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意外な事実
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五回目の捜査会議が開かれている。
「もう一度、事件のお浚いだ」
山本警部補が言うと表刑事が立ちあがった。
「死亡推定時刻は八月八日午前二時ごろです」
「真夜中に殺されたわけだな」
「はい」
「その時刻だと当然アリバイのある者は少ない。だが気を緩めず確実にアリバイはチェックするように」
捜査員たちが頷く。
「死体発見現場の犀川ですが、どうして真夜中に被害者がその場所にいたのかが疑問です」
「そうだな。犯人に呼びだされたのだとすると犯人は被害者とかなり親しい間柄ということになる」
「現在、女関係は確認されていませんが」
「同僚などの話は?」
「つきあっている女性はいなかったという事ですが一人、仲居から気になる話を」
表刑事は長谷川が神社で谷内結衣と会っていた話を報告した。
「谷内結衣に、もう一度、話を聞くんだ。それと長谷川の交友関係を徹底的にチェックだ」
捜査会議が終わり捜査員たちはノートパソコンを閉じた。
*
綺麗と奈々子は〈いけ田〉の板前たちに話を聞いていた。
「すみません。仕事前の貴重な時間にお邪魔してしまって」
板前たちが休憩時間に茶を飲む小部屋を借りている。
「あんた、何の権限があって」
北本がギョロリとした目を綺麗に向けた。
「北本さん。これは女将さんからも言われているんです。ここは毒島さんに協力しましょう」
杉山が言う。
「お願いします」
奈々子が頭を下げると北本はムスッとした顔で黙りこんだ。
「長谷川さんがいなくなって丁場は大変なんじゃないですか?」
「あんたに心配してもらわなくてもけっこう」
北本がすぐに言った。
「たしかに大変です」
杉山が言った。
「当初は客足が落ちましたが、お陰様で、このところ挽回して店は以前の活気を取り戻しつつあります」
「みなさんも、そして女将もがんばってるんですね」
杉山が頷いた。
「だが忙しさの割には儲けが薄い」
北本が言った。
「現代では観光地の料亭もなかなかやってゆくのが大変だとお聞きしました」
「経費をかけすぎなんですよ」
「お客さんにいいものを。本物を提供するというのが女将の方針です」
北本の言葉を遮るように杉山が言った。
「判ります」
奈々子が頷いた。
「そのために経費をケチるような事はしていないんです」
「それで〈いけ田〉では儲けが薄くなっているのかしら」
「要するに殿様商売なんですよ」
北本が薄笑みを浮かべる。
「もともと〈いけ田〉は武家が始めた店です」
杉山も北本の言葉を認めた。
「でも今の女将の代になって商売もうまく回転し始めました。この調子で行けば先代からの借入金もすべて返済できそうなところまで来ているんです」
「その矢先の事件ですか」
杉山は顔を歪めた。
「長谷川さんの個人的な知りあいだけでなく経営を立て直そうとしている〈いけ田〉にとっても痛恨の出来事でしょうね」
「その通りです。現に事件から数日は客足がガクンと減りましたからね」
「もし〈いけ田〉の経営が立ち直ることを望んでいないような人がいたとしたら……」
綺麗が呟いた。杉山の頬がピクリと動く。
「どういう事ですか?」
「犯人が長谷川さんの死によって〈いけ田〉を潰そうと考えたとしたら……」
「まさか」
杉山が絶句する。
「これは一つの可能性です。それが真相だとは限りませんが確認しておきたいんです。そんな人に心当たりはありませんか?」
杉山と北本は、お互いの顔をチラリと見た。
「〈いけ田〉はね」
北本が口を開く。
「北本さん」
「いいじゃないですか。みんな知ってることだ」
「何を知ってるんですか?」
「〈いけ田〉が〈錦秋楼〉に狙われている事ですよ」
「〈錦秋楼〉?」
「ライバル店です」
杉山が答えた。
「そこがうちを乗っ取ろうとしているんですよ」
「女将はその事についてどう考えているんでしょうか?」
「もちろん、この店を守るつもりです」
綺麗は頷いた。
「狙っていると言えば」
北本が言いかけて口を閉じた。
「何ですか?」
「いや、何でもない」
「言ってください」
「引き抜きですよ」
「引き抜き?」
杉山が目を剥いた。
「何の話だ」
「知らなかったのか」
北本が溜息をついた。
「長谷川さんに引き抜きの話があったんだよ」
「まさか」
「本当ですよ」
「どこからだ」
「もちろん〈錦秋楼〉です」
杉山が絶句した。
「確かな話ですか?」
綺麗が訊く。
「ああ。長谷川から直接聞いたからな」
「俺は聞いていない」
杉山が言った。
「心配させたくないから板長には言わないでくれって言われたんふぁよ」
「じゃあ……」
「断ったそうだ」
杉山はホッとしたように息を漏らした。
「だがその言葉を鵜呑みにはできない」
「どういう事ですか?」
「そりゃあ同僚には〝断った〟って言うさ。だがな、それが本心かどうかは判らない」
「北本さん。何か心当たりでも?」
「そんなものはないさ。だが条件は〈錦秋楼〉の方がずっといい」
「まさか北本さんも声をかけられたとか?」
北本は不敵な笑みを浮かべた。
「そうなんですか?」
「そろそろ仕事の時間だぜ」
北本は部屋を出ていった。
「もう一度、事件のお浚いだ」
山本警部補が言うと表刑事が立ちあがった。
「死亡推定時刻は八月八日午前二時ごろです」
「真夜中に殺されたわけだな」
「はい」
「その時刻だと当然アリバイのある者は少ない。だが気を緩めず確実にアリバイはチェックするように」
捜査員たちが頷く。
「死体発見現場の犀川ですが、どうして真夜中に被害者がその場所にいたのかが疑問です」
「そうだな。犯人に呼びだされたのだとすると犯人は被害者とかなり親しい間柄ということになる」
「現在、女関係は確認されていませんが」
「同僚などの話は?」
「つきあっている女性はいなかったという事ですが一人、仲居から気になる話を」
表刑事は長谷川が神社で谷内結衣と会っていた話を報告した。
「谷内結衣に、もう一度、話を聞くんだ。それと長谷川の交友関係を徹底的にチェックだ」
捜査会議が終わり捜査員たちはノートパソコンを閉じた。
*
綺麗と奈々子は〈いけ田〉の板前たちに話を聞いていた。
「すみません。仕事前の貴重な時間にお邪魔してしまって」
板前たちが休憩時間に茶を飲む小部屋を借りている。
「あんた、何の権限があって」
北本がギョロリとした目を綺麗に向けた。
「北本さん。これは女将さんからも言われているんです。ここは毒島さんに協力しましょう」
杉山が言う。
「お願いします」
奈々子が頭を下げると北本はムスッとした顔で黙りこんだ。
「長谷川さんがいなくなって丁場は大変なんじゃないですか?」
「あんたに心配してもらわなくてもけっこう」
北本がすぐに言った。
「たしかに大変です」
杉山が言った。
「当初は客足が落ちましたが、お陰様で、このところ挽回して店は以前の活気を取り戻しつつあります」
「みなさんも、そして女将もがんばってるんですね」
杉山が頷いた。
「だが忙しさの割には儲けが薄い」
北本が言った。
「現代では観光地の料亭もなかなかやってゆくのが大変だとお聞きしました」
「経費をかけすぎなんですよ」
「お客さんにいいものを。本物を提供するというのが女将の方針です」
北本の言葉を遮るように杉山が言った。
「判ります」
奈々子が頷いた。
「そのために経費をケチるような事はしていないんです」
「それで〈いけ田〉では儲けが薄くなっているのかしら」
「要するに殿様商売なんですよ」
北本が薄笑みを浮かべる。
「もともと〈いけ田〉は武家が始めた店です」
杉山も北本の言葉を認めた。
「でも今の女将の代になって商売もうまく回転し始めました。この調子で行けば先代からの借入金もすべて返済できそうなところまで来ているんです」
「その矢先の事件ですか」
杉山は顔を歪めた。
「長谷川さんの個人的な知りあいだけでなく経営を立て直そうとしている〈いけ田〉にとっても痛恨の出来事でしょうね」
「その通りです。現に事件から数日は客足がガクンと減りましたからね」
「もし〈いけ田〉の経営が立ち直ることを望んでいないような人がいたとしたら……」
綺麗が呟いた。杉山の頬がピクリと動く。
「どういう事ですか?」
「犯人が長谷川さんの死によって〈いけ田〉を潰そうと考えたとしたら……」
「まさか」
杉山が絶句する。
「これは一つの可能性です。それが真相だとは限りませんが確認しておきたいんです。そんな人に心当たりはありませんか?」
杉山と北本は、お互いの顔をチラリと見た。
「〈いけ田〉はね」
北本が口を開く。
「北本さん」
「いいじゃないですか。みんな知ってることだ」
「何を知ってるんですか?」
「〈いけ田〉が〈錦秋楼〉に狙われている事ですよ」
「〈錦秋楼〉?」
「ライバル店です」
杉山が答えた。
「そこがうちを乗っ取ろうとしているんですよ」
「女将はその事についてどう考えているんでしょうか?」
「もちろん、この店を守るつもりです」
綺麗は頷いた。
「狙っていると言えば」
北本が言いかけて口を閉じた。
「何ですか?」
「いや、何でもない」
「言ってください」
「引き抜きですよ」
「引き抜き?」
杉山が目を剥いた。
「何の話だ」
「知らなかったのか」
北本が溜息をついた。
「長谷川さんに引き抜きの話があったんだよ」
「まさか」
「本当ですよ」
「どこからだ」
「もちろん〈錦秋楼〉です」
杉山が絶句した。
「確かな話ですか?」
綺麗が訊く。
「ああ。長谷川から直接聞いたからな」
「俺は聞いていない」
杉山が言った。
「心配させたくないから板長には言わないでくれって言われたんふぁよ」
「じゃあ……」
「断ったそうだ」
杉山はホッとしたように息を漏らした。
「だがその言葉を鵜呑みにはできない」
「どういう事ですか?」
「そりゃあ同僚には〝断った〟って言うさ。だがな、それが本心かどうかは判らない」
「北本さん。何か心当たりでも?」
「そんなものはないさ。だが条件は〈錦秋楼〉の方がずっといい」
「まさか北本さんも声をかけられたとか?」
北本は不敵な笑みを浮かべた。
「そうなんですか?」
「そろそろ仕事の時間だぜ」
北本は部屋を出ていった。
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