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第15話 冬の水浴びって、いくら南国だからって――
しおりを挟む「ユーヒ! 大丈夫か!?」
ルイジェンがゴブリンに覆いかぶさられているユーヒに駆け寄って声を掛ける。
見た目から、ユーヒ自身が怪我をしてるかどうかはわからない。
とにかく酷いありさまだ。
「だ、大丈夫、でも、ちょっと動けない――」
「待ってろ、今どけてやるから――」
ユーヒは両手で剣を持ったまま寝転がっている。その剣はユーヒに覆いかぶさるゴブリンの死体を貫いていて、剣から手すら離せない状態だ。
まあ、その甲斐あって、他のゴブリンから追撃を受けなかったのは幸いというべきか。
「ごめん、ありがとう――」
ルイジェンがゴブリンの死体を軽くひょいと退けると、ようやくのことでゴブリンの死体の下から抜け出したユーヒがルイジェンに手を差し出そうとする。
「うわっ、やめろ! そんな手を出すな、ばか!」
「あ、ああ、そうだね――。うわぁ、全身ぐちゃぐちゃだよ。なんだろう、怖いとかより、気持ちが――うえぇぇっ」
ユーヒは胃を突き上げるかのような、急激な吐き気に襲われ、胃の中のものを街道にぶちまけてしまった。
「あーあ、ひでぇな。仕方がない奴だな、確か、もう少し先に橋があるはずだから、そこまで我慢しろ。そこまで行ったら、体を洗うといい」
「うん、そうするよ」
「少し待ってろ、こいつらから戦利品を剥がすから――」
「戦利品?」
ああ、と相槌を打つなり、ルイジェンは周りに転がっているゴブリンどもの耳の先を切り取ってゆく。
ユーヒはまだ気分が優れないのに、そんなものを見たら、また吐きそうな気がして目を背けて待つことにした。
ルイジェンが耳を切り取ったゴブリンの死体が、次々と灰になってさらさらと空中へ消えてゆく。「制限時間」だ。
この世界の魔物は、死んだあと、数十秒~数分ほど経つとこのように霧散してしまう。だが、どういうわけか、死体がまだあるうちに一部を切り取った場合は、アイテム化されて残るという仕組みだ。
なんとも「ご都合主義」的な感じがするが、それも「夕日の設定」の一つだった。どうやら、そこはそのまま「引き継がれて」いるらしい。
(それにしても、『小鬼』がこんなところに出現するなんて、本当にこの世界の設定はどうなってしまってるんだ? それとも、あいつらは『小鬼』とは違う種の魔物なのか――?)
とにかく、自分の設定の上書きが追い付かない。
なまじ、「聖暦160年代」の知識があるがゆえに、余計な考えが立ち入ってきて、邪推してしまうことを防ぐことができない。
(厄介だなぁ――)
ユーヒは眉を寄せながら立ち上がると、ルイジェンが作業を終えるのを待つ。
「おまたせ。いこうか――」
ルイジェンがそう言ったのを受けて、二人は連れ立って移動を開始し始めた。
数分後、ルイジェンの言っていた通り橋が見える。
橋があるということは、水があるということだ。
川なのか、池のようなものなのかはわからないが、この際、水であればなんでもいい。
しかし、問題は寒さだ。
現在は12月下旬。冬の真っ只中だ。
幸い、ケリアネイアはこの大陸の南に位置しているため、気温はそれほど低くはないが、それでも水浴びをすれば凍える可能性は否めない。
つまり、火を焚いて、冷えた体を温める必要が生じる。
「ほら、川だ。さっさと洗っちまえよ?」
ルイジェンはさも当然のように言う。しかし、やはり、火が無いと水を浴びる気にはなれない。
「いや、寒いだろ?」
「はぁ? レトリアリアは南国だぜ? これぐらいどうってことねぇよ? カルティア王国なんか、年中寒いんだからよ? この程度の装備で居られるんだから、大したことないさ」
「やっぱり、火を起こしてからにする――」
「けっ、仕方ねぇなぁ。じゃあ、もう、ここで食事を摂ることにしようぜ? 焚火を焚いたら、魚を釣るから、お前はさっさとその臭い体を洗って来いって――」
「うん、ありがとう。ルイ」
「はいはい、早く行けって」
ユーヒはルイジェンに礼を告げて、川の方へと進む。
カルティア王国って、カルティア帝国のことかな? などと、思いながら、自分の書いた地図を思い起こす。
カルティア帝国――。この大陸「クインジェム」の最北の国。さらに北は大山脈が連なり人類未踏の地という設定だった。
この大山脈に到達するまでに凍土の大地に到達するため、その先に人は住んでいない。
カルティア帝国の王都グアンタ、そこから西へいった街ミンチャ。「夕日の物語」に登場した町はその二つだけだった。
ちなみに、グアンタは現ギルマスのメルリア・ユルハ・ヴィントの父、ルシアス・ヴォルト・ヴィントの生まれ故郷という設定だった。
ミンチャの街は今も温泉が有名なんだろうか――。
などと考えながら、手短に、ざぶざぶと体を洗い、脱いだ衣服も洗う。
(やっぱ寒いじゃないか――)
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