綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

文字の大きさ
上 下
49 / 69
49

謎の写真

しおりを挟む

 綺麗の疑いが晴れた。
 奈々子は自分と綺麗が宿泊しているホテルの敷石に噴霧されていたニスに着目した。そのニスが綺麗の靴底にも付着しているのではないかと思ったのだ。
 そのことを警察に告げ調べてもらうと案の定、綺麗の靴裏からニスの成分が検出された。
 さらに殺人現場付近の舗道を調べた結果、綺麗の靴跡とともにニスの成分が検出された。
 ただし、その靴跡は綺麗が早朝、長谷川吾郎の遺体を発見した際についた一組のものだけだった。つまり綺麗はその現場に、一度しか足を運んでいないことになる。 死亡推定時刻は夜中の二時だから、もし綺麗が長谷川
吾郎を殺害したのなら綺麗はその現場に夜中の二時から早朝六時近くまで、ほぼ四時間居続けたことになる。これはあまりにも不自然だし実際に早朝五時近くに現場付近を通った新聞配達員が女性の姿など見ていないと証言したのだ。
 刑事から疑いが晴れたことを告げられ奈々子は喜んだ。
「よかったですね。警察も先生の主張を認めてくれて」
「奈々子のお陰よ」
 綺麗と奈々子は〈いけ田〉の個室で食事をしていた。
「でも警察はまた悩んじゃいますね。〝じゃあ本当の犯人はいったい誰だろう?〟って」
「それはあたしも知りたいわ」
「そうでした」
 襖が開いて仲居の若林珠里が追加のビールを運んできた。
「千場さんを知ってる?」
 綺麗が珠里に声をかける。
「千場さんって〈錦秋楼〉の?」
「そう」
「知ってます」
 珠里はなぜか声を潜めた。
「どんな人?」
「どんな人って言われても」
 いきなり訊かれて慌てたのか珠里は口籠もった。
「どうして千場さんのことを知ってるんですか?」
 見かねたのか、奈々子が助け船を出すように違う角度から質問をする。
「よくうちのお店に来るんですよ」
「なるほど」
「厨房や仲居室にも顔を出します」
「仲居室にも?」
「お土産を持ってきてくれるんです。お菓子なんかを」
「へえ。気配りの人なんですねえ」
「ちょっとイケメンだし仲居の間では評判いいですよ」
「買収の噂があるって聞きましたけど?」
「噂じゃありません」
 珠里は断言した。
「公然の秘密というか」
「そうなったら若林さんはどう思います?」
「あまり歓迎しません」
「そうなんですか?」
「はい。やっぱり伝統のある店ですから、その伝統は守ってほしいです」
 綺麗は深く頷いた。
「千場さんの個人的な印象はどう?」
「個人的?」
「経営者としてではなく、その人の性格とか」
 珠里は考えこんだ。
「いい人だと思いますよ。いつも笑みを浮かべて紳士的で。でも」
「でも?」
「どこか信用できない雰囲気もありますね」
「お邪魔します」
 声がした。綺麗が「どうぞ」と答えると襖が開き洋一が顔を見せた。
「ご挨拶に伺いました」
 洋一が部屋に入ると珠里は出ていった。
「お食事はどうですか?」
「とてもおいしいです」
 奈々子が言うと洋一は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「うちの板前たちの腕は確かですから」
「ですね。ただ、そのうちの一人が亡くなってしまって……」
「真相追及の進展はございましたでしょうか」
「それが芳しくなくて」
 綺麗は心持ち身を竦める。
「早く犯人が捕まってくれないと不安で眠れません」
「すみません」
「いや毒島先生が謝ることではありません。捜査はあくまで警察の仕事ですから」
「それでも自分が関わっていますから何としても犯人を暴きたいと思ってるんです」
 洋一は神妙な顔で頷いた。
「亡くなる前、智子さんは何か変わった様子はありませんでしたでしょうか」
「何度も考えたんですが気がつきませんでした」
 綺麗が頷く。
「ただ」
 洋一が何かを言い淀んだ。
「ただ?」
「遺品の整理をしていたら智子の写真が出てきたんです」
「写真?」
「はい」
「それは、どういう?」
「ご覧になりますか?」
「見せてください」
 洋一は写真を綺麗に見せた。
「恋路です」
「洋一さんとご一緒の時ですか?」
「いえ。違います。いつごろ行ったのか、よく判らないんです。最近だとは思いますが」
「智子さんのご出身は金沢……実家はこのお店ですよね」
「はい。恋路ではありません」
 奈々子が写真を覗きこむ。
「洋服の智子さん、珍しいですね」
 奈々子の言葉に洋一は頷いた。
「恋路に行ってみようか」
「え?」
 綺麗が奈々子に言うと洋一は驚いた声をあげた。
「恋路に何があるのか判りません。でも現地をこの目で見て確かめておきたいんです」
 洋一は頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...