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第4話 この世界には魔法が存在している
しおりを挟む「この方は、『魔酔い子』ではありませんね――」
魔術士の女性はそう言った。
「あ、すいません。実はあの、記憶喪失というのは嘘でして……」
夕日は申し訳なさげに伝える。
「なんだと!? どういうことだ!?」
と、声を荒げるのはもちろん耳長のルイだ。
実はかくかくしかじかと、夕日はこれまでのことを話す。
「つまり、あなたは別の場所からここへいきなりやって来たと、そういうのですか?」
と、魔術士の女性が眉を寄せる。
「おいおい、そんなことを言う時点で頭がおかしいんじゃないかと言われるぜ? 俺が見た時には普通に通りに立ってたんだ。そりゃあ、その前にどこから来たのかまでは見てねぇけどよ?」
と、ルイも訝しがる。
――ですよね~。
二人の反応はもっともだと思う。
この世界が普通の物質世界なら、人がいきなり消えたり現れたりなんてするはずがないのだ。
僕の言っていることが本当だとすれば、僕はいきなりあの通りの真ん中に出現したことになる。そんなこと、普通ならあり得ない。
「――まあ、出来なくはないんですが、問題はどこから来たのかってことなんですよね。どうもそこのところの記憶が混乱しているのかもしれません」
へ?
「転移魔法を使えば、別の場所から別の場所へ瞬間的に移動ができると言われています。ですが、『次元門』なしでそれを為すには超高度レベルな術士でないと不可能です。昔はともかく、現在では、そのような超高度な術式を扱える魔術士など、私の知る限りではこの世界に存在していません――」
と、魔術士のおねえさん。
てんいまほう? げーと?
それに、いきなり人が現れたり消えたりができるってそういったよね、この人。
「あ、もしかしたら、妖精族のしわざじゃないか? あいつらが何人か集まれば人の一人や二人運べるだろうし――」
とは、ルイだ。
ちょっとまてまて! この世界には魔法が存在しているってことか? あ、そういえばここ、国際魔法庁とか言ってたな。
え? まじですか!?
「ちょ、ちょっとすいません! え~とですね。とにかく僕の話を聞いてください。僕の名前は夕日です。それは分かってるんです! それから、こちらに来る直前に居た場所は『地球』という世界です。それは間違いないんです。ですが、その世界のことはおそらくこちらの皆さんは知らないのでしょう。だから、一旦その件は置いておいてですね、とにかくここがどこなのか、どういう世界なのかをきちんと教えて欲しいんです!」
僕が知りたいのはそれなのだ。とにかくすぐに帰れないのなら、ここで帰れるまで生き抜くしかないのだから。
二人はさすがに僕の剣幕に面食らって、数瞬、口をぽかんと開けていたが、やがて、魔術士のおねえさんが口を開いた。
「――なるほど。随分と混乱が重度のようですね。転移魔法による移動の際に何かしらの記憶トラブルが起きたのかもしれませんね。残念ながら、それにどう対処するかは私どもの力ではどうにもならないところです。この世界について、ですか。すべてを教えるのはなかなか時間がかかるでしょう。まずは、街中を見回って、人々の生活を見るのがいいかもしれません」
と、おねえさん。
「いや、あのですね――。見て回るも何も、先立つものが全くないんですよね。いわゆる、お金というやつですが……」
と、僕。
「それなら問題ないぜ? 取り敢えず冒険者登録するってのはどうだ? 冒険者登録すれば支度金がもらえるから、それでしばらくは生き長らえることが出来るって寸法だ」
と、ルイが提案した。
「冒険者? 僕が!?」
夕日はとんだ展開に頭がついていかなくなってきそうだった。
――――――
結局、魔術士さん(ヘルメさんという名らしい)の計らいで、しばらくの間、国際魔法庁の空き部屋を貸してもらえることになった。
期限は一週間。
一週間後には強制的にほっぽり出されるわけだが、当面の寝床が確保できたのは有難い。
耳長のルイこと、ルイジェン・シタリアは、なかなかに面倒見のいいやつで、魔法庁を出た後、冒険者ギルドへと案内してくれた。
「いいか? 記憶喪失のことは黙っておけよ? そうだな、おまえは人族《ひとぞく》だから、生まれはレトリアリアのハーツにしておけばいい。あそこなら人口も多いから、あまり立ち入ったことは聞かれないはずだ」
そうルイは言った。
僕は、その町の名前をどこかで聞いた記憶がある。が、ギルドの受付時間が迫っているとかで、ルイが急かすものだから、落ち着いて思い出している場合でもない。
じつはここまでの話を統合すれば、自分が今どこにいるのかすぐにわかったはずなのに、その時の僕は、無一文の不安と、ルイのペースに乗せられていたせいもあって、ゆっくりと落ち着いて考えている暇はなかった。
そして、この世界がどこなのか、この後訪れる冒険者ギルドでようやく僕は理解することになる――。
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