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毒島奇麗に対するセクハラ取り調べ
しおりを挟む毒島綺麗は金沢西署の狭い取調室のパイプ椅子に坐らせられていた。
目の前には二人の刑事がいる。
一人は五十歳前後見える石川県警の長田警部補。やや小柄で頭は五分刈り。
もう一人は二十代半ばと思しき表巡査。長身で顔がやや長いが金沢署内ではイケメンで通っている。
「名前は毒島綺麗。ミステリー小説を書いている作家」
表刑事が確認する。
「知らんな」
長田警部補が綺麗の顔に自分の顔を近づけながら言う。
「たまには小説も呼んだ方がいいわよ。小説を読まない人は、みんな、あなたのように頭が固いから」
「なんだと」
「まあまあ」
表刑事が宥めに入る。
「僕は知ってますよ」
「ありがとう」
綺麗は表刑事にニッと笑いかける。
「あなたはこっちのお年寄りの刑事さんよりはまだ色々な視野が持てそうね」
「貴様」
長田警部補がいきなり綺麗の襟を掴んだ。綺麗のブラウスの第一ボタンと第二ボタンが千切れ飛び胸元のブラジャーが露わになる。
「何すんのよ!」
「すみません!」
表が立ちあがり頭を下げた。
「すまん、つい」
「暴行事件よ、これ」
綺麗が露わになった胸元を隠しながら言う。
「申し訳ありませんでした。長田も事件を早期解決したいあまりについ熱心になりすぎまして」
「二度目はないわよ」
綺麗が長田警部補を睨みつけて言う。
「事情聴取を続けて。早く終わらせて早く帰りたいから」
「ありがとうございます」
表がこめかみの辺りから流れる汗を白いハンカチで拭きながら応える。
「事情聴取を再開します。老舗料亭の取材で金沢を訪れていたと」
「そうよ」
「あなたと長谷川さんの関係は?」
「だから、ないって言ってるでしょ。何度言ったら判るのよ」
亡くなっていたのは長谷川吾郎。二十八歳。料亭〈いけ田〉の板前である。
遺体の発見場所は金沢市の犀川。早朝、通りかかった綺麗が発見。すぐさま警察に通報した。
死因は庖丁による刺殺。凶器は川の中から発見された。庖丁は吾郎自身が板場で使っていたものであることが判明した。
死亡推定時刻は八月八日の午前二時ごろ。
「嘘を言うなよ」
長田警部補が口を挟む。
「お前と長谷川さんが大喧嘩をしていたところを〈いけ田〉の仲居たちが見ているんだよ」
「それは……」
「隠そうとするのは、やましいところがあるからだな」
「隠そうとなんてしてないわ。個人的な関係はなかったって言いたいだけよ。あくまで取材の過程で知りあっただけで。しかも取材対象は〈いけ田〉。長谷川さんじゃない。あの人はわたしの中では個人名じゃなくて〝板前〟として認識されていただけだった」
「何を小難しいことをゴチャゴチャ言ってるんだ」
長田警部補が目を剥いた。
「どうして大喧嘩をしていたんだ?」
「大喧嘩じゃないわ。わたしが厨房に入ったのが気に入らなくて長谷川さんはわたしに〝出てけ〟って言っただけよ」
「それを恨んでお前は長谷川さんを殺した」
「バカ言わないで」
「まじめな話だ」
長田警部補が凄む。
「わたしは通報者なのよ? 善意の市民よ? 正しいことをしたのよ?」
「しかしだな、あんな朝早くにどうして出歩いてたんだ?」
「散歩よ。旅先では朝早くに散歩するのが好きなの」
「なるほど。ならば別の質問だ。どうして被害者である長谷川さんがお前の友禅を着ていたんだ」
長田警部補が詰めよる。
「それは……」
綺麗は言葉に詰まった。
長谷川吾郎は女性物の友禅の着物を羽織って死んでいた。その友禅は綺麗が金沢に着て購入した物だった。
友禅とは布に模様を染める技法の一つだ。
元々は米製のデンプン質の防染剤を用いる手書きの染色のことだが現在では型染め、友禅を模してプリントしたものまで友禅という名称で販売されていることも多い。いずれにしろ日本の最も代表的な染色法であることは確かだ。
「あたしだって判らないわ」
「その友禅はどこに保管してあったんだ?」
「呉服屋よ」
「呉服屋?」
「購入した後、東京に帰るまで預かってもらってたのよ」
「どこの呉服屋だ?」
「〈笹木〉よ」
表刑事がメモを取る。
「ところで毒島さん。あなたは昨日の午前二時。つまり夜中ですが、どこにいましたか?」
表刑事が代わる。
「ホテルで寝てたわよ。大抵の旅行客はそうじゃないかしら」
表刑事は頷いた。
「ねえ、そろそろ帰っていいかしら? こっちだって仕事があるのよ」
「そうはいかん」
「どうして」
「お前は身分を証明する物を何も持っていない」
「家に忘れて来ちゃったのよ。スマホも名刺も」
「それは怪しいな」
「ホントだって」
ドアをノックする音がした。
「失礼します」
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「やっと来たのね」
綺麗は長田警部補を見る。
「確認が取れたら帰ってよろしい」
「よかった」
「ただし毒島さん。連絡は常に取れるようにしておいてくださいよ。あなたが最重要参考人であることは間違いないんですから」
「逃げも隠れもしないわ。疚しい所なんかないんだから。あなたこそ今度暴行事件を起こしたら警察に通用するわよ」
綺麗はバッグを掴むと立ちあがった。
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