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能登半島・恋路の伝説
しおりを挟む綺麗と奈々子は恋路へ向けて車を走らせていた。
「うわー凄い景色」
車の窓から外を眺めていた奈々子が思わず声をあげる。
「写真の風景に似てる気がしますよ」
「停めてみようか」
食堂の駐車場に綺麗は車を停めた。
「ちょうどお腹も空きましたしね」
二人は食堂に入ると料理を注文した。
「すみません。この景色どこか判りますか?」
注文を訊きに来た店員に綺麗は写真を見せた。店員は写真を手に取り見つめた。
「この辺りですよ」
「やっぱりそうですか」
「ほら、あそこに岩が見えるでしょう」
店員が指さす方を見ると目立つ岩が見えた。
「あの辺りから見た光景ですね」
「判りますか?」
「あそこからの光景、好きでよく行くんですよ」
「そうなんですか」
食事を終えると二人は教えてもらった場所に赴いた。
「絶景ですね」
綺麗は頷く。
「これが恋路か」
「あんたたちも三角関係かい?」
ふいに声がして綺麗は振りむいた。見ると老婆が坐っている。岩場の陰になって気づかなかったのだ。
「そのような関係はありません」
綺麗が生真面目に答える。老婆は歯のない口を開けてニッと笑った。
「あんたたちも、とはどういう事でしょう?」
「ここに来る者は三角関係に悩む者が多いのさね」
本当だろうか、と綺麗は訝しんだ。だが老婆の話の腰を折らないように、それが本当だという前提で質問を発した。
「どうして三角関係に悩む人が多いんですか?」
「昔ここで娘が死んだのさね」
綺麗と奈々子は顔を見合わせた。
「いつの話ですか?」
「遠い遠い昔さね」
「聞かせてくれませんか?」
老婆は黙っている。
「昔この辺りに好きあっている若い娘と若い男がおってな」
老婆は語り出した。
「毎晩この海岸で会うていたんじゃ」
老婆の話は淀みない。
「月の出ない晩には娘は篝火を焚いておった」
「篝火ですか」
「若者が海に落ちないようにな」
奈々子が頷く。
「だが娘に横恋慕する、もう一人の男がおった」
横恋慕とは、人の女に横から恋をすることだ。
「その男は嫉妬のあまり深い岩場に篝火を焚く」
「娘のいい人……若者を騙そうとしたんですね?」
「そうじゃ。若者は、まんまと男の焚いた篝火を、いつも娘が焚く篝火と間違え深い海に落ちて死んでしまうのじゃ」
「かわいそう」
奈々子が小声で呟く。
「さらにそのことを知って娘も海に身を投げ死んでしまうのじゃ」
奈々子は思わず目を瞑った。
「それからこの辺りを恋路と呼ぶようになったのじゃ」
老婆は口を閉じた。
「そんな悲しい恋の物語があったんですねえ」
綺麗が感慨深げに言う。
「貴重なお話、ありがとうございました」
綺麗が頭を下げる。
「先生、今のお話を聞いてからあらためて景色を見ると、また違った趣が感じられますね」
奈々子が話しかけるが綺麗は答えない。
「先生?」
「あ、ごめん」
「何を考えていたんですか?」
「いま聞いた伝説のことよ」
「伝説の何を?」
「わからない」
綺麗は即答した。
「わからないけど何かモヤモヤした感じなのよ」
老婆は海を眺めたまま口を横に広げて笑みを浮かべる。
「いま聞いたのは恋の話ですよ」
「うん。男と女。その人たちの顔が頭の中でボンヤリと浮かぶのよ」
「誰の顔ですか?」
「それがハッキリとは見えないの。だけど今回の事件に関係する人たちよ。そのことは判る」
「先生……」
「誰なんだろう……」
空を一羽の鳥が舞っている。
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