上 下
18 / 31
二人の生活

第018話

しおりを挟む
 コンテナが高い山に積まれるのを見届けたコメット等一行は、自分たちの部屋に戻ってきていた。ジョセフはお風呂に入っていて、ジョセフはベッドで横になって、ハービーは自分の寝袋にはいって休んでいた。
 コメットはというと、ベッドの縁に座って本を読んでいた。売店で売っていた「懐かしの名著」というやつだ。紙の本というのを読むのは久しぶりだが、やはり悪くはない。電子書籍だと書き込みなどをしやすいのだが、やはり文字を読んでいる以上の感覚にならない。今となっては市場に出回る本の大半が電子書籍として出版されているが、一部の人気な本などが紙の本として印刷される理由はこれだろう。
 どんな紙の本だが、ひとつ問題があるとすれば、重たいということだ。微少重力下において重さというのは感じないと直感で感じるのだが、そうやって油断していると力加減を誤って、ものがどこかへ飛んでいってしまうこともある。本も見た目は非常に小さいのだが、紙の束なのだからある程度の力が必要だ。それを一時間ほど手に持って読んでいたのだが、かなり腕が疲れてきた。
 少し休憩しよう。コメットはベッドの上に転がしておいた栞を読んでいたところに挟み、しっかりと閉じて開かないようにベルトで止めた。こうしておかないと、どこかへ飛んでいってしまったときに勝手に開いて、せっかく挟んでおいた栞も外れてしまうから。こういうところは、電子書籍のほうが圧倒的に便利である。とくに、微少重力の環境下であればなおのことだ。
 ふと、窓の外を見る。今日の七一九号室の窓からは、地球がほとんど見えていない。しかし今日は代わりに良い物が見えた。少し前に見た、あの彗星だ。ちょうどここからみて地球の昼側にむかって、とても美しい青色の尾を伸ばしている。大気がないせいなのか、あるいは本当に真っ暗な宇宙空間に浮いているからなのか、地上であのとき見た物よりもずっと美しく見える。しかし、その形はたしかに先日見た彗星と同じだった。
「ハービー、見てよ!」
 思わず声かけた。返事こそかえってこなかったが、ハービーは寝袋をごそごそと抜け出して、コメットのすぐ隣にやってきた。
「今日はなにが見えるのさ」
 そう言って覗き込んだハービーが、目の前に現れた彗星に言葉を失う。その美しい姿を確実にメモリーに焼き付けるように、目を大きく見開いている。コメットも黙っていると、ハービーがぼそっと「すごい」と口にする。コメットも同意見だった。むしろそれ以外の言葉が出てこない。形の美しさや色のきれいさなどを総合的に考えると、本当に「すごい」という感想しか出てこない。
「なんか、飛びつけそうだね」
 自然とそんな言葉がコメットの口から漏れていた。最初にこの彗星を見たあの日とは違って、ともてその彗星が身近なものに感じられたのだ。
「ずっと遠くだよ?」
 どうやらハービーはあまりそのような感覚がないらしい。あまりピンときていないようだ。
「でも、あのトラック使えばひとっ飛びだよ」
「そりゃそうだけどさ……」
 ハービーが次に続く言葉を考えている間に、ジョセフの声が聞こえてきた。
「あんなのただの汚れた雪だるまだろ」
 ふりかえると、ジョセフはパジャマを着ていた。水色のラインが入った飾り気の無い寝巻きだ。
「だとしても、近くで見てみたいじゃないですか!」
「ああいうのは、遠くから見るのが一番なんだよ」
 そう言いながら、ジョセフがゆっくりと窓の方へとやってくる。コメットとジョセフの隙間から窓の外を見た。僅かにシャンプーの香りがする。
「でも、どうしてもっていうなら連れていってもいいけど」
 ジョセフからその言葉がでてくるとはおもっていなかった。あまりそういうことに興味があるとは思えなかったからだ。
「まあでも、いくとしても次の彗星だな。あのトラックでは、もうあの彗星には追いつけないから」
 そういいながら、ジョセフは自分の寝袋に入ってしまった。
「起きててもいいけど、あまり騒ぐなよ。俺は眠いんだ……」
 言葉を言い終わらないうちに、彼はもう寝息を立て始めた。二人につきっきりで指導していたから、かなり疲れてしまったのだろう。
「早く行けるといいね」
 通信機を通して、コメットはハービーに話しかけた。今日お世話になったジョセフをゆっくりと休ませるためだ。それをハービーも理解してくれたのだろう。宇宙空間と同じような通信機を通した会話が始まった。
「でも、しばらく大きな彗星は来ないよ。小さいのはよく来ているけど」
「どうせ近くに行くんだから、どの彗星にいっても同じじゃない?」
「……まあ、それもそうか」
 ハービーはそこで窓を離れてジョセフの横にある自分の寝袋に入る。
「おやすみ、ハービー」
 コメットは最後に声を掛けた。もう眠ってしまったかなとも思ったが、しばらくして
「おやすみ」
 短くそうハービーが返してくれた。コメットはもう少し窓でこの彗星を見ていようと思った。
 次の日の朝、コメットは窓の前で浮かんだまま眠っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~

春池 カイト
SF
一部SF、一部ファンタジー、一部おとぎ話 ともかく太陽系が舞台の、宇宙ドワーフと宇宙ヤタガラスの相棒の、 個人運送業の日常をゆるーく描きます。 基本は一話ごとで区切りがつく短編の集まりをイメージしているので、 途中からでも呼んでください。(ただし時系列は順番に流れています) カクヨムからの転載です。 向こうでは1話を短編コンテスト応募用に分けているので、タイトルは『月の向こうでカラスがカア』と 『ゆきてかえりしカラスがカア』となっています。参考までに。

DEADNIGHT

CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます! Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定 1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。 21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。 そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。 2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...