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第40話 サフィア・リファレント
しおりを挟む少女はエリシア神像の前で膝を降り、ただただ祈りを捧げる。
聖堂に流れる風の動きに合わせて、魔素が波を打って光を描く――。
いつも通りの静かな風音、魔素の光、森の木々の囁き、小鳥の囀り、小動物の鳴き声――。
(やっぱりこの時が一番好き――)
少女はただ一心に世界の安寧と、人々の幸せをエリシア神へと願い奉る。
1200年前、この世界に『闇』が訪れた。
それ以降、人々の中には心に『闇』を秘めるものも多く現れるようになり、略奪、強盗、人殺し、恐喝、強姦などが起きるようになったと言われている。
人類はこれに対し、魔族の知識を参考に、どう『闇』を統制するかを試行し続け、現代においては、一定の対策が講じられるところにまで至っている。
その対策というのは、「法」というものだ。
「法」はすなわち「則」でもあり、人と人との関係を規律する「決まり」である。
現在各王国はこの「法」に従って警備に当たり、警吏を遣わし、不法者を捕らえ、処罰している。
この中でも最上級の禁止項目が、「三則」と呼ばれるもので、「殺すな、奪うな、騙すな」の三つである。
現在クインジェムにおいてこの「三則」を犯した者は、その程度において処罰され、最高刑は死罪となっている。
(――でも、もし人類の全ての人々が、エリシアさまの加護を信じて日々安寧に過ごすことができれば、そんな悪行を起こそうなんて思わない程幸せになれるのにね)
と、少女は心からそう思っている。
「サフィア――、サフィアはいますか――?」
遠くから少女を呼ぶ声が聞こえた。
(ああ、またお養母さまのお小言かしら――。はて、私、今度は何をやらかしたのでしょう?)
少女はそう思うと、立ち上がり返事をする。
「はあい、お養母さま、サフィアはここにいます――、今はエリシアさまにお祈りを捧げていたところですの。お祈りを妨げるほどのことを私はなにかしましたか?」
すると、聖堂に一人の修道女が入ってきて、サフィアを見止めるとこう言った。
「あなた、今日はエルリシアに荷受けに行く予定じゃなくて? さすがにそろそろ出ないと日が暮れてしまうわよ?」
「あら、もうそんな時間ですの? それは失礼しました。お養母さま、お声掛けいただきありがとうございます。それでは私、すぐに麓へ参ります――」
そう言って、少女は聖堂を駆け出してゆく。
この少女の名は、サフィア・リファレント。
現在の大聖堂大司祭レスファイア・リファレントの養子であり、弟子でもある。
エリシア大聖堂――。
テルトーの村から西に見える山脈の中に静かにたたずむ大聖堂は、かつては魔術士養成所でもあったという。
が、今は、養成所は各国家にある国際魔法庁の管轄となり、国際魔法庁舎と共に併設されるようになっているため、現在は大司祭がエリシア神に祈りを捧げ、祭事が執り行われる場所であるというのがこの世界の人々の認識である。
麓の街エルリシアは、シルヴェリア王都と大聖堂との間を取り持つ連絡中継点であり、今もなおその役割を担っているが、大聖堂への参詣客の逗留地としての役割も担っている。
なお、このエリシア大聖堂のある山から南へ下ればこのエルリシア、逆に、北へと下れば、航路の終着点ポート・アルトへと行きつく。
東西周回航路の開設からは、北のポート・アルトからの方が各国から大聖堂へのアクセスが容易である為、ポート・アルトの方が逗留地としては最適なのだが、古くからの逗留地であるエルリシアも趣があってよいという意見も多く、寂れずにいまだにその役割を担っているというわけだ。
エリシア大聖堂は、表向きはただの「祭事場」とされているが、実は、この世界において重要な役割を担っていた。
現大聖堂大司祭レスファイア・リファレントは、かつては冒険者でもあったが、すでにそれを引退し、現在は後任の育成にあたっている。
彼女もまた、先代の大聖堂大司祭からそのようにして今の役目を引きついだ経緯があった。
大聖堂大司祭の本当の役目とは、「祈り」の継承である。
太古1200年以上も昔、当時の大聖堂大司祭アナスタシア・ロスコートが完成させた秘儀「祈り」――。
魔素を大量に収集し、凝縮し、大容量魔術式を展開するという秘法である。
これにより、魔術士一人では絶対に成し得ない程の魔術式を編み、来たる世界の危機に備え、「世界の柱」を守護し奉っているのが、現代におけるこの大聖堂の本来の役割なのだ。
「世界の柱」を幾重にも重なる結界の中に納め、その結界を維持するために現在はその「祈り」が常に維持されているというわけだ。
なお、ソード・ウェーブの「試練の迷宮」の加護もまた、この「祈り」によるものであるが、こちらの方はいわゆる「副次的な効果」であり、主たる目的ではない。
少し話が逸れている。今はただ、そういう特別な場所なのだと理解していれば足りる話だ。
この少女、サフィア・リファレントがユーヒと邂逅するのは、いましばらく後の話となる。
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