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証人
しおりを挟む綺麗は能登半島の最北本端目指して車を走らせていた。
助手席には奈々子が乗っている。
「〈いけ田〉の板前さんも仲居さんも長谷川さんの過去のことを知らなかった」
「長谷川さんが言いたがらなかったんでしょうね」
「無口な人だったのかも」
「でも毒島先生と大喧嘩をやらかしているし、そんなに無口とも思えません」
綺麗の目が細くなった。
「あ、すみません」
「まあいいわ。問題はどうして自分の過去を言いたがらなかったのかよ」
「その辺りに今回の事件の秘密が隠されているかもしれませんね」
ナビが〝目的地近辺に到着しました〟というアナウンスを告げる。
「この辺りだわ」
綺麗は車を時間貸しの駐車場に停め歩いて探すことにした。
「あれじゃないですか」
奈々子が目敏く指さした方に目を遣ると小振りの日本料理屋が目に入る。〈さくら屋〉という看板が見えた。
「ありましたね」
綺麗は足早に店に近づき引き戸を開けた。
「お客さん悪いね。まだ開店前なんだ」
いきなり威勢のいい声が飛んできた。
五十代半ばだろうか、頭を五分刈りにした恰幅のよい板前がカウンターの内側で包丁を研ぎながら顔をあげずに言う。
「客じゃないんです」
板前は手を止め顔をあげた。
「あんたたちは?」
「こういう者です」
すかさず奈々子が名刺を出して自己紹介をする。板前は前掛けで手を拭き名刺を受け取った。
「長谷川さんのことをお聞きしたいんです」
「長谷川?」
「長谷川吾郎さんです。こちらで板前をしていたとお聞きしました。覚えておいでですか?」
「覚えてるも何も」
板前は綺麗と奈々子をカウンターの席に着くように促した。
板前は松山達治、この店のオーナー板前だと自己紹介をした。
「腕のいい板前だったからね。あいつがどうかしたのか?」
「殺されました」
「殺された?」
松山は目を丸くした。
「どうしてまた」
「それを調べているんです」
「誰に殺されたんだ」
「犯人はまだ判ったいないんです」
「そうか」
松山もカウンターの中の椅子に腰を下ろした。
「あいつが死んだ……」
「長谷川さんはどうしてこの店をやめたんでしょうか」
「身持ちが悪かった」
松山は即座に答えた。
「ギャンブルが好きでね」
「賭け事ですか」
「ああ。それでずいぶん借金があったって話だ」
「借金ができたのなら、なおさら一つところに勤めてコツコツとお金を貯めなければいけないと思いますが」
「あいつはそんな玉じゃないよ」
松山は淋しそうに笑った。
「女癖も悪かった」
「女、ですか」
「モテたからな」
「誰か決まった女性がいたんでしょうか」
「さあ。いたかもしれないが俺は知らない。長谷川が男女関係のゴタゴタで殺されたとしても不思議とは思わないな」
綺麗は頷いた。
「それに妙な噂もあった」
「妙な噂?」
松山は頷く。
「どんな噂でしょうか」
「よく知らないが、あいつが悪事に手を染めてたって噂だ」
「悪事に……」
「どんな悪事ですか?」
奈々子が勢いこんで尋ねる。
「ただの噂だ。俺は知らない」
「知ってる人はいないでしょうか」
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「矢崎?」
「よく長谷川の悪口を言っていたから」
「どこに行けば矢崎さんに会えますか?」
「今なら灯台にいるんじゃないかな」
「灯台?」
「ああ。ほとんど毎日、灯台から海を見てるんだ」
「判りました。ありがとうございます」
矢崎という男の特徴を聞くと綺麗と奈々子は松山に充分、礼をして灯台に向かった。
七、八分ほども歩いただろうか。灯台の麓に着くと初老と思しき男性の姿が見えた。
「あの人じゃないかしら」
ゴツゴツとしたジャガイモのような顔で目がギョロリとしているという松山の説明に符合する風貌の男性だ。
綺麗と奈々子は男性に近づいた。
「矢崎さんですか?」
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