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谷内結衣の秘密
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刑事二人が〈笹木〉まで出向いて店主の笹木晃司に話を聞いていた。
「被害者が身につけていた友禅は、こちらで売っていたもので間違いないんですね?」
表刑事が訊く。
「間違いありません」
笹木晃司は低い声で言った。
笹木は四十八歳になる。長身だ。痩せてはいるが筋肉質で引き締まった体をしているので着物もよく似合う。顔も細長いが、その目は大きく深い。
「すでに購入者が決まっているものですね?」
「はい。事件のあった日の前日に売れました」
「購入者は東京から来た毒島綺麗さん」
「そうです。そのかたが遺体の第一発見者だそうですね」 表刑事は頷く。
「毒島綺麗さんが東京に帰るまで友禅はこちらで保管する事になっていたという事ですが……。その日もずっとこちらに置いてあったんですね?」
「それが違うのです」
「違う?」
表刑事の目が吊りあがった。
「どういう事ですか?」
「その友禅を作った友禅作家が、その友禅を〈いけ田〉に持っていったのです」
「〈いけ田〉に?」
「はい」
「では事件が起きた当時、毒島綺麗の友禅は〈いけ田〉にあったのですか?」
「そうなります」
「どうしてそんなことを」
「谷内さんに訊いてください」
「そのかたは?」
長田警部補が訊く。
「毒島綺麗さんにお売りした友禅を作った友禅作家です」
そう言うと笹木は手を叩いて店の者を呼び一言二言、申しつけた。
「ちょうど今、谷内さんがうちに来ていますので」
長田警部補は頷く。
しばらくすると和服姿の女性がやってきた。
「笹木さん。受け取りにサインをお願いします」
女性が笹木に書類を差しだす。笹木はその書類にサッと左手でサインをすると、あらためて女性を刑事二人に紹介した。
「谷内と申します」
谷内結衣は三十五歳。女性にしては背が高い方だろう。痩せていて目が細く相手を射抜くような視線を発している。長田警部補は〝ギスギスした女やな〟という感想を持った。
「長谷川吾郎さんの件でお話を聞かせてください」
表刑事が質問に入る。
「はい」
谷内結衣は落ちついた様子で返事をした。
笹木に応接室に通され、そこで刑事は谷内結衣と向かいあって坐った。
「殺された長谷川さんは、あなたが作った友禅を着ていました」
「驚きました」
谷内結衣は、やや高い声で応えた。
「そのことに何か心当たりはありますか?」
「ありません」
結衣は即答した。
「まったく?」
「見当もつきません」
結衣は表情を変えずに表刑事を見つめたまま答える。
「その友禅が売れたことはご存じでしたか?」
「はい。東京の女性が買っていただいたと、すぐに笹木さんから連絡を受けました」
友禅は一つの布の面に世界の染色の中でも類を見ないほどの多彩な色を使い〝友禅模様〟と呼ばれる曲線的で簡略化された動植物、器物、風景などの文様を描きだすのが特徴だ。
「その女性が東京に帰るまで友禅は〈笹木〉で預かることになっていた」
「そう聞いています」
〝友禅〟という名称は創始者である江戸時代の扇絵師・宮崎友禅斎から名づけられたと言われている。彼の創始した京友禅の技法を本人が加賀藩の城下町、金沢に持ちこんで独自の発展を遂げたものが加賀友禅だ。
京友禅が柔らかい色調を好むのに対し加賀友禅は深みがあり豪奢な色調を好む。
また文様では京友禅が様式化された文様なのに対し加賀友禅は〝虫喰い〟などに代表される写実的な表現を得意としている。
「ところが友禅はあなたが〈いけ田〉に持っていったそうですな」
結衣は頷く。
「どうしてですか?」
結衣の目が一瞬、泳いだ。
「被害者が身につけていた友禅は、こちらで売っていたもので間違いないんですね?」
表刑事が訊く。
「間違いありません」
笹木晃司は低い声で言った。
笹木は四十八歳になる。長身だ。痩せてはいるが筋肉質で引き締まった体をしているので着物もよく似合う。顔も細長いが、その目は大きく深い。
「すでに購入者が決まっているものですね?」
「はい。事件のあった日の前日に売れました」
「購入者は東京から来た毒島綺麗さん」
「そうです。そのかたが遺体の第一発見者だそうですね」 表刑事は頷く。
「毒島綺麗さんが東京に帰るまで友禅はこちらで保管する事になっていたという事ですが……。その日もずっとこちらに置いてあったんですね?」
「それが違うのです」
「違う?」
表刑事の目が吊りあがった。
「どういう事ですか?」
「その友禅を作った友禅作家が、その友禅を〈いけ田〉に持っていったのです」
「〈いけ田〉に?」
「はい」
「では事件が起きた当時、毒島綺麗の友禅は〈いけ田〉にあったのですか?」
「そうなります」
「どうしてそんなことを」
「谷内さんに訊いてください」
「そのかたは?」
長田警部補が訊く。
「毒島綺麗さんにお売りした友禅を作った友禅作家です」
そう言うと笹木は手を叩いて店の者を呼び一言二言、申しつけた。
「ちょうど今、谷内さんがうちに来ていますので」
長田警部補は頷く。
しばらくすると和服姿の女性がやってきた。
「笹木さん。受け取りにサインをお願いします」
女性が笹木に書類を差しだす。笹木はその書類にサッと左手でサインをすると、あらためて女性を刑事二人に紹介した。
「谷内と申します」
谷内結衣は三十五歳。女性にしては背が高い方だろう。痩せていて目が細く相手を射抜くような視線を発している。長田警部補は〝ギスギスした女やな〟という感想を持った。
「長谷川吾郎さんの件でお話を聞かせてください」
表刑事が質問に入る。
「はい」
谷内結衣は落ちついた様子で返事をした。
笹木に応接室に通され、そこで刑事は谷内結衣と向かいあって坐った。
「殺された長谷川さんは、あなたが作った友禅を着ていました」
「驚きました」
谷内結衣は、やや高い声で応えた。
「そのことに何か心当たりはありますか?」
「ありません」
結衣は即答した。
「まったく?」
「見当もつきません」
結衣は表情を変えずに表刑事を見つめたまま答える。
「その友禅が売れたことはご存じでしたか?」
「はい。東京の女性が買っていただいたと、すぐに笹木さんから連絡を受けました」
友禅は一つの布の面に世界の染色の中でも類を見ないほどの多彩な色を使い〝友禅模様〟と呼ばれる曲線的で簡略化された動植物、器物、風景などの文様を描きだすのが特徴だ。
「その女性が東京に帰るまで友禅は〈笹木〉で預かることになっていた」
「そう聞いています」
〝友禅〟という名称は創始者である江戸時代の扇絵師・宮崎友禅斎から名づけられたと言われている。彼の創始した京友禅の技法を本人が加賀藩の城下町、金沢に持ちこんで独自の発展を遂げたものが加賀友禅だ。
京友禅が柔らかい色調を好むのに対し加賀友禅は深みがあり豪奢な色調を好む。
また文様では京友禅が様式化された文様なのに対し加賀友禅は〝虫喰い〟などに代表される写実的な表現を得意としている。
「ところが友禅はあなたが〈いけ田〉に持っていったそうですな」
結衣は頷く。
「どうしてですか?」
結衣の目が一瞬、泳いだ。
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