綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら

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第一の事件

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 浅井洋一は未だに自分の僥倖が信じられなかった。
(僕のような初老の冴えない男が女盛りで美人の智子さんと結婚できたなんて)
 しかも洋一は毎晩のように智子の肉体を堪能している。
(信じられない事だ)
 池田智子にプロポーズしたのは一か八かというよりも断られて自分の気持ちにケジメをつけるためだった。断られることが前提で、その上で気持ちを整理して九谷焼の製作に打ちこみたい……。それが狙いだった。プロポーズを受けいれられるとは夢にも思っていなかった。
(プロポーズ前、智子さんはやけに僕に優しかった。僕に気があるんじゃないかと勘違いするほどに)
 これなら断られるにしても相手を傷つけるような言葉、態度は選ばないだろう。なるべく気持ちが傷つかないように断ってくれるはず……。そんな読みもあった。
(それが……)
 まさか受けいれてくれるとは……。
「洋一さん、何を考えているの?」
 隣の布団で横になっている智子が訊いてきた。
「あ、いや」
 自分の幸運と、そして今夜も妻を抱くことができるだろうか……その事を考えていた。
 洋一は無言で智子の掛け布団を剥ぎ智子の横に入った。智子は何も言わずに洋一を見ている。その目は枕元の電灯で潤んでいるようにも見える。
 洋一は智子に重なりその唇に自分の唇を当てた。智子は拒否しなかった。洋一はそのまま智子の唇を吸う。智子も吸い返してきた。互いに舌を絡めあう。
 洋一は智子の寝間着を脱がしてその豊かな胸を揉んだ。智子は幽かな吐息を漏らす。洋一はそのまま智子の乳首を吸った。智子は体をのけ反らせて喘ぎ声をあげた。
 洋一は今夜も智子の肉体を堪能した。

    *

 まだ始発も動いていない時間に毒島綺麗は金沢の城下町を歩いていた。
 旅先では朝早く起きてホテルや旅館の近くを散歩するのが綺麗は好きだった。ふだん生活している東京では味わえない新鮮な気持ちを味わえるのだ。
(気持ちがいい)
 犀星の道の脇には犀川が流れている。
(でも昨日のあの男、まったく頭に来る)
〈いけ田〉の板前、長谷川吾郎である。
 美人でスタイルもよい綺麗は、どこにいても人目を引き、すれ違いざまに振りむいて見られることも多い。だが綺麗はそんなことも慣れっこになっているのか、いつも気にせずに堂々と街中を闊歩している。その姿が鋭い視線を発する大きな目と相まって〝きつい女〟と見られてしまう事もままあるのだ。
(きっとあの男もそんな先入観を持ってあたしを見ていたのよ)
 綺麗をよく知る者は綺麗が実に気のいい女性だということを知っている。
 昨日は綺麗は金沢に着いて真っ先に空港の書店を覗いてみた。自分の本を探すためである。
 綺麗はミステリ小説を書く小説家で最近、新刊が出たばかりなのだ。だが金沢の書店には毒島綺麗の本は置いていなかった。
(あら?)
 綺麗は大股で歩いていた足を止めた。足下に落ちていた物が気になったからである。
 目を遣ると庖丁である。しかも血がついているように見える。
 綺麗は屈んで庖丁を手にした。やはり血がベットリとついている。
(いやだ)
 綺麗は思わず庖丁を放り投げようとしたが持ち前のミステリ作家魂が湧きあがってきて庖丁をしっかりと握り直した。
(穏やかでない喧嘩でもあったのかもしれない。だとしたらこの庖丁は証拠品になる可能性がある。無闇に捨てるわけにはいかない)
 そう思って辺りを見回す。早朝のことゆえ周囲には誰もいない。
(喧嘩の当事者たちは、もういないのね)
 そう思ったとき脇を流れる川の中に人が俯せに倒れているのが目に入った。
 艶やかな着物を着ている。
(大変!)
 今度は綺麗は思わず庖丁を放り投げた。迷わずに川に飛び降りた。
「ちょっと」
 女性だと思っていたが倒れているのは男性のようだ。
(どうして女性物の友禅を着てるのかしら)
 しかもその友禅に見覚えがあるような気がしている。だが今は、そのようなことを考えている時ではない。倒れている男性を助けなければ。
(酔って川に落ちて、そのまま気を失ったのかしら。それとも喧嘩をして刃傷沙汰になったのかしら)
 咄嗟にそんなことを考えながら男性の肩を揺する。だが反応がない。
 男性の肩を掴み力を込めて仰向けにする。
「あ!」
 思わず声をあげる。見覚えのある顔……。
〈いけ田〉の板前、長谷川吾郎である。
(見間違えるはずがない)
 昨日、大喧嘩をした相手……。
(長谷川さん……) 
 見ると長谷川の脇腹当たりから、どす黒い血が流れでた跡が見える。
(死んでる)
 体の固さからもそれが判った。
(大変、警察に電話)
 綺麗はスマホを取りだそうとバッグを開けた。
(あ、スマホは家に忘れて来ちゃったんだ)
 どうしようかと思案しながら綺麗はとりあえず先ほど投げ捨てた血に染まった包丁を拾いあげた。
(貴重な証拠品かもしれない)
 それを無碍に道端に落としておくわけにはいかないと思ったのだ。
 悲鳴があがった。
 声の方を見ると若い女性が綺麗の事を見て立ちつくしている。
「ちょっとあなた」
 女性は後ずさりした。
「警察に電話してくれない。人が死んでるのよ」
「人を殺した?」
 女性の声は震えている。
「殺したじゃなくて、し・ん・で・る」
「もしもし、警察ですか?」
 女性は顔を引きつらせながらもいつの間にかスマホで110番したようだ。
「殺人です。犯人が包丁を持って立っています」
「ちょっと、あたしは犯人じゃないわよ」
 綺麗は血にまみれた包丁を手にしたまま女性に近づいた。女性は近所中に響き渡るような悲鳴をあげて一目散に綺麗から逃げていった。
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