上 下
19 / 70

第19話 立春祭

しおりを挟む

 毎年年明けからひと月ほど経過した2月の上旬ごろに、春の到来を歓ぶ祭りが行われる。
 そもそもは、農家の人達が今年の仕事始めとして、農具に憑いた悪霊を払い、今年一年中の農作業の無事故と豊穣を祈念する祭りだったと言われている。
 この世界で行われる一般的な農業祭だ。

 これが祭り好きな陽気な人柄のこの世界の者たちによって次第に規模が大きくなり、今では新年祭と同様なほど盛大な祭りとなっている。

 街中の騒ぎをよそ目に、エドワーズはこの王都から逃れ、王都の門から少し離れた街道沿いの一件のあばら家へ向かった。ここはその昔、エドワーズが経営していた酒場だ。
 今にも壊れそうな木戸を開け中に入ると、そこにその男がいた。
 
「待たせたな」

 エドワーズがそう言うと、その男は、

「構わねえよ。お前の隠し蔵から一本拝借してやっていたところだ。まだかかるようならもう一本抜こうかと思ってた」
そう言って、左手に持っていた酒瓶を掲げた。

「おまえ! それが幾らするものなのか知ってるのか!」

「そんなことは知ったことじゃないさ、うまいってのだけはわかるがな?」

「ふんっ、相変わらず物の価値の分からんやつだ。まあいい。それよりも俺もあまり時間がない、用件を言うぞ? ある男を始末してもらいたい――」

「そりゃそうだろう、俺に用ってな、それ以外に何がある?」

「うるさい、相手は大学生の男だ。名前はキール、キール・ヴァイスだ」

「なんだよ? ガキが相手かよ?」

「いや、俺も最初はそう思ってた。しかしコイツ、もしかしたら結構ヤバいやつかもしれん――」

「んまあ、そうなんだろうさ。で? 幾らくれる?」

「200でどうだ?」

「500」

「くそ、足元見やがって。300だ。それ以上は出せん。それにお前、あの配達員に持たせた分ものだろう? 合わせれば350ぐらいになるはずだ――」

「けっ、バレてやがったか。まあいいだろう、じゃあ300でOKだ」

 エドワーズはその男に麻袋を渡した。

「……18、19、20。おい、20しかねえぞ?」
中には10G金貨が20枚入っていた。男は袋の中身を数えたあとそれを懐に滑り込ませた。 

「今日はそれだけしか持ってきてない。あとは終わったら店に来てくれ、その時払う」

「まあそんな事だろうとは思ったが、いいだろう、そうする。あとはここの酒をもう2本ほどもらっていくことにするよ――」

「日が落ちるまではここにいろ。誰かに見られると厄介だからな――」

「ああ、一飲みしたらどうせ寝るさ、それからでるよ」

「これが、そのガキの情報だ。見たら燃やせ」
そう言ってエドワーズは男に紙片を渡した。


******


 キールはこの日、大学が休校だったので、講義はなかったが、どうせ行く場所もないためいつものごとく王立書庫で本を眺めていた。

 最近は、古代文字関連の本をよく読んでいるが、あいかわらずの記憶力の薄さに辟易するばかりだ。ただ、ミリアの助けもあり、少しずつだが「総覧」の解読も進んではいる。

 今日はミリアはこない。
 貴族というのも結構大変なものらしく、この立春祭には夜会が行われ、年初めの貴族間交流会が行われるらしい。キールはあとで知ったことだが、この夜会というのはいわゆる「お披露目の場」である。それぞれの貴族の子女たちがそれぞれ各貴族の前に出て、どこそこのだれだれ卿の息子はどうだとか、娘はどうだとか吟味し合う。そういう会だ。
 
 あれからひと月ほどの間にミリアの協力を得て、「真魔術式総覧」の中の二つの術式を解読することができた。「傀儡パペット」と「引金トリガー」だ。

 「傀儡パペット」とは字のごとく「操り人形」という意味だが、魔法効果はまさしくこのままの効果だ。相手を数秒間、意のままに操ることができる。とは言っても、手足のように命令して動かすという類のものではなく、ある記憶を思い込ませることによって行動の衝動を喚起させるという効果のようだ。

 「引金トリガー」は、ある事象をきっかけとして対象の魔法を発動をさせるという魔法付与エンチャント能力である。このきっかけとなる事象というのは、様々設定できるが、その事象の内容によって必要魔法ランクが異なるという少し変わった性質をもっている。
 例えば、ある一定の時間が経過すれば発動するという時限装置のような設定であれば、事象の対象は「時間」となるため、魔法ランクは「最上位」となるし、ある物に触れたら発動するという設定なら、対象は「物」となるため魔法ランクは「通常」となる。
 ただし、この「引金トリガー」自体が、「魔法発動」と「付与」という二つの魔法の合成魔法の為、錬成「2」の魔法である。発動させる「対象魔法」を含めれば最低でも錬成「3」が必要となる超難度術式だ。

 実際、キールはすでにこの二つの魔法を習得してしまった。
 「傀儡パペット」は、ある程度の意思を持っている生命体であればかけることができるため、近所の猫を対象として使った。内容は「蜂に襲われているため振り払う」というものだった。魔法発動後、約5秒ほどの間、猫は腕を振り回したり体をよじったり飛び跳ねたりしていたが、効果が切れると何ごともなかったように走り去っていった。少し気の毒に思ったがまぁこれも一つの経験だ、ごめんね猫ちゃん。

 「引金トリガー」の実験は、「木の枝に掛けた「火炎フレイム」の魔法を、地面つまり「土」に触れたら発動させる」というものだ。木の枝を対象に「引金トリガー」の魔法付与《エンチャント》をした「火炎フレイム」を掛けておく。そうして、地面に落とす。すると、枝が地面に落ちるなり発火した。成功だ。慌てて「水生アクア」で消火したのは言うまでもない。
 
 しかし依然として、まだ求めている魔法術式は発見できていない。「記憶消去術式」だ。
 早くあの男前世?の意識を抹消しなければ――。途轍もなく嫌な予感がする。
 キールは背中に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パワハラで人間に絶望したサラリーマン人間を辞め異世界で猫の子に転生【賢者猫無双】(※タイトル変更-旧題「天邪鬼な賢者猫、異世界を掻き回す」)

田中寿郎
ファンタジー
俺は自由に生きるにゃ!もう誰かの顔色を伺いながら生きるのはやめにゃ! 何者にも縛られず自由に生きたい! パワハラで人間に絶望したサラリーマンが異世界で無敵の猫に転生し、人と関わらないスローライフを目指すが…。 自由を愛し、命令されると逆に反発したくなる天邪鬼な性格の賢者猫が世界を掻き回す。 不定期更新 ※ちょっと特殊なハイブリット型の戯曲風(台本風)の書き方をしています。 視点の切り替えに記号を用いています ■名前で始まる段落:名前の人物の視点。視点の主のセリフには名前が入りません ◆場所または名前:第三者視点表記 ●場所:場所(シーン)の切り替え(視点はそこまでの継続) カクヨムで先行公開 https://kakuyomu.jp/works/16818023212593380057

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...