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こんな格好で失礼します
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綺麗と奈々子は待ちあわせの時間を気にしながら車を走らせていた。
カーラジオからはきゃりーぱみゅぱみゅの『ファッションモンスター』が流れている。
「きゃりーぱみゅぱみゅの本名って知ってます?」
「知らないわよ」
「きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅっていうんです」
「それ、本名じゃなくてフルネーム」
「あ」
「そんな本名だったら驚くわよ」
「たしかに」
「でもあなた滑舌はいいわね」
「ホントですか?」
「声は小さいけどきゃりーなんとかって噛まずに言えたもの」
「練習した事あるんです」
「変わった練習してるのね」
「〝みゅ〟とか言いにくくて」
「たしかに」
「金田一春彦さんによると〝みゅ〟のつく日本語って大豆生田っていう名字しかないらしいんです」
「おおまみゅうだか。へえ」
「そういう意味では、きゃりーぱみゅぱみゅの出現は日本語的にも大きな意味があったんじゃないでしょうか」
名字ではなく下の名前ならアン・ルイスと桑名正博の長男に美勇士がいる。またアルファベットなら小泉今日子の『夜明けのMEW』があり人間意外ではポケモンのミュウツーがいる。
「名字には別字があったり同じ漢字でも読み方が違う場合もありますから〝大豆生田〟と書いて〝おおまめうだ〟とか〝まみょうだ〟なんて読む場合もあるかもしれませんけど」
「物知りね」
「たまたまです」
「でも今はそれどころじゃないわ。警察は、まだあたしを疑ってるんだから」
「そうでした。すみません」
車はやがて谷内結衣の自宅に造られた友禅工房に着いた。
インタフォンを押し来意を告げると作務衣のような作業着を着た谷内結衣が迎えに出た。
「お電話した綾町と申します。こちらはミステリ作家の毒島綺麗先生」
「お待ちしていました。こんな格好で失礼します」
「こちらこそ、お仕事中に申し訳ありません」
「ちょうど一段落したところですから」
綺麗と奈々子は応接室に通された。
「〈いけ田〉の長谷川さんという板前さんが殺害されました」
結衣は強ばった顔で頷く。
「長谷川さんは、あなたが作ってあたしが買った友禅を着ていました」
「どうしてなのか、わたしにも判らないんです」
「あたしもよ。あたしは、たまたま金沢の地を訪れただけよ。この土地に知りあいはいなかったし。もちろん殺された長谷川さんとも面識はなかったわ。つまり動機がないの」
結衣が頷く。
「だからこそ谷内さん。あなたに事件の心当たりを訊きたいの」
「心当たりと言われましても」
結衣は迷惑そうな顔を見せた。
「長谷川さんと面識があったのよね?」
「ありました」
「どのようなおつきあいだったの?」
「それは……」
結衣は口籠もった。
「教えて。事件とは関係のない情報でも構わないから」
結衣は口を噤む。
「あなたと長谷川さんが神社で会っているのを見た人がいるのよ」
「え?」
「どういう理由で会ってたの?」
結衣は項垂れた。
「お客さんだったんです」
あきらめたように言った。
「客?」
「はい。長谷川さんも、わたしの友禅を買ってくれていたんです」
「そうだったんだ」
それがどういう意味を持つのか。綺麗にはよく判らなかった。
「でも個人的には? 神社で会うってことは商売上の関係じゃないわよね?」
綺麗が訊いた。
「たとえばプライベートでも飲み友だちだったとか?」
結衣はしばらく答えなかったが、やがて「そういう事はありました」と答えた。
綺麗と奈々子は顔を見合わせた。
「お二人はつきあっていたんですか?」
奈々子が質問を発する。
「いいえ」
結衣は即座に否定した。
「神社で会っていたのは相談を受けていたんです」
「相談と言いますと?」
「友禅のことです。とにかく友禅を売りたくて、いろいろと」
「大変なんですね」
「お金がかかります。もともと実家が貧しかったから親の援助も受けられません。女がたった一人で生きてゆくのはたしかに大変です」
「わかります」
奈々子が深く頷いた。
「それにしても商売のことを神社で?」
「長谷川さんは仕事で忙しかったので休み時間に会うには神社が便利だったんです」
「そうですか」
奈々子は納得した。
「では、あらためてお尋ねしますが長谷川さんが殺されたことについて何か思い当たることはありますか?」
「まったくありません」
結衣の言葉はにべもなかった。
「逆にお聞きしますけどミステリ作家の人って殺人に興味がお有りなんじゃないですか?」
綺麗は虚を突かれたように言葉に詰まった。
「仕事柄、興味がないとはいえないわね」
「だからこうやって事件解決に乗りだしているんです」 奈々子が横から口を出す。
「殺人事件に興味を持ちすぎて、歯止めが利かなくなってしまうような事はないのでしょうか?」
綺麗にとって結衣の発想は意外なものだった。
「どういう意味? 歯止めが利かなくなって、自ら殺人を犯してしまうってこと?」
結衣はコクンと頷いた。
「それは、ないわよ」
綺麗は苦笑した。
「興味があるといっても、あくまで仕事の参考にする程度よ。それ以上の興味は……」
「ですよね」
結衣は頷いた。
「すみません。これから仕事がありますので」
「そう。忙しいときに悪かったわね」
綺麗と奈々子は工房を後にした。
カーラジオからはきゃりーぱみゅぱみゅの『ファッションモンスター』が流れている。
「きゃりーぱみゅぱみゅの本名って知ってます?」
「知らないわよ」
「きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅっていうんです」
「それ、本名じゃなくてフルネーム」
「あ」
「そんな本名だったら驚くわよ」
「たしかに」
「でもあなた滑舌はいいわね」
「ホントですか?」
「声は小さいけどきゃりーなんとかって噛まずに言えたもの」
「練習した事あるんです」
「変わった練習してるのね」
「〝みゅ〟とか言いにくくて」
「たしかに」
「金田一春彦さんによると〝みゅ〟のつく日本語って大豆生田っていう名字しかないらしいんです」
「おおまみゅうだか。へえ」
「そういう意味では、きゃりーぱみゅぱみゅの出現は日本語的にも大きな意味があったんじゃないでしょうか」
名字ではなく下の名前ならアン・ルイスと桑名正博の長男に美勇士がいる。またアルファベットなら小泉今日子の『夜明けのMEW』があり人間意外ではポケモンのミュウツーがいる。
「名字には別字があったり同じ漢字でも読み方が違う場合もありますから〝大豆生田〟と書いて〝おおまめうだ〟とか〝まみょうだ〟なんて読む場合もあるかもしれませんけど」
「物知りね」
「たまたまです」
「でも今はそれどころじゃないわ。警察は、まだあたしを疑ってるんだから」
「そうでした。すみません」
車はやがて谷内結衣の自宅に造られた友禅工房に着いた。
インタフォンを押し来意を告げると作務衣のような作業着を着た谷内結衣が迎えに出た。
「お電話した綾町と申します。こちらはミステリ作家の毒島綺麗先生」
「お待ちしていました。こんな格好で失礼します」
「こちらこそ、お仕事中に申し訳ありません」
「ちょうど一段落したところですから」
綺麗と奈々子は応接室に通された。
「〈いけ田〉の長谷川さんという板前さんが殺害されました」
結衣は強ばった顔で頷く。
「長谷川さんは、あなたが作ってあたしが買った友禅を着ていました」
「どうしてなのか、わたしにも判らないんです」
「あたしもよ。あたしは、たまたま金沢の地を訪れただけよ。この土地に知りあいはいなかったし。もちろん殺された長谷川さんとも面識はなかったわ。つまり動機がないの」
結衣が頷く。
「だからこそ谷内さん。あなたに事件の心当たりを訊きたいの」
「心当たりと言われましても」
結衣は迷惑そうな顔を見せた。
「長谷川さんと面識があったのよね?」
「ありました」
「どのようなおつきあいだったの?」
「それは……」
結衣は口籠もった。
「教えて。事件とは関係のない情報でも構わないから」
結衣は口を噤む。
「あなたと長谷川さんが神社で会っているのを見た人がいるのよ」
「え?」
「どういう理由で会ってたの?」
結衣は項垂れた。
「お客さんだったんです」
あきらめたように言った。
「客?」
「はい。長谷川さんも、わたしの友禅を買ってくれていたんです」
「そうだったんだ」
それがどういう意味を持つのか。綺麗にはよく判らなかった。
「でも個人的には? 神社で会うってことは商売上の関係じゃないわよね?」
綺麗が訊いた。
「たとえばプライベートでも飲み友だちだったとか?」
結衣はしばらく答えなかったが、やがて「そういう事はありました」と答えた。
綺麗と奈々子は顔を見合わせた。
「お二人はつきあっていたんですか?」
奈々子が質問を発する。
「いいえ」
結衣は即座に否定した。
「神社で会っていたのは相談を受けていたんです」
「相談と言いますと?」
「友禅のことです。とにかく友禅を売りたくて、いろいろと」
「大変なんですね」
「お金がかかります。もともと実家が貧しかったから親の援助も受けられません。女がたった一人で生きてゆくのはたしかに大変です」
「わかります」
奈々子が深く頷いた。
「それにしても商売のことを神社で?」
「長谷川さんは仕事で忙しかったので休み時間に会うには神社が便利だったんです」
「そうですか」
奈々子は納得した。
「では、あらためてお尋ねしますが長谷川さんが殺されたことについて何か思い当たることはありますか?」
「まったくありません」
結衣の言葉はにべもなかった。
「逆にお聞きしますけどミステリ作家の人って殺人に興味がお有りなんじゃないですか?」
綺麗は虚を突かれたように言葉に詰まった。
「仕事柄、興味がないとはいえないわね」
「だからこうやって事件解決に乗りだしているんです」 奈々子が横から口を出す。
「殺人事件に興味を持ちすぎて、歯止めが利かなくなってしまうような事はないのでしょうか?」
綺麗にとって結衣の発想は意外なものだった。
「どういう意味? 歯止めが利かなくなって、自ら殺人を犯してしまうってこと?」
結衣はコクンと頷いた。
「それは、ないわよ」
綺麗は苦笑した。
「興味があるといっても、あくまで仕事の参考にする程度よ。それ以上の興味は……」
「ですよね」
結衣は頷いた。
「すみません。これから仕事がありますので」
「そう。忙しいときに悪かったわね」
綺麗と奈々子は工房を後にした。
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