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毒島綺麗と池田智子が個室で
しおりを挟む毒島綺麗は池田智子と向かいあって食事をしていた。
〈錦秋楼〉の個室である。
「どう?〈錦秋楼〉の料理」
綺麗が智子に訊いた。
「おいしくいただいてます」
「そんな社交辞令はいいわ。商売敵として、どう思うの?」
「そうですね」
智子はしばし考えをめぐらす。
「お食事は洗練された都会風の味を楽しみました。ただちょっと」
「ちょっと何?」
「じぶ煮を食べたときに妙な違和感があったんです」
じぶ煮とは鴨肉などを煮た料理で金沢の郷土料理である。
「あら、わたしは感じなかったけど」
「わたしの小皿のものだけでしょうか。片栗粉が少し多めに入れられていて、とろみが強すぎるように感じました。それでは食材本来の味を包みすぎてしまうような気がして」
「なるほどね」
「でも所詮は好みの問題です。その他はおいしくいただいています」
智子は笑みを浮かべる。
「さすがね」
綺麗は智子のプロとしての眼力に舌を巻いた。
「それにしても、あなたはどうしてあたしと会ってくれる気になったの?」
綺麗が話題を変えた。
「断る理由もありませんから」
智子が答える。
「わたしはおたくの板前を殺害した疑いがかかっているのよ」
「あなたが犯人だとは思っていません」
「あら、ありがとう」
「まだ知りあって短い間ですけど取材を受けてみて、あなたが殺人を犯すような人には思えないんです」
綺麗は頷いた。
「それにあなたはただの旅行者です。仕事で来ていても金沢の人ではありません。長谷川との接点もないでしょう」
「冷静に考えてくれてありがたいわ。でも接点はなくても突発的に殺意が芽ばえた可能性は考えなくていいの?」
「その場合は容疑者として興味があります。やはり会わずにはいられないでしょう」
「あなた、意外と度胸があるのね」
綺麗の目がキラリと光った。
「それに親切」
「親切?」
「そうよ。いろいろ便宜を図ってくれてるでしょ」
仲居と板前に聞きこみを許してくれたこと……。
「便宜だなんて……。それにあれは便宜を図ったんじゃなくて、うちとしても犯人を見つけてほしいから」
「まあいいわ。いずれにしてもありがとう。お礼の意味も込めてあなたに御馳走したかったの。さあ食べて。飲んで」
綺麗が徳利を智子に差しだした。
「ありがとうございます」
智子は猪口で酒を受ける。
「でもお礼だったら〈いけ田〉でしてくれたらよかったのに」
「あなたが〈いけ田〉で客として食事をするわけにもいかないでしょう」
「それはそうですね」
智子が頬笑みを浮かべた。
「それに敵情視察もたまには必要じゃない?」
智子は頷くと猪口の酒を飲み乾した。
「いい飲みっぷりね。さすが老舗料亭の女将」
智子の頬にホンノリと赤みが差した。
「でも」
綺麗も猪口の酒を飲み乾して言った。
「犯人は本当に誰なのかしら」
綺麗はどんどん智子の猪口に酒を注ぎ足す。
「あなたに何か変わった事はあった?」
智子は答えない。
「あったのね?」
綺麗は智子の逡巡を察知したようだ。
「昨日」
智子の口調が重くなった。
「誰かにつけられたんです」
「え?」
綺麗は猪口を置いた。
「いつ?」
「夜……店が終わってから」
「店が終わってからって……。そんな時間にあなたはどこに出かけたの?」
智子は答えない。
「まあいいわ。それより誰につけられたの?」
「判りません。でも、つけられてたことは確かだと思います。足音が、ずっとついてきましたから」
「たまたま進行方向が同じだけかもしれないわよ」
「わたし、なんだか怖くなって人通りのある方向へ向かったんです。そうしたら」
「足音もついてきた?」
智子は頷いた。
「でも、それも途中まで。人通りのある道に出て、わたしは振りむいたんです。それからは誰もついてきませんでした」
「あなたが振りむいたことであきらめたか、それとも人目を気にしてあきらめたか」
「その賑やかな通りに出るまでの道は、それまで歩いてきた道を引き返す道になりますから偶然、同じ方向に向かうことはないと思います」
智子はキッパリと言った。綺麗も納得した。
「あなたがつけられていた可能性は高いわね」
綺麗は猪口を呷る。
「つけられる心当たりは?」
「まったくありません」
「ねえ。あなたの店の板前が殺されたのよ。まったくないって事はないんじゃない?」
智子はしばらく無言でいたが、やがて「本当にないんです」と言い残して逃げるようにトイレに立った。
智子が戻ってきて入れ替わりに綺麗が廊下に出ると〈錦秋楼〉の主人、千場光臣と出くわした。
「今日は〈錦秋楼〉をご利用いただきましてありがとうございます」
千場は笑みを浮かべながらお辞儀をする。綺麗も艶然とした笑みを返した。
「池田さんにもご挨拶をしていいですか?」
「どうぞ」
綺麗がトイレに向かうと背後で襖を開ける気配がした。
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