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第2章 公爵令嬢でもできること

4話 神話を紡ぐつもりはありません

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 屋敷に戻ってサロンに入ると、ユリエ様はにこりと笑い、私に抱き着いてきましたわ。

「どうしました?」

「ルーちゃんが神子の為にお花を買ってきてくれたこと、天啓によって存じています」

 彼女の天啓など信じていませんが、一体どのようにして私たちが花を買ってきたことを知ることができたのかしら?

 とにかく彼女のために買った花束、さっさと押し付けてしまいましょう。紅いガーベラの花束を受け取った彼女は、花の匂いを嗅ぎ、また小さく微笑んだ。

「ルーちゃんラウちゃんありがとうございます。神子もお二人に、ではありませんがベッケンシュタイン家にお土産があるのです。我が国の菓子職人が新たに開発なさったものですので、天啓通り喜んで貰います」

 天啓のことは存じませんが、デークルーガ帝国の新しいお菓子というのはかなり興味がありますわ。

 美味しい焼き菓子が最初に作られたのは、デークルーガ帝国でした。職人の国と呼ばれています。

 しかし、いつまで彼女は私を抱きしめたままなのでしょうか。心なしか手の動きが気持ち悪く感じます。無駄にまさぐるように撫でまわそうとしてくる手を払いのけ、彼女は不満そうに唸っています。

 不審に思ったヨハンネスは、私の背中で蠢くユリエ様の手を確認しましたが、得に危害を加える様子がないと判断したのでしょう。止めに入るというところまで来ませんでしたわ。

 彼女の無駄に長い抱擁を、押しのけてもう一度ソファに座らせなおしましたわ。

「ユリエ様? 本日はお泊りになれるということでいいのでしょうか?」

「天啓ではそうなりますね」

 口を開けば天啓天啓。さすがのヨハンネスも苦笑いをしています。

 天啓で公爵家に突然の訪問が許されるわけがありません。彼女が隣国の姫殿下で、なおかつ母の実家の人間で親戚にあたるから仕方なく門を開けたのです。

 事前にお父様とかは存じていたのですよね?

 そうですよね?

 お父様が存じていましたか知りませんが、彼女の特権は我が家以上であることは間違いありません。

 とりあえず適当にもてなして満足してもらうのが一番です。

 暫く私と女性の姿をしたヨハンネスとユリエ様の三人で談笑をしていると、エレナが入室してきました。

 エレナは女性の姿をしたヨハンネスを見て一瞬だけ真顔になりましたが、すぐに元の接待スマイルに戻り、私に耳打ちするように近づいてきましたわ。

「旦那様とエリオット様ですが、本日は帰られないそうです。奥様は部屋から出てこない為、本日はユリエ様とお二人でディナーをお願いします」

 私はエレナの耳打ちに小さく頷きましたわ。

 それよりもお母様、仮にも王族であり、親戚がいらっしゃったのに、顔を出さないとは何事です?

 それ以前に、お母様は私が帰ってきた日にやっとお顔を見せてくれたくらいには引きこもりですわ。私ですら年に数回しかお会いしませんもの。

 とにかく私たちのディナーが用意されたらしく、私とユリエ様は二人でダイニングルームに移動し、食事を楽しむ流れになりましたわ。

「ルーちゃんはまだ根菜が苦手なのですか?」

「煮込まれたものなら口にしてあげるわ。でも、生に近い硬さはダメね。サラダに入れられても口に運びませんわ」

「好き嫌いしちゃダメですよー?」

「いいじゃない。私が食べられないものと理解しているのに盛り付ける料理長が悪いわ」

「天啓では、この後のスープの根菜も、少し硬めですが?」

「その天啓は少しだけ羨ましいですわね」

 この後のスープの根菜も残しましょう。今日は料理長が失敗でもしたのかしら?

 隣国の姫殿下を招いた日に失敗だなんて、後で執事長からお叱りを受けるのでしょうね。お可哀そうに。

 そして彼女が仰った通り、にんじんは少しだけ硬さが残っており、とても食べようと思えませんでしたわ。

「お次は何かわかるのかしら?」

「天啓では鹿肉の料理ですね。香草焼きでしょうか?」

「そう、なら問題ありませんね」

「以前は、食べられませんでしたね」

 今日のディナーってもしかしなくとも私が子供の頃食べられなかったものがさり気無く混ぜられている気がします。

 これは天啓ではなく、リクエストというのですよ。

「やけにあなたが知っている頃の私が苦手な料理が出てきますわね」

「そうでしょうか? デザートはオレンジではありませんよ?」

「では楽しみにしていますわ」

 そういえば、当時は酸っぱいオレンジにあたってしまい、苦手意識が強まってしまいましたわね。

 今では問題なく食すことができますというのに。

 昼間だってルイーセ様やルーツィア様たちと談笑している際に、私はフルーツタルトを食しましたが、そこにもオレンジが使われていましたわね。

 そして彼女の天啓通り、鹿肉の香草焼きが運ばれてきましたわ。

 当然、今はもう食べることができますが、以前は鹿肉そのものの臭みが苦手でしたわね。それも子供の頃の話ですが。

 そして運ばれてきたデザートは、デークルーガ帝国で有名なケーキでした。

「じゃじゃーん。おみやげでーす」

 一定のトーンのままたんたんと声を出すユリエ様。そんなやる気のない「じゃじゃーん」は初めて聞きました。

「もう少し、その抑揚をつけて言えませんの?」

 彼女はいつも同じトーンで喋りますから、あまり楽しそうに感じませんのよね。ですが、まあこういう好意はありがたく頂きましょう。

 フォークで一口大に切り分け、口に運ぶと、甘さが口の中に広がり、さすがデークルーガ帝国の新作のお菓子ですわ。

 茶色いケーキなど初めて見ました。少しカカオのような香りがしましたが、あれは苦みがあって打消しの為に香辛料を入れて飲むものでしたが、こちらは……違うものですね。

 甘いケーキを美味しく頂き、湯浴みを済ませてもう今日は休みましょう。彼女を客間に案内してもらい、今日はしっかり休みましたわ。

 そして翌朝のことですわ。ベッドの中にはユリエ様がうずくまっていました。

「私は夜這いにあう宿命ですのね」

 ですが、ご令嬢や姫しか夜這いして頂けません。私は婚約者を探しているのですが、女性じゃダメですよね?

 ダメですね。いえ、そもそもエミリアさんもユリエ様も怖くてダメですわ、仮に私が男性だったとしても彼女らからの求婚はお断りです。

 しかし、幸せそうに寝ていますわね。とりあえず私は起きてしまいましょう。そう思いましたが、ユリエ様の手が伸び、しっかりと捕まれていましたわ。

 私を抱きしめて眠りになられていましたのね。……他の人を抱きしめて眠るのって寝やすいのかしら?

 私にはあまり想像できませんね。今度エレナにでも抱き着いて寝てみましょう。

 よく考えれば今隣に抱きしめやすいものがいましたね。私は、そっと隣で眠っているユリエ様を抱きしめてみましたわ。案外ちょうどいいですのね。なんだか、だんだん……だんだん……荒い呼吸が聞こえてきましたわね。

 私は起き上がろうとしましたが、すごい力で抱きしめられたままがっちり固定されてしまいましたわ。

 がっちりと掴んできたユリエ様は、今度は目を見開き、私の顔にずずいっとご自身の顔を近づけてきましたわ。

 顔と顔の距離は手のひらを挟めないほどまで近づいていましたわ。

「ルーちゃん天啓通りですね。神子たち愛し合っていました。思えば、神話が始まったのは神子が産まれたその日。その瞬間に世界は構成され、起きた出来事のように歴史は紡がれましたわ。そして神子のつがいを作られた。それがあなたですわルーちゃん。いつも天啓が示してくれましたわ。幼少の頃、神子たちが出会ったのもそれがさだめられたことであり、今この時まで互いにつがいが決まっていなかったのではありません。神子たちは生まれた瞬間から生涯を添い遂げると決まっていたのです。ですから世界の強制力が何も知らされていないあなたにつがいを選ばせないようしたのです。ここ最近は婚約者探しなどをされていたそうですね。ごめんなさいね。神子がルーちゃんを驚かせたかったばかりについつい伝えるのが遅れてしまいましたわ。ルーちゃんはどんなに頑張っても神子以外のつがいを作れませんのに。ですが、もう心配いりません。天啓が告げられました。今日この日、私たちはつがいになり、新たな神話の一ページを刻むのです。ではルーちゃん、天啓通りにお願いします」

「気持ち悪いので離れてください」

 またですか。

 そもそもこういうことって何度も起きるものではありませんと思いますが、どうなのでしょうか。

 イサアークと違って暴力的でもありませんし、エミリアさんみたいに友好的に解決できそうですね。

 多分ですけど。……エミリアさんって友好的に解決できましたっけ?
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