綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

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池田智子と洋一の夫婦の営み

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 洋一は蒲団に横になって思いを巡らせていた。
(僕が智子と結婚できたことは望外の喜びだった)
 洋一は窯元から送られてくる磁器に絵を描く絵付け職人だ。窯元の陶芸家は何度も陶芸展に入賞し賞も受賞している名人だった。金メッキを施した斬新な焼き物なども評判を呼んだ。だが絵付け職人としての洋一の立場はあまり恵まれたものではなかった。洋一が所属していた工房にも洋一よりも評価の高い絵付け職人は何人もいた。
(それなのに……)
 智子は洋一を選んだ。
「あなた」
 智子が寝室に入ってきた。
 布団は二つ並んで敷かれているが智子は洋一の布団に入った。
 仰向けだった洋一は体を横にして智子に顔を向けた。智子も体を横にして洋一を見ている。
「疲れることが多いわ」
 智子が珍しく愚痴を洩らした。
「店は大丈夫なのかい?」
「大丈夫よ。ありがとう。あなたは店のことは心配しないで」
「そういうわけにはいかないよ」
 洋一は智子の肩に手をかけた。
「僕は〈いけ田〉の主なんだから」
「そうね」
 智子は小さな笑みを浮かべた。
「本当のことを言うと、かなり苦しいの」
「借金はどれくらい?」
 智子はしばらく逡巡していたが、やがて「一千万ぐらい」と答えた。
「そんなに……」
「黙っていてごめんなさい」
「いいよ。心配かけたくなかったんだろう?」
 智子はコクンと頷いた。
「〈いけ田〉が人手に渡るということは……」
「それはないわ。このところ、お客さんも増えているのよ」
「そうだね。でも今回のこと……。客足にも影響しないかな」
「するでしょうね。それだけに一刻も早く犯人が捕まってほしいわ」
「そうだね。でも警察は容疑者も特定できていないみたいだ。真夜中に殺されたんだから誰もアリバイはないだろうし」
「八月八日の午前二時よね、長谷川さんが殺されたのは」
「その時間、われわれ夫婦にはアリバイがあるよ」
「そんな時間に?」
「その日、ちょうどその時間、われわれは愛しあっていた」
「え?」
「覚えてない? 二人とも、いったん寝たのに、どういうわけか夜中に目が覚めて……愛しあった」
「そういえば、そうだったわね」
「時計を見たら夜中の二時だった」
「たしかにわたしたちにはアリバイがあるわね。でもそれは証明になる? 夫婦の証言は裁判では採用されないって聞いたことがあるけど」
 智子は少し気落ちしたような声を出した。
「いずれにしろ僕たちが疑われるわけがないけど」
「そうね。取りこし苦労だったわ」
 智子は表情を緩めた。
「いまミステリ作家の人がうちに来ていろいろ調べてるわ」
「毒島綺麗さんか。事件を解決するって言ってるらしいね」
「そうよ。自分が疑われてるんですもの」
「その人が真犯人を突きとめれば僕たちの疑いも自動的に晴れるか」
「そうね。でも、わたしはあまり期待していないの」
「そうだね。その人が解決してくれるといいけど、その人は警察でもないし」
 智子は頷いた。
「すまない」
「何を謝るの?」
「お金のない僕なんかと結婚して……。君だったら、もっといい男がたくさんいたろうに」
「そんな人はいないわ」
 智子は自分の肩にかかった洋一の手に自分の手を重ねた。
「あなたは、いい九谷焼を作ることだけに専念してちょうだい」
「智子」
 洋一はあの日と同じように智子の寝間着の合わせ目に手を差しいれ智子の胸に触れた。
 智子は小さな声を漏らす。
「事件のことは、ひととき、忘れよう」
 智子は頷くと寝間着の帯を解いた。

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