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第6の鍵 ―煩悶―
しおりを挟む昼食のあと、僕は『第6の鍵』を使うことにした。
『談話室』の隣、書斎の鍵だ。
そこには、重厚な机がある。まるで教会の祭壇みたいな巨大な机だ。
各寝室にある、小さな書き物机とはまったく違う。
それに、書棚―――この家の目ぼしい蔵書を体裁よく並べた―――がある。
でも、僕がそこにルイを連れて行ったのは、中世の貴重本を自慢したり、机の美しい彫刻を見せつけたりするためじゃない。
―――コンピューターがあるからだ。そこに。
書斎全体の様式を保つため、机の天板の中にはめ込むように設置した、まぁまぁ新しいヴァージョンのコンピューター。
それを、ルイに使ってもらおうと思ったのだ。
“青の部屋” で火が点いたのか……
それとも “マリ” の絵を見るため、条件を早くクリアしたいという思いからなのか……
理由はわからない。
とにかく、ルイは、自分の記憶の中で曖昧な部分を確かめるツールを借りたい、と、言ったのだ。
スマホでも何でもいいから、と。
結局、僕は、この状況―――何かが僕を乗っ取って作り出した、ルイを引き留める口実になる状況―――に、このまま乗っかることにしたというわけだ。
ルイが抱える “事情” とやらは、いまだに謎のままだ。
いや、彼女の正体さえも……彼女自身が打ち明けた話以外、何ら判明してはいない。
そして相変わらず、僕には見えていなかった。
彼女の本質が善なのか、あるいは悪なのかということさえ。
この館の『主』役を務めるからには―――『彼』の身代わりとして―――正体不明の人間を逗留させるなんて、どうかしてる。
解ってる。そんなことは。
だけど……僕は、ルイに、このままここに居てもらいたい。
―――理由?
よく、わからない。自分でも。
“マリ” に似ているから?
それは……きっかけに過ぎない。そう思う。
謎を解きたいから? ルイが現れた理由……ルイが “マリ” の絵を知っている理由……を。
―――そうだ。でも、それだけじゃない。
今朝……食堂で受けた、あの衝撃。
僕の中に “分裂” と “乗っ取り” を引き起こした、あの衝撃。
それが、すべてを変えてしまったのだ。
僕の中に何かが現れて僕の体を乗っ取るという、この奇っ怪な現象が始まったのは、ルイのあの姿を目にした瞬間からだ。
飾り気のない、そぎ落とした服装。
青年とみまごう短髪に黒いサングラスを掛けた、ルイのあの姿を。
ついさっき “青の部屋” から戻るとき……僕の指が触れた。彼女のシャツに。
わざとじゃない。
偶然だ。
それに……指先が布地にほんのちょっと触れただけ。
肌には届いてさえいない。
彼女は……気づきもしなかったはず。
それでも僕は、動悸を覚えた。
そして同時に解ったのだ。
それが……今朝、僕を驚かせた “あの感覚” の続きだということが。
食堂に差し込む光の中―――カップを片手に座るルイを見た時の……あの一瞬に起きた、心臓の蠢き。
不安になるほどの……
全身に走った、“うずうず” とした、何か。
触りたい、と、思った。
襟もとから伸びたうなじに、乳白色の磨りガラスみたいな耳たぶに。
そして、素肌のくちびるに。
―――要するに、僕は、あの姿のルイに惹かれてしまったということなんだ。
認めよう。端的に言えば、もう、認めるしかない。
だけど “それ” を認めるということは、僕にとっては天地を揺るがすような大事件だった。
何しろ……生まれて以来、女性のどこかに自分から触りたいと思ったことなんて、一度もなかったのだから。
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