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第67話 ユーヒとサフィア
しおりを挟むサフィアは、旅支度を整え終わると、礼拝堂へと向かった。
昼間にあの少年たちと出会った後のことが、いまだに信じられないとまでは言わないが、まるで夢のような出来事だったという気持ちは本心だ。
(エリシアさまとお話しできる日が来るなんて――)
毎日神像の前で祈りをささげてきたが、もちろん直接話をしたのは初めてのことだ。どころか、声を聞くのすら初めてである。
もちろん義母である大司祭レスファイアからは、エリシア様が現実に存在することは聞かされてきている。なので、その存在を疑うことはなかった。
現実、魔術師である自分には、魔素の流れが見えるし、生命体のなかに存在する魔素が命の源であることも理解している。
そういった自然の摂理の上に「エリシアさま」は存在しているのだとそう理解してきた。
しかし、初めて声を聞いて、これまでとは少し違った感覚が芽生えている。
これまでは、どれだけ乞うても届かない存在だと思っていたし、それを望むことすら憚られるほど高貴な存在だとそう思っていた。
でも、声の感じからすると、もっとこう、「人間らしい方」であるのではないかとそう思える。
(あの、ユーヒという少年は、エリシアさまを呼び捨てで呼んでいた――。エリシアさまもそれを咎めることなく受け入れておられた。一体あの少年は何者なのだろう?)
そう思った時、聖堂のテラスから外を眺めているユーヒを目撃した。
森の方を眺め、ぼーっとしているように見える。
もしかして、彼にも魔素が見えているのだろうか――?
サフィアは明日から共に旅をすることになったこの少年に、自然と近づいていった。さも、何かに引き寄せられるように自然に。
「何を見ているのですか?」
サフィアはそうユーヒに声を掛けた。
「え? あ、ああ。森、かな?」
ユーヒの答えは「当然」というものだった。
「それはそうでしょう。けど、そうじゃない何かを見ているような、そんな風に見えましたよ?」
「そうじゃない何か、か。例えば魔素の流れとか? 君は、魔術士なんだよね? なら、この森に流れる魔素が見えるんだろう? やっぱり、とてもきれいなんだろうね?」
「ええ、特にこの聖堂周辺に漂う魔素は濃厚ですから、まるで光の川が流れるように見えています。まあ、見ようと思わなければ見えないのですが――ね」
「ふうん、それは見ようと集中するって感じ?」
「集中ってほどの意識は必要ありませんけど、まあ、そんな感じ、ですね」
「そうか~。いいなぁ、「ルシアスの気持ち」が少しだけ理解できたよ。僕には見えないからね。やっぱり見える人を恨めしく思うんだなって」
そう言って、ユーヒははにかんで見せる。
こうやって見ていると、本当にただのそのあたりの街の少年と何も変わらない。
なのに、エリシアさまはこの少年をお召しになっているのだ。
今彼が口にした「ルシアス」というのは大英雄の一人、ルシアス・ヴォルト・ヴィント公爵のことなのだろうか。
「あなたは――」
「ユーヒでいいよ。僕もサフィアって呼んでいいかな?」
「え? ええ。 ユーヒは、どうしてエリシア様に呼ばれているのですか?」
「う~ん。それはまだわからないんだよね。エリシアってすこしそういうところがあるからね。たぶんだけど、剣ヶ峰でないと話せないことがいろいろとあるんだと思う。エリシアが何か話したがっていて、僕に何かをしてほしいと思ってるってことだけは分かってるって感じかな――。それに、僕も彼女に聞きたいことがいっぱいあるんだけど、それも時間がないとゆっくり聞けないことばかりなんだ」
やはり「エリシア」と、呼び捨てにしている――。
この世界「クインジェム」において、「創生神エリシア」と呼称するとき以外は「さま」とつけてお呼びするのが一般的だ。
そうでないということは、この少年は、異教徒か、エリシアさまに反感を持っているか――ということになるのだが、口調から「エリシアさま」に対して敵対的感情を持っているという感じは受けない。
(いえ、むしろ、その逆――)
「ユーヒは、もしかしてエリシアさまと随分親しい関係なのですか?」
「え――?」
「あ、いえ、エリシアさまを呼び捨てで呼ぶ人など、この世界ではそんなに多くはありません。そんな人は、異教徒かエリシアさまに反感を持っている人ぐらいですが、実際のところ、異教徒などと言う存在はこの世界には居ませんし……」
「あ! ああ、またやっちゃった、か――。ルイにはうるさく言われてるんだけど、ね。どうも、『エリシアさま』とは言いにくくて――」
「言いにくい?」
「は、ははは、何言ってるかわかんないよね? まあ、そこはおいおい話すことにしよう。どうせ明日から一緒に過ごすんだから――」
そう言うと、改まったように、ユーヒは体の向きを変える。
そうしてサフィアの方に正対すると、右手を差し出してきた。
「ユーヒ・ナメカワです。事情があって、「魔酔い子」ということになっている。ハーツ出身の冒険者で、一応「人族」らしい――。よろしく、サフィア」
サフィアもまた自然に彼の手を取った。そして、
「サフィア・リファレントです。聖堂巫女――でした。エリシアさまがどうして私をお召しになっているのかは、全く思い当たりません」
と、正直に打ち明ける。
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