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毒島綺麗vs谷内結衣
しおりを挟む綺麗は宿に戻りノートパソコンを起動させた。
――どうして北本龍太郎が〈錦秋楼〉の近くにいたのか?
疑問点を打ちこむ。
馴染みの飲み屋があるとは言ったが〈いけ田〉から和食へは五十キロほど離れているから歩いてフラリと行けるわけではない。
(かなり強い目的意識がないと行かない距離だわ)
その目的は何だったのか。池田智子を追いかけてのことだったのではないか?
北本は池田智子に無理矢理キスをしたのだ。その直後に池田智子は死んだ。
だが北本の言うように北本が毒入りガムを口移ししたのなら、どうして北本は死なずに池田智子だけが死んだのか?
(そんな方法があるのだろうか?)
そして……。
――なぜ池田智子は殺されなければならなかったのか?
〈いけ田〉の人間が二人も続けて殺された。
(この二人の死には必ず繋がりがあるはずよ。いったいこの二人の死の背後にはどんな秘密が隠されているのかしら)
長谷川吾郎が実は前の職場付近で美人局を働いたことも気になる。
(長谷川吾郎は真面目一方の板前というわけではなかった。それどころか犯罪に手を染めていたのよね)
そのことが今回の事件に関係しているのかもしれない。
(長谷川吾郎が美人局などの悪事を働いて、その復讐で殺された)
まずそういう構図が考えられる。だがその場合どうして池田智子まで殺されたのか?
(長谷川吾郎と組んでいたのが池田智子さんだったのでは? だとすると池田智子さんも長谷川吾郎を殺害した犯人に同じ復讐という動機によって殺されたことになるわ)
だが綺麗は、すぐにその考えを否定した。長谷川吾郎の悪事のパートナーは目が細い女性という証言がある。目がパッチリとした池田智子ではありえない。
(だとしたら……)
考えても判らなかった。
(長谷川吾郎と組んで悪事を働いた女性……。その女性なら特定できそうな気がする)
――〝長谷川吾郎と組んで美人局を働いた女性は目が細かった〟
被害者の男性が言っていたその言葉……。
綺麗の脳裏に金沢に来てから知りあった目の細い女性の顔が思い浮かんでいた。
*
二一世紀美術館に入る。
館内を回ると見覚えのある顔が見えた。綺麗はゆっくりとその女性に近づく。
「谷内さん」
声をかけると女性は振りむいた。
谷内結衣だった。
「毒島さん……どうしてここに?」
「〈笹木〉に行ったら、ここだとお伺いしたものですから」
「この美術館が好きなの。よく見に来るのよ」
「そうですか」
「刺激を受けるの。友禅を作るときの発想のインスピレーションを受ける事もあるわ」
「なるほど」
綺麗は改めて周りを見渡した。
「五感を刺激してくる作品がたくさんあるわね」
「それで」
結衣は顔を引き締めた。
「何の用ですか?」
「お訊きしたい事があって」
「何でしょう?」
「禄剛崎に行ってきました」
結衣の顔色が変わった。
「そこで地元の人に話を聞いたんです」
「地元の誰に?」
「あなたを知っている人です」
綺麗と結衣を気にしながら客たちが通り過ぎる。
「あなたは先日、長谷川さんとは面識がないと言いましたね」
「ええ。ありませんから」
「ところが禄剛崎で妙な話を聞いたんです」
綺麗は真っ直ぐに結衣を見つめる。
「長谷川さんが犯罪に手を染めていたと」
「犯罪?」
「そうです」
「それは、どんな?」
結衣の声は幽かに震えている。
「美人局です」
結の顔が引きつったのが判った。
「美人局というのは男の他に女性も一人、必要です。つまり長谷川さんと組んだ女性がいる」
「それは誰かしら?」
綺麗はしばらく結衣を見つめたが、やがて「判りません」と答えた。結衣の口から小さな溜息が漏れた。
「でも、とても目が細い女性だということは判っています」
綺麗が結衣の目を見つめる。
「その女性が今回の事件と関わっている可能性もあります」
「そうだとしても、わたしには関係のないことです」
結衣は頭を下げると静かに去っていった。
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