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幼少期
59 sideアミエル侯爵家
しおりを挟むダンダンダンダン!!
アシュリィ達が、オークション会場に向けて出発した頃。
ダン!ダン!ダン!ダン!
アミエル邸には、荘厳な屋敷に似つかわしくない荒れた足音が響き渡る。
ダンダンダン!!バタン!
「お父様!!」
「おやアイニー。ちゃんとノックしないと駄目だろう。…どうしたんだ、その格好は?」
足音の正体はアイニーだった。彼女はお茶会から帰ってすぐ、身なりも整えずに父の書斎にやって来た。…いや、父親の同情を買おうとして余計に汚して来たが。そのせいで帰宅時間は遅くなったのだが。その姿を見た侯爵は、顔をしかめる。
「リリーナラリスと執事よ!あいつらよ、あいつらのせいだわ!!お父様、あいつらに罰を与えて頂戴!」
侯爵は状況が良く理解できず、娘に優しく言い聞かせた。落ち着いて話してごらん、お茶会で何があったんだい?と。
少し冷静さを取り戻したアイニーは、今日の出来事を語った。自分に都合の良い風に。
「…それでね、私がジェイド様と仲良くお話していたのに、あの女が邪魔したの!アルバート様を私から奪ったくせに、ジェイド様まで!
私にはもうベルディ様しかいないわ、彼ならリリーナラリスなんかに惑わされないもの!」
「そうか、そんな事が。」
侯爵は優しく話を聞いている。
「そしてアシュリィが、魔法で私を水浸しにしたのよ!!私が聖女だと崇められているのが気に食わないのでしょう、一方的に魔法で攻撃されたのよ!
そうしたら、自分の魔族としての全てでアミエル家を潰す、ですって!!お父様、そんな生意気な執事は纏めて縛り首にして!!」
「…今、なんと?アシュリィは魔族なのかい?」
侯爵の顔が険しくなった。
「?そうらしいわ。でも大丈夫、私の魔法で魔族なんてみんな殺してあげる!凄いでしょう、この前ついにネズミを焼き殺すほどの火力が出たの!人間だって魔族だってあっという間よ!」
侯爵は娘の話を聞いていなかった。
「(あの娘が、魔族…?思い当たる節はあるか。報告にあった並外れた魔法のセンスに体力。それだけでは断言出来ないが、もし本当だとしたら…)アイニー、アシュリィはこの家に対してなんと言っていた?」
「え?ええと…どうだったかしら…。」
「思い出すんだ。」
アイニーはいつもと違う父に少し怯えた。肩に置かれた手が食い込んで痛い。顔はいつもの優しい笑顔だが、その奥に見える物が全く違う。
「えと…魔族の血に誓って私を許さない?もし教会に手を出したら潰す…この侯爵家は自分の敵だ。だったかしら?」
一生懸命記憶を辿り答える。その言葉を聞いた侯爵からは表情が抜け落ちた。
魔族が敵認定した。それは魔国を敵に回したと同義。彼らの王への忠誠心と仲間意識の強さは人間よりも遙かに強い。この家は、そんな魔族の敵になったという事。もう他の貴族からの信頼などあるまいし、貴族として死んだも同然。
だが侯爵は、そんなことはどうでも良かった。
問題は魔族が、他人がこの屋敷を踏み荒らすかもしれないという事。
「そうか…もう時間は無いな。本当はリリーナラリスが成長してからの方が良かったのだが…仕方あるまい。」
急に自分への関心を無くして立ち上がり、何故か花瓶を手に取る父を、不思議そうにアイニーは見上げる。
「何を言っているの、お父様!?早くあいつらに罰を」
「うるさい。」
アイニーは最後まで言葉を発っせなかった。侯爵がその頭に花瓶を叩きつけたからだ。
「お前は本当に、レイチェルに似ても似つかない。リリーナラリスは容姿だけは彼女に瓜二つに成長しそうだったからスペアとして育てていたが…今のレイチェルだったら大丈夫だろう。」
そうして侯爵は、動かなくなった娘を足で退けて部屋を出る。そこに姿を現したのは執事長のルイスだ。
「旦那様、今の大きな物音はなんでしょう?」
「ルイスか。お前は何も気にしなくていい。それより、今日休みの使用人を全員屋敷に呼びなさい。レイチェルの為だ、いいな?」
「………かしこまりました。そのように。」
礼をとるルイスの顔は虚ろだった。そのまま立ち去る彼とは別方向に進む侯爵。
「安心しなさい、お前も私の大切な大切な生贄だ。儀式が始まるまでは生かしてあげよう。
ああレイチェル。私には君さえいれば他に何も要らないよ。息子も娘も使用人も、貴族としての立場や信頼も。」
そうして彼が向かうは隠し扉の先の、レイチェルがいる部屋の奥。アシュリィが見落とした扉の先。
「さあ、今こそ君を迎えに行くよ——…」
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