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能登半島・禄剛崎灯台
しおりを挟む綺麗と奈々子、そして片頭の三人は犀川の畔を歩いていた。
「この辺りよ」
綺麗が立ち止まった。
「どうして遺体が、この川にあったのか」
「ここで殺されたからでしょう?」
片頭が言う。
「別の言いかたをしましょうか。犯人は、そして被害者も、どうしてこの場所で会ったのか?」
「しかも夜中ですよね」
「犯人は長谷川さんとかなり親しい人間だったことは、まちがいないだろうね」
片頭が言う。
「ですね」
「凶器も近くに捨てて逃げてしまった」
「この辺りに落ちてたのよ」
綺麗の言葉を受けて綺麗は当時の模様を具体的な場所を示しながら説明した。
「あら」
綺麗が声を洩らした。
「どうしました?」
「あの人」
綺麗が顎で指し示した方角に男性が立っていた。男性は気づかれたと思ったのか踵を返して綺麗たちとは反対方向に歩きだした。
「見たことがあるわ」
綺麗もその後ろ姿に目を凝らす。
「誰だろう?」
「たしか……千場さんよ」
奈々子が言う。
「千場?」
「〈いけ田〉のライバル……」
「〈錦秋楼〉?」
「そう。そこの経営者よ」
「たしかに……。奈々子、よく思いだしたわね」
毒島先生がわたしのことを下の名前で呼んでくれた。奈々子は密かに心がときめいた。
「千場さんはどうしてここに……」
「偶然かしら」
「でも我々に見られたと思って隠れたような感じですね」
綺麗は追おうとしたが、すでに千場の姿は人混みに消えていた。
*
綺麗と奈々子は片頭と別れて〈いけ田〉で食事を摂ることにした。
テーブル席である。
「けっこう混んでますね」
「そうね」
隣のテーブルには小太りの中年の男性と、その妻らしき派手な身形の中年女性が坐っている。
前方のテーブルには中年女性四人のグループ。
その向こうには若いカップルがいる。
「長谷川くん、気の毒にねえ」
隣の席の中年男性が食事を運んできた若林珠里に話しかけている。
珠里は曖昧に頷いて去っていった。
綺麗は立ちあがった。
「先生、どうしたんですか?」
綺麗は奈々子の問に答えずに若林珠里に声をかけた中年男性の席に歩みよった。
「すみません」
綺麗の声に中年男性は不審げな顔で振りむいた。
「何でしょうか?」
「長谷川さんをご存じなんですか?」
「あなたは?」
「こういう者です」
綺麗は名刺を男性に渡した。
「ミステリ小説を書いています」
「作家さん、ですか」
「はい。実は殺された長谷川さんのことを調べているんです」
「そうでしたか」
男性は綺麗の名刺をシゲシゲと見つめた。
「長谷川さんのことをご存じなんですね?」
「ええ」
「この店で知りあったのでしょうか?」
「いいえ」
「ではどこで?」
「お掛けください」
男性に促されて綺麗は男性の席の椅子に坐った。
「禄剛崎灯台ですよ」
「禄剛崎?」
「ええ。その近くにある料亭で長谷川さんは板前として働いていました」
綺麗はメモを取った。
「親しかったんでしょうか?」
「いえ。カウンター越しに話をした程度ですよ」
「店の名前を教えてください」
「何と言ったかな?」
男性は連れの女性に顔を向けた。
「〈さくら亭〉ですよ」
「ああ、そうだった。灯台の近くに行けばすぐに判りますよ」
「ありがとうございます」
綺麗は丁寧に礼を言うと、奈々子が待つテーブルに戻った。
「どうしたんですか? 先生」
「奈々子ちゃん。明日、禄剛崎へ行こう」
「え?」
「そこに何かがある」
綺麗は猪口の日本酒を口に運んだ。
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