綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

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池田智子に対するセクハラ

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 洋一が店を出てゆく姿を電信柱の陰から確認すると北本龍太朗はほくそ笑んだ。
 辺りに気を配りながら裏口に回り店に入る。従業員はまだ誰も来ていないようだ。
 北本は足音を忍ばせながら店内を移動する。
 奥の部屋の障子に人影が映る。北本はソッと障子を開けた。
 人影は智子のものだった。
 帳簿をつけていた智子は手を止め振りむいた。
「北本さん」
 智子は眉間に皺を寄せ噛んでいたガムを銀紙に包んで捨てた。禁煙して以来、ガムを噛むことは智子の習慣となっていた。特に外食後などは歯を磨くことも難しいので必ずガムを噛むことにしている。
「早いのね」
「まだ誰もいない時間がいいと思いまして」
「何の用?」
「店のことですよ」
 北本は部屋に入って障子を閉めた。
「帳簿のこと?」
「帳簿?」
「だいぶ前から、ちょっとずつ合わない時があるの」
 そう言うと智子は北本を見つめた。
「へえ」
 北本は目を丸くした。だがどこか笑いを含んだような目だ。
「そいつぁ心配ですね。どれ、見てあげましょうか」
「けっこうよ」
 智子はピシャリと言った。
「あなたに心当たりがないのならそれでいいわ」
「なんだか妙な言いかただな。俺は店のことを心配してるんですよ」
「心配してくれるのはあり難いけど店は大丈夫よ。あなたは丁場のことだけ心配してちょうだい」
「そういうわけにもいかないんでね」
 北本は智子に近づいてゆく。
(考えてみれば北本龍太朗の過去について、わたしは何も知らない)
 智子はそのことに思い至った。
 北本という男が〈いけ田〉に来る前に、どんな生活を送ってきたのか。
 智子はペンを置き向きを変えた。
「悪いけど出ていって。あなたの働き場所は丁場よ」
「固いこと言いなさんな」
 智子の顔色が変わった。
「女将さん。どうしてあんな男と結婚したんだ」
「何を言ってるの」
「あんな冴えないやつ」
「失礼なことを言わないで」
 智子は少し震える声で言った。
「みんな言ってるさ。逆玉だってな」
「人の好みにいちいち口を挟まないで」
「よっぽど夜の生活がいいんだろう」
 智子は立ちあがった。北本の脇を通り抜けようとする。
「俺の気持ちは判っていたはずだ」
 腕を掴まれた。
「本気なんだ」
 北本は何度も智子に誘いをかけていた。智子は乗らなかった。
「これ以上つきまとうと店を辞めてもらう事になりますよ」
「つきまとうとは心外だ。純粋な気持ちなんだ」
「わたしは結婚してるんですよ」
「それが納得できない」
 北本の目は本気だった。
「今夜、店が終わってからつきあってくれ」
「何につきあうというのです」
「市内のバーに飲みにいこう」
「主人を置いてそんな事ができるわけがないでしょう」
「あの男は今日は東京で展示会だろう」
「知ってたの?」
 智子の顔が蒼ざめる。
「今夜がチャンスなんだ」
「女将さん」
 障子の向こうから声が聞こえる。
「杉山さん?」
 声から判断して呼びかけた。
「はい」
「入ってちょうだい」
 障子がスッと開いた。北本はすでに智子の腕を放している。だが杉山は北本を見てギョッとしたようだ。
「北本さん。どうしてここに?」
「北本さんは店の今後のことを訊きに来たんです」
「そうですか」
「杉山さんは?」
「はい。今日のお客様のことで、ご相談に伺いました」
「私はこれで」
 北本は部屋を出ていった。
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