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15.5章 魔崩叡者霊興大戦ラスバルム(東)

大楠にとっての恐れ

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 大楠の目の前に現れた敵将である恐。
彼はここから遠い位置で有利だったにも関わらず、敵である大楠の前に現れたのだ。
彼が現れたことにより大楠を攻撃しようとしていた百鬼夜行達の動きが止まる。
恐の邪魔をしないように彼の周りを囲んでいるのだ。
ところで、彼はいったい何をしに来たんだろう。
大楠をそのまま遠くの位置から見ていれば、敵に命を狙われる心配もなく安全な位置にいられたというのに…………。
不死身の軍団に任せていれば自分の安全は保障されているというのに…………。

「遠くから見てたんだ。君たちの勇姿をね。頑張ってたと思うよ。余は感動した」

「はぁ?」

「余は素直に褒めているんだよ。君たちみたいな平和ボケした次世代の人間や弱い娘が……こうして戦おうとする意志。こうして戦いに来ていること自体が無駄なのにそれを覚悟で向かってくる。」

「侮辱でもしに来たんですか?」

「おやおや、とんでもない。余は君に驚かされたんだよ。人間ってすごいよ。君は立派だ誇るべきだとも」

大楠は必死に彼からの挑発に乗らないように気を静めていた。
恐の隙を見て討ち取るために………。
だから、ここで、挑発に乗ってしまえば全てが無になる。
彼が警戒して元の場所に帰ってしまえば、近づくチャンスは失くなってしまうかもしれないのだ。

「そんな立派な君を余が退場させなくて百鬼夜行どもに殺らせるわけにはいかないだろ?  この舞台の監督であり主役は余だ」

止めは恐自らが刺すという事だろうか。
ならば、あいつが止めを刺そうとしたときにやり返すのみ。
大楠は刀を握る力を少し強めた。
だが、恐はしばらく顎に手を当てて悩んだ後、ハッと何かを思いついたような顔つきになり、ニコニコとしながら大楠に話しかける。

「いや、でも殺すのは惜しい。
そうだ!!!  君この場から逃げちゃいなよ。余が見逃してあげる。もちろんこの近くにいるあの女もね。いつかまた再出演してほしいんだ。君たちを逃がしてあげる。でも、ここまで来れていない素人役者達は殺す」

恐は大楠たちを見逃そうとしている。
でも、自分たち以外を見捨てて生きていくなんてごめんだ。

「そんなの認めるわけがないでしょ」

「そうか…………残念だなぁ~。君とはいつかデートにでも誘ってあげたかったが」

恐は敵をデートに誘ってフラれて本気で落ち込んでいる。
確かに目の前にいる大楠はもはや体力も出血量も限界で弱っているように見えるかもしれないが、油断しすぎではないだろうか。
大楠から一撃でも傷をつけられれば負ける可能性だってあるというのに…………。
この少年の頭の中ではいったい何を考えているのだろう。
これも作戦なのだろうか………と大楠は警戒しながらにらみつけている。

「そうだ、君の首を連れて行けばいい。余はね行きたいとこがあるのさ。シュオルの町っていう所。
そこにいた占い師に金剛が占ってもらったおかげで余は復活してるの。だから、御礼参り的な感じで占い師の墓でも拝んでおこうと思ったの。そしたら次は余の封印された場所に行って…………デートプラン立てるのって愉しいね~」

首だけにされた大楠を連れてデートを行うという悪趣味な少年。
しかし、御礼参りとは………?
シュオルの町にいたという占い師の噂は大楠も聞いたことがある。
そういえば、その息子さんが行方不明になった日と大楠の母が行方不明になった夜は同じ日だった。
もしも、占い師にこいつの封印された場所を聞きに来た金剛が大楠の母と戦っていたとしたら…………。
そこで大楠の母が金剛という男に敗れ去っていたとしたら………………。

「そうか、もしかしてお前らの復活を止めるために母さんは…………」

「もしかしておねぇーさん。過去にシュオルの町で何かあった?
いや、でもこの年齢だとあの日には子供か?」

「そういう事か。お前らが十悪時代に滅びていれば…………。私の母親は死ななかった。
シュオルの町に魔王軍が来ることもなった」

「おやおやおやおや? 余に対して逆恨みかな? 恨むなら金剛の奴を恨んでほしいものだね。
でも、そうなん。君のお母さんがねぇ~。会って見たかったな。おねぇーさんみたいな美人さんの母なら美しい人なんだね。もう少し早く封印が解かれていればなぁ~」

舌なめずりをして、大楠の顔を見ながら彼女の母親の顔を想像している恐。
もはや、その時点で大楠は我慢の限界に達していた。自分の母をそういう目で見ようとしている時点で、怒りが足りない。憧れの母への侮辱。
冷静に判断するなんて今の大楠にはできない。




 「恐、貴様ァ!!!!」

彼女の心を動かすのは怒り。こいつらが封印なんてされずに存在していなければ、大楠は今でも母と暮らしていけたかもしれないのだ。そういう並行世界もあるかもしれないが、彼女はこの世界で母親と平和に過ごしたかった。こいつらさえこの世界に存在していなければ、封印ではなく討伐されていれば………。
占い師もその息子も大楠家も平和に過ごせていたかもしれないのだ。
彼女は刀を握りしめて、恐の心臓にめがけて刀身を突き刺そうとする。

「おっと、危ない危ない」

だが、刀身は恐の心臓を貫くわけでもなく。恐が瞬時に一歩後ろに後ろに下がったことで、かすり傷程度ですんだようだ。

「くっ…………」

それならばもう一撃と大楠が地面をけり、一歩前進しようと刀を構えたのだが…………。
恐の強烈な足蹴りが彼女の利き手に当たる。

「危ないおねぇーちゃんだね」

刀を持っている彼女の利き手が蹴られたことによりビリっと痺れてしまい、刀を地面に落としてしまった。
まずい……と大楠は地面に落ちた刀を取ろうと反対の手で刀を拾おうとするのだが、彼女の眼に一瞬映った黒い武器。
それは拳銃の百鬼夜行。
いや、ただの拳銃ではない。おそらく他の百鬼夜行と同様に壊れることもなく、普通の拳銃ではない威力を放つだろう。
武器を拾おうとすれば撃たれる。それに先ほどの鎧武者との戦いで負った傷も深い。そして、きっとこの恐という少年は鎧武者よりも数十倍強いだろう。この百鬼夜行をも操る強力なパワーからもただの少年ではないことは明らか。
以上のことから、もう大楠は詰んでしまったのだ。
悔しい。正直悔しい。彼女は顔の表情をまったく変えていないが、心の中ではこれまでにないほど悔しがっている。

「それじゃあ、おねぇーさんに敬意を払い。この銃で終わらせよう。首なら安心してきちんと後で切り落としておくよ。そうだ。最後に言い残すことはあるかい? 聞いてあげるよ」



──────────────────────────────
 その頃、紅葉は戦場を走っていた。
紅葉は走る。先ほどから嫌な予感がプンプンしているのだ。
さっき見た宙を浮いていた少年は明らかに敵将。
そいつが降り立った先に大楠がいる。

「大楠さん……大楠さん……大楠ちゃん」

彼女は必死に記憶から生まれた折り紙から逃げながら走る。
新しく折り紙を作り、能力を発動させて、追っ手はそいつらに任せる。
ただ、この不安が当たらなければいいと願って、とにかく走る。
百鬼夜行の間を通り抜け、大楠がいた場所へ。



 百鬼夜行の群衆の中からひょこっと顔を出した紅葉が見たのは敵将の少年と銃を向け体から流血している大楠の姿。

「紅葉さ……ちゃん」

そんな紅葉に大楠は未練のないようなきれいな満面の笑みで笑いかける。
後は任せるという意味なのだろうか。穏やかな笑み。優しい笑顔。
そして、恐の方を向き今度は怒りを堪えにらみつける。

「〇〇しやがれ……!! くそ餓鬼!!」

バンッ………!!!!

大きな銃声と共に銃弾が放たれて、大楠の体を貫通する。
体から大量に噴き出してくる流血。彼女が着ている服から血が流れ落ちる。
銃弾に押されて地面に倒れる女性の肉体。
彼女は立ち上がる力すらない。だが、苦痛にもだえるような表情も浮かべていない。
赤黒い空の下で横たわっている女性はただ静かに長き夢を見ることになったのだ。
か弱い命は掻き消え、母に会いに行くのだろう。そしてそこから連盟同盟の勇姿を2人で眺めるのだ。
血塗られた薄紫色のツインテールが地面に広がり、紅の瞳が瞼の裏で輝きを失っている。
こうして1人の女性の魂はグシャッと死によって押しつぶされた。
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