ってデムだけじゃない!彼の隣のティモは、ふらりと意識を失った!?彼はお父様が抱きとめてくれた、大事には至らなかったけど…。


「ご、ごめん…!気持ち悪いなら我慢しないで、吐いちゃって!!」

「…ぅ……お゛ぇ…!」

 デムは苦しさから目に涙を浮かべ、私のドレスに吐いた。気にすんな、魔法でいくらでも綺麗になる!!
 優しく語り掛けながら、デムの頭を胸に抱き、背中をさすって落ち着かせる。


「大丈夫、もう大丈夫。いい子ね…よしよし。」

「…………………。」

 次第に彼は落ち着き…私の腰に腕を回した。ごめんね…私が無遠慮に訊ねたから。
 皆も慌てていたが、どうにか冷静を取り戻したようだ。ティモはまだ意識が無い…。
 デムの吐瀉部は全部浄化し、彼の顔も丁寧に拭く。だけどまだ離さず、抱き続けた。アシュレイもお父様も、咎めなかった。



 あ……地上に、先月来たばかりの皇宮が見えた。


 ……行こう。私の胸の中で涙するデメトリアスを…本当の意味で、解放しよう…──

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