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綺麗の推理

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 奈々子は綺麗の部屋にいた。
「結局、谷内さんの犯行だったのね」
「そうですね。長谷川吾郎の遺体に自分が作った友禅を着せたのも自分の犯行だって示したい気持ちがあったのかもしれませんね」
「谷内結衣は長谷川吾郎の美人局の共犯者でもあったのね」
「意外です。とてもそんなふうには見えないのに」
「そうね」
「でもすべては長谷川吾郎という稀代の女殺しに誑かされてしまった挙げ句の事なのかも」
 奈々子は綺麗に顔を向ける。だが綺麗は奈々子の言葉に反応せずに黙っている。
「どうしたんですか?」
「うん」
 綺麗は言葉を濁した。
「納得してない様子ですね」
「釈然としないのよ」
「どういう事ですか?」
「あまりにも都合がよすぎる気がする。二人もの人間を殺した犯人が最初はなかなか正体を現さなかった」
「そうとう狡猾な犯人って感じがしました」
「それなのに、ようやくもう少しで犯人に辿り着きそうな気がした時に、あっさりと犯人が自白の遺書を遺して自殺した」
「たしかに今までわたしたちを手玉に取っていた犯人にしては唐突な印象もありますね。でも」
 奈々子は考えを頭の中で整理する。
「人を二人も殺しているんです。そのことに対する罪悪感は、そうとう重かったんじゃないですか?」
「それは判るわ。過去にも凶悪な犯罪を犯した犯人が自殺した例は複数あるはずよ。でも、その場合、犯人はそうとうエキセントリックな人物だっていう印象があるわ」
 ストーカー行為を繰り返した挙げ句に相手を殺して自分も死んだり……。
「今回は違うんですか?」
「今回の事件では犯人は冷静に犯行を遂行していると思わない?」
「言われてみれば、そんな気もするかも……」
「それなのに動機が矛盾しているわよ」
「矛盾?」
「うん。谷内結衣は長年〈いけ田〉に対して恨みを抱いていたことが動機とされているわよね」
「はい」
「でも谷内結衣は長谷川吾郎と組んで美人局を働いていたのよ」
「そこはおかしいですね」
「でしょ? 恨んだ相手と仲間になるなんて」
「でも仲間割れってことも……」
「警察はそう思ってるみたいだけど」
「それが納得できないんですか?」
 綺麗は頷く。
「本当に〈いけ田〉への恨みを晴らすんだったら、まず最初に池田智子さんを狙うだろうし……。長谷川吾郎の遺体にあたしの友禅を着せたのだっておかしい」
「あれは自分の犯行だって示唆するために」
「でもすでに売れてしまったものを使う必要はないと思うのよ。自分の手元にある、まだ売れていない友禅はたくさんあったと思うわ」
「たまたまその友禅が手近にあったんじゃないんですか?」
「そうね。たまたまあったのかもしれない。でもそうなると犯人は谷内さんでなくてもいい事になるわ。谷内さんの友禅ということに意味があるんじゃなくて、たまたま手近にあった友禅を使ったんなら誰の友禅でもよかったことになる」
「そうか」
「それにあの友禅には長谷川吾郎の返り血がたくさんかかっている。それが判っていて自分の友禅に愛情を持っている谷内さんが、そんな使い方をするかな?」
 綺麗は考えこんだ。
「事件はまだ解決していない」
 綺麗はキッパリと言った。
「第一、谷内さんが犯人だった場合どうやって池田智子さんに毒を飲ませたのか、まだ解明されていない。逆に言えば、それが解明できなければ谷内さんが犯人だと証明できないことになる」
「証明できない、って思ってるんですか?」
「おそらく」
 綺麗は綺麗を見つめた。
「もし警察が谷内さんが犯人だと証明できなければ、またあたしを疑いだすかもしれない」
「まさか」
 奈々子が言った。
「一番の容疑者である谷内さんが死んだんですよ。捜査もそこで打ち切られますよ。すぐには打ち切られなくても、そのうち有耶無耶になって」
「たしかに真犯人が見つからなければ事件は迷宮入り……有耶無耶になってしまう可能性がある。でも、それでいいのかな?」
 綺麗は眉間に皺を寄せた。
「あたしには谷内さんが真犯人だとは思えない。そしてあたしのその考えが正しければ真犯人はのうのうと通常の生活を続けてゆくことになる」
「先生。何をするつもりですか?」
「もっと調べてみたいのよ」
「調べるって何を」
「谷内さんのご両親にも話を聞きたい。恋路にも行ってみたい」
「恋路?」
 綺麗は頷いた。
「わかりました」
 奈々子が言った。
「先生が納得できるまで、とことんつきあいますよ」
「大丈夫なの? 会社に許可を取らなくて?」
「なんとかなります」
 奈々子はニッと笑った。

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