私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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幼少期

過去編

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※過去編…というより回想※


 もうどれだけ前のことか分からないけど。お母さんが死んで、私は独りになった。近所のおばちゃん達が教会に連れて行ってくれて、新しい生活が始まった。
 神父様が、シスターが、ベラちゃんが、カルマが。みんな私が教会に馴染めるよう気を遣ってくれた。それでも私は頑なに拒んで…いずれ皆、諦めていった。
 いつも慈善活動に来ていた貴族のご令嬢が教会前で怪我をして、それきり来なくなったらしい。それすらもどうでもいいことだった。



 それから約2年が経ち、教会に1人の男性がやってきた。赤目の子供がこの辺りにいるという情報をもとに私を探しに来てくれたのだ。
 そうして私は魔国に渡る。この街に思い出なんて無く、母が死んだ場所として悲しい記憶しかなかった。未練など無く、ただ父親がいるという喜びにあふれていた。

(そうだ、そうだった。私とアシュレイがベンガルド家で修行中…訪ねて来たという堅物そうな人物がガイラードだったんだろうな。でも私は不在で、彼もただ帰って行った。
ガイラードが一時期子爵に仕えていたのもスラムを調査しようとしたからなんだろう。赤目の子供を国中回って探していたらしいから。
そしてアシュレイという少年は、私の最初の記憶にはいなかった…。)




 それからの日々は幸せだった。優しくて強くて格好いいお父様、親切な魔族の皆。ただいくらお父様と顔がそっくりでも、みんながみんなすぐに私を受け入れてくれた訳ではない。だって…私のお母さんは人間だから。

 魔族と人間のハーフなど…。魔族は人間と見分けがつかないが、それは外側だけの話。人間と魔族は、全く別の生き物なのだ。それこそ…犬と猫との間に子供が産まれるくらいにありえないこと。
 だが私は生まれた。あり得ないはずのハーフとして。まあこの世界では染色体とかそういうのは解明されていないから…前例が無いだけだったのかもしれない。
 魔族は繁殖力が低いから、人間相手だと尚更なんだろう。結果的に私は魔族並みのステータスを持っていたおかげで、認められたのだが。

(というか…確かお父様が「え、こんなに僕そっくりだし赤い目してるし、シルビアさん譲りの愛らしさがある可愛い娘が信じられないって?じゃあ順番に前に出ようか。」とか言って否定派全員ボコってたんだっけ…南無。)

 そして魔族の名付けは、母親がファーストネーム、父親がミドルネームをつける。お母さんがくれた「アシュリィ」、お父様から「ヴィスカレット」そして赤い目を持つ者だけが許されるラストネーム「ウラオノス」。この日から私は「アシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス」になったんだ。



 幸せな魔国での生活。特に私に優しくしてくれたのが、あの自称魔王の側近の4人。お父様は「側近じゃなくて友達だよ~」と言っていたが、彼らは「そんな畏れ多い!!」と頑なに側近を名乗るのだった。
 筋骨隆々の大男ルーデン。幼児体型のつるぺたボディのドロシー。巨乳でむちむちボディのアンリエッタ。細マッチョで全体的に黒いガイラード。彼らは私が魔王の娘だから良くしてくれていただけかもしれないが…それでも嬉しかったのだ。
 
 だがそんな幸せな日々は、長くは続かない。




 私が15歳になって暫くして…異変が起きた。異国…私がかつて暮らしていた街で、禁術が使われたらしいのだ。
 禁術とは、かつての魔王の側近、リンベルドが遺した魔法。リンベルドと当時の魔王リスティリアスは、双子の姉弟だったらしい。魔族の夫婦には兄弟はおろか、子供が生まれないことだって当たり前だった。故に双子の生誕は、国中に祝われたとかなんとか。
 禁術について簡単に触れると、リンベルドが自分の行く末を悟り、信頼できる部下に託したもの。いずれ…復活するためのもの。魔族以外が使えば命を削る、強力で非道な魔法が記されている禁書。
 だがその禁書は長い時間の中、何処かに紛失してしまった。リスティリアスが予想より長生きしたからだろうか。確か私が生まれる数年前まで生存していたはずだ。人間にとっては大昔の和平条約も、魔族にとってはつい先日の感覚なんだろうな。

(いやまあ、よく考えたらおかしいわな。リンベルドの悪霊が彷徨っていて、いずれお父様が狙われるって。そんなモンがうろついていたら、お父様以外にもいくらでも獲物いるでしょうよ。
リンベルドは彷徨っていたのではなく…封印されていた。実の姉、リスティリアスの手によって…。そして禁書には、その封印を解く鍵が書かれていた。リスティリアスの死後、封印が弱まるのを待ち復活するため。)


 リンベルドに関わることであれば、人間ではどうすることも出来ず並の魔族でも歯が立たない。お父様が直々に対処に向かった。私の頭を撫でて、「すぐに戻るからね」と笑顔で言い残してベイラー王国に赴き…遺体となって帰ってきた。

 信じられなかった、信じたくなかった!私はお父様に同行した4人を問い詰め、どうしてこうなったのか聞いた。
 お父様は…自由になってしまったリンベルドに身体を乗っ取られてしまったらしい。リンベルドは現在身体を持たないが、お父様のような強力な器を操れば最早敵はいなかっただろう。ガイラードも、ルーデンも。ドロシーもアンリエッタもお父様を取り戻そうとしたが敵わなかったらしい。そもそも身体を乗っ取られた以上…殺すしかないが。
 仮にお父様を…殺したとして。リンベルドは新しい器を探せばいいだけだった。完全にリンベルドを消滅させる方法、それが月光の雫。

 リンベルドが復活の手段を残していたように、リスティリアスもまた、対策を残していた。彼が復活した際、近くにいる相応しい使い手を選んで起動するようにセットしていた。

(そもそも、最初からリンベルドを封印じゃなくて殺していれば…と思った。そうすれば一々月光の雫とかいうアイテムを残す必要も、後世で悲劇が起こることもなかった。
当時はそう思っていたけど…今ならなんとなく分かる。彼女は、双子として生まれ育った…自分の片割れを殺せなかったんだろう…封印して、問題を先延ばしにした。もしかしたら、数百年の封印期間の間に彼が改心することを望んでいたのかもしれない。
それでも当時の私は彼女を恨んだ。大好きなお父様を奪ったようなものだったから。)


 私は徹底的に調べ上げた。王国まで赴いたりして、事件の詳細を調べて回った。確かその時月光の雫に選ばれたのはランス・ベンガルドという伯爵令息だったか。私は彼のことも恨んだ。お父様を切り捨てた張本人だったから…彼はただ、剣に選ばれただけだとしても。

(そういえば、思い出した。シュタンの街の調査中…青い髪の顔に大きな傷のある少年とすれ違ったことがあったな。彼は警備隊の制服を着て巡回中のようだったけど…そっか。
教会に来ることの無かったアシュレイは、そのまま警備隊に引き取られたんだな。アシュレイが教会に来るきっかけは私だったから。私ならアシュレイの面倒を見れると見込まれて選ばれたんだもんな。当時はそんなことなかったけど。
警備隊で育ったアシュレイは、別の名前で呼ばれて生活していたんだろうな。彼は…どんな思いで暮らしていたのだろうか。スラムの皆が救われていることも知らず、ずっと自分を責め続けていたんじゃないだろうか。今になっては、知る由も無いけれど…。)



 でもいくら調べ上げたといっても、お父様が生き返る訳ではない。それでも私はお父様を望んだ。取り戻したかった。アミエル侯爵が禁術を使ったことが原因だとか、その理由まで調べた。そして…

「起きた事は覆せない。死んだ者は生き返らない。だったら、時間を巻き戻せばいい!!」

 そう、考えた。周囲の皆に止められるも無視して、時間遡行魔法を開発した。掛かった時間は460年。私はとっくに大人になっていた。それだけの時間が経っても、私はお父様を求め続けた…。お母さんのように病気とかだったら諦めもついたかもしれないが…。

(きっと私は、誰かに依存しないと生きていられなかったんだな。最初はお母さん、次にお父様。今は…お嬢様…。
私が彼女を護りたいと思ったのは本心だけど、同時に依存していたんだろうな…。だからこそ、殿下がお嬢様に相応しくなければ認めない、なんて阿呆なことを思うんだ。お嬢様が私達に依存するのは避けたいって、何様だよ私は…!)



「やった!遂に完成した、時間遡行魔法!これで、お父様を助けられる…!!」


「待っていて、貴方が死んだあの日より…さらに昔に遡り。貴方の命を救ってみせる。大丈夫、失敗してもまた戻ればいいんだから!
 今行くよ、お父様…!」

 そうして私は巻き戻す。お父様が王国に赴く前に。なんとしても、死なせない為に…!!


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