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第62話 露天の星
しおりを挟む二人は夕食後、風呂を浴びることにした。
もちろん、男女別々の風呂場で、だ。
ルイジェンは脱衣所で浴衣をするりと脱ぐと、鍋で温まった体が冷めないうちにと、浴室へ入った。内風呂と外風呂があるこの民宿の風呂は、ルイジェンのお気に入りのスポットの一つでもある。
脱衣所から最初に入る内風呂は室内風呂で、浴槽の大きさはせいぜい1.5メル四方の大きさだ。ルイジェンは手早く掛け湯を済ませ、備え付けの「ソウプ」を手に取ると、それを泡立てて、自身の体を両手で撫でてゆく。
この「ソウプ」――いわゆる石鹸である――も古くから存在しているらしい。言い伝えによれば、この「ソウプ」の出現により、人類の自然疾患率が相当下がったらしいと聞いている。
(この泡で、「呪い」を払うってことらしいけど、そんな魔法効果が付与されている形跡はないんだけどな――)
と、ルイジェンは前々から不思議に思っている。
断っておくが、この世界においてはまだ、「ウィルスの知識」は浸透していない。
「病気」は「呪い」であり、基本的には「治癒術式」で、体力補完することで、個体の持つ自然治癒力を高めて治療するのが、この世界の治療法である。
そして、それがこの世界の「常識」なのである。
今でこそ、魔術士の存在が一般に認識されるほどに増えており、自然疾患にかかった者たちの中には、「施術院」と呼ばれる魔術士のもとに赴いて、「治癒術式」を施してもらうものも多くなったが、太古の昔であれば、村々に常駐する「エリシア聖堂司祭」が状態を見て食事療法を施していた。
実は彼らは人々の体内を巡る魔素を診る力を備えた「魔感士」たちであり、魔素の残量を見極めつつ豊富な食物知識をもって食事療法を施していたのだ。
じつは大英雄の一人、ケイティス・リファレントも、始めはそんな「司祭」を目指す聖堂巫女の一人でしかなかったのだが、そんな彼女が伝説の魔術師になろうとは、本人も思っていなかっただろう。
閑話休題――。
ルイジェンはさっと湯で泡を流すと、ようやく湯船につかる。シャワーでは味わえない何とも言いようがない和みが全身を包み込み、体中からまるで気が抜けるように疲れが抜け落ちてゆくような感覚に襲われる。
こっちの方がよっぽど「呪い」が落ちているような気がするんだけどなぁ、と、ルイジェンは思う。
今では感じられなくなってしまったが、昔は、湯に浸かった時に自身の魔素の流れが緩やかに滞りなく正常化されてゆくのを感じたものだった。
湯船に数分、身を沈め、充分に温まったところで、いよいよ外風呂へと進む。
扉を開けて外に出れば、そこには石造りの湯船があって、天井はない。もちろん囲いは在るから外から見られる心配はないが、木板の壁ひとつ隔てた向こう側には男風呂も同じように左右対称の形で造られていることをルイジェンは知っている。
「ううっ、さむっ。さすがにまだ、温まり切ってなかったか――」
慌ててルイジェンは石の湯船に身を投じた。
(はあ~気持ちいいなぁ。やっぱり風呂はいいよなぁ)
などとまったりしていると、壁の向こう側で、水音が聞こえた。
「気持ちいいなぁ~。温泉なのかはわからないけど、やっぱり大きいお風呂、それも露天風呂は最高だね~」
と、大きな独り言が聞こえる、ユーヒの声だ。
ルイジェンは思わず身を縮こまらせた。
その時にじゃばと水音が立つ。
「ん? あれ? ルイ? もしかしてそこにいるの?」
と、木板のむこうから問いかけてくる声がする。
ルイジェンは恥ずかしさのあまり、さらに身を縮めてしまう。
「おーい、ルイ、いるんだろ? 僕たち以外には誰も泊まってないはずだからね、聞こえてる?」
「う、うるさい! 黙って湯に浸かってろよ!?」
「ははは、だって誰もいないんだから、一人じゃもったいないじゃないか。見てみろよ、空が星だらけだぞ?」
「はあ? 空に星がいっぱいなのはどこでも同じだろう? 今さら――」
「僕の居た日本ではこんなに星は見えなくなってるからね――。本当に綺麗だなぁ」
「星が見えない?」
「う~ん、難しいことはよくわからないけど、空気が汚れてるんだろうね。本当にこの世界の空気が澄んでいることが良く分かるよ」
「――空気が汚れる――。それ、ユーフェリアさまの言葉だ……」
「え? ユーフェリア、ユフィの言葉?」
「ああ、昔ユーフェリアさまが言ったんだ。精霊族世界の技術をこの世界に持ち込むと空気が汚れるから、持ち込まない方がいいと――」
「ユフィがそんなことを――。あ! もしかしたらそれが原因か!」
突然ユーヒが板の向こうで大声を上げた。
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