綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

文字の大きさ
上 下
14 / 69
14

加賀友禅の秘密

しおりを挟む
「間違えてしまったんです」
「間違えた?」
「はい」
 刑事二人は顔を見合わせた。
「その日、わたしは〈いけ田〉から〝友禅が売れたから補充してほしい〟と連絡を受けました」
「売れたとは?」
「実は〈いけ田〉でも友禅を売っています」
「料亭で友禅を?」
「昔からの習わしです。友禅を店の中に展示していると、それがディスプレイになって、お客様の目を楽しませるというのです」
「なるほど」
「その友禅を気に入ってくれたお客様がいれば、お売りする、というスタンスです」
「その友禅は、いつもあなたの作った友禅を?」
「はい。わたしの作った友禅を、いったん〈笹木〉に下ろして〈笹木〉から〈いけ田〉に運ぶのです」
「それで友禅を〈笹木〉から〈いけ田〉に持っていった?」
「はい」
「〈笹木〉の従業員でもないあなたが、そんなことを勝手にできるのですか?」
「わたしどもは〈いけ田〉さんとは懇意にさせてもらっています」
 笹木が口を挟んだ。
「谷内さんが作った友禅を一旦わたしどもが引き取り、それを〈いけ田〉に持ってゆく。これはずっと続けていたやり方なんです」
「いわば慣習化されていた?」
「その通りです」
「しかしそれを谷内さんが〈笹木〉さんに断らず勝手にできるのですか?」
「勝手にやったわけではありません」
「笹木さんに断った?」
 長田警部補が笹木に顔を向ける。
「私は今では着物一つ一つについてはタッチしていません」
「では誰が売り買いについて把握しているのです?」
「番頭の浦という者です」
 今度は長田警部補は結衣に顔を向ける。
「はい。いつもこちらで、わたしの友禅が売れると浦さんから連絡してもらってました。〈いけ田〉さんへの友禅の連絡も浦さんを通していました」
「今回も浦さんを通して?」
「はい」
「しかし、いくら人を通したとしても普通、自分の作った友禅ならば間違えないものでしょう」
「その友禅がすでに購入済みだとは、その時点では気づかなかったのです」
「連絡ミスがあったのですか?」
 結衣はチラリと笹木を見た。
「笹木さん。浦さんを呼んでもらえますか?」
 笹木は頷くと店の者に声をかけた。やがて浦がやって来た。
  中年の男性で小柄だが堅太りの印象がある。顔の輪郭は蟹のように角張ってゴツゴツとし目はギョロリと大きい。
「浦さん。谷内さんは御自分が作った友禅を売れたとは知らずに〈いけ田〉に持っていったそうですが、ご存じですか?」
「それは……」
 浦は口籠もった。
「知りませんでした」
「あなたが指示を出したそうですが」
「すみません。私の勘違いでした。つい……」
 どうやら浦が誤った指示を出してしまったようだ。
「判りました」
 長田警部補は結衣に顔を向けた。
「あなたの友禅を買った毒島綺麗さんをご存じでしたか?」
「いいえ」
「あなたは?」
 笹木も首を横に振った。
「初めてのお客さんだったわけですね」
「そうです」
「毒島さんが事件に何らかの形で絡んでいると思いますか?」
 刑事が谷内結衣、笹木、浦の顔を順番に見回した。三人はいずれも曖昧な表情で顔を横に振っている。
「面識のないかただったので何も考えが浮かんできません」
 笹木が三人を代表する形で答えた。
「わかりました」
 刑事二人は礼を言うと去っていった。

 15 綾町奈々子と毒島奇麗の捜査会議

 毒島綺麗が喫茶店で長い話をようやく終えた。
「大変でしたね」
 綾町奈々子が労うと隣に坐る綺麗は頷いた。
「それより、この並び、変じゃない?」
「と言いますと?」
「なんであたしと綾町が並んで坐ってるのよ」
 綺麗と奈々子が並んで坐り綺麗の正面に片頭が坐っている。
「成りゆきと言いますか」
「まあいいわ」
 綺麗はバッグから煙草を取りだした。
「でも心強いわ。二人が来てくれて」
 綺麗は心底ホッとしたのか表情を緩めた。
「そう言っていただけると来た甲斐がありますがね」
 片頭が言う。
「それにあたしも蝸牛社の取材費で来られたようだし」
「なぜそれを……」
「いずれにしてもありがたいわ。こうなったら取材も兼ねて事件を解決するわ」
「ええと……。今の発言の中に理解に苦しむ箇所が何カ所かありますね」
「どこですか?」
 奈々子が片頭に訊いた。
「取材を兼ねるという箇所と事件を解決するという箇所だよ」
「作家だったら、どんな状況も仕事に活かすものよ。だから今回も取材になる。それにあたしは警察から犯人だって疑われてるんだから自分で嫌疑を晴らさないと冤罪にされるわ。だから自分で事件を解決するのよ」
「状況的にはそう言えますか。ちょっと他人事みたいに聞こえるかもしれないけど」
「あの、片頭先輩。タニンゴトじゃなくてヒトゴトです」
 奈々子が小さな声で訂正する。
「編集者だったら基本的な言葉遣いは外さないでもらいたいわね」
 綺麗が追い討ちをかける。
「すみません……」
「ついでに言っておくと一段落はイチダンラクだし山手線はヤマノテセンよ。ヒトダンラクやヤマテセンって言ってる人が多いけど」
「言ってました」
「少なくとも言葉に携わる仕事をしてる人は基本を外さないでちょうだい」
「肝に銘じます」
 片頭が素直に反省するのを確認すると綺麗は吸いかけの煙草を灰皿の上に置いた。
「それにしてもですね」
 片頭が綺麗が吐きだす煙を手で払いながら言う。
「事件を解決するのは警察の仕事ですよ」
「その警察が、あたしを犯人だと思ってるんだから自分で解決するって言ってるのよ」
「しかし」
「毒島先生。警察からの疑いは晴れてないんですね」
 奈々子が片頭の言葉を遮るように言う。
「全然。あの刑事たち、あたしを一番に疑ってるわ」
「酷い話ですね」
「そもそも、どうして先生が一番の容疑者になったんですかね?」
「だって、あたしは第一発見者で、そのときに凶器の庖丁を握りしめていたのよ」
「状況はかなり悪いですね」
「片頭先輩は毒島先生の敵なんですか」
「状況をそのまま言っただけだろ。さらにつけ加えると死んだ長谷川さんは毒島先生の友禅を着て死んでいたんだぞ」
 綺麗は溜息をついた。
「ますます悪い状況ですね」
 奈々子も認めた。
「どうして被害者は毒島先生の友禅を着てたんですか?」
「それが判らないのよ」
 奈々子の問に綺麗は答えた。
「さらに間の悪いことに長谷川さんが死ぬ前日、あたしと長谷川さんが大喧嘩をしているところを〈いけ田〉の仲居さんたちに見られてるの」
 綺麗はその顛末を説明した。
「警察が疑うのも無理ないです」
「片頭先輩」
 奈々子が片頭を睨む。
「状況の確認だよ。もう一つ確認するけど毒島先生にアリバイはないんですかね?」
「ないわね。死亡推定時刻は夜中だから、その時間、あたしはホテルの部屋で寝てたわ」
「ですよね」
「でも長谷川吾郎さんを殺害した真犯人が必ずいるはずです」
「もちろんよ」
「他に疑わしい人はいないんですか?」
「そうねえ」
 綺麗は顔をやや上に向けて考える。
「思いつかないわね。なにしろ、この土地に知りあいなんかいないんだもの」
「ですよね」
「たとえば」
 片頭が口を挟む。
「毒島先生が買った友禅が〈いけ田〉に置いてあったことにも引っかかりを感じますね」
「あ、片頭先輩。名探偵っぽいセリフ」
「茶化すな」
 片頭が奈々子の額を人差し指で小突く。
「あれは連絡ミスが原因だって聞いたわ」
「そうだけど、その友禅がどうして死体に着せられていたのか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...