綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

文字の大きさ
上 下
34 / 69
34

毒島綺麗と池田智子が個室で

しおりを挟む

 毒島綺麗は池田智子と向かいあって食事をしていた。
〈錦秋楼〉の個室である。
「どう?〈錦秋楼〉の料理」
 綺麗が智子に訊いた。
「おいしくいただいてます」
「そんな社交辞令はいいわ。商売敵として、どう思うの?」
「そうですね」
 智子はしばし考えをめぐらす。
「お食事は洗練された都会風の味を楽しみました。ただちょっと」
「ちょっと何?」
「じぶ煮を食べたときに妙な違和感があったんです」
 じぶ煮とは鴨肉などを煮た料理で金沢の郷土料理である。
「あら、わたしは感じなかったけど」
「わたしの小皿のものだけでしょうか。片栗粉が少し多めに入れられていて、とろみが強すぎるように感じました。それでは食材本来の味を包みすぎてしまうような気がして」
「なるほどね」
「でも所詮は好みの問題です。その他はおいしくいただいています」
 智子は笑みを浮かべる。
「さすがね」
 綺麗は智子のプロとしての眼力に舌を巻いた。
「それにしても、あなたはどうしてあたしと会ってくれる気になったの?」
 綺麗が話題を変えた。
「断る理由もありませんから」
 智子が答える。
「わたしはおたくの板前を殺害した疑いがかかっているのよ」
「あなたが犯人だとは思っていません」
「あら、ありがとう」
「まだ知りあって短い間ですけど取材を受けてみて、あなたが殺人を犯すような人には思えないんです」
 綺麗は頷いた。
「それにあなたはただの旅行者です。仕事で来ていても金沢の人ではありません。長谷川との接点もないでしょう」
「冷静に考えてくれてありがたいわ。でも接点はなくても突発的に殺意が芽ばえた可能性は考えなくていいの?」
「その場合は容疑者として興味があります。やはり会わずにはいられないでしょう」
「あなた、意外と度胸があるのね」
 綺麗の目がキラリと光った。
「それに親切」
「親切?」
「そうよ。いろいろ便宜を図ってくれてるでしょ」
 仲居と板前に聞きこみを許してくれたこと……。
「便宜だなんて……。それにあれは便宜を図ったんじゃなくて、うちとしても犯人を見つけてほしいから」
「まあいいわ。いずれにしてもありがとう。お礼の意味も込めてあなたに御馳走したかったの。さあ食べて。飲んで」
 綺麗が徳利を智子に差しだした。
「ありがとうございます」
 智子は猪口で酒を受ける。
「でもお礼だったら〈いけ田〉でしてくれたらよかったのに」
「あなたが〈いけ田〉で客として食事をするわけにもいかないでしょう」
「それはそうですね」
 智子が頬笑みを浮かべた。
「それに敵情視察もたまには必要じゃない?」
 智子は頷くと猪口の酒を飲み乾した。
「いい飲みっぷりね。さすが老舗料亭の女将」
 智子の頬にホンノリと赤みが差した。
「でも」
 綺麗も猪口の酒を飲み乾して言った。
「犯人は本当に誰なのかしら」
 綺麗はどんどん智子の猪口に酒を注ぎ足す。
「あなたに何か変わった事はあった?」
 智子は答えない。
「あったのね?」
 綺麗は智子の逡巡を察知したようだ。
「昨日」
 智子の口調が重くなった。 
「誰かにつけられたんです」
「え?」
 綺麗は猪口を置いた。
「いつ?」
「夜……店が終わってから」
「店が終わってからって……。そんな時間にあなたはどこに出かけたの?」
 智子は答えない。
「まあいいわ。それより誰につけられたの?」
「判りません。でも、つけられてたことは確かだと思います。足音が、ずっとついてきましたから」
「たまたま進行方向が同じだけかもしれないわよ」
「わたし、なんだか怖くなって人通りのある方向へ向かったんです。そうしたら」
「足音もついてきた?」
 智子は頷いた。
「でも、それも途中まで。人通りのある道に出て、わたしは振りむいたんです。それからは誰もついてきませんでした」
「あなたが振りむいたことであきらめたか、それとも人目を気にしてあきらめたか」
「その賑やかな通りに出るまでの道は、それまで歩いてきた道を引き返す道になりますから偶然、同じ方向に向かうことはないと思います」
 智子はキッパリと言った。綺麗も納得した。
「あなたがつけられていた可能性は高いわね」
 綺麗は猪口を呷る。
「つけられる心当たりは?」
「まったくありません」
「ねえ。あなたの店の板前が殺されたのよ。まったくないって事はないんじゃない?」
 智子はしばらく無言でいたが、やがて「本当にないんです」と言い残して逃げるようにトイレに立った。
 智子が戻ってきて入れ替わりに綺麗が廊下に出ると〈錦秋楼〉の主人、千場光臣と出くわした。
「今日は〈錦秋楼〉をご利用いただきましてありがとうございます」
 千場は笑みを浮かべながらお辞儀をする。綺麗も艶然とした笑みを返した。
「池田さんにもご挨拶をしていいですか?」
「どうぞ」
 綺麗がトイレに向かうと背後で襖を開ける気配がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...