綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

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池田智子に愛人契約を迫る

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 ホテルにあるバーの暗い片隅で男女二人がヒソヒソと話をしていた。
 一人は池田智子。〈いけ田〉での和服姿と違って今日は洋装だ。淡いベージュの膝丈のワンピースを着ている。
「今回のことが、いいきっかけになったんじゃないかな」 男は低い声でそう言うと智子の手を握った。智子はビクッとして手を引っこめようとしたが男が離そうとしない。
「そろそろ決めてもらわないと」 
 男は〈笹木〉の主、笹木晃司だった。
「あなたには今まで何度も援助をしている」
「ありがたく思っています」
 智子は小さな、けれどハッキリとした声で答えた。
〈いけ田〉は金沢では知られた老舗だったが武士の商法の弊害が出たのか先代の頃から経営は傾き初め智子が女将を引き継いだ時にはすでに借金経営に陥っていた。
 笹木は自分の金を何度も智子に渡していた。
「〈いけ田〉を買い取らせてほしい。〈いけ田〉を私のものにしたいんだ」
「それは……」
「厭なのか?」
 智子は頷いた。
「それなら……」
 笹木は智子の膝の上に手を置いた。
「そろそろ君が私のものになってほしい」
 智子の顔が蒼ざめる。
「わたしは結婚しているんですよ」
「だからって私のものになれない理由にはならないだろう」
 笹木は智子の膝を撫で回した。
「上に部屋を取ってあるんだ」
 智子はハッとして笹木の顔を見つめた。
「いいね?」
 智子は蒼ざめた顔で首を横に振った。
「どうしてなんだ!」
 急に笹木が声を荒げた。
「納得できない」
「それはこちらのセリフです。亭主がいる身だと何度言ったら判るんですか」
「それが納得できないんだ」
 笹木はグラスを呷った。
「あんな男と」
 智子が笹木を睨みつけた。
「怒ったのか?」
「亭主を罵られたんですよ。怒ります」
「だが、みんな思ってることだ。どうしてあんな年寄りで精彩のない男のものになったんだ」
「余計なお世話です」
「そんなことを言える立場か」
「それとこれとは話が違います」
 智子は笹木の手を振り払った。
「あんたはいい女だ。実際にあんたに惚れてる男は大勢いたよ。あんたのとこの板長だって……。板前の長谷川君だってそうだろう」
 智子の顔に翳りが見えた。
「なのにどうして……」
 浅井洋一と一緒になったのか……。
「洋一は腕のいい絵付け職人です」
「腕に惚れたというわけか」
「少なくとも金にものを言わせて無理難題をふっかけるような男じゃありません」
「なんだと」
 笹木が気色ばんだ。
「私にそんな口を利いていいのか」
「あなたは最低の男です」
 笹木の顔が赤くなるのが薄暗い店内でも判った。
「そんな最低の男に抱かれる運命なんだよ。あんたはな」
 そう言うと笹木は智子の肩に手を回した。智子は笹木の頬を張った。
「貴様」
「失礼します」
 智子は足早に店を出ていった。その後ろ姿を笹木は恨みに燃えた目で見つめていた。
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