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第19話 立春祭
しおりを挟む毎年年明けからひと月ほど経過した2月の上旬ごろに、春の到来を歓ぶ祭りが行われる。
そもそもは、農家の人達が今年の仕事始めとして、農具に憑いた悪霊を払い、今年一年中の農作業の無事故と豊穣を祈念する祭りだったと言われている。
この世界で行われる一般的な農業祭だ。
これが祭り好きな陽気な人柄のこの世界の者たちによって次第に規模が大きくなり、今では新年祭と同様なほど盛大な祭りとなっている。
街中の騒ぎをよそ目に、エドワーズはこの王都から逃れ、王都の門から少し離れた街道沿いの一件のあばら家へ向かった。ここはその昔、エドワーズが経営していた酒場だ。
今にも壊れそうな木戸を開け中に入ると、そこにその男がいた。
「待たせたな」
エドワーズがそう言うと、その男は、
「構わねえよ。お前の隠し蔵から一本拝借してやっていたところだ。まだかかるようならもう一本抜こうかと思ってた」
そう言って、左手に持っていた酒瓶を掲げた。
「おまえ! それが幾らするものなのか知ってるのか!」
「そんなことは知ったことじゃないさ、うまいってのだけはわかるがな?」
「ふんっ、相変わらず物の価値の分からんやつだ。まあいい。それよりも俺もあまり時間がない、用件を言うぞ? ある男を始末してもらいたい――」
「そりゃそうだろう、俺に用ってな、それ以外に何がある?」
「うるさい、相手は大学生の男だ。名前はキール、キール・ヴァイスだ」
「なんだよ? ガキが相手かよ?」
「いや、俺も最初はそう思ってた。しかしコイツ、もしかしたら結構ヤバいやつかもしれん――」
「んまあ、そうなんだろうさ。で? 幾らくれる?」
「200でどうだ?」
「500」
「くそ、足元見やがって。300だ。それ以上は出せん。それにお前、あの配達員に持たせた分ももう取ったのだろう? 合わせれば350ぐらいになるはずだ――」
「けっ、バレてやがったか。まあいいだろう、じゃあ300でOKだ」
エドワーズはその男に麻袋を渡した。
「……18、19、20。おい、20しかねえぞ?」
中には10G金貨が20枚入っていた。男は袋の中身を数えたあとそれを懐に滑り込ませた。
「今日はそれだけしか持ってきてない。あとは終わったら店に来てくれ、その時払う」
「まあそんな事だろうとは思ったが、いいだろう、そうする。あとはここの酒をもう2本ほどもらっていくことにするよ――」
「日が落ちるまではここにいろ。誰かに見られると厄介だからな――」
「ああ、一飲みしたらどうせ寝るさ、それからでるよ」
「これが、そのガキの情報だ。見たら燃やせ」
そう言ってエドワーズは男に紙片を渡した。
******
キールはこの日、大学が休校だったので、講義はなかったが、どうせ行く場所もないためいつものごとく王立書庫で本を眺めていた。
最近は、古代文字関連の本をよく読んでいるが、あいかわらずの記憶力の薄さに辟易するばかりだ。ただ、ミリアの助けもあり、少しずつだが「総覧」の解読も進んではいる。
今日はミリアはこない。
貴族というのも結構大変なものらしく、この立春祭には夜会が行われ、年初めの貴族間交流会が行われるらしい。キールはあとで知ったことだが、この夜会というのはいわゆる「お披露目の場」である。それぞれの貴族の子女たちがそれぞれ各貴族の前に出て、どこそこのだれだれ卿の息子はどうだとか、娘はどうだとか吟味し合う。そういう会だ。
あれからひと月ほどの間にミリアの協力を得て、「真魔術式総覧」の中の二つの術式を解読することができた。「傀儡」と「引金」だ。
「傀儡」とは字のごとく「操り人形」という意味だが、魔法効果はまさしくこのままの効果だ。相手を数秒間、意のままに操ることができる。とは言っても、手足のように命令して動かすという類のものではなく、ある記憶を思い込ませることによって行動の衝動を喚起させるという効果のようだ。
「引金」は、ある事象をきっかけとして対象の魔法を発動をさせるという魔法付与能力である。このきっかけとなる事象というのは、様々設定できるが、その事象の内容によって必要魔法ランクが異なるという少し変わった性質をもっている。
例えば、ある一定の時間が経過すれば発動するという時限装置のような設定であれば、事象の対象は「時間」となるため、魔法ランクは「最上位」となるし、ある物に触れたら発動するという設定なら、対象は「物」となるため魔法ランクは「通常」となる。
ただし、この「引金」自体が、「魔法発動」と「付与」という二つの魔法の合成魔法の為、錬成「2」の魔法である。発動させる「対象魔法」を含めれば最低でも錬成「3」が必要となる超難度術式だ。
実際、キールはすでにこの二つの魔法を習得してしまった。
「傀儡」は、ある程度の意思を持っている生命体であればかけることができるため、近所の猫を対象として使った。内容は「蜂に襲われているため振り払う」というものだった。魔法発動後、約5秒ほどの間、猫は腕を振り回したり体をよじったり飛び跳ねたりしていたが、効果が切れると何ごともなかったように走り去っていった。少し気の毒に思ったがまぁこれも一つの経験だ、ごめんね猫ちゃん。
「引金」の実験は、「木の枝に掛けた「火炎」の魔法を、地面つまり「土」に触れたら発動させる」というものだ。木の枝を対象に「引金」の魔法付与《エンチャント》をした「火炎」を掛けておく。そうして、地面に落とす。すると、枝が地面に落ちるなり発火した。成功だ。慌てて「水生」で消火したのは言うまでもない。
しかし依然として、まだ求めている魔法術式は発見できていない。「記憶消去術式」だ。
早くあの男の意識を抹消しなければ――。途轍もなく嫌な予感がする。
キールは背中に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。
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