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奈々子と綺麗の二人三脚
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毒島綺麗と綾町奈々子が〈いけ田〉を訪ねていた。
綺麗が裏口のブザーを押すと道下むつみが迎えに出て三人は仲居部屋に通された。
部屋には仲居頭の野崎初子、道下むつみと若林珠里がいる。
「作家さん、ですか」
初子は少し胡散臭そうな目で綺麗の名刺を見る。
「知ってるわ」
道下むつみが言った。
「金沢を舞台に小説を書くんですか?」
むつみが訊いた。
「いつかは……」
「ぜひ巌門も書いてください。わたしの思い出の場所なんです」
「今はまだ作品のことは何とも言えないんです。事件のことを調べているので」
「そうでしたね」
むつみは納得した。
「長谷川さんの事件も解決できますか?」
むつみが訊いた。三人の中で最も綺麗に興味を示しているようだ。
「そのつもりです」
「頼もしいわ」
むつみが呟く。
「それで、何をお訊きになりたいの?」
初子が話を戻した。
「長谷川さんがどういう人だったか」
「真面目な人よ」
珠里が真っ先に答えた。
「そうねえ」
むつみも同意した。
「たとえばギャンブルとかは……」
「やらないと思うわ」
むつみが答える。
「ちょっと面白味がないくらい真面目な人だったから」
「その真面目さがいいんです」
初子が言った。
「長谷川さんは板長からも女将からも信頼されていました」
綺麗は頷いた。
「板長を含めて板前さんは三人いらっしゃいましたよね?」
「はい」
「その中で長谷川さんはどのような感じだったんでしょうか? みんなと仲が良かったとか少し浮いてたとか」
むつみは初子と珠里の顔をチラリと見た。だが二人とも言葉を発しようとはしていない。
「普通、だったと思います」
むつみが言った。
「板前さんたちは特に仲が悪いわけでもなく普通に仲が良かったと思います」
むつみの言葉に初子が頷いている。
「長谷川さんと特に仲がよかった人はいますか? 板前さんでも、それ以外でも構いませんが」
「さあ」
むつみは首を捻った。
「思いあたりませんね。プライベートではおつきあいがなかったので」
「でも」
珠里が口を挟んだ。
「あたし、一度、見たことがあるんです」
みなの視線がサッと珠里に注がれた。
「何を見たというの?」
初子が眉間に皺を寄せながら訊いた。
「あの」
珠里は言い淀んでいる。
「どんなことでも言ってください。殺人事件の解決に繋がるかもしれないんですから」
「そんな大した事じゃないんです」
「かまいません。無駄でもいいんです」
綺麗の言葉に珠里は頷いた。
「長谷川さんと谷内さんが会っているのを偶然、見てしまったんです」
「まあ」
思わずむつみが声をあげた。
「谷内さんと?」
むつみの問に珠里は頷いた。
「どこで見たの?」
「〈21世紀美術館〉」
「デートね」
すぐにむつみが言った。
「谷内さんって、先生の友禅を作った人ですよね?」
「そうよ」
「長谷川さんと谷内さんはつきあっていたのかしら」
「意外だわ」
むつみが呟いた。
「意外というのは?」
「年齢が釣りあわないというか……長谷川さんは二十八歳。谷内さんは、たしか三十五歳ぐらい」
「でもそういうカップル、たまにいますよ」
奈々子の言葉に、むつみは「そうね」と言った。
「長谷川さんは独身でしたよね」
「そうですね」
むつみが答える。
「カノジョがいたという噂は?」
「聞いたことないわ」
「谷内さんはどうでしょう?」
「今は独身よ」
「今は、というと……」
「ずいぶん前に離婚したそうよ」
「そうだったんですか。前のご主人のことは判らないですよね」
「ろくに定職もないような人だったらしいわ。今は東京にいるんじゃないかしら」
綺麗は、むつみの情報収集能力に感心していた。
「それと……」
むつみはまだ何か知っているようだ。
「何か?」
「わたし、長谷川さんが脅されてるところを見ちゃったんです」
「脅されてる?」
綺麗の脳内に〝これは重要情報だ〟という信号が流れた。
「誰に?」
「それは……」
むつみは周囲の顔色を窺うように視線を巡らせた。
「言ってください」
むつみが小さく頷く。
「板長です」
「え」
初子が思わず声を漏らす。
「板長が何て?」
「誤解だな、それは」
男の声がした。
「板長……」
杉山だった。
「俺が長谷川を脅していたって?」
「いえ、あの」
「俺は逃げも隠れもしない。正直に言っていい」
むつみは唾を飲みこんだ。
「どこで俺が長谷川を脅していたんだ」
「丁場です」
杉山がフッと笑みを含んだ息を漏らした。
「そんなことは丁場ではよくあることだ」
「そうですよ」
初子が杉山の味方をした。
「具体的にはどんな言葉で脅してたんですか?」
綺麗が訊いた。
「それは……」
むつみは口籠もった。
「具体的に思いだせないほど丁場ではありふれた言葉だったってことだ」
杉山が断定するように言う。
「どうですか?」
綺麗がむつみを見る。
「すみません。よく思いだせません」
むつみが消え入るような声で答えた。
「ふざけるな!」
杉山が怒鳴った。むつみが体をビクッと震わせる。
「と、こんな怒号は丁場では日常茶飯事です」
杉山が綺麗に言う。
「道下さんも、そんな丁場での遣りとりを〝脅し〟と間違えたんでしょう」
綺麗がむつみを見た。むつみは小さく頷いた。
「この辺でよろしいかしら。仕事がありますから」
初子に言われて綺麗は話を切りあげた。
綺麗が裏口のブザーを押すと道下むつみが迎えに出て三人は仲居部屋に通された。
部屋には仲居頭の野崎初子、道下むつみと若林珠里がいる。
「作家さん、ですか」
初子は少し胡散臭そうな目で綺麗の名刺を見る。
「知ってるわ」
道下むつみが言った。
「金沢を舞台に小説を書くんですか?」
むつみが訊いた。
「いつかは……」
「ぜひ巌門も書いてください。わたしの思い出の場所なんです」
「今はまだ作品のことは何とも言えないんです。事件のことを調べているので」
「そうでしたね」
むつみは納得した。
「長谷川さんの事件も解決できますか?」
むつみが訊いた。三人の中で最も綺麗に興味を示しているようだ。
「そのつもりです」
「頼もしいわ」
むつみが呟く。
「それで、何をお訊きになりたいの?」
初子が話を戻した。
「長谷川さんがどういう人だったか」
「真面目な人よ」
珠里が真っ先に答えた。
「そうねえ」
むつみも同意した。
「たとえばギャンブルとかは……」
「やらないと思うわ」
むつみが答える。
「ちょっと面白味がないくらい真面目な人だったから」
「その真面目さがいいんです」
初子が言った。
「長谷川さんは板長からも女将からも信頼されていました」
綺麗は頷いた。
「板長を含めて板前さんは三人いらっしゃいましたよね?」
「はい」
「その中で長谷川さんはどのような感じだったんでしょうか? みんなと仲が良かったとか少し浮いてたとか」
むつみは初子と珠里の顔をチラリと見た。だが二人とも言葉を発しようとはしていない。
「普通、だったと思います」
むつみが言った。
「板前さんたちは特に仲が悪いわけでもなく普通に仲が良かったと思います」
むつみの言葉に初子が頷いている。
「長谷川さんと特に仲がよかった人はいますか? 板前さんでも、それ以外でも構いませんが」
「さあ」
むつみは首を捻った。
「思いあたりませんね。プライベートではおつきあいがなかったので」
「でも」
珠里が口を挟んだ。
「あたし、一度、見たことがあるんです」
みなの視線がサッと珠里に注がれた。
「何を見たというの?」
初子が眉間に皺を寄せながら訊いた。
「あの」
珠里は言い淀んでいる。
「どんなことでも言ってください。殺人事件の解決に繋がるかもしれないんですから」
「そんな大した事じゃないんです」
「かまいません。無駄でもいいんです」
綺麗の言葉に珠里は頷いた。
「長谷川さんと谷内さんが会っているのを偶然、見てしまったんです」
「まあ」
思わずむつみが声をあげた。
「谷内さんと?」
むつみの問に珠里は頷いた。
「どこで見たの?」
「〈21世紀美術館〉」
「デートね」
すぐにむつみが言った。
「谷内さんって、先生の友禅を作った人ですよね?」
「そうよ」
「長谷川さんと谷内さんはつきあっていたのかしら」
「意外だわ」
むつみが呟いた。
「意外というのは?」
「年齢が釣りあわないというか……長谷川さんは二十八歳。谷内さんは、たしか三十五歳ぐらい」
「でもそういうカップル、たまにいますよ」
奈々子の言葉に、むつみは「そうね」と言った。
「長谷川さんは独身でしたよね」
「そうですね」
むつみが答える。
「カノジョがいたという噂は?」
「聞いたことないわ」
「谷内さんはどうでしょう?」
「今は独身よ」
「今は、というと……」
「ずいぶん前に離婚したそうよ」
「そうだったんですか。前のご主人のことは判らないですよね」
「ろくに定職もないような人だったらしいわ。今は東京にいるんじゃないかしら」
綺麗は、むつみの情報収集能力に感心していた。
「それと……」
むつみはまだ何か知っているようだ。
「何か?」
「わたし、長谷川さんが脅されてるところを見ちゃったんです」
「脅されてる?」
綺麗の脳内に〝これは重要情報だ〟という信号が流れた。
「誰に?」
「それは……」
むつみは周囲の顔色を窺うように視線を巡らせた。
「言ってください」
むつみが小さく頷く。
「板長です」
「え」
初子が思わず声を漏らす。
「板長が何て?」
「誤解だな、それは」
男の声がした。
「板長……」
杉山だった。
「俺が長谷川を脅していたって?」
「いえ、あの」
「俺は逃げも隠れもしない。正直に言っていい」
むつみは唾を飲みこんだ。
「どこで俺が長谷川を脅していたんだ」
「丁場です」
杉山がフッと笑みを含んだ息を漏らした。
「そんなことは丁場ではよくあることだ」
「そうですよ」
初子が杉山の味方をした。
「具体的にはどんな言葉で脅してたんですか?」
綺麗が訊いた。
「それは……」
むつみは口籠もった。
「具体的に思いだせないほど丁場ではありふれた言葉だったってことだ」
杉山が断定するように言う。
「どうですか?」
綺麗がむつみを見る。
「すみません。よく思いだせません」
むつみが消え入るような声で答えた。
「ふざけるな!」
杉山が怒鳴った。むつみが体をビクッと震わせる。
「と、こんな怒号は丁場では日常茶飯事です」
杉山が綺麗に言う。
「道下さんも、そんな丁場での遣りとりを〝脅し〟と間違えたんでしょう」
綺麗がむつみを見た。むつみは小さく頷いた。
「この辺でよろしいかしら。仕事がありますから」
初子に言われて綺麗は話を切りあげた。
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