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綾町奈々子の焦燥
しおりを挟む綾町奈々子は焦燥感を募らせていた。
(どうして出てくれないんですか?)
綾町奈々子はスマホを耳から外した。
この二日間――正確に言うと四十九時間と十三分――毒島綺麗と連絡が取れない。
ラインも既読にならないしメールに返信もない。電話にも出ない。
風呂上がり、短パンとTシャツ姿で綾町奈々子はテーブルに就いてスマホを見つめた。
いつもならこのタイミングでグラスに注いだよく冷えた麦茶を飲みほし幸せな気分に浸るところだが今はそんな気分になれない。麦茶が入ったグラスはテーブルに置いたが、まだ飲めずにいる。
(毒島先生……)
綾町奈々子は二十三歳。
中堅出版社、蝸牛社の新人編集者である。
身長は百五十五センチ、体重は四十八キロ。前髪は自然に任せ頬の先まで伸ばした黒髪は自然に緩いウェイブがかかっている。
JINSで散々悩んで買った大きめのレンズの眼鏡が似合っているのかどうか自分では判らない。
一見して地味な女性……それが綾町奈々子を見た人間が持つ一般的な感想だろう。
見た目も地味だが性格も地味だった。
いつもオドオドして社交性に乏しい。
(人に積極的に話しかける事ができる人が羨ましい)
奈々子はいつもそう思っていた。
そんな綾町奈々子が大学卒業後の就職先に出版社を選んだのは偏に小説が好きだから……。それに尽きる。
東大、京大など高偏差値大学出身者が多い蝸牛堂出版にあって東洋大学出身の綾町奈々子は少数派だ。綾町奈々子は極度の小説オタクでそこを買われて採用されたのだ。
綾町奈々子の小説マニア振りは念が入っている。とに
かく小説と名がつけば手当たり次第に読んでいる。いわゆる乱読である。活字中毒とも言う。
村上春樹、多和田葉子などの現代純文学系作家はもちろん、一般小説、ミステリ小説、SF小説、ライトノベル、なろう系まで読書対象としてる。
リアルタイムで日々発表される新作小説も読んでいるが明治、大正、昭和初期に発表された文豪による名作、『坊ちゃん』を初めとする夏目漱石の諸作、森鴎外、太宰治、宮澤賢治、あるいはさらに時代を遡って尾崎紅葉の『金色夜叉』、幸田露伴の『五重塔』などまで守備範囲としている。さらには当時の有名作家なれど今では忘れられた作家の小説まで手を伸ばしている。
蝸牛堂出版にも奈々子ほど読んでいる者はなく、その実績を買われて編集部の期待を背負い売れっ子作家である毒島綺麗の担当に抜擢されているのだ。
ミステリに嵌る時期もあればトルストイや土藤森とエスキーなどの海外古典名作に嵌る時期もある。
最近は恋愛小説を集中して読んでいる。
(でも……)
綾町奈々子が実生活で男性を好きになった事は今まで一度もない。といっても恋愛に興味がないわけではない。
奈々子が好きになるのは女性ばかり……。
奈々子は麦茶飲んだ。冷たい麦茶が喉を通った途端に奈々子の脳裏に毒島綺麗の顔が浮かぶ。
(綺麗先生……)
今の奈々子は担当作家である毒島綺麗に恋をしていた。だが、その気持ちを毒島綺麗本人に打ち明けた事はない。打ち明けられずにいる。
一つには毒島綺麗の恋愛対象は男性だと判っているからだ。
(女性が女性に恋心を告白したら……。しかも担当編集者が担当作家に)
相手にその気がなければ敬遠され下手をすれば担当を外されるかもしれない。
そう思うと絶対に告白などできなかった。
そもそも奈々子は自分のジェンダー傾向を恋愛の対象者はおろか親にも友人にも打ち明けてはいない。
(親には、いつかは言わなければいけないのだろうけど……。それとも一生言わずにおいてもいいのだろうか?)
そこまで考えたときスマホにラインのメッセージが着信を知らせるマークが点った。
(え、ウソ……)
メッセージを開いた奈々子はスマホのディスプレイから目が離せなくなった。
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