37 / 70
第37話 アステリッド・コルティーレ
しおりを挟む『赤い背表紙の本』は元あったところにそっと戻しておいた。次の読み手は誰であるかはわからないが、おそらく彼女になるのだろう。そんな気がする。
キールは下宿宿へ戻るなり、早速『総覧』をめくり、「符号」を探す。この中に在ってなおかつ4つにしか付いていない『root』という符号を探す。もちろん、文字は「root」とは書かれていない。全て古代文字で書かれているため、これまでの知識を総動員して、共通の文字列を探すのだ。
(くそっ! こんな時にパソコンがあればなぁ――)
そんな思いがふと頭をよぎる。
(ん? 今、何て? 「パソコン」ってなんだ?)
キールは自身の頭に浮かんだ言葉の意味が理解できないでいた。いや、今はそんなことにかかずらわっている場合じゃない。「符号」を探さなきゃ。
一心不乱に『総覧』をめくっているうちにさすがに夜は更け、真夜中を越えていた。これ以上は明日の仕事に差し支える。
名残惜しいのを無理やり押し込めて、総覧に栞を挟み、寝台に横になった。
――――――――
次の日、キールはいつものようにカインズベルク大図書館で、古代文字関連の書物を探していた。
しかしながら、魔術師ボウンの使っている言語は非常に特殊なもののようで、該当する古代文字関連の資料はなかなか発見できないでいる。
(残念ながら、この時代の図書館というものに電子データによる管理体型、データベースというものは存在していない。すべて手作業でやるしかないのだ――)
と、キールは思いながら、昨日と同じ違和感に襲われる。
(データベースって、何だよ?)
不思議な感覚はそれからも幾度となく続いた。聞いたことのない言葉をあたかもよく知っているかのように頭の中で使っている自分がいる。
しかしそのどれもがこの世で見たことも聞いたこともないものなのだ。
(まさか、これも前世の記憶とかいうやつ?)
もしそうだとすれば気を付けなければならない。うっかりこの世界の人に対して使ってしまったりしたら、頭のおかしい言葉の通じないやつだと思われてしまうだろう。
「あ、あの――」
キールの横から不意に女性の声がした。
こんなところで自分に声をかけてくる女性などいないはずだがと一瞬思ったが、あ、そういえばと思い、声の方角へ視線を移すと、やはり昨日の女学生だった。
「あ、君は、昨日の。ああそうだ、昨日の「赤い背表紙」は元のところに戻しておいたよ? 僕は先に読ませてもらったから、どうぞ、気にしないで。昨日戻しておいたところだから、まだあると思うけど――」
と言いかけて、そこでやっと気づく。
その「赤い背表紙」はすでに彼女の腕の中に在った。
女学生はそれを胸のあたりにしっかりと抱えていたのだ。
さすがに女性に声を掛けられてすぐにそのあたりに視線を落とすのは躊躇われるというものだ。気づくのが遅れるのも当然と言える。
「あ、はい。昨日のところへ行ったら棚にあったので、確保しておきました。もしまだお読みでないならと思って、お姿をお見かけしたらお聞きしようと思っていたんです」
女学生は昨日と同じようにうつむき加減でそう言った。
「ああ、そうだったんだね。大丈夫、わざわざありがとう。僕はもう読んだので、どうぞ」
と返す。
「あ……、あの――」
「ん?」
「もしかして、前世の記憶とか覚えておられたりする方なんでしょうか――?」
キールは一瞬彼女の言っている意味を理解しかねた。が、すぐに気持ちを立て直して静かに返す。
「どうして、そう思うの?」
質問に質問を重ねる。これは主導権を奪うための布石だ。これに対する相手の出方で、ある程度、警戒すべき相手かどうかがわかる。
「あ、変、ですよね。こんな質問――。もしかしたら、同じような感覚や経験をお持ちの方なのかと思って――」
女学生が答えた。
女学生からは警戒の反応は見られない。つまり、こちらの何かを探るというよりは、自分のほうが何かを求めているように見える。
「君は、前世の記憶をおぼえているのかい?」
キールは注意深く言葉を選んで質問を重ねる。「君も」ではなく「君は」とすることで、自分は違うと印象付けることができるかもしれない。
「あ……。そんなこと言う人間っておかしいと思いますよね。あ、すいません、わたし、もう行きます。気にしないで忘れてください」
女学生はそう言うと背を向けて立ち去ろうとした。
「待って! ごめん、悪かった。君を詮索するような聞き方をしてしまったようだね。僕が「記憶」というものについて調べているのは君の推察通りだよ。よかったら、少し話を聞かせてくれないかな?」
キールは思わずそう言ってしまった。しかしもう引き下がることはできない。
「僕はキール。キール・ヴァイス。よろしく、お嬢さん」
「あ、わ、私は――」
「アステリッド・コルティーレさん、だったね?」
「あ、はい……、魔術師教育学院の――」
「「3年生」」
アステリッドの頬が赤くなるのが目に見えてわかる。
「昨日聞いたからね。覚えてるよ」
キールはそう言いながら、右手を差し出した。
「改めてよろしく、アステリッド。キール・ヴァイスだ。キールでいいよ」
「よ、宜しくお願いします。キール、さん――」
これがキールとアステリッドの出会いだった。
彼女、アステリッド・コルティーレは、のちにキールの右腕といわれる大魔術師となるが、それはまだまだ先の話だ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
パワハラで人間に絶望したサラリーマン人間を辞め異世界で猫の子に転生【賢者猫無双】(※タイトル変更-旧題「天邪鬼な賢者猫、異世界を掻き回す」)
田中寿郎
ファンタジー
俺は自由に生きるにゃ!もう誰かの顔色を伺いながら生きるのはやめにゃ!
何者にも縛られず自由に生きたい! パワハラで人間に絶望したサラリーマンが異世界で無敵の猫に転生し、人と関わらないスローライフを目指すが…。
自由を愛し、命令されると逆に反発したくなる天邪鬼な性格の賢者猫が世界を掻き回す。
不定期更新
※ちょっと特殊なハイブリット型の戯曲風(台本風)の書き方をしています。
視点の切り替えに記号を用いています
■名前で始まる段落:名前の人物の視点。視点の主のセリフには名前が入りません
◆場所または名前:第三者視点表記
●場所:場所(シーン)の切り替え(視点はそこまでの継続)
カクヨムで先行公開
https://kakuyomu.jp/works/16818023212593380057
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる