9 / 69
9
毒島奇麗に対するセクハラ取り調べ
しおりを挟む毒島綺麗は金沢西署の狭い取調室のパイプ椅子に坐らせられていた。
目の前には二人の刑事がいる。
一人は五十歳前後見える石川県警の長田警部補。やや小柄で頭は五分刈り。
もう一人は二十代半ばと思しき表巡査。長身で顔がやや長いが金沢署内ではイケメンで通っている。
「名前は毒島綺麗。ミステリー小説を書いている作家」
表刑事が確認する。
「知らんな」
長田警部補が綺麗の顔に自分の顔を近づけながら言う。
「たまには小説も呼んだ方がいいわよ。小説を読まない人は、みんな、あなたのように頭が固いから」
「なんだと」
「まあまあ」
表刑事が宥めに入る。
「僕は知ってますよ」
「ありがとう」
綺麗は表刑事にニッと笑いかける。
「あなたはこっちのお年寄りの刑事さんよりはまだ色々な視野が持てそうね」
「貴様」
長田警部補がいきなり綺麗の襟を掴んだ。綺麗のブラウスの第一ボタンと第二ボタンが千切れ飛び胸元のブラジャーが露わになる。
「何すんのよ!」
「すみません!」
表が立ちあがり頭を下げた。
「すまん、つい」
「暴行事件よ、これ」
綺麗が露わになった胸元を隠しながら言う。
「申し訳ありませんでした。長田も事件を早期解決したいあまりについ熱心になりすぎまして」
「二度目はないわよ」
綺麗が長田警部補を睨みつけて言う。
「事情聴取を続けて。早く終わらせて早く帰りたいから」
「ありがとうございます」
表がこめかみの辺りから流れる汗を白いハンカチで拭きながら応える。
「事情聴取を再開します。老舗料亭の取材で金沢を訪れていたと」
「そうよ」
「あなたと長谷川さんの関係は?」
「だから、ないって言ってるでしょ。何度言ったら判るのよ」
亡くなっていたのは長谷川吾郎。二十八歳。料亭〈いけ田〉の板前である。
遺体の発見場所は金沢市の犀川。早朝、通りかかった綺麗が発見。すぐさま警察に通報した。
死因は庖丁による刺殺。凶器は川の中から発見された。庖丁は吾郎自身が板場で使っていたものであることが判明した。
死亡推定時刻は八月八日の午前二時ごろ。
「嘘を言うなよ」
長田警部補が口を挟む。
「お前と長谷川さんが大喧嘩をしていたところを〈いけ田〉の仲居たちが見ているんだよ」
「それは……」
「隠そうとするのは、やましいところがあるからだな」
「隠そうとなんてしてないわ。個人的な関係はなかったって言いたいだけよ。あくまで取材の過程で知りあっただけで。しかも取材対象は〈いけ田〉。長谷川さんじゃない。あの人はわたしの中では個人名じゃなくて〝板前〟として認識されていただけだった」
「何を小難しいことをゴチャゴチャ言ってるんだ」
長田警部補が目を剥いた。
「どうして大喧嘩をしていたんだ?」
「大喧嘩じゃないわ。わたしが厨房に入ったのが気に入らなくて長谷川さんはわたしに〝出てけ〟って言っただけよ」
「それを恨んでお前は長谷川さんを殺した」
「バカ言わないで」
「まじめな話だ」
長田警部補が凄む。
「わたしは通報者なのよ? 善意の市民よ? 正しいことをしたのよ?」
「しかしだな、あんな朝早くにどうして出歩いてたんだ?」
「散歩よ。旅先では朝早くに散歩するのが好きなの」
「なるほど。ならば別の質問だ。どうして被害者である長谷川さんがお前の友禅を着ていたんだ」
長田警部補が詰めよる。
「それは……」
綺麗は言葉に詰まった。
長谷川吾郎は女性物の友禅の着物を羽織って死んでいた。その友禅は綺麗が金沢に着て購入した物だった。
友禅とは布に模様を染める技法の一つだ。
元々は米製のデンプン質の防染剤を用いる手書きの染色のことだが現在では型染め、友禅を模してプリントしたものまで友禅という名称で販売されていることも多い。いずれにしろ日本の最も代表的な染色法であることは確かだ。
「あたしだって判らないわ」
「その友禅はどこに保管してあったんだ?」
「呉服屋よ」
「呉服屋?」
「購入した後、東京に帰るまで預かってもらってたのよ」
「どこの呉服屋だ?」
「〈笹木〉よ」
表刑事がメモを取る。
「ところで毒島さん。あなたは昨日の午前二時。つまり夜中ですが、どこにいましたか?」
表刑事が代わる。
「ホテルで寝てたわよ。大抵の旅行客はそうじゃないかしら」
表刑事は頷いた。
「ねえ、そろそろ帰っていいかしら? こっちだって仕事があるのよ」
「そうはいかん」
「どうして」
「お前は身分を証明する物を何も持っていない」
「家に忘れて来ちゃったのよ。スマホも名刺も」
「それは怪しいな」
「ホントだって」
ドアをノックする音がした。
「失礼します」
三十代と思しき女性が部屋に入るなり「毒島さんの知りあいが到着しました」
「やっと来たのね」
綺麗は長田警部補を見る。
「確認が取れたら帰ってよろしい」
「よかった」
「ただし毒島さん。連絡は常に取れるようにしておいてくださいよ。あなたが最重要参考人であることは間違いないんですから」
「逃げも隠れもしないわ。疚しい所なんかないんだから。あなたこそ今度暴行事件を起こしたら警察に通用するわよ」
綺麗はバッグを掴むと立ちあがった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる