綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

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第一回捜査会議

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 長谷川吾郎が殺害された事件の捜査本部が金沢西署に設置された。
「わが町、金沢で殺人事件が発生した」
 捜査会議の進行役を務める金沢西署の山本警部補が第一声を発した。
 山本警部補は五十五歳。背が高く四角い顔をしている。頭髪は五分刈りで、いつも大きな声で部下たちを叱咤している。
「表。事件の経緯を」
 表刑事が立ちあがった。
「殺されたのは長谷川吾郎。金沢の老舗料亭〈いけ田〉の板前です」
「〈いけ田〉なら有名店だ。諸君の中にも知っている者が多いと思う」
 捜査員たちが頷いている。
「早朝、金沢市街地の犀川に倒れているところを発見されました」
 金沢には市街地を通り日本海に流れこむ大きな川が二本ある。一つは北本を流れる浅野川。もう一つがその南を流れる犀川である。
「発見者は?」
「東京在住の小説家です」
「小説家?」
 捜査員の一人が訊き返した。
「ミステリー小説を書いている毒島綺麗という作家で取材で金沢に来ていました」
 捜査員は頷いた。
「長谷川吾郎は庖丁で腹を刺され殺害された模様です」
「背後から? 正面から?」
「正面から左脇腹を一突きです」
「左脇腹を刺されているということは犯人は右利きか」
「致命傷の角度からも右利きという鑑識の見解です」
「凶器は発見されたのか?」
「ええ。発見者の毒島綺麗が持っていました」
 メモを取っていた数人の捜査員が顔を上げる。
「毒島綺麗は二十八歳の女性です。彼女が犯行現場近くに落ちていた庖丁を拾っていたんです」
「拾った……最初から持っていたのではなく?」
「今の段階では何ともいえません」
「死亡推定時刻は?」
「昨夜……八月八日の深夜二時ごろと思われます」
「そんな夜中に、どうしてその作家は歩いていたんだ?」
「死亡推定時刻は深夜二時ですが発見されたのは朝の五時です」
「朝の五時でも出歩く時間じゃないだろう」
「散歩らしいです」
「散歩ねえ」
「呼気からはアルコールも検出されていませんから飲んでいて朝帰りというわけでもなさそうです。これは長谷川吾郎も同様で体内からアルコール成分は検出されていません」
 表はメモに目を落とす。
「さらに奇妙な点が」
 山本警部補は頷いた。すでに今回の事件の最大の謎とされている項目だ。
「友禅だな」
「はい。被害者は友禅を着ていました。しかも自分の友禅ではなくて発見者である毒島綺麗の友禅だったんです」
「犯人はその毒島綺麗という作家で決まりじゃないですか?」
「毒島綺麗が右利きであることも確認済みです」
 捜査員の声に山本警部補は一旦は頷いた。だがすぐに顔を引き締める。
「毒島綺麗が犯人である可能性が高い」
 捜査員たちの間から「おお」という声が漏れる。
「だが今の段階では証拠はない。さらに毒島綺麗の友禅は本人が保管していたのではなく呉服屋が保管していた」
「その呉服屋から別の人間が持ちだすことも可能だという事ですか」
「そうだ」
「しかし被害者が着ていた友禅の持ち主が第一発見者というのは偶然が過ぎます」
「たしかに」
「保管していたのはどこの呉服屋ですか?」
「〈笹木〉だ」
 多くの捜査員が、その名前を知っているようだ。〈笹木〉は老舗の呉服屋である。
「最重要容疑者は毒島綺麗。そのことを念頭に置いて〈いけ田〉と〈笹木〉に聞きこみだ」
 捜査員たちは立ちあがった。
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